第22話 et puis

 あの頃は子供で、選ぶことの反対にある切り捨てることを見ていなかった。

 今が大人になったかと言われると答えに詰まる部分もあるが、昔よりは成長した。それでも、あの時の選択がいつも引っ掛かっている。正しいと思い、正しかったと思っている選択は棘のように刺さっていつまでも抜けない。

 選ぶことの重さは常に付きまとうし、「あの時、こうするべきだった」などと考えることは尽きない。仮に人生をやり直したとしても何度だって悩み迷うだろう。

 それを受け止めて進むことが成長だというならば、子供のままで居たいと思ってしまう事もある。弱さだ。

 自分の言ったことへの責任は自分自身が追わなければならない。あの日、選んだこと、誓ったことに背いてはならない。

 それが二人への責任だ。



 あの日、俺たちは一度全ての関係を白紙に戻した。

 三人は友達でなくなり、柊とも別れた。

 お互いを見つめなおして、新しく良い関係を築きなおすためにはそうする必要があると三人とも考えたからだ。もちろん、それは俺たちの間だけで他の人たちには今まで通りの関係を装った。中途半端だと言われるかもしれないが余計なことに時間を取られたくなかったからだ。


 柊と日笠が学校に復帰したのは九月が数日過ぎた頃にはなった。風邪をこじらせて声が出しづらいという柊と、肺炎になって入院していたという日笠を誰も不審には感じなかったことは幸いだった。


 雨降って地固まるとは言ったものの、ぬかるんだ上を歩く段階は思っていたよりも大変だった。精神的に不安定な状態に陥ってしまっていた彼女たちと再び仲良くなるためにかかった時間はそう短くなかった。

 柊と再び心からの言葉を交わせるようになるまでには一月ほどかかり、そこからデートを重ねて三回目で告白、交際に至る頃には秋は過ぎていた。


「嬉しい。ありがとう。私も悠のことが好きです。」


 告白を受けいれてくれた時、彼女から零れた微笑みだけで苦労は報われた。

 新しく始まった交際は共依存的なスタートをしなかったこともあってか、精神的にも安定したものだった。それでも前よりも相手のことをわかっている。素敵な関係だと自分では思う。


 日笠とはクラスメイトであり部活仲間であったこともあり、すぐに友達になった。周りから「浮気か」などと茶化されるような仲の良さは前の時よりもお互いを曝け出して、受け入れ、理解しあったからだろう。

 柊と恋人に戻る前に日笠から告白をされた。

 彼女の言葉からは真剣な想いと本気さを感じた。狂気など欠片もなかったことに密かに安堵した。


「ごめん。俺には他に好きな人がいるんだ。恵のことは大切な友達であるけれど、付き合えない。」

「そっか。ありがとう。真剣に向き合ってくれて。悠のそういうところが好き。前よりも好きになっちゃった。あぁ、辛いなぁ。苦しいなぁ。でも、なんかホッとした。……少しだけ、今だけ胸を貸して。」


 涙が流れた。咽び泣いていた。

 俺の服の袖を握る手に入る強さは彼女の痛みを表しているようにも思えたが、こんな小さなものではないはずだとすぐに否定した。


 そんな出来事を乗り越えて、日笠とは友人と呼んで差支えない関係へと戻った。いや、彼女との関係はより深くなった。いつの間にかお互いを名前で呼び合う関係になったことには自分でも驚いた。

 柊からは「仲が良すぎる」と何度か苦言を呈されたが、以前であれば俺に直接そう伝えずに抱え込んでいたであろうことを考えても関係を作り直した甲斐はあったと思える。


 関係の再構築に時間がかかったのは柊と日笠の間だった。

 お互いを傷つけあったこともあってか、最初は遠慮がちに話していたし、言葉を選びすぎていることが見て取れた。

 日笠が俺に告白をする頃には少し張り詰めた空気が二人の間に流れていて不安になったが、それも一度の喧嘩で解消したようだった。


「梨沙のことは好きだよ。でも、少し嫌い。私の好きな人の恋人なんだから。心の底から素直に祝福できないよ。」

「恵とは親友だけど。今はまだ油断できないよ。」


 柊と再び付き合い始めた時にはまだ、そんなことを言っていた。

 前のような事態にならなかったのはお互いのことを理解していたからだろうか。



 春を迎え、あの日の理想を形にできたと思っていた。


「今年もクラス違うとかもう故意だよ絶対。誰かが私たちの中を引き裂こうしてるに決まってる。これは神様じゃなくて先生呪わなくちゃいけないんじゃないかな。」


 新学期初日、俺の隣にやって来た柊は言う。

 初日なので午前で終わり部活までの間、各々が好きに過ごす中、俺は柊と日笠の三人は教室で弁当を食べていた。


「去年も同じような事聞いた。あれじゃない。梨沙たちみたいなバカップルを同じクラスにしたら授業中でもイチャつきそうだし、あえて分けてるんじゃないの。」

「何それ。権利の侵害じゃん。私フランス人だから権利にはうるさいぞ。反対運動するしかないよ。」

「授業で習っただけのこと話してると馬鹿っぽく見られるぞ。」

「助けて、悠が酷いこと言うの。」

「はいはい。仲が良いですね。」

「なんか雑じゃない?今年も悠と同じクラスだからって調子に乗らないでよね。」


 傍から見ても去年より仲の良い関係に見えるだろう。

 どこまで踏み込んでいいかわかっているからこそ言える遠慮ない言葉や軽いやり取り。それが再びできるようになるまでんいは色々とあったが、今があの日の選択が正しかったと証明してくれているようだった。


「私そろそろ部活行かなきゃ。」

「じゃあ、また部活後にね。練習頑張って。」

「悠も頑張ってね。」


 食べ終わった弁当を鞄にしまうと彼女は教室を出ていく。


「私たちも早いけど行く?」

「そうだね。」


 音楽室のある別館へ向かって二人で歩く。

 三階の渡り廊下はいつも人気がいない。別館の三階には音楽室を含め部活をやっている部屋もあるが、三階には大きな視聴覚室しかないからだ。だから、ここを通る人は少ない。


「ねぇ、悠。」

「なんだ?」

「後悔してない?」

「してないよ。」


 思わず立ち止まる。

 進まなくてはいけないのに。


「私も。」


 そう言って彼女は一歩近づく。

 一歩また一歩と縮まる距離がゼロになった時には唇が触れ合っていた。


「さあ、部活行こうか。」


 彼女は何事もなかったかのように歩き出す。



「ごめん。待たせちゃったかな。」


 夕方、六時。部活が終わり、校門の前で待っていると柊がやって来た。

 登下校は一緒にすること。付き合い始めた頃に作ったルール。

 登校の時は二人きりだが、下校時は日笠も一緒であることが多かったが、柊はそれに文句を言う事はなかった。


「俺たちも今まで音楽室にいたから、さっき来たところだよ。」


 本当だ。

 部活自体は四時までだったことを除けば。


「梨沙は同じ部の人たちと帰らなくていいのか?」

「私は悠と帰りたいし。それに恵もいるんだったら、尚更一緒に帰りたいよ。」

「ありがとう。お邪魔かもしれないけど、私も二人と一緒に帰りたいな。」


 好きな人、分かり合える親友。そんな二人と一緒に居られる時間が再び戻って来たことをこの光景が教えてくれる。

 幼い頃、人と話すことが苦手だった俺と柊。

 それが今はこんなにも普通に高校生活を送れている。


「どうしたの?何か考え事?」

「最近多いよね。ぼーっとしてることよね。」

「いや、幸せだなって思ってただけ。」

「何それ、惚気?」

「それも含めて、こうやって三人で過ごせてるのが。」


 照れを隠すように目を逸らす。

 柊が俺の腕をつかみ、抱き寄せる。それを日笠が複雑そうな目で見守る。

 去年、選んだそれは正しかったのかはまだわからない。また違う関係へと変わるかもしれない。俺はその時、何を思うだろうか。

 選んだと言いながら、選びきれていない俺は。


 柊梨沙と出会い、友達になった。恋をして、相手を想った。依存して、身体を重ねて、解け合った。

 日笠恵と出会い、仲良くなった。語り、友達と呼んだ。

 関係がこじれて、喧嘩をした。たくさん傷ついて、傷つけあって、向かい合って、選んだ。リセットして、修復して、選びきらなかった。

 そして、それから――。

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et puis 中野あお @aoinakayosa

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