第8話 étudiants

 夏はせわしなく過ぎ、秋は静かに去りゆき、冬はいつの間にか暖かくなった。

 その全てに柊との思い出を残しながら大過なく過ごした。


 俺たちの受験生活は大したトラブルもなく平穏だった。

 勉強漬けの日々を送り、模試や過去問に一喜一憂することもあったが、全体的に見れば何ともなかったと言っていいだろう。

 柊とも定期的にデートをし、頻度は下げたもののセックスもしていた。そちらも至って良好。


 三月一日。駅で柊と待ち合わせして、途中で日笠とも出会って向かった合格発表。

 同じ塾の生徒の中には途中で目標を変えるものも少なくない中、三人とも途中で志望校を変えずに頑張ってこれたのは良いことだった。

 そして、揃って同じ高校に入学できたことはもっと良いことだった。

 俺と柊の二人しかいなかった関係に彼女が入って来てくれたことによって、俺たちの相互依存の度合いは下がった。いつも診てもらっている先生がそう言っていた。

 日笠と頻繁に会話するようになってからというもの、柊も俺も会話への苦手意識がさらに薄れてきた。小学生の頃みたいに途中から何も聞こえないような記憶できないようなといった状況は完全になくなった。

 それでも柊は俺にとって特別な存在だった。

 ある程度の人間と話せるようになったところで一番仲の良い人間と変わらない。恋人だとか友達だとかそういうことを飛び越えて、彼女は俺にとって特別な存在だった。


「湊と梨沙って付き合ってるんだよね?」

「うん。急にどうしたの?」


 合格発表を見た後、早めの昼食を食べながら日笠はそう尋ねた。

 午後には合格者向けの説明会があるため、家に帰らず駅前で待機している。それぞれの親も説明会には参加するのでこの後、合流する運びにはなっている。


「いや、仲良くなってから一年くらい一緒にいるけど、二人の邪魔になってないかなって思ってさ。」

「そんなことないよ。ねぇ、悠?」

「もちろん。邪魔だなんて思ったこと一度もないよ。こういうとあれだけど、気にしなくても二人で会う時は別に作っているから大丈夫。」

「そうならいいけどさ。」


 駅前のマクドナルドは俺たちと同じような午後の説明会待ちの学生が多く集まっていた。

 残念ながら落ちてしまった人たちはすべり止めの私立高校の入学手続きを行わなければならないので落ち着いてこの場にはいられないのか、悲しんでいるとか、そういった雰囲気の人間はいなかった。


「もしも恵が悠のこと好きになるとかいうことがあったらさ、邪魔じゃないけど『嫌だなぁ』くらいには思うかもしれないけど。そんなことはないって信じてるからさ。」


 柊が笑いながら冗談のようにそう言った。

 可愛く笑いながらも、その瞳は一切笑ってなどいなかったが日笠はそれには気づいていないようだった。少なくとも、その目は友達に対してしていい目ではなかったのだ、知らぬが仏というやつだ。


「大丈夫だって。万が一、湊を好きになった所で梨沙に勝負挑むとか勝ち目が一切ないじゃん。美人でスタイルも良い金髪ハーフとか反則でしょ。湊もそう思うでしょ?」

「まあ、誰が言うまでもなく梨沙は可愛いよ。」


 わざと惚気る。

 このまま話しが進むと柊の機嫌が悪くなると考えたのか、日笠があからさまなパスを出したからだ。彼女も柊の機嫌の取り方(と言っては失礼だが)を理解してきたようだ。

 様子を伺うとフィッシュバーガーにかじりついていた柊の頬は明らかに緩み、先ほどまでとは違い嬉しそうな表情をしていた。


「私、結局いつもこうやって惚気に巻き込まれてる気がするんだけど。」

 あきれたように言うがこれもいつものことだ。



 そうやってゆっくり話しながら食べていたので、昼食を食べ終わる頃には親たちからの連絡が入っていた。

 柊の親とうちの親は一緒に来るらしい。日笠の親は現地での合流とのこと。

 俺と日笠は去年まで大した面識もなかったが、親同士はよくお互いを知っていた。むしろ、俺と日笠が話したことがなかったのが不思議なくらいに親同士は仲が良かったのだ。

 そんな事情はさて置いて、俺は柊の親と久しぶりに会うことに緊張をしていた。

 昔よく会っていた時は「ただの幼馴染」の親だったが、今は「恋人」の親。嫌でも見る視点が変わってしまう。

 だから彼女と付き合ってからというもの、できる限り顔を合わさないようにしていた。


「ねぇ、真ん中の人が梨沙のお母さん?」

「そうだよ。」


 改札へと続く駅の階段から降りてくる三人組を見て、日笠はそう言った。もちろん、その中に自分の親を発見したからわかったというのもあるが、誰が見ても一目瞭然だっただろう。

 ハーフであるがゆえに日本人的な特徴を当然持っている柊と違って、(細かい民族的なものは知らないが)100%フランス人である彼女の親は柊以上に人の目を惹く。

 彼女よりは背が低いものの、混じりけのない金髪に白い肌の外国人が歩いていたら目立つに決まっている。


「やっぱり?でも、それにしては若くない?お姉さんって程ではないにしても、若く見える。」


 実際、エレオノールさんは若い。

 話では柊を十七歳の時に産んだと言っていた。逆算して、現在三十二歳。高校生になる子供を持つ親としては、特にこのご時世かなり若い方にはいるだろう。

 親たちはこちらを見つけて、歩いてくる。


「みんな、合格おめでとう。」


 日笠の親がそう言ったのを皮切りに、親たちが祝ってくれる。

 それぞれ、親と少し話したのち、日笠と柊の親がお互いの娘を紹介した。親同士の紹介はそれ以前に終わっていたようだ。


「悠君。いつも梨沙と仲良くしてくれてありがとう。これからも宜しくね。」


 エレオノールさんが俺に日本語でそう話す。フランスよりも日本に住んでいる期間の方が長いため、日本語はかなり流暢なものだ。

 語られた言葉は俺と彼女の関係を知ってか知らずかわからないが、優しい口調の物だった。

 少なくともそれは俺を信頼してくれているという証なのかもしれない。


 そして、この日も平穏に終わったのだった。

 予想外のことがあったとすれば、俺たちが付き合っていることを梨沙が親たちの前で公言したことくらいで、それも祝福されて終わった。

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