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そして、話はここからだった。
「……静香さんは赤ん坊の雨香李のことを知っていると聞きましたが。それは本当ですか」
それは雨香李から聞いた話だ。
『赤ん坊の頃の私を知ってるのは静香のみだ』と、雨香李から何度も語っていた。それにあの薄気味悪い森の孤児院でも、再度確認させられたから、間違えはない。
「……それがどうしたんですか?」
この少しの間で、静香は何か疑いの目に気づいた――のかもしれない。
だが、それに躊躇することはしなかった。
「このアルバムを見てください。赤ん坊の頃の記憶を知っているはずの静香さんの写真は何故か雨香李の赤ん坊だった頃の後に登場します……。それはちょっとオカしくありませんか?」
「そうですね。それは、私が写真、嫌いなので……」
そう言われるのは何となく想像していた。
俺は既に『あること』を確証している。
静香は、雨香李よりあとに預けられた。だが、なぜか静香は雨香李の赤ん坊の頃を昔から知っている。それはおそらく、『赤ん坊の雨香李を抱えていた竜二よりも以前に二人は会っている』ということだろう。そのことは――雨香李も静香も、竜二とは別に、一度はこの『森の孤児院』に預けられていた。と、
その真実を証明するには、もう一つ鍵が必要。
もう一つ、バックから一冊の本を取り出す。それは、『森の孤児院』で見つけた赤の日記。
「この日記は、アナタのモノで間違えはありませんか?」
「……」静香は……目を落とし黙り込む。
「この日記は途中で途切れているのです。おそらくあなたがこの教会Aからワケがあって、いなくなったのではないですか?」
静香はこの日記を見ると黙ってしまったが、俺はこの話を進めた。
この物語の真偽を得る事――それは、雨香李が知りたがっている真実へと確実に繋がると俺は確信していたからだ。
「その間に、もうひとりの書き手――仮に少女Bはまだ日記を続けていました。この日記には、この教会Aから居なくなったもうひとり少女――仮にAへの気持ちが語られています。その内容は、少女Aがこの孤児院から居なくなってしまった事……赤ん坊を授かってしまった事をです」
そこで俺は息が詰まる――それ以上の前進は静香が守りたかった尊厳を壊すということは理解していた。ただ……それが途轍もなく、雨香李が抱える問題克服の代価としてはとても小さくも感じていたのだ。
「……その少女Aが誰であるのかも記載されていました。もうお分かりですよね? 雨香李の 母親 である静香さん?」
――!!
静香は、母親という単語を聞いた瞬間――今までと違う尖った声を出した。
そう、何かを隠すような静香の言葉には女性らしい甲高い声と震えが存在した。
「ちょ、ちょっと待ってください。私は違います。それに私は彼女の事を知っていたのだって違う理由……」
吐き出した言葉を止めた瞬間、俺は反論をした。
「この少女Aの汚れた文字、それは左利きのあなたが書く際に汚してしまったモノではないですか?」
「――名前とかそんなのないのに……どうして私って決めつけるんです?」
そう、この日記にはなぜか名前が一度も記載されていなかった。
その点をとても不思議だと思う反面、厄介に感じていた。
確証となる材料がないだけで、彼女が母親だと確信している。
名前が記載されていないという事実だけで、彼女はいくらでも言い逃れができる事も『この日記の当事者』なら理解できていたのかもしれない。
だが、それで引き下がるワケにはいかなかった。静香も雨香李と同じで逃げているだけだ。家族揃って言い逃れをするこの元凶を断たせるべきと俺は心に決めていた。
「彼方がこの教会にいなくなった後にも、もうひとりのアナタの友人はこの日記を書き続けていました。その中には静香さんへの謝罪の念も書かれています。この最後のページを見てください」
名の知らない少女の最後に記載した日記のページを開く。
そこには大きく、『しずか、ごめんなさい。わたしはずっと嫉妬していました。……朱莉』と文章が綴られていた。
「最後のページのみ、静香さんと同じ苗字が書かれていました。およそ、二十人程の孤児、しかも国籍不明な不法侵入者も多い孤児院で日本人の方は少なかったはず……静香さん以外に静香という名前が付く方は、そういない。そして、この名前……」
俺は『朱莉』と付いた名前を示した。
「コレは、あまり見ない漢字ですけど、読み仮名で『あかり』と読むハズです。おそらく、
話している間にも背中に変な汗が流れてきてくる。
この推論が論破されたら、それ以上の論理武装は残されていない。
そして、汗の理由は他にも理由がある。
頼むから、これで白状してくれ!逆に外していたら、見せる顔がない。
「逃れないでください。ちゃんと雨香李さんに話してみませんか?」
思わず謝罪するように俺は頭を下げた。
静香はその肩に手を触れると、沸点を越したようにケラケラと笑い始めた。
「もう……隠そうとしていたらどんどんボロが出るんですもん。私きっと嘘が付けない性格なんだわ」
やっと一息つくと、静香は重い口を開ける決意をしたようだった。
一度、教会の十字架を眺め、そのまま例の話を語り始める。
「たぶん、あなたも誤解しているところもあります。ですが、本当の事をちゃんと話したいと思います。雨香李さんに隠すあまりに、かなり不可解な事案に発展してしまったのも私のせいですしね。
どうしても、あの施設のことや、別荘での暮らしはバレたくなかったんです。それが、私の過去に繋がります。そして、自身の正体を彼女に隠して暮らしてきました。私がこのシスターとして神と結婚したのは……私の身体はもう子供を授かることができないからなのです」
……なんだ?この話の展開は?
もしかしたら、それは彼女が話せない理由と言うのは、あまりに絶望的な話なのか? しかし、俺は一度聞いたことはもう嘘にはできないと知っていた。
きっとそれが静香が雨香李にあの施設の事を話せなかった理由と繋がるとしても、そのことは話せない理由を知るべきだと思った。
どこか、オブラートに真実を知らせることができないのか考えた。だから、その点についてはツッコまずに雨香李が知りたがっていることだけを知らせて欲しいという事を述べようと考えた。
「雨香李さんは……たぶんですが、母親の存在を知りたいんだと思います。静香さんが如何に辛い思いをしたか、そういうのは先ほどの一言で分かったつもりです。それと、今まで話せなかった理由も、隠していた理由も……」
だが、静香はそのことを話すべきと考えたのだろう。
いや、実は知って欲しかったのかも知れない程、彼女は開いた口が塞がることがなくしゃべり始めた。
「私は幼い頃に……ある人物に身体を弄ばれて過ごしてきました。それで、私には生理がこなくなってから、気づいたら既に子供が埋める身体ではないことを知りました。だから、子供を産まないのではなく……産めないのです。
それを隠して私は神に身を仕えている身です。このことで、子を産める雨香李に嫉妬をしていました。だから、彼女には私みたいな育ての親など知ってはいけないと思ったのです。できれば、この場所にも居ちゃいけないのは確かなんです。ですけど――それが私にはできませんでした。どうしても、彼女を……雨香李のことが家族のように恋しくて溜まらなかった」
静がそう言う終わると、お互いに一度沈黙した。
俺は、なんて言葉をかけるべきか考えたが出る言葉はなかった。
そして、
「でも、バレたら怒られるから名前を書かない約束をしていたのに、朱莉ったら…」
と語ったとき、俺は思わず「あ…」と言ってしまう。
それに尽かさず静香は「どうしましたか?」と仰った。
俺は、もう一つだけ真実を語らなければならない……。
「名前が書いてあったというのは、嘘なんです」
「なんですって!?」
そりゃ驚いて当然だ。
ギロっとした静香の目玉が俺へと向いた。
「読んだ日記じゃ決定打に掛けると思って、どうするか悩んで……。最後に名前が書いてあったって言えば嫌でも自白せざる負えないと思ったので。神前でこんな嘘をついてしまった事はお許しください」
俺は、二度目のお辞儀を見せた。
それには、静香も苦笑いとでも言うか、口を抑えて笑い始めた。
「いいですよ? 嘘も方便です。逃げている雨香李さんを捕まえようと思ったら、逆に私が捕まるとは思っていませんでした。林さんには、感謝します」
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