第4話 dépendance

 中学生というのは曖昧な時期だ。体が大人に近づいていくものの、精神的にはまだ子供のまま。気づかぬ間に少しずつ成長していた身体と、急に成長を求められた心。そのズレは日に日に大きくなり、不安や戸惑いを生む。誰しもが経験する二次性徴の過程だ。

 その一方で「自分」というものを確立させる。時には自らを特別だと思い込み、時には他社に憧れを抱きながら成長していく。


 俺と柊の関係もきっとそんな中で形成された。

 恋人同士になったからといってすぐに何かが変わったわけではなかった。最初の一ヶ月で変化したものをあえて挙げるならばキスの回数くらいだった。会うたびにキスをしていた。むしろキスしかしていなかったといっても過言ではなかった。

 ただ、未だに会う場所は決まってお互いの家。何度かデートをしようという話にはなったもののそんな場所が駅前のショッピングモールしか思いつかなかった。それも悪い選択ではないかもしれないが新鮮味がなかった。小学生の頃に、親同伴で何度も行ったことのある場所だからだ。

 それ以外に外でデートをしない理由があるとすれば、他人に見られたくなかったからなのかもしれない。二人とも友人と呼べる人が少ないとはいえ、クラスメイトというのはいる。彼らに見られて後で冷やかされることを気にしていた。


 柊の容姿は目立つ。髪や肌の色は昔からだが、170cmを超えている身長で、長い手足。細身ながら出るところは出ている女性らしい身体つき。同年代の女子よりも大人びたその見た目は道行く人の目を引く。


「仕方ないの。私は昔からそう見られてきたから。特にお母さんと歩いている時。」


 この街は田舎ではないが、それでも外国人というのは珍しい。彼女は見た目だけなら日本の血が入っていることがわかりづらいため、外国人として扱われがちだ。初対面の人は、何故か彼女に英語で話しかける。


「日本語で大丈夫ですよ。」


 そのたびに彼女は生まれた時から使っている慣れた言語でそう返す。その返答に皆が目を丸くして笑った。


 

 彼女との関係が変化したことを親たちは気づいていた。まだバレていないと思っていたのは当人だけで、周りは気づいていたようだ。

 俺の場合は直接親から何か言われるという事はなかった。以前に俺に彼女との関係を任せて以降、比較的放任なのだ。そんな俺とは反対に柊は釘を刺されていたらしい。


「お母さんに言われた。」

「何を?」

「中学生の間はキスで止めておきなさいって。」


 それは彼女の胸に初めて手を伸ばした翌日のことだった。

 会う予定のなかった日曜日の朝。話があると俺の家を訪ねてきた彼女は部屋に入るなりそう言った。最近、欠かさずしていた会った時のキスもせずに、悲しそうな表情で。


「俺たちのこと、何か話したの?」

「私からは何も言ってない。でも、様子を見てたらわかるって言われた。たぶん、エッチなことしたってバレてるんだと思う。」


 その声には不安や焦りが混ざり震えていた。いや、声だけではない。体も少し震えているように見えた。いつもなら彼女の体を抱きしめるところだが、今日は何故か躊躇われた。

 いけないことをしてしまった。きっと柊はそう感じているのだろう。

 手を引き、立ったままの彼女を座布団の上に座らせる。


「ねぇ、梨沙。」


 俺の呼びかけに応じるように顔を上げて、こちらを見る。今日初めて合う目は潤んでいて、緑の瞳がいつもより暗く見えた。

 名前を呼んではみたものの、何と声をかけたらいいかわかってはいなかった。


「好きだよ。」


 情けない。

 それだけの言葉しか出てこないのだから。


「私も好きだよ。」


 それしか答えがないのはわかっている。

 何度も確かめ合った愛をここで確認する必要はあったのだろうか。

 二人だけの部屋で沈黙が生まれる。親も出かけていていないため家全体が静まり返っていて、壁掛け時計の秒針が進む音、外に鳴く鳥の声、時折聞こえる唾を飲む音、それらすら大きく聞こえる。


 俺たちはどうすればいいのだろうか。

 彼女の母親が言いたかったことの意味は察しがついていた。もしくは、柊にはもっと直接に注意したのかもしれない。

 セックスはするな。そういうことだ。

 俺たちの身体は既に子供を作れる段階まで成長している。いや、成長しているからそういう事に興味を持ったのだ。歯止めが効かなければ、柊を妊娠させることさえできてしまう。だから、くぎを刺されたのだ。


「私、悠がいればそれでいいの。」


 何分経ったかわからなかったが、俺にもたれかかっていた彼女が唐突にそう言った。


「俺もそう思うよ。」

「違うの。本当に悠だけでいいの。他には何もいらないの。」


 肩にもたれかかっていたはずの彼女はいつの間にか正面にいて、俺の肩を掴んでいる。爪が食い込んで痛いほどに強く握り、じっと俺の目を見つめる。

 柊の表情は今までに見たことがないものだった。鬼気迫るという言葉が当てはまりそうなほど、目を見開き、顔をこわばらせていた。とても正常には思えなかった。


「梨沙、落ち着いて。」

「落ち着いてるよ?悠がこんなに近くにいるんだから。」


 思っていたよりも彼女の母親は強い言葉をかけたのかもしれない。それによって柊は悩み、ここまで追い詰められた。中学生の精神は大人が思うよりも脆い。親からすれば子を想ってのことでも、意図したようには伝わらなかった。

 その言いつけをむしろ破ってしまおうという反抗的な考え方は、この時期に独特のものなのかもしれない。


 次第に近づいてくる顔と荒い息遣い。

 予想通りキスをされた。それも映画で見たような深いキス。これがフレンチ・キスかなどとふざけたことを考ええる余裕もなく貪られる。キスは嫌なものではないが、今日ばかりは怖かった。

 唇を離した彼女が次に狙ってきたのは首だった。

 肌に触れる生暖かさとヌルっとした感触。チクッっとした痛みを感じるほど強く吸われた。


 もちろん抵抗はしたが、俺よりも5cmは高い身長と普段よりも強く感じる腕力が逃がしてはくれなかった。

 その行為は彼女が満足するまで続き、解放されたのは昼近くになってからだった。終わった時には俺は上半身を裸にされており、彼女も下着姿になっていた。

 一呼吸おいて正気に戻った彼女は恥ずかしくなったのか、無言のまま服を直して、家から去って行った。

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