第26話
程なくして僕らの夏休みは終わりを迎えた。
学園祭まで既に十日を切っていたが、形の上では完成しているし、最悪今のまま出品しても当初の目的は達成できると言っていい。けれども不思議な事に、僕を含めたオタ研メンバーの誰一人として、ここで制作を終えようなんて言い出す人はいなかった。みんなも僕と同じ気持ちだったのなら、少しでも良い作品にしようと、そう思うようになっていたからなんだと思う。
十日。分岐もボリュームもない作品のデバッグ期間としては十分かと思われたが、各自クラスの出し物の方が難航したようで、想定していた程度の作業時間は確保できず仕舞いだった。それでも帰宅してからの時間を活用するなりしてデバッグや調整に明け暮れ、やがて学園祭前日を迎えた。
「さてと、これで本当の意味でも完成、かな」
みんなの視線を背中に受けながら、僕は最後のエンターキーを押した。
「終わ……り?」
「ああ。まあ細かいバグはまだ残っているかも知れないけど、バグなんて完全に無くせるものでもない。気にするな」
「本当に?」
「ああ本当だ」
このやりとりをこの前何処かで経験したような気がするのは気のせいだろうか。
「やった! 遂に完成したんですね!」
なんて言いながらまたもや花宮さんが抱きついてくる。本当にこの子は隙あらば抱きついてくるから嬉し……いや困る。
「終わったんですね。と言っても私はほぼ絵を描いていただけのような気がしますが……」
控え目なリアクションで喜んでくれたのは吉川さんである。彼女の言う通り、吉川さんにはイラスト以外だと収録のサポートくらいしかやらせていない。
「それだけ絵は重要だってことだよ。ゲームはプレイしないとシナリオもクオリティも分からないけど、絵柄だけならプレイしなくても分かるからね」
「ではもし売れなければ、その責任は私のせい……!?」
「気にする必要はないさ、君の絵は画力も魅力も十分ある。それにあのデザインでOKを出したのは俺だし、あんまり気負うな」
「……そう、ですか?」
イラストレーター志望と言うだけあって、彼女の画力やデザイン力は高かった。おまけに仕事も早かったので大分助けられたのは言うまでもない。
「本当、専門的な事は何も分からないはずなのに、指摘する内容はどれも的確なんだから……。福山君が監督でなければ、きっと低クオリティに仕上がっていたでしょうね」
そう語る佐久間さんの表情からは、クオリティが上がって嬉しい事と、その為に苦労させられたという自嘲めいたものが感じられる。
「はは……、と言う事で今日は、明日からの予定と簡単な決めごとを話し合って解散しよう。まずは販売価格からだけど――――」
僕らは全員オタ研部員であると同時に、特定のクラスの生徒でもある。当然クラスの方にも出し物はある訳で、それと重ならないようにみんなの予定を組んでいかなければならない。というかまだ全員、クラスの方の準備が終わっていなかったりする。
だからこっちの予定を確認したらすぐにクラスに戻らなければならず、そんな心理もあってか予定はすんなり決まり、程なくして僕らは解散となった。
――そして一夜が明けた。
一年B組、僕と花宮さんのクラスの出し物は、そのものずばりネコ耳カフェである。
ネコ耳カフェ。単に女子扮するウェイトレスがネコ耳と尻尾を付けて対応するだけの普通のカフェ。当初の予定では猫カフェだったのだが、猫が逃げだすような事があれば対応できないという意見の元、似ているようで全く原形を止めていない今の形に収まった。
女子は三日間の学園祭の内の一日。男子は半日働けばよかったはずが、何故だか僕だけ一日、それも女子に混じってウェイターとして働く事になり、花宮さんと同じシフトにして貰うことを条件にそれを引き受けた。
まあ一緒に歩く相手なんて花宮さんくらいしかいないし、シフトを同じにしてもらえばその分一緒の時間を確保できる。あとは単純に花宮さんのネコ耳姿が見たかったからなのだが、僕らを本当のカップルだと思っているクラスの皆に冷やかされてしまったのは言うまでもない。
好奇の目に晒されるのは慣れてるし、何より花宮さんのネコ耳姿をずっと見ていられたのでそれで十分だったと思う。それと、こんな内容なのに何故か女性客の割合が結構多かったのが不思議だった。
そんなこんなで僕らの学園祭一日目は何事もなく終了した。
学園祭二日目、午前。その時僕はオタ研の部室で、一人寂しくPCでゲームをしていた。一応断っておくがサボっている訳ではない。オタ研の出し物なんてゲームを売るくらいしかないのだから、人が来ない限りは基本的に暇なのだ。
(昨日は九本売れたのか……)
一応在庫は三十本用意していた。今日と明日同じくらい売れると考えれば、かなり正確な見積もりである。
(早く明日にならないかな)
明日は僕も花宮さんも完全にフリー。というかそうなるよう予定を組み、一緒に歩く約束もした。校内限定とはいえ、要はデートである。期待に胸が膨らむのも仕方のない事だ。
その客は、僕がPCで爆弾を処理している時にやってきた。キャスケットの帽子にマスクとサングラスという、怪しい外見の女生徒がオタ研を訪ねてきたのである。リボンの色から察するに三年生だろうか。無駄にスタイルがいいのがシュールである。
(あれっ、でもこの人のプロポーション、なんだか見覚えが……)
思考の末にある人物の名前が浮かぶまでに、三秒とかからなかった。
(会長……だよな?)
しかし会長だとして、わざわざ自分で買い来る理由が分からない。ゲームをするような人にも見えないし、仮にそうだったとして花宮さんに代理購入を頼めばそれで済む事じゃないのか、と。
「一つ貰えるかしら」
明らかに声を作っていたが、確かに会長のそれだ。他の人ならいざ知らず、声豚の称号を持つ僕に対して、声を作って正体を誤魔化すなんて小細工は通用しない。
「三百円です」
「あら、意外と安いのね」
会長はさらっとそんな事を言う。花宮家に入り浸っている時に知ったが、実は花宮家にはテレビがない。こんな反応になるのもある意味当然なのかもしれない。
「欲しいのならカノに代わりに買っておいて貰う事も出来たのに、律儀なんですね」
お金と商品を交換しながら、思わずそう口走った。
「……えっ?」
「えっ?」
「…………気付いていたの?」
「変装の事なら、残念ながら」
言ってしまって後悔。変装してきた意図は不明だが、ここは気付かないフリをしておくべきだったか。
正体のばれた会長は、開き直るようにマスクとサングラスを外し、胸ポケットに仕舞った。
「……まあバレてしまった物は仕方がないわ。ついでにこれも渡しておくから」
そう言って会長が差し出したのは、ペンケースくらいの白い板であった。
「……これは?」
「表札よ。いつまでも手書きのままじゃ格好がつかないでしょう」
板を裏返して見ると、そこには確かに印字された文字で〝オタク文化研究会〟とあった。
「これが貰えるという事はつまり……?」
「ええ、我が生徒会は本日を以って、オタク文化研究会を正式な部として承認します」
色々あり過ぎて半分忘れていたが、僕らは元々その為に頑張ってきたのだ。
「あ、ありがとうございます」
良く分からないが、今日の会長は何だか機嫌がよさそうだ。少なくとも初めて部室に来た時のような敵意は感じない。今までは状況が状況なので黙っていたが、正式に部として認められた今、会長には真実を告げておくべきかもしれない。不意にそう思い立ち、声をかけた。
「今だから言いますが会長、僕と花宮さんの関係は……」
「知っているわ」
「……えっ?」
「カノがあなたのいいなりって言う話でしょう。あの日の夜にあの子を問い詰めたけど、きっぱり否定されたわ。私の写真を使って取引をするように提案したのも、その役目を貴方に任せたのも全て自分がしたことだってね。下着の写真もお互いの物を交換し合っただけだし、酷い事を命令されたのだって…………一度しかないってね」
(そこは無いって事にしておこうぜ花宮さん……)
つまりあの時の僕はヒールを演じていた訳だが、それだと腑に落ちない点が一つある。
「会長、会長が始めてこの部に来た時の事を覚えてますか? あの時の会長の雰囲気から察するに、とても誤解が解けていたようには思えないんですが……」
今でも忘れない会長の敵意に満ち溢れた瞳。あれが本当に真実を知った上でのモノだったというのだろうか。
「それは…………その、ある意味仕方のない事というか、年下の男子に一杯喰わされたのなんて初めての経験で、気持ちの整理が付かなかったんです」
「……なるほど」
優秀な人だし、年齢に関係なく一杯喰わされた経験自体がそうなかったものと思われる。
「あれから時間も経って、ようやくあなたを客観視できるようになった気がするわ。いい面も、悪い面も含めてね。あなたと付き合い始めてからあの子、学校に行くのが楽しくて仕方がないみたい。それに料理を覚えたいとか体を鍛えたいとか、以前のあの子からは想像もつかないような変化もあったしね」
「……えっ?」
確か花宮さんは、告白してきた翌日にはもうお弁当を作って来ていたはずである。
つまりあの時のお弁当は、誰かのサポートはあったのかもしれないが、ほぼ料理の経験のない時に作ったものだという事になる。それに……。
「あら、もしかして知らなかった?」
「……は、はい」
それに花宮さんが体を鍛えていたなんて話は、お弁当と違ってその片鱗すら知らなかった。だけどいつだったか杉田が、花宮さんが可愛くなったと言っていたか。今にして思えばあれは、体を鍛え始めた事で体の余分なものが減った結果だったのか。
「……………………」
花宮さんがそうして頑張っている間、僕は一体何をしてたんだろう。今の自分は、花宮さんの隣に立つのに相応しい人間なんだろうか?
ちょっとした運命の巡り合わせで、現状付き合っているかのような関係になってしまってはいるけど、叶うのであれば少しでも長く今の関係を続けたい。けれども今知らされたいくつかの事実は、彼女が僕を置いてどんどん先へ行ってしまうような、そんな感覚を覚えさせるのに十分な内容だった。
「長話をしてしまったわね。それじゃあ」
「あ、はい。ありがとうございました」
会長の背中を見送りながら、僕は今後自分がどうするべきかをずっと考えていた。
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