第7話 meilleure amie

 在るべき場所で射精することがとても気持ちのいいことだと知った年明け。

 秋の日にした約束を果たし、お互いを初めての相手とした。

 一片の後悔もなく、満たされる一方で、心にはよくわからない空白が残った。

 その日からというもの、『寒い時には人肌が恋しくなる』とかドラマで見たような言い訳をしながら、親の目を盗んではセックスをする日々。覚えたての快楽に溺れ、恋人を愛すると言いながら貪る。上手も下手もなく、その沼に沈んでいくようだった。


 気づけば、いつの間にか春になり、学年が一つ上がっていた。

 忙しくなる部活の合間を縫って、俺たちは塾にも通うようになった。受験のためというのが一番だが、彼女と同じ塾に通うことによって会う機会が増えるというのも俺たちにとっては大きなことだった。

 勉強においてのモチベーションもお互いの存在であった。同じ高校に進学しようと約束をした。それは親も公認のことだった。

 二人とも学力にはある程度自信があり、そのレベルはだいたい同じであったのでそう決めた。柊と過ごす時間を高校生になっても減らさないための最適な方法だと考えたのだ。


 駅へと向かうバス通りにあるその進学塾は学力ごとによるクラス制を取っており、公開模試の結果によって振り分けられ変動する。

 春の模試を(自発的ではなく親からの強制ではあったが)受け、入塾テスト免除で俺たちは上から二番目のクラスへ入ることとなった。そのクラスのレベルは俺たちが目標とする高校に合格できる偏差値を基準としている。

 俺たちの関係を邪魔するものなど何もなく、幸せな日々を過ごしている。そう考えていた。



「湊ってあの柊って女の子といつも一緒にいるよね?」


 ある日の休み時間、日笠が俺にそう声をかけてきた。

 クラスと同じく模試によって決められた席順で隣に座ることになってから、度々、声をかけられるようになった。日笠は俺と同じ中学に通っているのだが、一学年が五クラスであるうちの中学校では三年経ってもよく知らないままの人物も少なくない。彼女もその一人だ。

 その言葉が直接柊に伝わらないように、俺の右斜め前に座る彼女が席を立っているのを確認した上で話しかけてきている。


「そうかな?梨沙とは幼馴染みたいなもので、昔から家族ぐるみの付き合いだったからな。一番仲が良い相手だし。」

「そうなんだ。あの子ってハーフか何かなの?外人さんみたいな見た目してるけど、名前は日本人だし、日本語上手に話すから、どっちかわからなくて。」

「ハーフだよ。でも、日本で育ってるから見た目以外はほとんど日本人みたいな感じ。」


 入塾して一月経つ頃には同じクラスのメンバーも覚えてきて、会話も交わせるようになっていた。俺や柊は相変わらず会話に対しては苦手意識を持っているため、必要以上に他の人とは会話をしなかったが、周りから話しかけられる機会は学校よりも多かった。

 見知らぬ相手との会話が難しい俺は相手のことを認識してからの会話になってしまうので、最初のうちは柊以外と会話をせず、他の人からは「コミュ障」や「そっけない」と思われていたよ。(それは日笠から後に聞いたことだが。)


「同い年とは思えないくらい大人びていて綺麗だよね。私も話してみたいから今度紹介してよ。あの子、湊以外とはあまり話さないから話しかけづらくてさ。」

「そうか?同じ学校の女の子とかと話してる姿見かけるけど?」

「いや、でも湊と話してる時ほど楽しそうには見えないからさ。」

「人のこと言えないけど、彼女は人見知りだからね。」


 この場所であっても彼女の見た目は目立つ。その日本人離れした外見は誰の目をも惹く。他クラスにも名前が伝わるくらいに柊は目立ってしまっている。もちろん、彼女はいつものようにそれを迷惑そうに認識している。

 今はまだ交際を誰にも伝えていないが、彼女の人気を見てしまうと自分の彼女だと自慢したくもなる。それは同時に周りの男子たちへの牽制になったらと思う。


「だからこそ湊から紹介して欲しいんじゃん。私から一方的に話しかけたってそっけない感じの返事しか返ってこなかったから。湊も交じって三人で話したら話せるんじゃないかなって。」

「そんなに梨沙のこと気になる?」

「うん。まあ、湊もだけど、同じ高校目指してる人とは仲良くなっておこうと思ってさ。特にこの塾では女の子であそこ志望の人が少ないし、それに―仲良くなれそうな人となるともっと少ないし。」


 最後部分は当然、小声で俺にだけ伝わるくらいに呟いた。

 休み時間の賑やかな教室の中で、その言葉は他の音に紛れてかき消されていく。

 その小さな本音から彼女の気持ちは伝わった気がした。

 きっと似ているから惹かれているんだ。

 俺にこうして話しかけたこと、俺が会話できたこと。柊に話しかけてみたこと、そして、彼女がそれにそっけないながらも頑張って返していたこと。



 その日の帰り道、そんな話を柊にした。

 授業が終わるのは午後九時近くなので、柊の親が迎えに来れない時は俺が彼女を家まで送る。夜の内緒のデートだ。


「悠が別の女の子と親しくしてるってことは浮気になるのかな?」


 もっとも、柊の琴線に触れたのは全く別の部分だったようだ。

 俺は彼女と決めたルールを破らない範囲でしか日笠とは話していないのだが、それを告げると言い訳だと取られてさらに機嫌が悪くなった。


「いや、何度も言うけど彼女とはそういう関係じゃないって。それに学校ではほとんど接点がないしさ。」

「学校では話したこともない女の子が話しかけてくるってそれは下心しかないでしょ。」

「それは偏見だと思うけど。日笠は梨沙と仲良くなりたいって気持ちがあって俺に話しかけてきたんだから、それは俺に対する下心ではないでしょ。」


 人気のない住宅街を自転車で並走しながら彼女に抗議する。

 二人で過ごせる家までの時間を少しでも長くするために、速度はいつも低速。

 まるでこの夜には二人しかいないのかと錯覚するくらいの静寂。それを割く僕らの声。


「それで悠は私に恋敵になるかもしれない人と友達になれって?」

「話がどんどん別の方向に行ってるから。あの子も俺たちに似ているんじゃないかなって、俺たちみたいに会話ができないわけじゃないだろうけど、俺たちに近いから友達になれるんじゃないかなって。」

「まあ、今度話してみてもいいかなって思う。悠に近づく子がどんな子か知りたいし。」


 少し不貞腐れたようにそう言った。

 機嫌を直さないまま家に帰してしまったら、次に会う時まで引きずられそうな気がしたので彼女に声をかけ自転車を止めさせる。

 自分の自転車も止めて、スタンドで倒れないように固定する。

 周りに人が誰も通っていないことを確認してから柊に近づいてキスをする。いつもより気持ち長めで。

 これで機嫌が直ってくれたらと願いながら唇を離して見つめる。


「許す。」


 にやけた口元でそう呟いた彼女を見て思惑が上手くいったことに喜ぶ。



 後日の話。

 柊の気持ちが変わらないうちに日笠を紹介した。

 最初こそ上手く会話ができなかったものの、他の人よりも早く彼女たちは打ち解けた。そこに俺がいたことも関係があるかもしれないが、根本的に二人はやはりどこか似ていたのだ。

 近いうちに俺たちの関係を日笠には打ち明けると言っていた。

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