第2話 moitié

 柊梨沙は誰から見ても日本人離れしていた。金色に近い髪の毛、緑がかった青色の瞳、白い肌。それらは彼女が母親から受け継いだものであり、彼女に異国の血が入っていることを示すポイントでもあった。日本では聞きなれない名前もフランスの女性名であるLisaとかけてつけられたのだと嬉しそうに教えてくれた。

 本人も母親とお揃いの部分について気に入っているようで、よくそれを自慢げに話している。だが、その一方で日本人らしい黒髪に憧れるところも彼女にはあったようで時折、俺の黒い髪を触っては羨ましいと口にしていた。

 おそらく、父親と同じ日本人らしい部分も欲しかったというだけではない。日本人であると同時にフランス人でもあること。彼女はそこを気にしていたのかもしれない。


 俺と同じ症状を持つ彼女だが、彼女の場合はハーフという事もあり、俺よりも奇怪な目で見られていたらしい。変わっている点を個性ではなく異質として処理して、彼女に対して貼られたレッテルは「話せないガイジン」といったもの。もちろん会話はできなくても他人の言葉は伝わってしまう。


「私が中途半端だから嫌われるのかな?」


 中学生になった頃から彼女は度々そう口にするようになった。

 その見た目に反して、というと失礼だが彼女は日本語しか話さない。フランス語も使えないわけではないらしいが何かあって咄嗟に出るのは生まれ育った日本の言葉だ。彼女はそういった点も気にしていたのかもしれない。


「大丈夫。俺は梨沙の仲間だよ。」


 それが答えになっていないことはその頃の俺でもわかっていた。それでも見えないところで泣いている彼女にかける言葉などそんなものしかなかった。


「ありがとう。そう言ってくれる友達がいるだけで楽になるよ。」


 学校では友達が少なく、心から理解してくれる人はいなかった。それは柊も同じだった。俺と柊は遠くない場所に住んでいるとはいえ、異なる学区に住んでいることもあって同じ学校に通えてはいなかった。

 それでも、いや、それだからこそ思春期を迎えてもまだ週に一回はどちらかの家で会うという事を続けていた。今思えば、この頃、必ず家で会っていたのは親としては監視の意味合いもあったのだろう。精神的には子供のままとはいえ、大人の体に近づいていく時期に男女の関係を心配していたのだろう。


「悠君は部活どんな感じなの?」

「どうと言われても、まだ基本の練習ばかりかな。学校の外周を走るところから毎日始まって、素振りしてカベに向かって打つ練習してって感じかな。その後、コートに入って先輩と練習するみたいな。」

「うちの学校のテニス部もそんなことやってるかも。というか運動部ってみんな外走るよね。」

「体力が大事だからね。そっちはどうなの?」


 何度訪れたかわからない柊の部屋で今日も二人、他愛もない会話をする。

 敷かれたカーペットの上に座り、時には寝転がって、小さなテーブルの上に用意された飲み物やお菓子をつまみながら、飽きもせず遊ぶ。

 七月に入って暑い日の続く中、冷房の入った部屋で柊は白い半袖シャツに青のスカートを履いていた。シャツから透けて見える下着が気になりながらも見ないようにして彼女の方を向く。


「うーん。どうと言われても。私の話聞きたい?」

「うん。聞かせて。」


 小学生の頃は彼女と遊ぶというのは専ら話すことだった。他のことなら他の人とでもできるから彼女といる時にそれをあえてする必要はなかった。中学生になってもそれが中心であるが、最近では一緒にゲームをするようにもなった。

 それだけ話すことに慣れてしまったからか、机とテレビと本棚と畳まれた布団しかないこの部屋で思春期に異性とすることが思いつかなかったからゲームに逃げたのかはわからない。それでも、彼女と一緒にいて楽しいと思えるから毎週会うのだ。


「仕方ないから聞かせてあげる。でも、プレステしながらね。何のゲームが良い?」

「梨沙が選んでいいよ。」

「いいの?」


 柊は同年代の女の子と遊ぶことが少なく、俺か瑠依―彼女の弟―と遊ぶことの方が多かったため趣味が男子側に寄っていた。学校では話すのはほとんど女子だというがそれ以外の時間を俺たちと過ごし過ぎたのかもしれない。

 八畳ほどの部屋に置かれた28インチのテレビのスイッチを入れ、チャンネルをビデオ2へと合わせる。真っ黒な画面が表示されることを気にせず、彼女はソフトを入れている箱をテレビの下にある引き出しから取り出し中身をあさる。

 俺に背を向け、四つん這いに近い状態まで屈みながら作業する彼女に熱を持った視線を向けるようになったのはいつからだろうか。ずっと一緒にいたので明確な区切りはなかったが、段々と女性に近づいていく彼女にドキドキするようになっていた。


「じっとこっちを見てどうしたの?もしかしてパンツ見えてる?えっち。」

「大丈夫。見えてないよ。何を選ぶのかなって見てただけ。」

「ならいいけど、見えてたら教えてね。恥ずかしいから。」


 そう言って、長くはないスカートを整えなおす。その仕草にも目を惹かれた。彼女のことを見すぎているかもしれない。相手からも気づかれてしまう程度に意識をしてみてしまうようになったのは本当に最近だが、日に日に目が離せなくなってしまう。

 そういえば、彼女に恋と異なるドキドキを覚えるようになってから、俺たちの遊び方は変わった気がする。彼女の目を見て長時間話すことができなくなった頃からゲームの割合が増えたようにも思える。


「決めたよ。」

「何にしたの?」

「始まってからのお楽しみ。」


 そう悪戯っぽく微笑む彼女を見られるのはきっと友達だからなのだ。

 柊がハーフだとか、他人と会話することが苦手だとか、そう言ったことはそこには関係がないこと。俺と柊が友達であること。それがこの関係に必要なのだ。だから、彼女のことを意識しすぎてはいけないし、意識しなさすぎてもいけない。


 こ俺と柊の関係は一つ間違えれば形を変えてしまいそうな、それでいてしっかりと結びついている不思議なもの。

 新鮮さを失った会話がそれを象徴していた。

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