6-山田アヤカの暇つぶし

(山田アヤカ)


 アヤカが白のプラスチックを耳に埋め込むと、そこからはラジオの音が聞こえた……いや、ラジオではない。ここから流れてくる音は、ある教会の物音や音声を盗聴した代物だ。


 大抵ならここから流れてくるのは新約聖書を語る人間の声か説法と思いきやプロレスラーのヒーローインタビューのようながめついた声ぐらいだが今日この盗聴器から流れる音は何かが違がう。


 耳に白いプロスチックを差し込んだが、隣では大声で焦っている古賀という丸眼鏡野郎が叫んでいるせいで、うまく聞こえない。

「アァァァァァ、どうすりゃいいんだ!? と、とりあえず、林くんにも頼まなければ……。んで、電話番号。アヤカ、携帯を貸して!」


 アヤカは無言のまま携帯電話を古賀に無造作に投げると、それ以上は無視を決め込もうとラジオの音量を限界まで上げる。


 いつもアニメをヘッドホン音量マックスの彼女からしたら、そんな音はお茶の子さいさいだ。ノイズを調節すると、より彼女らの声が鮮明に聞こえ始める。



『中学生にあがる前に、両親を事故でなくして、孤児になりました。

 そうです。私もあなたと同じ孤児だったのです。

 身寄りがない私は一人あの森の孤児院の子になるしかなかった。

 そして、ここで洗礼を受けました。

 それと同時に私は神様と結婚する身となりました。


 それが、どう意味か分からなかった私は、その日から密かに神父さんに部屋まで呼ばれるようになりました。

 その時の私は、それが普通のことだと思っていました。

 私は心の中で、神は、目の前で神服を着て、神の言葉を話す神父様でそれ以上の神はどこにいるのでしょうか? と考えていました。


 彼は、自身の言葉だけでなく、身体を使って清める必要がある。

 なんてことを言ってしまいました。それが、それなりにどういう意味か把握することができた。

 男女という者はそうやって子孫を繁栄したワケで、そういう行為こそが神とのある意味お祈りだと信じていたんです。

 今思うと彼の心には悪魔がいました。

 私は毎日のように彼がいう間違った神の救いを受けていたのです。


 そして、私は思ったのです。

 ああ神様、神父様は私をこんなに大事にしてくださるのねってずっと間違えた解釈を持っていた……のです。


 そんなある日、ワケあって私が森に出かけていた時にあなたを見つけました。

 もう少しで十歳になる前でした。

 真夜中に光の柱が経ったのを見つけた時に、何かと思いその場所へ行くと――ここには赤ん坊のときのあなたがいたのです。


 この子を抱いた瞬間、なぜか思いました。

 私、この子のお母さんになりたいって……おかしいでしょ? 九歳で、拾った赤ん坊を私の子として育てたいって……私は――孤児になる前の昔の、本当の家族が欲しかったの。


 それが、血が繋がっていなくても良い。偽物でも良い。そんなの関係ない。

 だって、家族というものは、理由もなく支え会う存在だから。

 泣き止まない声でさえ天使の福音だと思うほどよ? 私はあなたを抱えて、教会へ帰ったわ。


 しかし、そのことがあらゆる誤解を招き、罰を受けた。

 この赤ん坊の素性を責められたわ。そりゃそうよね。だって、こんな森中で赤ん坊が降ってきた? 天使じゃあるまいし。


 それで、彼女が天から子を授かるほどの器かしらって、彼らは神に身を委ねる身ながら、面白いことを呟いていました。

 そして、そんな時に――私と神父様の関係が流出し始めた。


 完璧に時期が悪いとしか言いようがないけど、あの子が私と神父様の子なんじゃないかって、言い出す人がいたわ。そこで私は、神父とのある行為が実は神に許されていない最も邪悪なことだって聞かされたの。

 言われた時、私は全く持って悪業を行っていた自覚を持てないほどそれが習慣になっていましたから。逆にそのことが反感をもらいました。そして、そのまま私は居場所をなくしました。


 一度私は、この施設を追い出されました。

 赤ん坊を連れていくことを許されませんでした。でも、それは不幸中の幸いだと考えていました。とてもじゃなきけど、あの世には一緒に連れていけないわ。もう既に私はアナタを愛していましたから。


 私は、神に背いた行為をこの身がすべて受け止めることになったんだなと思いました。

 寒い中、熊でさえ冬眠したこの森の中、ただ居場所なく歩いていて、気づいた。

 なんで私がすべての罰を受け止めなきゃならないのって。

 だって、神の行いに背いたのは、罰を与えるはずの神であって、それがくだって苦しんでいるのは私だけ。


 その時、神というのはいないって思ったの。

 そして、私はこの森で死ぬんだと。


 だけど、助かってしまった。

 偶然、通りかかった男性は小さな私の身体を抱えて、あの家へ帰ることになった。

 それが、茅原という、そうね。ここの前司教様だった。

 今は亡くなってしまいましたが、おじいさまと、竜二が私にとっての救いの神でした。


 彼らはこの日、別荘地であるあの家に一時的に戻っていたとか。

 そのまま、私は彼らに匿ってもらえることになったの。


 孤児院の近くの一軒家だったけど、文句を言い出す人はいなかった。おじいさんはそれなりに名が通った方だった。私より年上の竜二さんは……その時なんて言って良いのかしら? 今では信じられない程、ビクビクした態度でね。ええ、それは野生の鹿が人間を見つけてしまったみたいな態度で話をしてくるもんだから、本当に話にならなかったわ。


 だけど、そんな日が何日も経った日、彼に私が追い出された理由を話したの。

 そして、私が拾った赤ちゃんのことや、彼女をここに置いて追い出されてしまったことも。でも、私は赤ん坊を取り戻すことを諦めていた。どこも喉から手が出るほど子供が欲しがっているのは知っていましたし、ましては孤児で、私が心から嘆願しても、神は聞いちゃいない。それを知ってしまったから。


 だけど、あの竜二さんはね、あのイカれた教会へひとりで飛び込んで行ったのよ。それを聞いて、私も驚いた……。

 彼を止めなくちゃって、私も孤児院へ行った。

 そしたら、彼は金属バット持って、真ん中のマリア様をぶっ壊してたわ。そして、エントランス中を荒らして、大声で叫んだ。


 彼は大声で「俺と静香の子供を返せ!!」だって。

 それを聞いたとき、私は涙が止まらなくなった。あのシャイで顔を合わせてくれなかった唐変木とうへんぼくが、こんな嘘を言うんだから、私はとても嬉しかった。だって、それが私が一番欲しかったモノだから。


 それが、神にそむく嘘の方便だとしても、彼がそういってくれたことは忘れない。私は……その時初めて分かったの。奇跡は神が起こすんじゃない――私たち人間が起こすモノっだって。


 それからすぐにアナタは帰ってきた。そして、彼方はこの家の養子として迎えられたわ。

 それから何年かして……私はあの孤児院を出て、茅原家の養子になった。

 その時に私はみんなと写真を撮って貰ったのを覚えている。

 竜二も私も恥ずかしがってたまにしか写真に入らなかったけど、隣にいてくれた。いつも隣にいてくれたのよ。それで、この茅原教会で改めてあなたに……私が『雨香李』という名前をつけました。


 私と私の友人と……アナタはそんな私にとって『雨に光る灯(ともしび)』だった。だから、『雨香李(あかり)』。

 この名前は、私が付けたこと、あなたは私の子供で間違えないわ。今まで隠していたことを謝ります……』


 そう、ひとりの女性は長々しく話をしていた。

 しばらくの沈黙のあと違う女性の声が聞こえる。それが、交互に何度も言い争う。


『じゃあ、なんでそんなこと隠すの? 私は、あなたと共にこの教会で育てられた……それで良いじゃない?』


『私みたいな、姦淫を犯して生まれてしまった人間だと知ったら、雨香李もショックを受ける』


『そんなのどうでもいい!! 本当にあなたの子だとか、そうじゃないとかどうでもいいの。むしろ、嘘でいいから親子でいたかった。それに……だって、アナタは、知らなかったのじゃない?』


『それでも、きっとショックを受けるわ。私には子供ができない。それは、神が与えた罰なの。こんな悪魔だと知られるのが怖かった。でも、アナタの傍に居たいの。嘘でいいから、私が守れなかった教えを次いで欲しかったの』


『そんな神様要らねぇ! 静香を、姉さんを虐める神様なんてこの世に要らないの!! 天国に行けなくてもいい、地獄に行くのだって怖くない。

 私は彼方が傍に居てくれるだけでいいんじゃない? そんなことも、気づいてくれないの?どうして、いつも偽物のフリをしなきゃならないのよ?まだ、私は、私は本物のフリのほうが幸せだわ!!

 私も気づいたの……。兄弟のフリをするより、私たちは兄弟であったほうがとても素晴らしいことだって。だから、今からは家族じゃないフリじゃなくて、家族になりたい……』


 そして何か笑い声が聞こえた。

 その声は泣いているのか笑っているのか区別要した。


『まるで、あなた神父さまみたいね……』

『そうよ? あの似非えせ司教の子供なのよ?』

『そうね、私も司教様の娘で、アナタの母親であることを忘れていたわ。でも、私は……』


 ――オヤジの子だぁ!!

 そこで、あの男の発声が。

 この声はアヤカもよく知っている人物だった。


『もう見てらんねぇよ!!』

『え!??』

『私はな……ずっと思っていたんだ! 私たちは、教会に縛られているのではないかって。イエス様は言いなれた! なんじ、人を愛せと… 私は、ずっとお前たちを愛し続けてきた。それは、どんな形で在れ、愛は変わらぬ形をしていた。静香、お前の教えに対する忠誠心は凄いと思う。だがな、一つ言わせてもらう。――お前を幸せにしたいんだ。

 それは、宗教上の仲間とか、そういうのじゃない。別にそれが神への誓いじゃなくてもいいんだ! ずっと、思っていたんだ。俺らが兄弟じゃなくて家族になれたら如何に幸せだって。だから…その……』

 

 このしばしの空白……アヤカは嫌な予感がしてイヤホンを取ずした瞬間だった。


『教えなんてどうでもいい!! 俺と結婚して、ちゃんと三人で暮らしたいんだぁぁぁ!』



 そして、――ボッ……

 その音量に耐え切れないラジオは小さな爆発音を起こす……また、付け直す手間を考えていると、息切れをした我が下僕二号が息切れしながらこの暖簾を潜って、このバイト先へと現れた。

 そして、こんな話を聞いていたことさえどうでも言うふうに、この愛すべき下邊に声を掛けることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る