第27話
「シュン様、適当にお昼見繕って来たから一緒に食べよ」
模擬店のものと思われる食品を複数持った花宮さんが現れたのは、そろそろお昼に差し掛かろうかという時間であった。しかし飲み物を売っている模擬店はなかったのか、あるいは持ち運びに不便だったのか、それだけは自動販売機のものである。
「あ、ありがとうカノ」
ごく自然に僕の隣に座ると、その場に缶ジュース二本と焼きそば、たこ焼き、フランクフルトのパックを並べていく。
「あれっ、シュン様これは?」
そこでふと花宮さんが手にしたのは、先程会長が持ってきた表札である。
「オタ研の新しい表札。さっき会長が持ってきた」
「えっと、それじゃあ……?」
「うん、オタ研を正式な部として認めてくれるってさ」
「やった! 遂にみんなの苦労が報われたんだね!」
なんて言いつつまたまた腕を絡めてくる。いい加減慣れたけど。
「一番の功労者はお前だよ、カノ。シナリオの件もそうだけど、会長をメンバーに加えて俺を監督にしようなんて、企画段階では正直いらないんじゃないかと思ってた。けど今にして思えば、会長や監督の役割がなければゲームは完成しなかったと思う。ありがとうカノ」
「そ……そんな事は……」
案外褒められ慣れていないのか、花宮さんは顔を赤くして下を向いた。
どこからどう見ても、ただの可愛い女の子である。少なくとも僕の側にいるためだけに料理や体力トレーニングをするような子には見えない。そんなことしなくても、十分モテているだろうに……。
そして何より、影でそんな努力をしているにも関わらず、そんな事をおくびにも出さない謙虚さ。何故だろう、そんな彼女を見ていると、なんだか胸の奥が熱くなるような、そんな気がするのだった。
昼食を食べ終わると、今度は花宮さんを部室に残して僕が退室する。元々僕が午前、午後からは花宮さんが店番をする予定だったのだ。
別にずっと部室にいてもいいのだが、明日は一日中花宮さんと一緒に行動する約束を取り付けている。今あえて二人で店番をする必要はないのだ。
(出し物を一通り見て回って、明日の参考にでもするか)
適当に校内をぶらつき、展示を見て回っていた時である。お化け屋敷をやっている1‐Dの教室の近くを歩いていると、そこによく見知った人物の姿を見付けた。
「あ、シュン君、いい所に」
そう言って近寄ってきたのは、オタ研メンバーの一人である佐久間さんである。
「丁度いい所?」
「うん、このお化け屋敷が少し気になってたんだけど、一人で入るのが怖くって……。よければ一緒に入らない?」
控え目な言い方に対して、佐久間さんの手はしっかりと僕の腕を掴んでいる。どうみても逃がす気はゼロである。
しかし本当に僕が行ってもいいのだろうか。逆にお化けに驚かれそうである。……いや、だからこそか?
「まあ別にいいけど……」
「やった! じゃあ決まりね」
なんて言って早速受付に行く佐久間さん。
(花宮さん怒るかな、お化け屋敷くらい大丈夫とは思うけど、あれで結構嫉妬深いからな)
安請け合いしてしまった事に今更ながら後悔しつつ、僕はふとある事に気付いてしまう。
(……あれっ、確か佐久間さんのクラスって1‐Dだったような。自分のクラスの出し物を知らないなんて、そんな事あり得るのか?)
最初はそんな些細な疑問だった。だがその疑問に納得のいく答えを示そうとすればするほど、とても恐ろしい結論に達してしまうのである。
「さ、行きましょ」
何故だか僕を積極的に誘い入れようとする佐久間さんを見て、疑問は確信へと変わった。お化け屋敷に入って十数歩ほど歩いた時である。
「サクラ……だろ?」
僕は思い切って佐久間さんに問い質す。
「……えっ、何の事?」
薄暗いせいもあって、その表情からは何も読み取れない。
サクラ、チェリーブロッサム……ではなく、一般人のフリをして売り上げに貢献する人の事である。
「一人でいる人を狙って、一緒に入ろうとか言ってお化け屋敷に誘い、売り上げに貢献させる。そしてここから先は当てずっぽうだが、誘われた人が目を離した隙に、サクラ役の人がお化けに変装して驚かす。パートナーだと思っている、その人の心理を利用してね」
お化け屋敷が怖いのは当たり前。けど安全だと思っていたパートナーに驚かされるのは、精神的にもかなりのダメージになるはずだ。そういう心理を利用した見事な作戦と言える。
「なあんだ残念、ばれちゃったか。……もしかして知ってた?」
疑われた時点で作戦は失敗しているとも言える。そのせいか佐久間さんは、意外とすんなり事実と認めた。
「いや知らなかったよ、でも君が1‐Dなのは知ってたから、おかしいなとは思ったんだ」
「う~ん、それだけで作戦まで見抜いちゃうか。シュン君って何だか異次元に生きてるね」
それは褒めてるんだろうか?
「まあいいか、作戦がばれちゃったならやる意味もないし、後は普通に見て回りましょ」
「……そうだな」
まあ何だ、その後僕らは何事もなくお化け屋敷を通過した訳だが、例の作戦のないお化け屋敷は至って味気ないものだった。そしてやらないと言いつつやる可能性も考慮していたが、結局本当に実行することはなかった。
「悪い佐久間。気付いても気付かないかないフリをしておけばよかったな」
「それだと結局シュン君に気を遣わせるだけだし、これでよかったと思う」
「……そうか。じゃあ俺はもう行くけど、佐久間は吉川さんが何処にいるか知ってるか?」
「吉川さん? 吉川さんのクラスは雀荘だから人手は足りてそうだし、あの子人混みが苦手だから何処かに引き籠ってるんじゃない?」
つまりクラスの出し物を手伝っている可能性は低い、と。……まあ別になにか用がある訳でもないんだけどね。
「そうか、ありがとう。それじゃあまたな」
「うん、付き合ってくれてありがとう」
そうお互いに手を振って別れた。
それから各クラスの出し物を順繰りに見て回った。1‐E、吉川さんのクラスも覗いてみたが、やはり吉川さんの姿はなかった。そして最後に保健室の近くを通った時、そこで何やら〝801〟と書かれた立て看板を見付けてしまう。
801、ヤオイと読む。最近はあまり使われなくなったが、オタク界隈でBLを指す言葉である。
(……そう言えばうちの顧問、同人誌描いてるんだったか。しかしまさかとは思うが、今保健室で売ってるなんてことはないよな?)
ある人たちに見つかれば指導が入りそうである。いや、指導で済めばいい方か。
ないとは思いつつも、あの先生ならやりかねない。そう思って保健室のドアをくぐると……。
外から持ち込んだのか、部室にあるものと同じ茶色い長テーブル。そこに等間隔で並べられた同人誌の山。極めつけはホワイトボードに書かれた『一冊五百円』の文字。現役教師による風紀違反の犯行現場がそこにあった。
しかし一冊五百円とは……。僕らが作ったゲームより高いのは何か納得がいかない。
「あら福山君じゃない、いらっしゃい。あなたもBLに興味があったのね」
ねえよ。
「残念ですが僕は客じゃありません。先生、これは重大な風紀違反ですよ? どう言うつもりなんですか?」
実際の所、ただの一生徒でしかない僕にはこれをどうにかする義務も権限もないのだが。
「あ、それなら大丈夫。ちゃんと学園長の許可は取ってあるから」
「……本当ですか?」
「もちろん、生徒の自主性を重んじるのが学園長の方針なんですって」
いやあんた生徒じゃないだろ。
「ま、まあ許可があるなら……」
僕がとやかく言うことではない。そのまま立ち去ろうとしていた所、不意に同人誌の山の一つが目にとまった。
他の山の作品とは明らかにタッチの異なる表紙。よく見れば作者の名義も異なっている。
(クリームゾーン? でもこのタッチ、なんか見覚えが……)
考える事十数秒。僕の脳裏にある人物の名前が浮かぶ。
僕が知っているのは主に中学生くらいの女の子の絵。ここに描かれているのは高校生から大学生くらいの男子。だが似ている。ゲーム制作の時穴があくほど見たのだ。筆圧、線の描き方、運び方。
「……もしかして、吉川さん、か?」
作中に女の子でもいれば確信が持てたかもしれないが、流石に中身をチェックするのは気が引けた。そんな訳でとぼけられでもしたら打つ手は無かったのだが……。
「うそっ! 何で分かるの!?」
茅野先生があっさり認めてしまう。
「やっぱりそうなのか、BL描いてたんだな……」
茅野先生が慌てて口を押さえるが、時既に遅し。
「……まあいいか、許可がある以上僕が言える事は何もありません。それでは」
僕が改めて立ち去ろうとした時である。
「待って下さい」
明らかに先生とは別の誰かの声に呼び止められる。反射的に声のする方、ベッドの下あたりに目を向けると、そこには何故だかベッドの下から這い出てくる吉川さんの姿があった。どこにもいないと思ったらこんな所にいたのか。
「お願いします、どうかこの事は御内密に……!」
この事、BLの事だろう。しかし僕がばらした所で信じる人がいるとも思えないが。
「あ、ああ……」
その勢いについ生返事をしてしまうが、納得しないのか吉川さんは更に詰め寄ってくる。
「本当ですか? 絶対ですよ!?」
「分かってる。絶対誰にも言わない」
「そうですか、それはよかった。じゃあお願いしますね」
そこまで念押ししてようやく納得したらしく、再びベッドの下に戻っていく吉川さん。
(僕から隠れるためにベッドの下にいたんじゃないのか……?)
今気付いたが、この子はナチュラルにおかしな行動をとるな……。まあ結果論ではあるが吉川さんも見付けたし、BL本の販売も風紀違反でない事が分かった。僕は今度こそ保健室を後にしたのであった。
(そろそろ部室に戻るか。ついでにジュースでも買っていってあげよう)
時間は三時を回った頃だ。何より歩くのに疲れたし、戻るにはいい頃合いだろう。花宮さんもいるし。
明日はいよいよ学園祭三日目。実質的な花宮さんとのデートの日である。明日への期待に胸を膨らませながら、僕の学園祭二日目は終わったのであった。
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