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 実際の仕事内容は『山田古書堂やまだこしょどう』での店番がほとんどであった。だが、住宅街ではあるが駅から数キロも離れた立地に存在する古書堂に客が訪れることはまずなく、大体はレジの前で置かれた椅子に座ってただ茫然と時間を過ごすだけであった。


 おそらく山田店主は俺を彼らが言う通称:『ことわりの世界』に行くことができるという理由で採用したのだろうが、その後は一度もあの夢の中にある鏡世界に行くことはなかった。

 俺は毎日、暇を潰すように山田古書堂へと向かっていた。  


 古書堂の仕事に就いてから文句を言いたいことが多々あった。山田古書堂は商売という言葉はまったく分かっていない。

 ほとんどの本棚には薄く透明なほこりが付着しており、蛍光灯も何年も変えていないのだろう。極稀に半暗になっては頑張って生きようとする金魚のように明るさを戻す。正直いっその事点滅しなければ変えやすいのにと、蛍光灯には悪いが寿命が尽きるのを待ち望んでしまっていた。


 ――ギィイィィィ

 そして、この黒板を引っ掻いたような不協和音……まさに閑古鳥さえ来ない原因がコレだ。

 アヤカは一日の大半を共有スペースのはずのスタッフルームを独占し、ドコから持ち出したか分からない切断機や四角い3Dプリンターで図画工作に励んでいた。

 この最先端の技術でマジのドンパチを制作しているのではないだろうな……だが、こんなことを続けているから客足が一向に増えないというのは想像するに容易いことであった。

 そんな俺はというと知らぬが仏を突き通し、レジ前の椅子で煙草でも吸うか、読書に励む気楽な毎日を送っていた。人のことは言えないのだ。



 特殊探偵? とも云える業務も少なからず存在した。

「ふみ、一緒についてきなさい。はいコレ」

 アヤカが声を掛けたのは、俺のバイト生活から一週間が過ぎようとする朝のことだった。

 そして、一枚のB5用紙には『佐助にある魔女の家がなにやら夜に怪しいことをしています』から始まる現代では不可思議なメールの内容が綴られていた。


 アヤカは図画工作に飽きると、次はパソコンで何かをしているのは知っていた。

 そして、前の日にアヤカは少しだけ機嫌きげんがよいのを、バイト中であるのに関わらず暇つぶしに読む本を物色していたときに見かけていたことを思い出す。

 おそらくだが、このような奇々怪々なメールが届いたから舞い上がっていたのだろう。

 そして、このような調査や依頼のため、急勾配が多い鎌倉市街を探索するというロードワークが幾度となく繰り返されたのだ。



 だが、それと同時に寺社や宗教に関わる依頼を多く受けて分かってきたこともある。我らが住む古都 鎌倉かまくらは、とにかく寺社や教会、オカルト的な名所が多々存在する。

 俺が知っている鎌倉仏教は時宗じしゅう踊念仏おどりねんぶつぐらいであるが、少なからず我々の宗派でない宗教を祈ったり、お願い事をしているのが今の世の中の仕組みでもある。

 一般的な日本人の誰もが当てはまることだが、クリスマス(十字架教)やハロウィン(ケルト神話の悪魔が由来)、結婚式になれば神に祈り(神道か十字架教)、誰かが亡くなればお坊さんに念仏を頼む(ほぼ仏教)など多岐にわたる。


 しかし問題はここからだ。

 本来するべき神主やお坊さんは、祝祭やお祭りといった銭儲けばかりに目を引かれており、呪術、霊視や除霊などといった『真の教え』などは当の昔に忘れてしまったらしい。人によってはまだ視る力が残っているが、それはほんの一握りに過ぎない……と山田店主は語っていた。

 なんとも恥ずかしい話に聞こえるが、科学や技術が発達した時代に神様仏様を真面目に信じている者は少ない。そうは言っても、そういうオバケや都市伝説のような事件が一向に消えないのは未だに一般人でも霊的なモノを視えてしまう人が多いからだ。


 それでというワケではないが、一般的なヒトの見方では『山田特殊探偵事務所やまだとくしゅたんていじむしょ』はそういったオカルト事件を解決する探偵という世の中では信じられない職業で生計を立てていた。


 こちらの仕事は我ら特殊探偵を信頼してくれている寺社の二次受けとしての依頼がほとんどであるが、依頼名目が探偵業務のため解呪かいじゅができなくなったなどの宗派の一存や沽券には触れることはないというのが一番のセールスポイントらしい。しかも、それら霊的な悪戯には……実は『理の世界』との関係があるのだとか――。

 そのため、独占的ではあるが、この宗教街 なわではの社会貢献にはなっているのだろう。


 だが実際に対峙した事件の全て こんな霊界探偵的な事件はなく、どれも人間が招いたただの悪戯いたずらばかりだった。


 魔女が魔法で火を出しているというのは深夜にばあさんが焚火たきびをしているだけだったり、電話ボックスの点滅は電燈の寿命と電圧の不具合が問題だった。

藁人形わらにんぎょうが刺さっている』なんて言うまでもなく人手が加わった呪術であるが、神社の神主に断った当日、何の輪唱りんしょうもなく引っこ抜いて持って帰ってくる有様だった。間違えなく、神主にバレたら説法を喰らう行動だが、アヤカはく――

「力がない者、信念がない呪いは、誰にも伝わらないわ」

 と飽きた玩具を眺めるような目つきで語っていた。


 ちなみに引っこ抜いたのはあとに、アヤカという現代の悪魔は「丁寧ていねい供養くようさせていただきました」と神妙な面立ちで語ったときは、闇交わえば黒くなるというか、俺の心が暗黒サイドに落ちていくのを抑えることはできなかった。

 そのたびに彼女の白く細い指先にはお供えではなく金一封が挟まっていたのは……よろしいのだろうか?



 この日の依頼が終わり神主が見えなくなったところで、アヤカは笑い袋が壊れたような卑猥な発声をしていた。


「阿弥陀も銭で光るってまさにこのことよね!」

 狂ってやがる……と信じて止まない四月初頭、この帰り道、ある神社の坂を降っている時だった。

 彼女はニタニタした笑いを抑えられないまま、金一封の中身が正しいのか確認をしている真っ最中であった。


 だからというワケじゃないが、霊界探偵ではなく、ただの詐欺師のように働く彼女の背中に何か正義感のような癇癪かんしゃくが溜まっていたせいもあったかもしれない。


「アヤカさんって本当に探偵らしいですけど、銃だって妖怪の他力だし、魔法ってことは全くもってやりませんね」と、ねたみのつもりで言ってしまった。


 その時だった。

 いままでの金銭に溺れた汚い大人の顔がすんっと消え失せていた。


「……コレで、いいのよ」振り向きもせず、そう小さく呟いた後だった。「魔法なんて使えなくても、私には解決できるの」


 その真意を知るのは来月のことになるが、俺はそれまでこの言葉がどれだけ彼女を傷つけたのかを知る由もなかった。


 アヤカのコートは風に揺れていた。春先に残されていた落ち葉もまた、その中で微かに揺れる。

 彼女はその一部のように、この下り坂を無言で降り始めた。



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