第12話 Est-ce que l'amitié est éphémère?

「悠は私の彼氏。恵に悠は渡さない。」


 柊梨沙は何かを決めると、そこからの行動はかなり早いタイプだった。

 決めたことに捕らわれ過ぎてしまう気があるとも言えるが、良く言えば積極的に行動を起こす人間だ。 

 その積極性も翌日、月曜日の朝七時、部活に向かう前に俺たちを公園に呼び出して日笠に宣言するというところまで行けばあまりに早すぎると思う。


「えーと、急にどうしたの?私、梨沙から湊を奪おうとしたことなんてないんだけど。」


 親友からの挑発ともとれるような突然の言葉に日笠が驚くのも無理はない。

 日は昇っているものの、この時間から公園に遊びに来る人間はおらず、外周を走る人間はいても公園内はとても静かだった。

 向かい合い立つ二人を俺は真横で見守ることしかできない。


「最近、恵が悠と仲良すぎるから釘を刺しておこうと思ってね。」

「私は梨沙から頼まれて湊のこと報告してあげてるだけだよ。」

「それに関しては感謝してるよ。でも、ここのところ悠との距離があまりにも近すぎるんだよね。前はそこまで近づいて話してなかったよねって思うくらいの距離まで近づいてるし。部活中も割と悠と話してるって聞いてるよ。」

「まさか私に嫉妬してるの?自分はあまり会えていないのに部活が一緒の私は湊と長い時間過ごしているからってそんなこと言ってるの?」


 喧嘩腰の柊に釣られてか、日笠の言葉にも棘が生まれる。

 知り合って一年以上経って初めて聞く日笠の怒った声。普段は明るくあっけらかんとしている彼女から怒りを感じたのは初めてだった。

 人間なのだから怒ることくらいあるだろうが、それを親友と呼んで差支えないような相手に向けているというのは余程の事態だ。


「違う。」


 柊も怒っている。

 ただ、彼女は静かに怒るタイプである。

 声を聞けば明らかに伝わるほど感情を込めているが、声を荒げるという事はしない。


「恵が悠のこと好きだってわかってるから。」


 冷ややかに言い放つ。

 一触即発と言った緊張感に包まれる。

 さすがにキャットファイトみたいなことにはならないと信じたい。いや、そんなことを起こさせないために俺がいるのだ。


「ねぇ、湊。本当に昨日、梨沙とデートしたの?エッチもしたの?こんなに辛そうな梨沙見てられないよ。彼氏ならもっとちゃんとフォローしてあげないと。」


 尋ねられても答え難い内容の話を何故か俺に話を振る。

 心配そうにする言葉とは裏腹に、その口調はまだまだ荒っぽく、口元は緩んでいた。

 友人として心配をしているという以上に何か心に秘めているような表情。

 二人が俺の方を向く。

 俺を糾弾するかのように鋭い視線が二つ。

 この状況を作り出したお前が悪いと言わんばかりに。お前の話をしているのだから、第三者的な立場で居れると思うなと。


「私と悠が昨日デートしたかとかセックスしたかとか今は関係ないでしょ。」

「関係あるよ。湊と上手くいってたら今ここで私に八つ当たりなんかしてないと思うんだけど。それとも彼氏を信じられてないのかな。」


 その言葉を聞いて柊の表情が変わる。

 手に持っていた鞄を地面へと落とした柊を見て、まずいと思った次の瞬間には日笠の肩につかみかかり彼女に詰め寄る。

 一拍遅れてようやく反応できた俺は柊を後ろから羽交い絞めにして日笠から引き離す。女性にしては身長の高い彼女を抑えるのは大変で、俺に掴まれてなお食って掛かるほどに彼女は怒っていた。


「あなたに私と悠の何がわかるっていうわけ?私たちがどれだけお互いのことを想っているのか、昔からお互いを支えあっているのか、好きあっているのか。恵にはわかるはずもないでしょ。幼い日の私たちが出会えたことに、その存在にどれだけ救われたのか。それまで抱えていて孤独とも言えない寂しさが解けていった時に心に広がった感情をあなたは知らない。かけがえのない人がいる。自分をわかってくる人がいる。それがどれほど嬉しいことなのか。あなたには想像できないでしょう。いくら恵が悠のことを好きになったとしても、その気持ちは私に遠く及ばない。彼氏を信じているとか信じていないとかそんな次元の話ではないの。悠だから良い。私には悠だけが居ればいい。それが私の幸せ。恵にそれがわかるはずがないでしょ。」


 感情を吐き出すように叫ぶ。

 公園の前を通りかかった人から視線を向けられてしまう程に大声で。

 羽交い絞めにされていることなど気にしていないかのように。

 泣きながら、怒りながら、親友と呼んだ人に言葉を吐く。

 会話が苦手なせいで昔から感情が表に出ないと言われてきた彼女が、俺以外に対して思いのままに話すのを初めて見た。皮肉にも柊にとって日笠はそれほどに打ち解けた相手だったのだ。

 言いたいことを口にしながら、柊の身体から少しずつ力が抜けていき、言い終わる頃には疲れて俺に体を預ける形にまでなっていた。


「今の梨沙、見ていられないよ。」


 あれだけの思いの丈をぶつけられたというのに、日笠は冷めた顔でそう言うだけだった。

 言葉も声も全てが怖ささえ感じるほどに落ち着いていた。

 そんな彼女を柊が顔だけ上げて睨む。


「今日は休む。部長にはメールしておくけど湊からも言っておいて。風邪を引いたってことにしておいてね。」

「待ちなさい。まだ恵が悠のこと好きかどうかはっきり聞いてない。本当に好きじゃないなら口にできるでしょ。」

「まあ、明日はちゃんと行くと思うから宜しく。」


 柊のことが目に映っていないかのように俺にだけ言葉をかけて去っていく。

 彼女の姿が視界から消えるまで俺はただ柊の叫びを聞きながら見ているしかなかった。


 柊をベンチに座らせ、俺も隣に座る。

 力なくもたれかかって来る彼女を受け止める。


「私、間違えちゃったかな。」


 ぽつりと呟いた言葉を聞こえないふりはできなかった。


「梨沙は間違えてない。きっと悪いのは俺なんだ。」

「悠は何も悪くない。」

「俺が梨沙を不安にさせたから。」

「違う。」

「そうだって。」

「違うの。」


 何も言えない。

 誰が悪いわけでもないのだから。

 慰めあう事しかできない。

 ただ見ていることしかできなかった自分の無力さと愚かさを憎めども意味がない。


「帰る。」


 そう言った柊を家まで送る道中、会話は何もなかった。

 他人から見れば、別れ話をした後のカップルみたいな重たい空気をまとわせていたことだろう。


「念のため気を付けて。」


 それだけ言って柊は家に入って行く。

 俺は休むわけにもいかず、駅まで走りなんとか部活に参加したものの、一日中上の空だったと後で言われた。

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