第6話 randez-vous

 表面上、柊との関係を修復して迎えた冬。

 医者からもお互いの依存度が下がって来たと言われる程度には友達もでき、親に心配をかけるようなことも減った。彼女と会う頻度は週1回へと戻り、親の目を盗んではキスを、時にはそれ以上をするような日々を過ごしていた。


 今年の十二月二十四日は金曜日だった。テレビが暖冬だと語るのを実証するかのように、まだこの街では雪は影さえもやってきていない。

 そんなこととは関係なく日付だけは進み、全く白くないこの日を迎えた。

 恋人同士はXmasにデートをするものだと知っていた。むしろ、しなければならないとさえ思っていたので、十二月になってすぐ彼女を誘った。そして、柊の提案により初めて外でデートすることになった。

 幸いにも学校が終業式までの半日もなく終わり、部活もない。そういった条件が都合よく揃っていた。まるで世界が俺たちのために時間を用意したかのような都合の良さであった。


「ごめん、待った?」

「そんなに待ってないよ。」

「そこは『俺も今来たところ。』って答えるのが正解なんだよ。」

「少女漫画で得た知識?」

「うーん?女の子の共通認識じゃないかな?」


 思えばこうやって彼女と家以外の場所で待ち合わせをするということも初めてだ。

 付き合う前も遊んでいたのは決まってどちらかの家。たまに親同伴で駅前のモールと言ったところ。


「まあ、私はそこまでその回答には興味がないのだけれどね。それより、何か他に言うことないの?」


 何かを期待するような目で、こちらを見てと言わんばかりに笑いながら待つ柊を改めて見る。

 ―なるほど、確かに見たことのない服装をしている。

 自慢ではないが週に一度以上会っていると相手の服装も自然と覚えてしまうもので、新しい服ならばすぐに指摘するようにしている。そうすれば彼女も喜んでくれるのだと知っているから。

 ただ、今日に限ってはそれが正解なのかを考えた。

 柊が求めているのはきっと服装への言及ではないのかもしれない。

 どちらにせよ、彼女の笑顔が曇る前に答えを口にしなければならない。


「新しい服、似合ってるよ。梨沙、とても可愛い。」


 本心からの賛辞を贈る。

 白い帽子にベージュのセーター、その下から除く白いシャツ。足首までかかる淡いカーキーのロングスカート。手には革製の鞄。普段から服が好きな彼女が今日のために考えたコーディネートだと思うとよりかわいく思える。

 背も高く、顔つきも大人びている彼女は意外と大人しく可愛い服を好む。自分がどう見られがちかをわかっていてのことでもあるのだろう。

 平日だというのに多くの人とイルミネーションで賑わう駅前は俺たちのような待ち合わせ客がたくさんいる。それだというのに柊は道行く人の目を惹いていた。

 この頃の彼女はより母親に似てきており、パッと見ただけでは外国人。腰までかかる金色の髪、スタイルも良く、そして、何より美しい。

 だからこそ彼女はどちらかというと日本人らしいような、可愛さのある服を選ぶのだ。


「ありがとう。悠もきちんとお洒落してくれて嬉しいよ。」

「恥ずかしい話なんだけど、母さんが色々と選ぶの手伝ってくれたんだ。梨沙のお母さんからデートするって話が漏れてたみたいでさ。昨日の晩に部屋にやってきて一時間くらい付き合わされたよ。」

「そうなの?私、出かけてくるとは言ったけど、悠とデートしてくるなんて一言も言ってないんだけどなぁ。」

「さすがに、可愛い服を準備して出かけるって言って、帰りも夕方だなんて言ったらバレるんじゃないかな。俺たちの関係知ってるわけなんだから。」

「そっか。まあ、仕方ないよね。」


 柊が俺の手を握る。何度も触れたはずの肌に対して未だにドキドキする。この感覚がなくなった時が恋の終わりなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 空いている右手でポケットから携帯電話を取り出して時刻を確認する。約束をしていた十三時になっていた。


「じゃあ、そろそろ行こうか。」

「そうだね。」


 まだ、慣れない彼女の手を引き、改札へと向かう。


「まだ切符買ってないんだけど。」


 そう言った柊に、あらかじめ買っておいて切符を渡す。遊園地の入場券とフリーパスもセットになったものだ。


「後でお金払うね。」

「いいよ。俺は梨沙の彼氏なんだから。」


 柊は嬉しそうに笑った。



 最後に観覧車に乗る。

 それだけが今日決まっていたプランである。

 それ以外の乗り物は見て乗りたいものがあったら乗ろうと話していた。きっと混んでいるだろうから、「決めていって乗れなかったら落ち込むだけだし」と柊は言った。

 実際、予想は的中して俺たちと同じか少し上の年齢のカップルで遊園地は混雑していた。もう少し年齢が上がればもう少し離れた大きなテーマパークに行くのだろうが、中高生の金銭力では市内が限界だ。

 普段は比較的空いているはずのこの遊園地も、どの乗り物も二十分から一時間待たされた。普段の日ならジェットコースター以外ならばないとさえ聞いていたこの場所ですら人が集まっていた。

 待ち時間は全く退屈しなかった。俺たちは昔から何時間だって話し続けられるのだから。彼女さえいれば、どんな場所でも暇を持て余さない。柊もおそらく同じように感じていいただろう。


「今日もとても楽しかったよ。ありがとう。」


 午後六時四十七分。観覧車に乗っていた。

 閉園までは時間があるものの、親に指定された時間に帰ろうと思うとこれがギリギリだった。


「俺も楽しかったよ。たまにはこうやって外でデートするのもいいかもね。」

「そうだね。でも、悠とキスする回数とかくっついてる距離とかはいつもの方が良いから、たまにでいいかな。」


 冗談めかして言っているが、その目は本気だった。

 一周十二分の大観覧車。沿線からでも見えるこの遊園地のシンボル。離れてしか見たことがなかったそれの中に自分がいるというのが不思議だった。


「ねぇ、梨沙。」

「なぁに?」

「梨沙に渡したいものがあるんだ。」


 一日肩から掛けていた鞄を置き、中から紙袋を取り出す。さらに、その中から包装紙に包まれた長方形の箱を取り出した。

 彼女の目がそれを見つめているのがわかる。驚いているのか口を少し開けたままただその箱を見ていた。


「クリスマスプレゼントだよ。」

「えっ。」


 ゆっくりと手を伸ばす彼女にその箱を渡す。

 手に持ったそれをじっと見つめる。


「開けてみて。」

「いいの?」

「うん。」


 丁寧に、丁寧にその包装をあけ、箱を取り出す。そして、ゆっくりとその箱を開けて中身を確認する。

 入っているのは銀のネックレス。一月の誕生石だという赤い石が真ん中にあしらわれたものだ。


「もらっていいの?」

「プレゼントなんだから。」

「高そうなんだけど。」

「中学生が手の出る値段だよ。」


 実際はかなり大きな出費にはなるが、彼女が喜んでくれるならそれでいい。

 反応を伺うためにじっと見つめる。

 彼女の表情はまだ驚きで満ちていたが、その頬に涙が伝う。

 一度溢れてしまえば止められない。そのままボロボロと瞳から零れる涙。

 予想外の反応に戸惑っていると、唇に柔らかいものがあたる。何度も知った感触。

 近づいたことでその涙が俺の頬にも触れ、垂れては服を濡らす。


「どうしたの?大丈夫?」


 唇が離れてようやく言葉をかける。

 柊は俺の方に顔をうずめ、泣き続けている。


「ち、違うの…悲しいとか、そんなんじゃなくて。嬉し…いの。悠からプレゼントもらえるなんて考えてもなくて。」


 涙混じりに、時折、鼻をすすりながら話す。

 観覧車はちょうど頂上に差し掛かるも、外の景色など眺める余裕はなかった。


「そんなに喜んでもらえるなんて思ってもなかったよ。」

「違うの。今まで、私が無理矢理付き合わせてるんじゃないかって、どこか不安だったの。疑ってるわけじゃないけど、悠に無理させてるんじゃないかって。だから、プレゼントもそうだけど、今日一日、私のために色々としてくれて嬉しかった。そこにとどめ刺されたみたいで涙が止まらないの。」


 重ね着をしていてもわかるくらいに濡れた肩が彼女の心情を物語る。


 下りていく観覧車。

 腕の中の愛しい彼女。

 雪の一片もなく晴れた夜空。

 欠けた月。

 地上の電飾。


 このまま時間が止まればいいのに。このゴンドラの中だけが俺たちの世界であっても、それは幸せだ。

 彼女がいるのだから。


 地上が近づいてきてようやく俺から離れた柊は、ネックレスを箱にしまい、渡した紙袋と共に鞄に入れる。

 目元をこすり、残った涙を拭き取る。

 さっきまで泣いていたのが嘘のように笑うと一度キスをして、下りる準備をした。

 係員の補助を受けながら観覧車を下りる。

 その際に俺が女性の係員に手を借りたことが柊の何かに触れたようで、入退場のゲートをくぐるまでの間、彼女は不機嫌そうな表情をしていた。

 彼女が俺の腕にしがみついて歩くという条件で、駅に着くまでには機嫌を直してもらったが、俺よりも少し背の高い彼女ががっちりとくっついてくると少し歩きづらかった。


 最寄り駅に着き、改札をくぐる。

 彼女の親は駅前まで車で迎えに来てくれるという話だったので、ロータリーに向かって少し歩いたところで、袖をつかまれ止められた。


「どうしたの?そろそろ来るんじゃないの?」

「そうだけど、待って。少しだけ。」


 そう言った彼女の手にはいつの間にか紙袋が握られていた。ただ、それは俺がさっき渡したものではない。

 無言で差し出されたそれを受け取る。


「私からのクリスマスプレゼント。本当は観覧車で渡そうと思ってたんだけど、あの時、嬉しくて失敗しちゃったから、最後になっちゃったけど。」

「見ていい?」

「できたら、家に帰ってからにして欲しいかな。今見られたら恥ずかしくて帰れないから。」

「わかった。ありがとう。」

 こんな場所ではキスをできないので、代わりに彼女の頭を撫でた。

 柊の表情がほころぶのを見て、俺も笑った。


 彼女を迎えにきた父親の車の前まで見届け、乗り込むのを確認してから俺は自転車で家に帰った。

 もらったプレゼントを開けてみると、マフラーだった。それも手編みの。

 添えられていた手紙を読み、彼女にメールをする。


 幸せな日。

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