七章
7-過去5~おわりのはじまりへ1
第七章
少女からこの世界について、いろんなことを聞くことができた。
この世界は俗にいうこの世とあの世の境にある世界――通称:『理の世界』。そこは古くから人々の魂が向かう場所であり、また最後の審判を与える場所であった……んだとか。
少女は、周りからは『理の少女』と略称で呼ばれていた。また、本当の名前は未だ存在しない。だが現世の少女は『アカリ』と呼ばれているそうだから、そう呼んで欲しいと頼まれた。
アカリは不思議なまでにこの理の世界について何でも知っている。
飛び散った俺の脳みそと比べ、全知全能の女神とでも言うべき少女は純白ワンピースに負けず劣らない泡ように白い素肌は天使そのモノだった。
海を眺めていると、少女は俺へと尋ねた。
「あなた、いつもココにいるけど……平気なの?」
……平気なの? とはどういうことか分からない。
「現実の話よ?」少女は付け直した。
現実の話? 所謂、この世界以外での話の事だろうか?
この世界にいる時は、俺の記憶は故意的に遮断されている。ただ、現実の
「ほとんど記憶がないからな。現実の記憶が消えていたり、故意的に消したりできるし……」
アカリにとっても俺はよく分からない存在なのだろう。なぜか、少女との日々は不思議なまでに落ち着いた毎日を送っていた。
「あなたは、普通の人間に戻りたいの?」
……って、俺の心の底でも読んだようなことも突拍子もないことを言うことがあるのが不思議だった。
俺は思わず、少女に睨む。
言うなれば、オンラインゲーム中毒者のように自身を見ていた。現実に戻ることで、病気で惨めな自分を眺めるのが……怖かった。
「俺は普通にはなれないからな……現実に居場所なんてなかった」俺は両手を竦めて見せる。
少女はこんな俺を見て、目を細めた。
「……後遺症ね。じゃあ聞くけど?」
「なんだ?」
「もし、後遺症が治ると言ったら、アナタならどうする?」
「何か治る方法でも知っているのか?」
「何にもは知らないわよ?でもね、彼方のなら解決する方法はあるかもしれない。だけど、それは無理なの。自身がヤるしかないから」
「俺は――」
事故による後遺症を治したい反面、そのことで襲い掛かる現実に耐えることができるのか疑問だった。今まで障害者という枠組みで生きてきた半面、明日から病気がない――と言われても困る話だ。
もし障害がなかったとして、自身はこの現実に立ち向かうだけの強さを持っているのだろうか?
深く考えていると、少女は俺の頭を胸元へと引き寄せた。
「……悩ませてしまったのね? ごめんなさい」
嗅覚から少女の不思議なほど甘い匂いがした。
何も答えることもなく、少女へと身体を寄せていた。
彼女への嘘は付けないし、悪意や、欲はすぐに見通されてしまう。それは、理の少女ゆえの能力であるが、俺は言葉を使わなくても彼女への会話が成立してしまうほどだった。
「俺は……分からないよ。脳が健全に動けるようになったからって、今の俺には、この障害を受け入れてしまった自分しかいない。それ以外の自分なんて考えられないし、本当にこの先を生きていけるのかも分からない」
少女の温度は現実に存在している生物でないように冷たい。
その少女の手が、俺の頬を撫ぜる。そして、氷のような手とは違って少女の目は優しさに溢れていた。
「なら、私とずっと一緒にいましょう?」
……その意味とは?
「もう
少し俺は考えた。
だが、いつもそういう時に出す答えは決まっている――ような気がした。
「ごめんな。俺はまだアッチで生きなくちゃいけないんだ」
「……どうして?」
「それは――生きることは戦うことだから。それに
少女は返事を返さない。
そのことは理の世界に居座り続けることで、現実に戻れなくなることを露呈させた。少女も、そういうところで嘘の付けない生物だ。
そして、この日もグダグダしていると、現実世界の自分が目を覚ます。
――一面の白色……覆いかぶされた布団までも白……。
そのとき、ここが病院だと知る。何もない青白い天井はただの白ではなく、気持ち悪いぐらいに等間隔に穴があいていることに気がつく。ただ、意識が明確になるにつれて、理での記憶を代償に現実での記憶が戻ってくるようでもあった。
そう目覚めても、特にやることはない。もう一度寝ようとしても、十分に睡眠をとったせいで寝る事さえできないでいた。
だが、そのときだった。心臓のペースメーカーからの音のような不思議な音が脳へと通過した。
心の音とでも言うべきか? まるで、目が覚める時を狙ったかのように、何者かが俺へと語り掛ける。それは……夢なのか?現実なのか?区別要するが、現実であることは間違えない。その理由として、俺の隣には少女は存在しないのだから。
『……取引をしよう』
そう、何者かは言った。俺は、その声に意識を高めた。
そして、心の中で会話が何度も繰り返された。
『お前は誰だ?』
『そうだな。魔法使いとでも言っておこうか?』
「――魔法使い?」
魔法使い。それは魔法で火や雷を出したりするRPGゲームやアニメに出てくる存在だろうか? よく考えるほど、ここが現実か夢の世界の狭間か、はたまた夢ではないかと考えるほど、それがオカしなワードだった。
「その魔法使いが俺と取引とは一体なんだ?」
『お前は普通の人間として生きたいと思っているな?』
声の主は今日、夢世界である『理の世界』でアカリとの会話でも聞いていたのだろう。実際にそう心を見通したような口調は、まるで占師が心情を当てる仕草にも見えた。
「そんなことはない」
『嘘だね。僕はお前の記憶障害を治す方法を知っている。もし、知りたいと思うなら理世界のある場所へ来い。そこで話をしよう』
それっきり、まったく声は聞こえなくなった。
声が消えた部屋は何もない密閉された部屋へと後戻り。目を開けて、現実の一風景を眺めながら、自身がどうするべきかを考えた。
その時には昨日の記憶をいくら脳裏の中を掻き廻しても何も思い出すことはできない。中学、高校での祖母との生活が永遠と残っているだけ。
そのままじゃいけない――分かっていたんだ。
それと同時に、自身を変えるためには手段なんて選ぶほど、俺は利口には生きれていなかった。本当に、藁にも縋るとはそのようなことだなという自覚だけはできていた。
俺は、そのことが世界規模の大事件になっていたとは考えもしなかった。
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