第20話 Leurs conclusions semblent correctes pour eux. - Partie1
「好き」は劣化するが「愛」は何時までも続く。そんな言説を聞いたことがある。
それなら俺たちが「愛」と呼ぶそれは二人の間にいつまでも存在し続ける。わざわざ確かめているうちはまだ偽物なのかもしれない。
相手のことを想う時、その裏側で自分を想う。
相手に触れて、触れられて、認められ、感じられる。まだ完全な「愛」と呼べないそれは未完成で脆く壊れやすい。
柊はそれが日笠によって壊されるのを恐れた。
だから、彼女は感情で取り繕って、「愛」と呼ぶ何かを盾に言葉を振りかざした。
きっと誰も、何も間違ってはいない。
お互いに「言葉」が足りなかったんだ。
夏休みが終わり、新学期がやって来た。
小学生の頃は八月末まであった気がした夏休みは何時の間にか一週間ほど短くなってしまった。
あの日から柊にも日笠にも会っていなかった。メールは入れたが、本人からの返事はなく、母親通しを通じて無事を確認しただけだった。
いつもなら同じ電車に乗っているはずの二人の姿は、学校に着くまで確認できなかった。いや、学校についても二人の姿はなかった。
担任曰く、日笠は風邪をひいたことになっているらしいホームルームの前にこっそりそう教えられた。さすがに自殺未遂で入院とは学校側も言えないとのこと。
通りがけに除いた隣の教室には柊の姿はなかった。こちらも風邪とのこと。
それを俺が知らなかったことに彼女のクラスメイトから追及があったが、昨日、喧嘩して連絡を取ってないということにした。
部活でも日笠のことなどを色々と聞かれたが、こちらも喧嘩したことにして誤魔化した。一言で説明するならば痴情のもつれなのだろうが、そんなこと言えるわけもなかった。
一人で寂しく過ごす学校生活が二日間続いた金曜日の夕方、二通のメールが入った。
『今日、私の家。十九時。』
『梨沙の家に十九時。』
俺の知らない所で何かあったようだ。
柊は話せるようになったのか、日笠は退院したのかとか色々と思うところはあるが
「わかった」とだけ返信した。
行かないという選択肢がない文章だったが断る理由もなかった。こちらから入れた連絡は全て無視されている以上、これ以外に糸口はない。
晴れない気分を抱えたまま部活を早退し、一度家に帰る。
親にはどこからか情報が伝わっていたようで、夕食は帰ってきてから食べたらいいと言われたので、鞄だけ置いて柊の家へと向かう。
予定よりも少し早い頃合いに彼女の家に着いた。
インターフォンを押すと無言で鍵の開く音だけがした。
「お邪魔します。」
玄関で靴を脱いで上がる。
リビングを覗いたが誰もいない。部屋まで来いということだ。
二階へと上がり、部屋の扉をノックするも返事はない。柊はいまだに話すことが出来ないでいるのかもしれない。
扉を開けて部屋の中へと入る。
灯りが落とされ、カーテンも閉められたままの部屋に記憶を頼りに入る。
もしかしたらベッドに柊が寝ているかもしれないと思ったからだ。
そんなことを考えていると、突然、背後から強い衝撃に襲われ抵抗もできないままベッドへと倒れ込む。幸いにも無人のベッドにより怪我はしなかった。
俺を押し倒した人物は背中にしがみついたままなので誰かはわからないが、必然的に二人のうちのどちららかである。
「梨沙?」
「違う。私。」
「退院してたんだ。おめでとう。」
本当は背中に感じる小柄な体格から日笠だとはわかっていた。
「来てくれたんだ。」
「呼ばれたからね。」
腰に回された腕の力が強さを増す。
抱き着いているというよりも絡みついていると表現した方が近いかもしれない。
背後を取られて押し倒されているとはいえ、その気になれば振りほどくことは難しくない。そうは言っても彼女に乱暴な真似はしたくなかった。
背中にかかる日笠の息が荒い。
肝心の部屋の主は気配さえ感じられない。
「ねぇ、私とエッチしてくれない?」
「ダメだ。」
「梨沙には許可をもらってあるから。」
その言葉に体が反応する。
言葉は出てこない。
「信じられない?本当だよ。この部屋で、梨沙の家でなら湊としてもいいって。恋人にはなれないけど、身体だけならいいって。終わったら梨沙に連絡することになってるんだ。だから、気にすることなんてないんだよ。三人で幸せになろう。」
柊がそんなことを許すはずがないと思いながらも、状況は日笠の言葉を肯定するように揃っていた。
自分の彼氏のことが好きな友人を悲しませないために、今までのような関係を三人で続けていくために色々と考えたに違いない。
そして辿り着いた方法がこれだというのか。向き合った結果、そんな狂った関係を許容することになったというのか。
かすかに柊の匂いのするベッド。
そこで日笠を抱く。
男としてどこか抗い難い悪魔の囁き。
だが、それは俺の思い描く解決とは程遠い。
日笠の言っていた「逃げ」の方が近いだろう。
彼女の手の位置が少しずつ下がり、ベルトへと手をかけようとしていた。
「それでも俺は日笠とはそういう事できない。」
「女としての魅力がない?」
「そうじゃない。」
「私にも梨沙にも気を遣う必要がないのよ。湊は何も気にせずしたいようにすればいい。」
「俺が望んでいるのはこういう解決じゃない。」
体に力を入れて転がるように横へ動く。
その拍子に緩んだ腕から抜け出し、今後は逆に日笠を押し倒した。
少し会っていないだけなのに久しく感じる彼女の顔はやはり以前よりはやつれていて、精神的疲労のようなものが見て取れた。
「されるよりする方が好き?」
「無理するな。」
「何が?」
「本心で言ってないんだろう?俺に拒んでほしくて言っているように聞こえる。」
今の日笠からはあの日のような鬼気迫る狂気は感じられない。
精神的に安定したとかそこらへんはわからないが、本心から俺に迫っているわけではない気がする。提案自体は本気かもしれないが、それを正しいと思い込んでいるような様子ではないのだ。
「本気だよ。」
「そうは思えない。」
「好きなんだ。」
「ありがとう。」
そう言った日笠の目は澄んでいた。
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