第28話
そして翌日、学園祭最終日がやってきた。特に何かやりたい事がある訳でもないが、相手はあの花宮さんである。一生の思い出になるであろうことは想像に難くない。
「シュン様、アイス食べようよアイス」
登校して来て僕らが最初に向かったのは模擬店である。その為に朝食を抜いてきたのだ。校庭に所狭しと並んだ模擬店の数々。パッと見アイス屋らしきものは見つけられなかったが、花宮さんはそうでもないのか彼女の発言や視線は妙に確信めいていた。
「そうだな、昨日も一昨日も食べてないし」
冷たい食べ物なら他にもあったが、それはもっと気温が上がってからの方がいいか。そんな訳でさりげなく花宮さんから遅れ気味に歩いて案内をさせるのであった。
「ねえシュン様、昨日受付をしている時、お客は何人来た?」
「ええと、会長を入れて三人だな」
「えっ、お姉ちゃんも来たの?」
「だな」
会長はスクリプト入力。花宮さんが書いたシナリオを添削したうえでPCに打ち込んでいる。つまりストーリーはほぼ完璧に把握できているはずで、その上でわざわざ完成品を買うという謎の行動に出ている。
「これは……お姉ちゃん、密かにメロン先生の作品を気に入っているのかもしれませんね」
確かに気に入らなければわざわざ買ったりはしないだろう。あり得ない話ではない。
「メロン〝先生〟って、才能は認めるけどまだ現役中学生だぞ? そんなメロンに対して先生呼びってのは……」
「えっ、うそ、そんなに若いの!? てっきりお兄さんかお姉さんかと」
そう言って花宮さんは目を丸くする。思い返してみると兄妹と言っただけで上か下かも言っていなかったか。
「メロンは妹だ。現役の中学二年生。機会があればその内紹介するよ」
「中学二年の女の子……昨日カノが店番をしてる時に買って行った女の子、もしかしたらメロン先生だったのかも……」
「そうなのか? 他に特徴は?」
メロンは基本インドア派だが引きこもりって訳でもない。なによりシナリオとか学園祭の事も知っているから本人でも不思議ではない。
「えっと、ごすろり、って言うのかな。あんな感じの服と、見た目は可愛い女の子なのに大人びた雰囲気の子だったよ。それと、何だかカノの事を知っているみたいだった」
「……メロンだな」
「やっぱり?」
他もそうだけど、何より花宮さんが知らないのに花宮さんの事を知っているかのような振舞いの件。僕と花宮さんの関係を知っていて、なおかつ一時はシナリオを任されそうになったメロンだからこそな気がしないでもない。
「今日帰ったら聞いてみるよ。ゲームの出来も含めてね」
「うん」
さてそうして腹ごしらえが終わった後は、いよいよ本格的に見て回る番だ。
僕は何も昨日、当てもなくぶらついていた訳じゃない。一通り見て回ってデートスポットとしてよさげな出し物を調べていたのだ。そんな訳で僕らはまずコスプレ写真館なるモノに向かうことにした。
コスプレ写真館。名前の通りコスプレして写真に収めるだけの出し物だが、アニメやゲームのキャラに限らず、和服や軍服、新撰組の服、裃(かみしも)なんかもあってかなり本格的だった。
(発案者は本物のコスプレイヤーっぽい気がするのは考え過ぎだろうか……)
来ておいて何だが、コスプレ自体にはあまり興味のない僕らは、数ある服装の中から大正時代の軍服と袴を選び、二人で一枚の写真に収めてもらうのであった。
袴姿の花宮さんは凄く可愛くて、写真を撮り終えた直後に、その場にいた人たちから拍手が巻き起こった程である。一緒に映ったのが僕で申し訳ないけど、それでも嬉しそうにしている花宮さんを見ていると、ここに来てよかったと、そう思えた。
「現像には半月からひと月ほどお時間を頂いています。在校生の方は名前とクラス、そうでない方はご住所をご記入下さい。それと、サンプルとしてポラロイドの写真をお渡ししています。お納め下さい」
元の服に着替えると、僕らはそれぞれポラロイドの写真を手渡された。サンプルと言う事もあり、写真の部分がカードくらいの大きさしかないしょぼいものではあったが、それでも花宮さんの魅力は十分に表現できていたと思う。
「ひと月後にはこれの大きな写真が貰えるんだね」
なんて言いながらポラロイドを眺めている花宮さん。
「結構時間がかかってしまったな。他にカノが行きたい所はあるか?」
午後からは体育館で劇や演奏なんかを見る予定だ。内容にもよるがあと一か所くらいなら回れるだろう。
「うんあるよ。写真館と少し似てるかもだけど」
「写真館と……似てる?」
花宮さんの案内でやって来たのは美術室であった。入口に〝十分三〇〇円、二十分五〇〇円、三十分一〇〇〇円〟と書かれた看板がある。要するに似顔絵を描いてくれるみたいだ。
「写実画と印象画から選べるんだな」
そういうのはあまり詳しくはないが、写真のように正確に描くのが写実画、イメージや印象に重点を置いて描くのが印象画だったか。
「ねえシュン様、一緒に描いてもらおうよ」
早速花宮さんがそう提案する。
「そうだな。別のタッチで描いて貰ってもチグハグだし、ここは二人共写実画にしよう」
絵の担当者は三人いるようだ。つまり二人一緒に描いて貰うことができるし、そうしてもらえば待ち時間もなくなる。
「はい、でも写実画でいいんですか? さっき写真を撮ってもらったばかりなのに……?」
「い、いいんだよ」
(花宮さんの言いたい事は分かる。分かるけど、僕を印象画で描いたら酷い事になりそうなんだよ。どっちで描いて貰っても美少女確定の花宮さんには分からないだろうけど……)
ちなみにお昼までの時間を考慮して、二十分コースで描いてもらうことにした。だが描いてもらっている間の二十分はなかなかしんどく、十分コースにしておけばよかったと早速後悔するのだった。
(これ三十分コースを選ぶ人いるのか?)
一瞬そんな事を思ったが、まあいるだろう。それだけ丁寧に書いて欲しい人とか、僕らみたいに勢いで頼んでしまった人とか。
描いてもらった絵は追加料金で角筒に入れてくれるようで、僕らは早速それも購入。美術室を後にした。
「ね、シュン様、早速見せ合いっこしようよ」
(まあそうなるわな……)
僕らはまだお互いに自分の絵しか見ていない。花宮さんの絵は見てみたいけど、自分の絵は見せたくないような、そんな心境だった。
「ええと、もう十一時半だし、お昼の準備をしながらにしないか? 何か食べたい物ある?」
「そうですね、昨日は露店物だったから、今日は何か違う物が食べたいけど……」
「じゃあカレーはどうだ? 調理実習室で販売してたはずだけど」
「賛成! 調理実習室はここからだと……」
僕らは調理実習室を目指して歩きながら、角筒から先程の似顔絵を取り出す。
正直自分の絵には興味が無かったので、最初から筒を交換しておきたかったのだが、それは花宮さんも同様だったのかすんなり交換に応じてくれた。そして取り出す似顔絵。
(う……上手い)
素人目でも上手いか下手かくらいは分かる。分かるが正直これ以上のレベルになってくるともう何が良くて何が悪いのか分からないレベルだった。
いつも見ている花宮さんの顔、それがとても精密に描写されている。これが二十分コースなら、三十分コースは一体どれほどの完成度になるのか、そう思わせる出来だった。
(でも何だろう、少し違和感が……)
精密だ、それは間違いない。けれども何故だか、この絵の花宮さんからは可愛いより綺麗という印象を強く受ける。全く同じ顔をした赤の他人のような、そんな違和感を覚えさせるのだ。
「どう? 綺麗に描けてる?」
僕の絵を見たらしき花宮さんがそう尋ねてくる。僕の絵により興味があったというだけで、自分の絵に興味がない訳では無かったようだ。
「……ほら」
そしてお互いの絵を交換。その結果……。
(やっぱり上手いな……)
写実画だけあって、僕の絵はとってもブサイクである。モデルがモデルなので凄く妥当な結果なのだが、いつまでも見ていたいものでもないので隠すように速効角筒へと仕舞った。
「ねえシュン様?」
「ん~~~?」
「この絵とカノ、どっちが可愛い?」
いやどっちも何もその絵のモデルは君なんだけど……。まあここは正直に応えておくか。
「う~ん、絵の方も大分頑張ってるけど、本物には遠く及ばないな」
「えへへ……ありがと。シュン様も本物の方がずっとかっこいいよ」
「お、おう……」
何はともあれもうすぐ目的の調理実習室である。花宮さんも自分の絵を角筒に仕舞うと、僕と一緒にカレー販売の列に並んだ。そして……。
「買ったはいいけど何処で食べようか。何かリクエストはある?」
食べるだけならどこでもいいのだが、生憎まだお昼前。雑踏の中で座ってご飯というのは正直あんまりよろしくない。
「あ、じゃあ屋上で食べよ。東棟なら多分人も少ないと思うし、途中で部室に絵を置いて行く事も出来るから」
「なるほどいい考えだ。それにしよう」
口には出さなかったが、そろそろ絵を持ち歩くのが面倒になっていた所だ。流石花宮さん。
東棟校舎は、その多くが文化系部活動の部室になっている。例えばこのカレー屋のように、人の流れを作るような商品は取り扱っていない。必然的に東棟、並びにその屋上に人が集まる可能性は低くなるのである。
難点は、少々歩かないといけないという点だが、今更気にするような距離でもない。僕らは東棟目指して歩き出すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます