第25話
「また逢えるよね?」
『うん、絶対に私が見付けるから! 例え世界中のどこにいたって、私の事を覚えていなくたって、きっとあなたを見付けてみせるから!!』
放送室内での事。他の人は粗方収録を終えてしまい、残すは花宮さん演じるユリアのみとなった。と言ってもそのユリアの収録もほぼ終わっている状態なのだが。
ちなみに花宮さんは、既に取り終えた詩織のセリフを相手に演技をしている。
「カット、もう少し感情を込めて欲しいかな。まだ恥ずかしいのかもしれないけど、自分がユリアになったつもりでお願い」
「はい、やってみます」
どこか不安げな色を残しながらも、佐久間さんの指示に元気に応える花宮さん。ちなみに僕はその付添いだ。
ユリアというのは本の中で出会った女の子である。ある意味全員そうなのだが、元から親友だったユキ、もうすぐ妹として生まれてくる佳織とは違い、表の世界では詩織とは何の接点もない。人種、年齢、国籍、何一つ分からない。
一見何の関係もないように見える二つの世界だが、この二つは微妙に影響し合っているのだ。それは本の著者であるお祖母さんの不思議な力によるものなのだが、それが具体的にどのようなものであったかは作中では語られていない。
重要なのは本の中の世界で起こった事が現実世界にも多少の影響を与えるという事で、その為に作中の中盤、本の世界で由紀が死亡した時、詩織は終焉の夜と戦って勝たなければいけなくなったのである。
本の編集権は終焉の夜にある。その状態で時間を進めれば、本の世界の影響を受けて現実世界の由紀も死んでしまう。それを回避する唯一の手段が、終焉の夜を倒して編集権を奪い、本の世界で由紀が死んだという事実そのものを無かった事にするという方法だったのである。
だがそこに一つの誤算があった。ユリアの存在である。繰り返しになるが、表の世界でユリアとは何の接点もない。年齢がアテにならないのは佳織の例で分かるし、そもそも日本人であるという保証もない。さらに困った事に、終焉の夜に勝とうが負けようが、編集権が確定してしまえばもう二度と本の世界へは行けないのである。
そして本の世界での記憶を保持できるのは、その勝利者しかいない。だが終焉の夜が勝ってしまえば由紀が死亡するのは前述の通り。
魔本少女しおりちゃんのクライマックスは、終焉の夜との戦いと、その直後に入るユリアとの別れのシーンであり、今花宮さんが演じているのが正にそのシーンなのである。
実際の所、これまでの花宮さん演技はそう悪いものでもなかった。ユリアにダウナーなイメージは無かったが、花宮さんが演じやすいように佐久間さんがキャラ付けしたものと思われる。
それは演技、キャラ付け両面で成功していると言っていい。だがそのキャラ付けが却って別れのシーンの難易度を跳ね上げてしまっているように見受けられる。花宮さんも頑張ってはいるのだが……。
「……佐久間さん、適当な所で手を打たないと収録終わらないぞ。カノは素人だ。拘り過ぎてもしょうがない」
「分かってるわ。でもここは大切なシーンだし、少しでもクオリティを上げておきたいの」
そう力説する佐久間さんの言い分も分からなくはないが……。
「放送室を借りられるのは夏休みの間だけだ。日数も残り少ない」
佐久間さんは凝り性なのだ。そのプロ意識は立派だが、一度凝りだすとキリが無い。
「今のカノから十分な演技を引き出せたら、同じシーンの詩織のセリフを録り直した方がいい。レベルを落として」
「何それ、あたしが悪いって言うの!?」
「一人だけ高いレベルの演技をしていても仕方ない。周りに合わせるのも重要って事だよ」
彼女は演技に関してはストイックだ。けれども作品は一人で作るものじゃない。場合によっては本意ではない演技を求められる事もあるだろう。
しばらくの間一人で考えていた佐久間さんだが、やがて諦めたようにふうと溜息をついた。
「確かにその通りかもね。花ちゃんが素人だって言うのは分かってたはずなのに、またあたしの悪い癖が出ちゃったみたい」
「それが君のいい所でもある。君の本気は今後ちゃんとした商業作品で聞かせて貰うよ」
「まあしょうがないか。けど、せめて今日いっぱいは花ちゃんにも頑張ってもらうからね」
「はは……、お手柔らかにね」
今日いっぱいと言っても放送室を借りられる時間は限られており、そのリミットまで既に一時間を切っている。花宮さんの集中力を考えると妥当な時間かもしれない。
やってみますと意気込んだはいいが、いつまでたっても収録が始まらずに待ち呆ける花宮さんに気付いたのは、その直後の事であった。
そしてついてにその日がやってきた。
「とりあえずこれで形の上では完成、かな」
そう、僕らの悲願であったオタ研の第一作、魔本少女しおりちゃんが完成したのである。
「えっ、もう完成なの? 学園祭までまだ半月以上あるよ?」
こういう疑問を口にするのは、やはりそっち方面の知識に疎い花宮さんだ。
「とりあえずと言ったろ? ここから更にデバッグとか、直しや調整を入れていくんだよ」
「調整……」
「うん。これからカノは学園祭前日まで実際にゲームをプレイして、誤字脱字がないかとか突然終了したり固まったりエラーが出たりしないかとかを調べていって欲しい。もちろんそれ以外にも何か気になる点があったら報告してくれ」
「はーい」
花宮さんは可愛らしい声で返事をする。実の所、今までのシナリオ書きに比べたら格段に楽な作業だろう。何しろただゲームをプレイしながらおかしな点を挙げていくだけでいいのだ。頭の中の文章をひたすら文字に起こしていたこの前までとは違う。
「次に佐久間さん。佐久間さんも基本は同じだけど、特にBGMと音声に注意してプレイして欲しい。声とテキストが合ってないとか、BGMを流すべき場面を間違えてるとかな」
「らじゃー」
「そして最後に吉川さん。君は二人とは別の作業をやってもらいたいんだ」
意外だったのか、吉川さんが「えっ……?」と、そんな声を漏らす。
「君にやってもらいたい事は三つ。パッケージ用のイラストと、広告用のポスター、同じく広告用の詩織の等身大パネルだ」
「あ、なるほど」
「これは君にしか出来ない事だ。パネルは最後でいいから、後の二つを優先して欲しい」
「承知しました」
ちなみに僕もデバッグである。メインで見るのは絵やシナリオ上の整合性、つまりは矛盾がないかどうか。難しそうなので自分でやることにした。
「デバッグまで終わればこのゲーム制作も終わりだ。みんな頑張ってくれ」
「「「はい!」」」
綺麗にハモったオタ研ガールズを見て僕は、ゲーム制作を通じてみんなが一つになれたような、そんな空気を感じたのであった。
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