五章
5-1/3:教会A:森の孤児院
古河が指定した「とある喫茶店」へと到着にしたのは時計の針が深夜を過ぎようとした時だった。
こんな時間遅くまで営業している喫茶店があるとは知らなかった。そもそも、普通の喫茶店であるか甚だ疑問……。
扉を開けると、ベルがチリンと店内に小高く響き渡る。
色合いはナチュナルカラー重視のアンティークな喫茶店。その奥でハードカバーの本を読書している男がひとり。彼が、山田特殊探偵事務所の探偵のひとり「古河はじめ」だった。
「こんな時間にすみません」
「いえいえ、いつも仕事を共にする
「そもそも、あんな家出
「いや、『天使の事案』――となれば、来るでしょうけど……どうでしょうね? どちらにしても、私もあの子を疑っていないと言ったら嘘になります。コードネーム『天使(enjel)』を見つけることが、我々魔術師の優先事項ですから」
やはり雨香李の話になると、アヤカもだが『天使の事案』というのに結び付く。
「その前に、林くんは彼女の行方に当てはありますか?」
「そ、それがですね……」
俺は教会で竜二から渡されたバインダーを取り出す。
その時、何か小さな金属片が落ちた。――鍵?
バインダーの資料の中に挟まれていたということはこの教会Aの鍵だろうか? ともかく、古河への説明を始める。
「おそらくですが、カエル……じゃなくて雨香李は自身が元々預かれていた教会に行ったと考えているのですが……」
「一応、理由はありますか?」
古賀にさっき教会で纏めたことを簡潔に話をした。
納得したのか、俺が竜二から預かった資料に手を伸ばし始める。目を通す古賀の態度は一遍も変わらない。
だが、彼が理解していると分かったのは、このセリフからだ。
「……彼女、ここの捨て子だったのですね」
おそらく渡した怪しいパンフレットで分かったのだろう。
「このパンフレットの教会A、昔は『森の孤児院』と呼ばれていましてね。親亡き、行き場のない子供たちを街や地方から集めては森の中で自然と共に生活するという、謂わばアニミズムの養護施設として有名だったんです。
未だにこの日本には国籍さえ与えられない子供たちがいる。こういうアウトサイダーな人々が、あらゆる理由でこの国には存在することを知っといても良いかもしれませんね」
古河は納得するように立ち上がる。
「とりあえず、外に車があります。急いで彼女の元へ向かいましょう」
「いえ、待ってください」俺は彼の腰を降りに掛かる。
「雨香李が本当にここに居るか分かりません。あくまで……」と説明しようとしたが――
「大丈夫です。私の能力の『
言ったっきり古賀は、それ以上の説明はせずに喫茶店の出口に向かった。
彼が説明がないのはいつもの事だが、今回ばかりは説明を聞かなければ納得がいかない。駐車場には既に古書堂店主から借りただろうワンボックスカーが雨に濡れながら待っていた。
助手席に座ると、古河はあの日と同じように俺へとあるモノを渡した。
「能力を使うところは少々恥ずかしいので、コレを付けてください」
――これは、黒色の目隠しマスク……。
お目にかかるのは二度目だが、癇癪を起していいだろうか?
なんとしてでも能力や情報に対する事柄の秘密保持は徹底しているようだ。古河の表情を凝視したが、どうしてもこの目隠しマスクを付けなければ話は進みそうにない。
俺は止む負えなく目隠しマスクを付けた瞬間、車のエンジン音が車内に響き渡る
――その瞬間
「到着しました」
――は?
確かに外から聞こえた雨音が完全に消えてはいるが……
「マスクは外していいのか?」
「どうぞ?」
言われるがまま俺は目隠しマスクを取って、その景色に思考停止……。
降り続けていた雨が止んだところか、まったく今までと違う景色が目の前に広がる。言うなれば山道の途中、ガードレールの外側に木々が生茂り、目当たりになりそうな建物やその光は存在しない。
「本当にここに雨香李はいるのか?」俺は辺りを見渡した。
「間違えは、ないですね。あの看板を見てください……」
古河が示した先の看板には埼玉県秩父郡……という文字。
この住所は、竜二から渡された教会Aのパンフレットの住所付近で間違えない。
「アナタが……語る雨香李の元に『
おそらく古賀が言いたいのは――『空間転移』という能力で雨香李の居場所へと飛んだ結果、この施設の近くへ辿り着き、必然的に疑うべき場所はこの教会Aだということだろう。
思えば、これが古賀の能力なのだろうか? そういや……最初に彼と出会った時も、ワケも分からず居場所を変えていた。なんて言うべきか――目隠しマスクで見てないが今回は素直に
「どうしましたか?」
「いや、アヤカさんと違って本当に魔法使う人を初めて見ました」
「そう……ですね。アヤカは魔法をあまり使わないですから」
コホンッ
古賀は前置きを置いてから自身の能力の説明をし始めた。
「私の能力である『
……ですが、限界があります。
魔法にはそれなりの対価が必要。体力を消耗するだけならいいのですがね。私の場合は一定時間の痙攣が止まらなくなって、しばらくの間は何もできません。スミマセンが、私が
「……それは知らなかった」
古河が目を瞑ってまで、身体を痙攣させていたのは能力のせいか……。あの日、古河はただ倒れていたワケじゃなかったのね。
走れば疲れるのと同じ容量で、能力がタダで使えるってのも甘い考えだ。
この場所まで車でも二時間以上は掛かるはず。それを一瞬で移動をしたのだ。上司に対してそこまで無理をさせたことに悪く感じる。だが、それに応えるためにもヤることはヤるべきだろう。
「分かりました。『森の孤児院』まで見てきていいですか? 彼女を探してきます」
「すみませんね……何かあったら電話で連絡を下さい。どれだけの距離があるか分かりませんが、念のため何かあれば連絡をください。何か嫌な予感がします」
嫌な予感……?
「いや、今は問題ないはずですが……彼女を見つけたら早く戻ることをオススメします」
「はい。とにかく、できるだけ早く戻ります」
俺は、常備しているポケットライトを握りしめて、その「立ち入り禁止」と書かれた
コンクリート道路から外れた道が林道へ色を変えていく。それは竜二から話を伺っていたので間違えがないだろう。
整備をされていない道程は膝の高さ辺りまで雑踏が生えている。だが、以前人の手が加えられた証拠に足元、大きな獣道のような曲線がうっすらを残っている。
その道幅、車二台がギリギリ通れるか通れないかに区画された道程。曲がり角など狭い箇所は間違えなく車一台でもギリギリかもしれない。
山は斜面はほぼ崖になっており、車でも人間でも足を踏み外せばただでは済まなそうだ。数分が何十分にも感じる。それは同じような木々をずっと眺めていたせいかもしれない。
林道を抜けると、妙に真っすぐな道が現れた。
先へライトを差しても、光は闇に飲まれてしまう程の直線で先の見えない道程。その道を歩いていると、今まで急斜面にあった木々が段々と数を減らしていく。
急斜面の勾配も滑らかになり、そこに人工的な白いコンクリートの壁。それが建物だと思ったのは、遠目から眺めて、四角い形状をしているからだ。
月日が経過した壁には
近づいて確認すると、門扉は金具ごと壊されている。既に何者かに破壊された後だった。
壊れた
その先に、もうひとつ、コンクリートの打ち止めされた建物が存在した。――ということは、今まで見ていた白いコンクリートの壁は建物ではなくただの囲いだったのか? その奥にもう一つ箱型の建物。
こんな山奥で水平器でも置いたら水平が取れそうな空間の中程まで歩き、後方を見上げた。そうだな……三階建ての校舎ほどの高さのコンクリートの壁が、真の教会を外界から遠ざけるように覆い隠している。
まるで、作者はこんな山奥に魔術結社の秘密の花園でも創造したかったのか? 中にあるそれまた白いコンクリートの建物はモダンと言えるほどシンルプで、だがその一角には取り付けたように屋根のある大きな鐘から、十字教、またはその教えに似た宗派の教会なのだろう。
おそらく、ここが竜二が渡したあのパンフレットの教会A、古賀が言う通称『森の孤児院』で間違えはない。そして推測が正しければ、ここに雨香李が名も知らぬ親の形跡を探しに来ているに違いない。
念のため携帯を取り出して、古河へと連絡をいれようとしたが……
「やっぱり圏外だよな」
こんな森の奥地で電波が繋がるワケがなかった。
またもや、こちらの教会入口も何者かに破壊され、扉は台無しにも朽ち果て、散漫している。施設の中は外よりも遥かに真っ暗……ここからは本格的にライトが必要だ。
エントランス正面にはブロンズのマリア像が掲げられ、その奥にはグレコの絵に似た巨大な宗教画、その右に外れた扉を通ると礼拝堂が見えた。
月夜の僅かながら光が
今でさえ、魔術や、理といった夢世界の存在を目の当たりにしていたが、現実の神や天使というのはまた別の
――その時だ。
教会のオルガンの音がどこからともなく、響き始める。
その音は以前の更生を果たすかのような音色は過去の亡霊、過去から届いたかのような感覚が体中を引き締めていく。まるで、理で聴いた静香の声にも似た感覚。
まさか、理の世界に迷い込んだのか? それとも、コレが噂に聞く呪縛霊か何かと――思考を巡らせた。だが……そのオルガンに合わせて歌う少女。その声はなんて言うか……不気味に楽しそうな鼻歌が礼拝堂に響き渡った。
その声にまさか……少女の声が立ち竦みそうになった足元を動かし始めた。それと、同時に怒りが心のボルテージを上がる。
そりゃそうだ。驚いて心臓が飛び出るかと思った。それに、お前が無茶をしたせいで、どれだけ周りが心配したと思っているんだ? 雨の中教会まで走らされて、静香や竜二さんも警察に電話やら、てんやわんやで、どれだけ神経すり減らしたことやら……。
とにかく、何かお返しをしなければ気が済まない。
だから、犯罪覚悟で雨香李を背後から抱き締める。
柔らかい少女の感覚――共に「ぎょぇぇぇぇぇ!!」天に雨香李の声が響き渡った。そして、オルガンにと背負い投げ。腰の打撲。後悔した……と雨香李は俺を見てポカンッとした表情を作った。
「……なんで、なんでですか?」
後ろから抱き着かれた現行犯の顔を確かめて、雨香李は呟く。
「奇跡です。やっぱり、あなたは来てくれるんですね? アナタは神様ですか?ストーカーですか?」
……いきなり後ろから抱き着く
「ストーカーだな……」
そのあとすぐ、よっぽど怖かったのだろうか、背負い投げされたハズのこの身体を雨香李は抱き締めた。彼女の髪が、頬に触れた。
「本当に、怖くて仕方がなかったのです。途中からここまでタクシーで来たのは良かったのですが、私のお小遣い全部なくなっちゃいました。ショックです」
コッチ(金)の問題のほうが先なのかよ。少女の匂い、勿怪もんだが――
「なんで、こんな危ないとこまで……」
それには……ビクッと性感でも感じるように跳ねた。
おそらく、予想は的中だな。
「言いましたよね……神様に嘘はついてないです」
「騙したのなら、同罪だと思うけどな……」
「あああああぁぁぁぁぁ……」
項垂れた……ということはやっぱり、雨香李は母親を探してここまで来てしまったのか――。それはとにかく、彼女の無事を確認できただけ気が楽になる。
雨香李はいつまで男の俺を抱いているワケにもいかず、くっつけた頬を離す。
「えっと……、どうして私がこの場所だって分かったですか?」
「お隣の彰、カエルが江ノ島方向の電車に乗るところを偶然見かけたって……。それで、気になって茅原教会にカエルの母親について確認したんだ。まさか、本当にここに来ているとは思わなかったけどな」
「……そうですか」雨香李は静かに微笑んだ。
そのあと、「へっしゅん」と彼女はくしゃみ「ここは、ちょっと寒いですね」雨香李は蠅のように手を擦る。
俺はパーカーを脱ぐと、それを雨香李の肩から掛けた。
彼女はそのことにあえて触れようとはしなかった。
「……んでここまで来て、どうするつもりだったんだ?」
「ご、ごめんなさい。家に帰る前に、母親の事、それだけは知りたかった……」
それだけって、もっと他にも方法がいくらでもあっただろうに。
俺が彼女に告げるタイミングも悪かったのではないか? もし俺がもうちょっと彼女の気持ちを理解し、少しずつ解決していく方向をとっていれば今日みたいに雨香李を苦しめずに済んだのかもしれない。
俺ができなかったことをなぜ彼女に強要させようとしていたのだろうか?
色々考えたが、ここまで来て彼女を納得させる方法はコレしかない。
「それで、『証拠』が見つかれば帰るんだな?」
「え? 私が何か探しているって分かるんですか?」
「じゃないと、ここまで来ないだろ? 何かカエルが『ここに居た証拠』とか『母親の身元の資料』……探せば見つかるかもな」
またしても肩が竦める。図星らしい。
「それで、なにか見つかったか?」
「いえ、実は私もやっと数分前にここに就いたばかりで……」
そりゃ、俺らみたいにワープしてきたワケじゃないからな。
「まあ、適当に建物内を探してみるか?」
「そうですね、一度あたりを見回ってみましょう」
俺と雨香李は少し休憩も束の間、施設探索を始めたのだった。
施設内は、過去の栄光を残したまま、建物は教会内含めて、カビやら埃が腐ったような臭気が漂う。
ふたりで手分けして探索するのが手っ取り早いが、雨香李はそれを否定。
「こんな怖い廃墟で、ひとりで探すのは嫌!」
きっぱり断ると、ふたり一緒に一階の探索を始めた。
「母と暮らした証拠ってもな……」俺はつい声を漏らす。
例えばだがどういう品を探せばいいのか見当がつかない。
「そうですね。何かしらの活動記録や、誰かの日記とか……私の事や母のことが記載されているかもしれません」
「念のため聞きたいが、お前はここで生まれたんだな?」
「そうだと聞いています。ここで生まれて、すぐに今の茅原教会へ移ったと聞いています」
そっかと頷いたが、その言葉には寝耳に水を流すような違和感があった。
そもそも、孤児院は子供を産む場所ではないのだ。だが、孤児院で生まれたということはそれなりの理由があるはずだ。そもそも――
「誰からこれは聞いたんだ?」不躾だと思ったが尋ねていた。
「静香がそう言ってたんです。嘘かは知りませんけど、それっきりこのことについては黙ってしまったので――」
なるほど……それではやはりというべきか、静香が何かを隠している。
そのときばかりは、疲労と苦痛もあって、静香がどうしても話したくないことが、とても我儘なことに感じていた。
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