第3話 baiser
初恋の相手は疑いようもなく柊だった。おそらく彼女にとっても俺がそうであっただろう。初恋は叶わないというが、俺たちの初恋は一方的なものではなかった。端的に言ってしまえば両想いである。
だが、それ以前に俺たちはお互いを唯一無二の友人だと認識していた。それも疑いようのない事実であり、男女である以前に友人であった。それ故に俺たちは恋人同士ではなかった。むしろこの関係は恋人同士よりも密接なものなのかもしれない。そんな幻想さえ抱いていた。
「この先、悠以上の友達なんてできないと思う。」
「俺も梨沙より仲良くなる人ができるとは思わないな。」
そんな会話をするようになったのは中学も二年目になる秋の頃。一度ならず、会うたびにそう言いあっていた。どちらが言い出したかは覚えていないが、伝え合う時は柊がだいたい先だった。
そして、その会話のあとは決まってキスをする。
遊びのような唇に軽く触れるだけの口づけ。
ビーズとは明確に意味の異なるキス。
お互いのことを今まで以上に意識するようになって、彼女の大切さを感じ始めた。そういうタイミングだった。
この頃になると親や学校の人とも以前よりも話せるようになり、昔のような会話が成り立たせられないといった状況はあまり見受けられなくなったらしい。柊も同様に改善の傾向が強く見られると医者は言った。
秋めくある日、病院へ行った帰り道、母親が言う。
「もう、梨沙ちゃんと無理に会う必要はないよ。会いたかったら会いに行ったらいいし、会いたくなかったら会わなくてもいい。毎週末とか決まって連れていくことはもうないから。」
「どうして?」
「こうやって悠が私たちと話せるようになったから。」
「前から母さんとは話してた気がするけど?」
「自分ではわからないだろうけど変わったのよ。」
「そうなの?よくわからないや。」
俺の中では去年や一昨年と何かが変わった気はしなかった。今まで通り、話しているだけのつもりだったのだ。
それでも周りから見たら「ただ話している」だけができなかった俺が会話していることはかなりの改善だった。
「でも、梨沙に会っちゃダメってわけじゃないんでしょ?」
「会うのは別に良いのよ。もし、悠が女の子と遊ぶのが恥ずかしかったらと思って。」
「なんで恥ずかしいの?梨沙は梨沙だよ。」
一緒にいることが当たり前だった。今更、会わないなどと言う選択肢を取る理由がなかった。必要もなかった。会いたかった。
そんな会話をして以降、俺たちが遊ぶ時にどちらかの親がいるという事が必ずではなくなった。それでも家に親がいることは多かったが、途中、俺たちを残したまま買い物にでかけることもするようになった。
よく考えれば、今までは俺たちが家にいる間、外出もせずにいたということがおかしかったのだ。親たちもそんなに暇ではないはずだ。その中で時間を割いて俺たちを見守って来たのだと思う。それが急に外れたということに疑問を抱く頭などこの頃は持ち合わせていなかった。
他の人とは違う形の一種の親離れ。
その証としてか、代わりの見守り人としてとしてか、俺と柊は携帯電話を与えられた。
色違いの折り畳み式の携帯電話。いわゆるキッズ携帯ではなく、普通の者。親がある程度ロックなどをかけられる機能や監視できる機能などは付いていたが、とても嬉しかったのを今でも覚えている。
それまで、彼女と連絡を取る手段は固定電話か親の携帯電話を借りるしかなかった。両方とも自由に使える手段ではないし、会話が親に筒抜けになるので好きではなかった。
自分たちだけの連絡手段を手に入れた俺たちは、今までにまして繋がりを強く感じるようになった。四六時中彼女のことを考え、話したいことができたらメールをした。柊も同じだった。
話過ぎることが目に見えていたからか電話は禁止されていた。それでもよかった。
お互いの学校や部活の都合上、会う頻度は増やせない。そんな状態で与えられた携帯電話は俺たちの関係を進展させるきっかけとなった。
十月一週目のことだった。
文化の日、祝日、俺は柊の家に呼ばれた。そこだけ見れば、いつも通り遊びに来たのと変わらない。
いつもと異なること。この日、彼女の両親は瑠依の試合を応援するため出かけており、夜まで戻らない。初めて、この家に長時間彼女と本当に二人きりなのだ。
彼女が何故、この日を指定したのか。嘘をついてまで応援について行かなかったのか。それくらいは考えることができた。
何度と訪れた彼女の家の玄関をくぐるだけで緊張した。いつもより可愛く見える柊に余計に緊張した。
昼過ぎだというのに、夕暮れのような朱を頬にかけた柊は玄関で俺を迎えると、まず洗面所に俺を連れていき、手を洗い口をゆすがせ、部屋へと誘う。
「この先、悠以上に好きな人なんてできないと思うの。」
「俺も梨沙以上の人なんてできないよ。」
部屋に入り、座ると同時に彼女はそう口にした。いつももっと遊んでから出す言葉を最初に口にする。それも、いつもと意味の異なる形で。
俺がそれに返事をすると彼女は笑って、顔を近づけてくる。
そのままキスをする。お約束のようなもの。
いつもより少し長めのキスをして、彼女は離れる。余韻に浸る俺。それを見て、柊はもう一度笑うと、腕を俺の背中へと回すようにしながら近づく。抱き着いてく彼女に答えるように俺も背中へと手を伸ばし、力を籠める。
体重をかけてくる柊を座って自力で支えているのが辛くなり、後ろに会ったベッドに背中を預ける。少し倒れた俺を追いかけて近づく顔はやがて距離がゼロになり再び唇を重ねる。
柊の金色の長い髪が顔にかかる。それを右手で軽く払いのけ、そのまま彼女の頭をなでる。
今までしてきたキスよりもずっと長いキス。どんなビーズよりも親愛を籠めたキス。くっついては離れてを何度繰り返しただろうか。
外国の血の影響か、彼女の発育は他の女子よりも早かった。この距離で抱き合っていれば嫌でも感じる胸の柔らかい感触は俺の鼓動を早め、体を熱くする。精通を迎えて一ヶ月もたたない股間は今までになく興奮をして痛かった。
「ねえ、悠。」
「なぁに?」
口を離すとかかる唾液の糸をぬぐい彼女は言う。
「私たち、付き合おうか。」
「もちろん、いいよ。」
「嬉しい。悠、好きだよ。」
「俺も好きだよ。」
たった一言によって、今まで保ってきた一線は簡単に瓦解して踏破される。
意識して我慢してきたその言葉はそれほどに強力なものだった。
関係を次の段階へ、戻れない地点へと進めてしまう。
そんなことどうでもよかった。
柊梨沙が好きだったから。
俺たちは日が暮れるまでキスを繰り返した。その間に俺は二度射精し、それが柊にばれないようにトイレで拭き取った。
家の人が帰ってくる前にと家を出る時、玄関でまたキスをした。いつもの別れ際のようなビーズではなく口づけを。
その日が俺たちの運命を決定づけた。ただ、そんな日は遅かれ早かれ来たのだろうと後になって思う。
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