第20話
いつもの朝、僕はいつものようにリビングで朝食をとっていた。そんな時である。突如リビングに固定電話のコール音が鳴り響く。
リビングには僕の他に妹もいたが、何も聞こえていないかのように淡々と食事を続けている。少々面倒ではあったが、僕は食事を止めて電話の元へと急いだ。
「はいもしもし、福山ですが」
受話器を取ってそう話しかける。
『福山君ね? 今日カノは病欠するから。それじゃ』
「えっ? ちょっ!?」
質問する間もなく、すぐに電話の向こうからツーツー音が聞こえ始める。
声の感じや内容から、相手は会長だったものと思われるが、それに気付いたのも通話が終わってからと言う有様である。あまりにも素っ気ない。
(相変わらず嫌われてるなぁ……)
今の電話にしても、花宮さんに言われて嫌々かけたのだろう。会長にしてみれば、わざわざ僕に対して花宮さんの欠席を知らせる意味は無い。
(それにしても……)
今日花宮さんは欠席。一緒に登校するようになってからは何気に初めての事である。それだけで何だか、学校に行く事が少し億劫に感じられた。
「何の電話?」
コール音には無反応だったくせに、電話の相手は気になるのか我が妹よ。
「仲のいいクラスメイトが今日欠席なんだとさ。その連絡」
まさか彼女と言う訳にもいかず、ましてや下僕だなんてもっての外である。そもそも女の子だという事すら憚られた。嘘もついてないし、最良の答えだと思ったのだが……。
「いくら仲がよくても、わざわざ自宅に電話なんてする? 登校したら分かる事なのに?」
「うっ……」
さて賢明な読者なら既にお気付きだろうが、ここにいる我が妹こそ、生ハムメロンその人である。僕と血が繋がっているのが不思議なくらいの美少女で、若干十四歳にして売れっ子ラノベ作家。頭もかなりいいのだが、可愛げのない性格と毒舌のせいで、モテない上に友達もロクにいないモノと思われる。
「つまりいつもその友達に合うのは学校に着く前。察するに、最近一緒に登校している女子ってとこかしら?」
「し……知ってたのか」
「気付かれてないと思ってたの?」
この子はいつもこんな感じなのだ。勘がいいと言うか何と言うか……。
この子に対しては一切の隠し事が出来ないんじゃないかとすら思う。
「か……勘違いするなよ、一緒に登校してるのはあの子を守るためで、別に特別な関係ってわけじゃ……」
我ながら一体何に対して弁明しているのか。
「興味ないわそんな事。例えばその子がゲテモノ趣味で本当に兄の事が好きだって言う可能性もなくは無いしね」
「いやそれ絶対に人生損してるだろ……。まあいいや、先に行くぞ」
「ええ、行ってらっしゃい」
僕は残りのトーストをミルクで流し込むと、足元に置いていたカバンを引っ掴んで玄関へと急いだ。
あの日以来、毎朝玄関で待ってくれていた花宮さん。欠席と言う連絡を受けたにも関わらず無意識にその姿を探してしまうのは、モテない男の悲しき性か。加えてそれに飽き足らず、花宮さんが本来歩いてくるであろう方角、その道の先まで見渡してようやく来ないという事実を受け入れるのであった。
「それにしても病欠か……」
誰にともなく呟く。元気そうだった花宮さんが病気にかかったのは心配だが、それはそれとしてまた別の問題もある。言うまでもなくシナリオの事だ。
今更一日くらい遅れても大して影響は無いような気もするが、逆にこれが二、三日と長引くようなら、いい加減に決断しなければならなくなるだろう。
代役は当然メロンだろうか。きっと悪態をつきながらも手伝ってくれると思う。問題があるとすれば花宮さん……いや、花宮さんにそれを伝える僕自身の方か。
怒るだろうか? それとも悲しむだろうか? 何にせよ彼女にとって好ましい事ではないのは確かだ。花宮さんにはずっと笑っていて欲しい。そう思ってはいても、彼女の笑顔を奪うような真似を僕自身がしなければならないという現実。それが悔しかった。
「今日は花宮が風邪で休みだそうだ。他に来ていない奴は…………いないな」
ホームルームの時間、担任の興津先生がさらりと花宮さんの欠席理由を口にする。
(風邪だったのか……、大事ではなさそうで一安心だな)
僕が一人安堵していた時である。
「花宮さん、今日休みなのか」
何故だか杉田が残念そうに話しかけてくる。
「そうみたいだな。病欠なのは聞いてたけど、風邪なのは今知った」
と言うか聞く暇もなかった。
「ってことは、今日花宮さんは俺のイスに座ってないのか。花宮さんのお尻で暖められたイスを堪能するのがオレの密かな楽しみだったのに……」
(こ、こいつ……)
もう花宮さんを杉田の席に座らせるのは止めよう。
「それはそうと、今日お前昼飯どうすんだ? 最近ずっと花宮さんのお弁当だったろ?」
「ああそれな、昼飯用のお金なら持って来てる。と言うかその為に電話をくれたんだろう」
「ほ~~~ん……」
と言う訳で、今日は久しぶりの学食になる。まだホームルームの時間だと言うのに、早くも花宮さんが恋しい。
「それならさ、福山」
「……ん?」
「久しぶりに一緒に喰うか? たまには男同士で喰うのもオツだろ?」
実の所、男同士で喰うのがオツだなんて微塵も思ってはいないが、
「……そうだな、喰うか」
別段断る理由もなかったので応じる事にした。
そして放課後。僕が部屋のドアをくぐると、中には佐久間さんの姿があった。しかしいつもいるはずの吉川さんの姿が見当たらない。
「ええと……、吉川さんは?」
自分の席に座りながら、佐久間さんに質問する。
「今日は遅れてくるって。ところで花ちゃんは?」
「カノは風邪で休みだ」
「……そうなんだ、シナリオは大丈夫なの?」
「正直大丈夫じゃないな。近い内に手を打とうと思ってる」
「やっぱり進んでないんだね。書くよりも考えてる時間の方が長いから気になってたんだ」
「そうだな、粗削りでも整合性滅茶苦茶でも一気に書けてしまった方がよかったんだが」
事前にそう言っていたら今のような事にはならなかったんだろうか? 今となっては後の祭りだが。
「そういえば、あたし達が二人きりになるのって、あの時以来だよね」
「あの時……?」
少し考えてみてすぐに、あの時と言うのが初対面の時に演技を聞かせてもらった時の事だと思い至る。
「そうか、佐久間さんとは基本部室でしか会わないし、俺の側にはたいていカノがいた」
「だね」
今にして思えば、それが切っ掛けだったように思う。あの時メロンのファンである事を知って、それを利用して部活に――――?
「なあ佐久間さん、俺が君を部に誘った時の事を覚えてるか?」
「えっ?」
質問の意図が分からなかったのか、佐久間さんはきょとんとしている。
「いや悪い、回りくどかったな。部活に誘った時に、俺を通じてメロンにワガママを聞いてもらう約束をしただろ? まだアレの内容を聞いてなかったと思ってな」
「そういえば……そうだったかも」
忘れてたのかよ。
「折角だし今聞いておこうと思ってな。何ならメロンの新作がアニメ化した時、ヒロイン役に抜擢して欲しいなんて内容でもアリだと思うぞ」
そう、無名で事務所にも所属していないと言うのなら流石に無理だろうが、所属しているとなれば話は別だ。無名の声優にとって、一本の当たり役は喉から手が出る程欲しいはず。……空サンのアニメが当たるかどうかは別にして。
当たり前だが、メロンにリクエストすると言う形式上、メロンを納得させられるような実力が無いと話にならない。その点佐久間さんは何ら問題なく、当然それを選択するものと思っていたのだが……。
「ん~~~……」
腕を組んで首を傾ける彼女は、見るからに悩んでいた。
(他にも何かあるのか……?)
なんて事を思いつつ、僕は佐久間さんの選択を待ったのだが……、
「ごめん福山君。今はまだ決められないや。とりあえず保留って事でいいかな?」
「保留……?」
意外だった。他に何かあっても、彼女の性格上すぐに決断を下すものと思っていた。
「別に今日中に決めないといけないって事は無いよね?」
「まあな。一応お礼みたいなもんだし」
「うん、じゃあ保留。決まったらまたその時声をかけるよ」
「それでいいなら……」
僕から言う事は何もない。
(けど何で保留にしたんだろう。思い付かなかったのか、思い付いたけど判断が付かなかったのか。そうでないなら空サンが正式にアニメ化するのを待っている可能性も……?)
いずれにしても佐久間さんが保留と言っている以上、無理に決断させる意味もない。僕は改めて部活に取り掛かるのだった。
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