第9話 Elle et il, pour toujoours. Je le croyais bien.

 まだ真新しい学ランには慣れず、だからと言って羽織っていないと寒い。それ以前に校則違反になる。そんな春。


「私、一応プロテスタントだけどあの日はさすがに神様呪ったね。」

「梨沙のそれ聞き飽きた。」

「恵まれた立場だからって好き勝手言って。自分だけちゃっかり悠と同じクラスになってるんだから。」

「別に私が決めたわけじゃないんだから仕方ないじゃん。」

「念願叶って悠と同じ学校に進学したって言うのにこれじゃあ会える時間半減じゃん。」

「だからって毎日、愚痴らなくてもよくない?」


 高校は中学よりも生徒数が多く、クラス数も多かった。今までの倍以上の十個ものクラスに分けられているので、それだけ柊と一緒になる確率は低い。

 それなのにこうして日笠と俺は同じ五組になり、柊は隣の六組となったというのはまだ運が良かった方だと思う。


「これは毎日言わないと気が済まない案件なの。悠だってそう思うでしょ?」

「残念だけど言っても何も変わらないんだよ。クラスが近かっただけいいと思ったらいいじゃん。体育も音楽合同なんだから。それに今までよりはぐっと距離が近くなってるんだからさ。同じ学校ってだけでも良かったと考えないと。」


 入学してから一週間近く経つというのに未だに文句を言っている彼女を宥めつつ帰りの支度をする。

 新入生である俺たちはまだ部活には所属していないため帰るのが早い。授業が終われば特に何もないので各々帰るだけだ。

 クラスにも見知った顔ができたが、未だに他人と話すことへの苦手意識は消えてくれないので一緒に帰るまでには至らない。それは日笠も同じようで、入学してから毎日三人で帰っている。


「二人は部活どうするの?」


 グラウンドで走る先輩たちを見ながら日笠はそう聞いた。

 こうやって三人で校門をくぐるのもあと一週間くらいかもしれない。

 来週から始まる仮入部期間を終えれば、放課後は部活動に専念することになるだろう。そして、部活が違えば終わる時間は多少前後するはずだから。


「私は中学の頃と同じで吹奏楽部かなって考えてるけど、高校だと中学の時よりも練習忙しそうだから迷うところもあるかな。それだけ悠と過ごす時間を削るわけだから。」

「湊への愛が揺るがないね。なんだっけ?チューバだっけ?」

「違うよ。ほら、悠。答えをどうぞ。」

「梨沙がやってたのはユーフォニアムだよ。覚えづらいよね。俺も名前覚えるまで何回も訂正された。」


 入学と同時に買い替えたスクールバックを背負う柊の姿を見ながらそう答えた。

 夕暮れには少し早く、昼と呼ぶにはもう遅い。

 そんな時間に帰っている学生は俺たちのような一年生か帰宅部の人だけだ。

 学校から駅への人通りの少ない帰り道はどこか寂しかった。


「実際に吹いてるところ見せてくれたら覚えやすいかも。どんな楽器か想像つかないし。」

「機会があったら是非。恵は部活どうするの?」

「私も中学の続きみたいな感じで陸上やろうかなって考えてるよ。」


 視線が思わず日笠の体をなぞる。

 柊とは異なる意味でスタイルの良い彼女は中学の時も陸上部だった。健康的で女子にしては筋肉もついているその四肢は日々の練習の賜物と言ったところ。去年、初めて話した時よりも引き締まっている気もする。

 長身の割に残念ながら運動に適していない柊とはいろんな意味で正反対だ。


「今、恵をいやらしい目つきで見たよね。」

「そんな目では見てないよ。」


 その後に柊のことも見たとはいえ、迂闊に他の女の子を見るのは良くなかった。

 肩を掴まれ目線を無理矢理、彼女の方へと固定される。


「私と梨沙ではスタイル的に勝ち目がないって。見るなら梨沙にしておきなよ。眼福ってやつでしょ。」

「恵のすらっとした体型も羨ましいけどね。」

「胸がないって言いたいの?」

「そういうつもりはないよ。私、そんなに細くないから素直に羨ましいなって。」


 細くないわけではないが、最近、彼女は少し太った。そう言う年頃なのだ。

 正門から十分も歩けばもう駅が見えてくる。

 改札階へと上がるエスカレータ、改札を抜けてホームへと続くエスカレータ。そのどちらも俺が一番下に乗る。日笠が先頭、柊が真ん中。いつもそうだ。

 なんとなくではない。彼女がスカートの時は下から覗かれないように気を遣うべきだとネットで読んだからそうしている。

 柊のスカートは膝が少し見えるくらいでそこまで短くないが、日笠はそれよりも短い。中学の頃からそうだ。去年、強風の日に意図せず、日笠のスカートの中を見てしまった時には柊に本気で怒られた。


「まだ湊が何やるか聞いてないんだけど。」

「またテニスやるの?」


 思い出したかのように話を続ける。

 地元が同じなのだから当然、乗る電車もホームも一緒である。


「割と迷ってるかな。」

「テニスやってるところあまり見たことなかったから気になってたんだけど。」

「そんなにテニスが上手いってわけでもないし、高校で硬式に切り替えるってのも不安だから、この際全く違う事やってもいいかなって。」

「なら吹奏楽やる?」

「音楽って楽しそうだけど難しそうだから。」

「そんなことないよ。思っているよりは簡単だって。やってみたら意外とハマるかもしれないじゃん。なんでも最初は難しいのは当たり前だし、うまくいかないかもしれないけど、続けてみることが大切じゃん。」


 柊は昔からどこかポジティブなのだ。そして、どこか自分本位。

 そんな彼女が好きだった。

 日常の些細な出来事の中でそう感じる。

 こういった日常が高校でも穏やかに続いていく、そう信じていた。

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