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 たどり着いたのは、昨日訪れた場所である茅原教会。しかし、ここは現実の教会ではなく、ここは彼らが『理の世界』と称する異質の世界での話だ。


 人の気配は一切感じることはないこの空間、たまに変なモノが歩いていたり、人の形のような姿もある。しかし、正気がなく、声を掛けようとも思えない。それが、この世界のルールな気もした。


 掲示板には、現実と同じ『祈りの日』と書かれた紙が貼ってある。おそらく、茅原教会で間違えはなさそうだが……。


 アヤカは躊躇なく教会へとその足を踏み入れた。

「か、勝手に入っていいのか?」

「構わないわ。警察も法もあったものじゃあるまいし」


 続いて、礼拝堂の扉を蹴り飛ばす。

 礼拝堂の真ん中でアヤカはあの教壇を見上げた。


「天使だったら、通ったあとに羽でも落としてないかって思ったけど、そんな甘いものじゃないわね」教会の中に大理石とシークレットブーツの乾いた音が鳴り響く。


 その教会の中は、先日の姿と変わらない。

 代り映えがあるとしたら、この街の全てが夜中であるのに関わらず、理の世界特有の緑被れした色彩が僅かながらステンドガラスを貫通し異様な雰囲気を醸し出しているぐらいだ。

 教会の各々おのおのの椅子には、何かお祈り捧げている人間がいた。

 彼らは俺たちの無礼を知ってか知らずか両手を拝んだまま目を瞑っている。この理の世界で人間に遭うことがあるが、大抵がこういった意識のない人たちである。


「こいつらって……いったい?」

「ヌケガラって呼んでる。神に近い人間は理にも自我が出現するのよ。ただ、不完全だから意識もなければ祈るだけ、まぁ……完全に自我をつけてくるということは死を表すんだけどね。それと絶対に殺しちゃダメよ?」

「殺しちゃって……結局この世界はなんなんだよ」

「あなた、そんなことも知らなかったワケ?」

 そう、アヤカの冷めたまなざしが此方へ向いた。

「いいわ、教えてあげる。この『理の世界』は言わば天国と地獄の通過地点。宗教や国によって呼び方は様々だけどね。私たち日本人が一番 馴染なじみ深い通称はおそらく黄泉平坂。ついでに言っとくわ。天使は『理』と『現世』を干渉できる権利を持っている唯一の存在、私たちが口にする『天使の事案』とは、天使を探す事よ」

 

「え……じゃあ、なぜ俺たちはココにいるんだ? 天使でなければただの人間の俺たちがなぜ幽体離脱でき――」

「そうよ、私たちは人間じゃない。魔術師だからよ」

 そう淡々としたアヤカの言葉は止まらない。

「私たち魔術師は、天命を元にこの世界に訪れることができる。そして天使同様、世界を動かすための役職についていた……昔はね」

 付け加えたように『昔はね』――と発したのを見逃すワケがなかった。だが、アヤカはそれを遮るように、礼拝堂の奥へと消えていく。

 こんな真夜中の異界――ひとりで探索したことがない俺にとっては、ただただ恐ろしい世界、アヒルの子のように不甲斐なくも彼女の後ろにへばりついていた。


「そんなことより、アンタ? 何か証拠になりそうな気配とか、そういうのない?」

 そんな俺に気づいていたのか、アヤカからの要請が誰もいないはずの教会に鳴り響いてすぐのことだった。


 ――誰かの声が聞こえた。

 ふたりはまず、お互いに顔を見やり、その声に耳を傾けた。


 教会堂の中その声が響き渡る。身体の中へ吸い込まれるように言葉を綴る。

 この教会の誰かの叫びであるのは確かであるが、その声の主は……俺、いや俺たちが聞き覚えのある女性のモノだと気づいたのは先ほどまで盗聴器で彼女の声を聴いていたからだ。


『どうか、雨香李を導いてやってください。私は、雨香李の幸せ以外は何も望みません』


 それは単純で明白な望み。

 シスター静香は姿を見せないまま、この声が天へを伸びるように響き始めた。

 

 礼拝堂を見渡す。だが、そこには静香の姿を発見することもなければ、隣にいたアヤカはというと眼光を開いた眼差しで落ち着かないといった態度をみせていた。


「マズい。一度逃げるわよ? フミ」アヤカは一目散に教会の出口へと駆け出す。


 なんのこっちゃ?

 この教会から飛び出し、ふたり揃って対向車線の駐車場へと姿を隠した。停車した車の物陰から恐る恐ると教会を眺める。


「どうしたんだ?」アヤカを問いただした。

 そんな彼女は息バテで、肩を上下させる。


 仕事以外、何でも麒麟児きりんじとでも言うべき彼女の弱点は、とにかく体力だけはない。絶賛喫煙者の俺よりも息が絶えるのが早いってどういうことだよ?


「祈りという強い意識は『鑑賞者』を呼ぶ恐れがあるの。それに……何やら誰かが急スピードでこちらへ向かってきている。バレないように、空でも仰いでろトンチキ」

 アヤカは空を仰ぎながら、言った。

 俺も言われるがまま空を見上げたのだ。しかし、何も起こらないので、「何も起こらないな……」とボヤいたのは俺だ。

「彼女、本当に神様信じているのかしら? だけど念のため、あと少し待ちましょう」

 この一言は静香に対して酷な気もするが、アヤカの発言は半分が妄言と思わないと、ずっと口論が収まらないのは百も承知である。


 ――その時だ。

 天から雷と同時に、大きな鎌を持った人間が現れた。

「……厄介な奴が現れたわね」アヤカは、少し焦ったという表情。


 その横顔、少し呆れたといった仕草にも見えるが、彼女はその場で教会の十字架あたりを見上げて、鎌男の動向を見守る。

「彼も干渉者なのか」とアヤカに尋ねると、思いもしない返事が返ってきた。


「コードネーム『死者の魂を運ぶ者(Grim Reaper)』。それでいて私の同業仲間、死神の健二よ」

 そう説明するも束の間、雷鳴の元に現れた鎌男は、さきほど俺たちがいた教会への無遠慮に消えていく。


 アヤカは溜息をつきながら、折り返し駐車場から教会内部へと引き返したのだ。

 アヤカはなにかを用心するかのように今までのヘタレ口は一切なくなっていることに気づくが、その理由はすぐに分かることになる。

 アヤカは俺に『ある物』を渡した。


「一応、護身用。絶対に私の後ろに居なさい? それと……自分の身ぐらいは自分で守りなさい?」それは、筒のような物にボタンが付いたプラスチックだった。


「アンタ、ガン●ム見たことある?」とアヤカ。

「いい加減にしろよ?」と俺。

 この道具の使い方をこの一言で察知してしまった事がなんとなく、恥ずかしい。が、それがどういう意味なのか……その予測は正直当たってほしくはなかったのだが……。


「おい、死神大鎌バカ野郎健二けんじ

 アヤカは教会に入るや否や、口頭一番に後ろから大声を叫んだ。

 

 その言葉に「ぎょええ!!」と死神しにがみと呼ばれた健二は本当にもほどがあるリアクションで飛びあがる。そのままスッ転んた。

 こんな奴が、俺に何やら怪しい武器を渡すほどの価値のあるほど、狂犬なのだろうか?


 死神はアヤカの顔を確認すると少しホッととしたのか、捕食するような笑みを見せて、そのまま胡坐をかき始める。

「なんだよ、山田の娘さんね?先月はどうも、オヤジさんにはお世話になりました」

「こちらこそ。少々無理な相談受け取ってもらえて大変助かりました」

「って、アンタらが力ずつで阻止しただけじゃん? 俺、困るよ。依頼主から怒られるわ。そんでもって、アンタののろいは当たらないって言われんだぜ? 溜まったもんじゃない!」

 その会話、慣れた友人同士の会話には、そこまでアヤカが用心をした理由を理解できなかったのは言うまでもない。


「そんでもって今日はどのようなご用事でこちらまで来たのでしょうか?」

「言わなきゃダメ?」死神も細く目の色が変えた。

「駄目ですね」その瞬間、嘘を逃さないといったアヤカの睨むような目が死神に貫通する。

「まぁ、この教会のシスターが亡くなる予定でね。いやあ困っちゃうよ? 俺だって好きで魂を運ぶ仕事をしているわけじゃないのに」


 このシスター、それが誰の事かは見当が付く。そして、その言い分はとてもじゃないが聞き伝手つてならない。なぜ静香が死ぬ? 交通事故か何かか? 俺は彼の口車に反論をしようとしたが――

「ちょっと待ちなさい。アレが嘘ぐらい分かるでしょ」アヤカは俺を差し押さえる。


 そして、交渉が続く。

「あらまあ? この方、私の知り合いですの。何かお病気だったのですかね?」

「実はそうなのよ?」ニヤリ。

「殺すわよ?」……と、結局最初に手をだすのアンタか!! 


 ――世界が変貌する。コンマ一秒あったか定かではない。

 デザートイーグルが握られていたアカヤの手からは獄炎の大火渦うずがすべてを飲み込む。その手元にある改造拳銃は、いつの日かお目にかかったあの『魔法拳銃』に違いはなかった。


 ――輪入道わにゅうどうさん、少し力を借りるわね……小声でアヤカが何かを呟いたのは分かったが、俺はそのあまりの破壊力と熱風に唖然とする。

 協会は一瞬にして豪華の炎に包まれ、その勢いで俺は身体半分が外へと吹き飛ばされていた。


 少しだけ振り向いたアヤカは俺の顔を見やる。

「フミは走ってどこか遠くに行きなさい? 大騒ぎ起こして、鑑賞者を呼びます」

 そう、そこまで大袈裟にする理由が俺には理解できないのだが――

「って、鑑賞者にバレていいのかよ?」

「バレても問題ないわ。怒られるだけですから。正直、私じゃ……勝てないから」


 なんだって? 

 とにかくだ、巻き添えを喰らいたくない俺は教会を飛び出して、そして湘南モノレール高架下を全力疾走する。ガソリンスタンドでも爆発したかのような破裂音にふと後ろを振り向いていた。

 それは魔法対決――とでも言っておこう。実物大のロケット花火を水平方向に飛ばすような勢いが何度も死神へと撃ち放たれていた。

 もはや、銃刀法違反の騒ぎではない。実際のハリウッドのCGを生で経験するような立体映像に仰天する暇もなく、ただ生存本能が働くままに走っていた


 だが、考えもしない事態が俺を襲おうとしていた。

 逃げているのは俺だけではなく、あの死神も逃げていたのだ。しかも、この足元にはかの有名な西遊記ででてくる孫悟空の乗物にそっくりな雲――どうみてもこの速度は俺の全力疾走とまったくもって比較できないワケで……。

 そして、死神は俺を黙視すると、何やらニヤリと笑う。――って思ったより俺、ピンチなんじゃね?


 拳銃をぶっ放すアヤカは此方こちらへ来る気配は一切ない。その前に、彼女はとにかく走るような基礎体力が微塵もない。鎌男は何かを刈るように、巨鎌を空に浮かぶ月のように高らかと持ち上げた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」叫んだのは勿論もちろん俺!


 死神は急スピードでジワジワと俺との距離を詰めていく。その手には、死神の大鎌がギロリと物欲しそうに鈍い光を醸している。


 間違えなく、死亡フラグだ。


 そんなことなら、喫煙をやめて、体力増量に性を尽くすべきだったかと過去に悔やまれる。てか、俺はリレーでもないのになんでバトンを持っているんだ?と考えて思い出した。

 それは、一種の神頼みに近い行動であったが……筒にはボタンが一つ。アヤカのことだから、このボタンにはそれなりにあの男に立ち向かう伝があるに違いない!


 だが、いきなりボタンを押して何かわからないシロモノだと……間違いなく俺の首は宙に待っているだろう。さすがに3秒しか持たない光の剣なんて、どこのファンタジーゲームも採用しないと信じたいが……。


 ク、ヤケクソだ!

 

 俺がこのボタンを押してすぐのことだった。

 上から透明なプラスチックの板がゆっくり出てくると、そこには『3』と光の文字が浮かんだ。

 あぁ、これどういう仕組みだろう。って思ったら、『2』になった。

 おぉ?文字が変わるのか?

 『1』

 嫌な予感しかしないので、筒を後ろへと投げた。



 そして……

 ――ドゥゥゥゥゥン……

 これは花火ではなくて、イオ●ズンかエクスプロージョンだ。


 爆風で前のめりにぶっ飛んで頭からヘッドスライディング。

 そのすぐ横、死神は爆風を直に喰らってしまったのか、花吹雪のひとかけらのようにこの身を捩りながら飛ばされていくのが分かった。

 ――ギャァァァァァァァァァ……            キラーン


 アーメン……という言葉が、頭に浮かぶ。

 しばらくすると、アヤカは急いで此方こちらまで掛けてきたころには、俺の恐怖はドコかへ吹っ飛んでしまっていた。


 「アンタァ、アフォオ…?? アタシがの銃が届カーナカッタラ……はぁはぁ…コロサレルつーの」

 アヤカは両手を膝に当てて、肩で呼吸を取る。責め立てるように言うが……。

「って、キレたいのは俺の方だ! 間違えたらあの爆弾兵器でコロサレルところだっただろ?」

 頭に怒りが込み上げたがよくよく考えると、鎌男が哀れ過ぎてそれ以上なんか……もういいや。

 死神の姿はもうここでは見当たらない。おそらく方向が正しければ、海か砂浜らへんに墜落しているだろうが……間違いなく致死量だ。


「大丈夫よ。アイツはこれしきのことじゃ死なないわ」

 アヤカは彼の生命力をフォローするが元を言えば、こんな小型爆弾を渡した彼女の責任……って、一応俺自身これを死神に食らわせたことを後悔してはいない。

 命を狙われた以上、その駆け引きは仕方がないのかもしれない。


「まぁいいわ。だけどアレじゃ、彼に尋問できないじゃないの」

「尋問って裏の組織でも聞くつもりですか?」

「当り前じゃない? 彼は一応、私の同業者。こうやって敵の時もあれば、スポンサー次第で味方の時もある。結局、雇われ兵よ。だから、せめてものお情けで、殺さないであげたんじゃない? それに、問題はここじゃないでしょ?」


 確かに死神を名乗る健二けんじという男が、個人的な恨みで静香の殺害をくわだてるなんて到底思えなかった。


「誰がどんな理由で彼女を殺そうとしたか。それによっては、『天使の事案』に関係する情報が手に入るかもしれなかったのよ」


 天使と関係があるというのは、確かなことなのかもしれない。ではないと、天使を疑われている雨香李の姉である静香が狙われる理由は今のところは思いつかない。そして、おそらくアヤカもそう思っていたのか……。


 不気味な夜空には鳥人のような人影が辺りをうろついていた。これら鑑賞者は俺らがさっきまで騒いでいた茅原教会あたりの上空に無数の群れを作りあげる



 事務所の方角へ歩いているに、アカリは語り始めた。

「私と死神は、ついになる魔術師家系だったの。私のコードネーム『死者に装飾を届ける者(Bedivere clan)』。健二は説明した通り死神。『死者の魂を運ぶ者(Grim Reaper)』。私たちはね、本来は……仲のよかったのよ」


 また昔話……。アヤカの話にはどこかいつも過去形が存在した。

「昔昔って……アヤカさんは何歳ですか? そもそも、なんで能力がない俺が……」

 ――イテッ!

「23歳!! 古河と同級生よ! そんなことより、あなたがこの世界に来れる理由は分からないの? それでよく今まで生きてこれたわね」

 

 そんなことで苛々していた。だが、記憶がないことを逆手をとられたアヤカのセリフが本当に……癇癪を起しそうになっていたのだ。。


「じゃあ、最後に……。なんで山田家は死神と敵対しているだ? そんでなんで職務放棄をしてあんな古書堂で詐欺紛いの経営をしてんだよ?」


 この時、アヤカに何か言い返してやろうという邪念が心を刺していた。

 意地悪な質問をしたつもりだったが、それに対して息が止まる思いをしたのは――俺のほうだった。


「そうね。見て分かると思うけど、今は古本屋を経営しながら、私でも胡散臭いと分かるぐらいの探偵事務所を営んでいる。それはね……」

 その目が一瞬、アヤカは顎をあげて、睨むように此方こちらを振り向いた。


「おそらく、人はもう、その先には行けないからよ?」

「……は?」

 その理由がすぐには理解できなかった。だが、その事実は俺の思考を停止させるにはとても容易なことだったのだ。


「およそ20年前、天使はある者の手によりこの世から去った。そして、天使がこの世から姿を隠した瞬間、魂の行く先、『天国』と『地獄』はごっそりと姿を消した――。人々の魂は……もう、消滅するしかなくなったわ」


 アヤカはいつでも冷ややかであるが、その時ばかりは恨みというかは苦しみを我慢しているのがすぐに分かった。


 ――魂の行方がない? 冗談じゃねぇ……。

 今ただのオカルトや怪奇現象と称した詐欺師軍団のほうがまだマシだと、その時ばかしは考えざる負えなかったのだ。


 この時、俺は『天使の事案』が如何にこの世界規模の大事件であるかをこの身を持って知ることになったのだ。


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