5-2/3

 一階には、左から多目的室たもくてきしつ、エントランスと階段、礼拝堂れいはいどう、寝室と廊下を挟まずに存在した。


 多目的室には土足厳禁という標識と共に、靴置き場があり、その奥に簡易な教壇が存在する。

 素足で歩けない程、足元は何やら湿ってカビやら危ない菌が充満してそうだ。

 

 時期がクリスマスのまま。

 クリスマスで使われるリースと言われる木の輪や、ベルやら、端には電飾のついたツリーもある。しかし、誰かがこの部屋を既に荒らした後――ツリーは真っ二つ、地面にライトを当てるとくだけたガラスがキラキラと嫌に光る。


「ひどい… ですね」雨香李が見る目は少し暗がりを得ていた。

 ここには壊れた材質以外なにも見つからなかった。


 正面エントランスから右の部屋は寝室だった。

 病室の五人部屋のようにも感じたが、できればこういう部屋には泊まりたくない。もちろん、この部屋に寝る者は誰もいない。居たらそれはそれで……


 昔の戦争映画で見たような、プライバシーの欠片もない部屋にも似ている。

 多目的室の倍の大きさの間取りに、二段ベットが左右シメントリーに十台配置してある。だが、病室と違ってカーテンさえ存在しない。


「こんなプライバシーの欠片のない部屋は嫌だな……」

「なんでですか? みんなと一緒で楽しそうです」

「カエルも……子供たちと一緒に寝るのか?」

「ええ、冬は暖かくて気持ちいいのです」

 どうりで源氏山で彼女の匂いを嗅いだ時に子供のような甘い匂いがしたワケだ。


 俺と雨香李は、奥からベットを見まわした。

 ベット横には収納箱があり、色々個人的な物も見受けられる。

 昔流行したアニメの人形やら、収納箱の上のスペースに何か物が置いたままの机も存在する。


「もしかしたら、何か私物の中に手掛かりがあるんじゃないか?」そんな予感を口にしてみた。

 雨香李はちょろちょろ怪訝けげんそうな表情で、ベッドとの間を覗き込んでいた。

「そうですね。手分けして、何かあるかを探しましょう」

 ふたりは探しに回ったが、何か手掛かりになる証拠は見つけることはできない。

 誰か一人は日記を付けているのではと疑ったが、記載されたものは一切見つからない。

 ……それは、偶然だろうか? と疑う程だ。



 諦めた俺と雨香李は、二階へと向かった。


 二階には、威厳のありそうな扉。

 玄関や門と違って朽ち果てても、壊された形跡はない。


 雨香李は無言で相槌をして、俺はその扉を手に取った。

 そして、その扉を開けると……空っぽ?玉手箱の中身を見る気分だ。

「何もないな」

 箱の中は、泥棒に盗まれたというかは、魔法か何かで消したみたいに、物が無くなっていた。

「……誰かに盗まれたのでしょうか?」

 と雨香李。


「いや、おそらく、ここが司教の部屋だとしたら、ベッドは別の部屋だとしても、机やらテーブル、ソファーがあるはず……。それにこんな重い物を盗む物好きはいない」

「それだったら、なぜこの部屋だけすべてが無くなっていているのでしょうか?」


 確かに、この部屋の中だけ無くなっていて、他の部屋の物はなぜ残っていたのだろうか?

 いや、残っていた確信はない。

 俺らが知らないだけで何か盗まれた可能性は十分にあり得る話だ。……しかし、あまりに不自然。


 一度このもぬけの殻を見渡した。

 僅かに残るテーブルなどの跡や日焼けによる色の違いに違和感を感じながら、俺たちは何もできずにこの怪しげな部屋から出た。



 そして、二階の最後に辿りついたのが、この図書室。

 背の高い本棚が何列か並ぶ。本棚にある本は、ボトボトと下に落ちていて、時の経過で黄ばんで偏食していた。

 この一冊を取る。

「ありゃ…」

 本の背には『生命の本質』と書かれた本をパラパラと眺める。

 生物学の本ではなく、宗教的な本だった。って、ツッコむべきはここではない。

「読めなくはないけど、保存状態は最悪だな」

「何年も整備せずに荒らされたまま、という感じですね」

 雨香李も、そこらへんの落ちた本たちをガサガサと掘り始めるそこで、雨香李はあるモノを発見した。


「もしかしたら、この教会の記録があるかもしれません」

 ――ここにあったバインダーには、この施設の本当の名前と年月日。だがどれも、偶然なのかこのバインダーには中の資料がはさまっていない。


「もっと探せば、同じようなのがもっとあるかもな」俺はそう少しは考えていた。

 雨香李と共に捜索が始まった。


 ふたりで汚れた本棚を避けるために積み上げていく。数十分作業したが、中々この本の山から例のバインダーは出て来ない。ずっと同じ場所ばかり探していても埒が明かないのも確かだし……

「ちょっと、奥を見てきていいか?」と俺、

「分かりました」と雨香李。


 とりあえずだが、違う場所も確認するべきなのは確かのワケで……。

 その奥の本棚は、日本作家の小説の欄から、図鑑系の本、子供向けの絵本が連なっていた。こんなところに、雨香李が探している本があるワケがないとは分かっていても目が向く。


 ライトで本棚を照らしながら、いつの間にか珍しい本を探し始めていた。

 この本を持って帰ったら、あの古書堂で売れるんじゃないか――など適当なことを考えながら、一応何か証拠になりそうな本を探した。


 ――ん?

 そして、整頓された本棚を眺め歩いていると大型図鑑との間に明らかに違う赤い革の本がある。新書と同じぐらいだがそれよりも薄く、ノートと比べれば分厚い。

 ページは何ページも薄い紙が挟まれている。これが日記だと分かったのは、中に記載された記録からだ。


 そして、それを見せようと雨香李の元へ向かい――驚愕。

 年月日が書かれたバインダーがあちこちに転がっている。

 俺は、その一つを手に取り中を確認した時、息を詰まる衝撃を受ける。


 バインダーの中にあるはずの資料が、一枚も挟まれていない。

 それに……気づいているはずの雨香李は未だにこの散らかった本や空の資料を整理し、一つ一つ目を通している。その姿は……とても見ていられない。


「カエル、気づいたことがある。おそらくだが、この建物の日誌は誰かが何か理由があって持って行っちゃったんだと思うんだ」

 だが、ひとつはあるかもしれない――その思いは、痛いほど理解できる。


「いや,まさかこんなはずは……」雨香李は事実を認めようとしない。


「じゃあ、なんで回顧録の中身が外されて、外身だけが残されているんだ?」

 それは、また誰かがこの部屋を訪れたときに あ・え・て ある組織の手によって情報だけを抜き取ったことを知らしめるかのようだった。


「嫌よ……。もしかしたら、この崩れた山の中に母親の写真でもあるかもしれないのに」雨香李は、俺の意見を聞こうとしなかった。



 ひとりで一度、図書室から出た。とにかく一服したかったのだ。


 屋上の扉からは僅かながら外の月光が漂う。ドアノブの回そうとしたが、やはり鍵が掛かっている。


 一度溜息をついた。

 そして、ポケットに手をツッコむと、竜二から行く際に渡された施設の鍵。あの男から渡されたバインダーから挟まっていた鍵だ。開くハズもないと理解していたが、このドアノブの小さな鍵穴にこの鍵を押し当てた。

 やはりだが、鍵は上手く嵌るハズもなかった。


「上手くいくワケないよな……」

 勿論だが、奥まで往かず、途中で鍵は止まった。

 鍵を力尽くで外し、二度目の大きく溜息。


『消えたバインダーの中身』や『謎の空白部屋』を考えていると頭が痛くなる。

 自論だが、この『森の孤児院』には雨香李が生きてきたという証拠は何者かに持ち出された可能性は高い。

 俺たち、とくに雨香李にとっては、鳥越苦労になりそうだ。


 そう思うと、よからぬ怒りが頭から湧き出てきた。

「この野郎!!」

 八つ当たりで、目の前で開かない扉を蹴飛ばした……と、扉ですり抜けることなく足が止まると思われたのだが、

 ――ギャシャーン……

 という大きなモノ音と共に足がドアの定位置からスッポ抜ける。

 既に扉は錆びついていたのか、蹴られた扉は俺の足から放たれた力学的エネルギー保存則に従い、前方方向へぶっ飛んでいった。

 その先で、一時的に砂煙を巻く。


 ……住居違法侵入だけでなく、器物破損だ。

 自分の罪を数えたが、誰も観てないから大丈夫だよね……と、神に祈る。


 煙草を吸うためだけに、引き返して一階までUターンする考えには至らない。

 鉄格子に寄りかかりながらポケットに入った煙草を取り出すと、その一本に火を着ける。鉄格子からは、コンクリートフェンスのその先に広がる暗く不気味な森が見廻すことができる。


 そう言えばと、先ほど雨香李に渡せなかった日記を取り出す。

 中を確認したいが、片手がライトで埋まっているため上手く読めず、親指のスナップだけで本を捲る。


 左右で書いている人が違うな――と思ったのは、右のページと左のページでは文字の癖が違う。右側のページの子は奇麗に纏まった小さな丸文字。左側のパージの子は文字が汚く、鉛筆が擦れた後で跡が黒くなっている。


 どんな理由だろうか――ページのどこにも名前の記載がない。だが、ふたりの節ごとの感情が思い思いにつづられる。


 交換日記は、何十ページにも渡る。――ふたりがこの孤児院で親友みたいな関係だったのだろう。しかし、ページの途中――片方の記述がない。後半のページには左側のページの記載がなくなり、右側の人物だけがしばらくの間、日々の感想を綴っていた。


 ――ポケットから不協和音

 一瞬身体が飛び跳ねた。だが、これが携帯だと分かるとそれを取り出す。

 そういや、古河への連絡を完全に忘れていた。というか、今まで電波が届くことはなかったが、おそらく高所のため電波が繋がったのかもしれない。


「スミマセン、電波が悪くて繋がらなかった」

『ああ、そうでしたね。それでは、もう近くまで戻ってきたのですか?』

「いや、施設の屋上です」

『了解しました……一応、雨香李さんはいましたか?』

「はい。古賀さんが言ったとおりでした。今はちょっと野暮用で――」

 そういや――古賀はなぜかこの『森の孤児院』について詳しいのではと考えた。

 あの喫茶店で、彼はこの場所の事を詳しく語っていたのが脳裏に浮かぶ。


「あの施設はなんなんですか?」違和感を直に古賀に尋ねていた。

『見ての通り、ある事情で潰れた孤児院です』

「ん、喫茶店でも思ってたが『ある事情』って何か問題でもあったのですか?」

『それは……おそらく既目者も知りません。警察も知らない事件です。我々も捜査を取り下げた事件の一つ。ですから、この施設で何が起きたのか知りえない。ただ、現実問題この施設から子供が何人も姿を消した。それしか言えません』


 ――子供が姿を消した?

 それは、行方不明だとかそういう類か?

「そ、それってどういうことだ?」

『あなたには喫茶店で話したと思います。この国にはあらゆるアウトサイダーの人間がいます。この宗教法人は人助けと言って住民票にない子供、言わば、亡国者を集めて、監禁に近い扱いをしていた、という話があります』

「雨香李も同じように――まさか不法入国者だったのか?」

『いえ……でも、可能性は高いです。私も久しぶりにこの案件を目にかけて驚いています。まさか、彼女がこの事件の当事者だとは聞いていませんでしたからね』

「でもな……なぜ教会Aには彼女を含む資料が一切無いんだ?」

『気づきましたか? 実は私たちも一度ここの捜査をしました。ですが、彼らの情報は一つもありません。仲間に『サイコメトリー』という『遺品からの記憶を引き出せる能力者』の方もいるのですが、不思議なことに……施設から子供どころか何も情報はないのだとか』

 サイコメトリ……?

「……待て、サイコメトリーってなんだ?」

『ああ、分かりやすく言えば物へ残された人の記憶を読み取る魔術師の事です。ですが、この『森の孤児院』の記憶を取り出すと、そこには既に〈誰もがいなくなった記憶〉が永遠と続いたとか、そんなことおっしゃっていましたね』


「彼らが居なくなった記憶……というのは、元々この施設の記憶がなかったってことか?」

『そう解釈できるでしょう。なんせ、私がこの能力者ではないので『そのように見えた』としか言えません。ですが、元からあそこには子供たちは居なかった。それはオカしい事ですね。まぁ……こういう人の『残留思惟』を消すことができるのは――まあ、普通の人間じゃ無理です』


 普通の人が無理。ということはつまり……


「だったら……古賀さんやアヤカさんのような魔術師の仕業だと言うのか?」

『そうですね。一つ言い換えるなら、アナタもです』

 またこれか……

 古賀は話を続ける。

『まあ、あまり気持ちのよい場所ではないでしょう。『天使の事案』が済んだなら、できれば早くこの場は退散するのが適作だと、念を押して言わせてもらいます』

 なんとなくだが、古賀がこの場所を嫌う理由が理解した。


 できれば上司の口車に乗せられて、早めに撤退したかったが、雨香李がそれを認めてくれるのは無理だというのは確信していた。

 それに……気がかりはまだあった。


「もうちょっとだけ雨香李が諦めたらすぐにこちらへ戻ります」

『何か問題でもありましたか?』

「いいや、雨香李がなかなか帰りたがらなくて……」

『何かワケありのようですね。分かりました。車で休んでいますので、気が済んだら戻ってきてください』

「……助かります」

 電話を切り又煙草に火を付けた。


 いきなり魔法詠唱のように頭に情報が流入したせいで、頭がクラクラする。

 それに従って、整理、推論を立ててみた。


 ・要するに、今いる『森の孤児院』はただの廃墟ではなく、アヤカが好みそうなオカルト的な事件が発生した現場ということ。

 ・元は雨香李の両親が預けられていた場所で、その母親という人物は不法侵入者で日本国籍がない可能性が高い。

 ・その間に、なんらかの理由で『雨香李』が生まれたのだろう。

 ・そして、その両親を含めて何の前触れもなく彼らは消えた。


 おそらくその真実を知るのはあのふたり。竜二と静香は、何かを隠している。


 だが、しかし俺には彼らが何か悪だくみをしている感じには見えなかった。

 もし、悪だくみをしているのであれば、俺みたいな男を現場へ行かせようとはしないし、こんな鍵を渡さないだろう。結局、この鍵は使わなかったし……。


 というか、彼らはこの朽ち果てた状態を知らなかったのだろうか?……と考えたときに何かが、頭の中で引っかかる。


 この資料とは別に『鍵』があるとは知らなかった。

 今持っている鍵は、この資料の施設……言うなれば今侵入している森の孤児院とは違うのではないか?


 コンクリートに埋もれた大きな門を確認する。

 ここに来るまでにフェンスになっていたコンクリートの壁に埋もれた門扉と、この施設のドアの二つを潜ってここまで来た。どちらも、破壊されていたため一度も鍵を使わなかったが……。


 使わなかった?

 いや、もしコンクリートフェンスの門が閉まっていたとしたら、この入り口に侵入できたのか? そもそも、あんな大きな門扉に、この小さな鍵は合致しない。

 彼ら、竜二と静香は、ここの門が空いていることを知っていた、もしくは、竜二にとってココには雨香李の親を知るべき証拠が一切ないことを知っていたのではないか?


 竜二がおそらく密かにこの鍵を渡した理由は他にある。

 たとえ話だ。

 雨香李の故郷がここだとして、なぜ雨香李だけが、あのバニューラ海域での幽霊船事件を思わせる誘拐事件に合わなかったのか?


 憶測だが、それは彼女がそこに存在しなかったからだ。

 雨香李はこの場所とは別の場所にいたのかも――それにこの鍵……。


 ある予感から、屋上の鉄格子で囲まれた周りをうろうろと、森の奥をライトで照らしながら回った。そして、思っていた建物はすぐに見つかった。


 このもうひとつの建物を発見すると、冷汗が背中を辿るのが分かった。下手に自分の予想が当たるというのは、ヤケに恐ろしいことだ。


 ……いや、まだ俺の予想が当たったとは言い切れない。

 とにかく、この建物を見に行くしか他に方法はなさそうだ。



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