第13話
ノックをして返事を待って入室。都合三度目となる生徒会室への入室だが、一人で来たのはこれが初めてになる。
「失礼します」
言ってまっすぐに会長のデスクの前に立った。事前に調べた通り、今回も生徒会室にいるのは会長のみであった。
「あなたは確かオタク文化研究会の……? 何の用です?」
相変わらずのクールな表情。自分が僕らに何をしたのか理解してないのか、あるいは理解していてこの表情なのか。
以前は憧れに近い感情も抱いてはいたし、今でも嫌いになりきれない部分が確かにある。けれどもそれはそれ。彼女の行ったみんなの気持ちを踏みにじる行為は、簡単には許せないモノがあった。
報復に二の足を踏んでいたのは気持ちの整理がつかなかった事に加え、失敗した時の事が怖かったからである。今でもそれは変わらないが、それでもあの三人が僕の背中を押してくれていると考えると、なんだかやれそうな気がしてくる。
僕は静かに固唾を呑むと、胸ポケットからある物を取り出す。
いうまでもない、花宮さんのスマホに入っていたうたた寝をする会長のフォトデータ、それを印刷したものである。
「今日は会長に相談したい事があって来たんです。まずはコレを見て下さい」
言って僕は、二つ折りにしたそれを会長の前に差し出して見せた。怪訝そうな顔をしつつも写真を受け取る会長。
二つ折りにしたそれを、開いて確認した会長の眉間に、わずかに皺がよった。
「…………これは?」
静かに、けれども明確な怒気を孕んだ声だ。正直物凄く怖いが、ここで引いたら何も守る事は出来ないだろう。
僕は弱気を跳ね退けるように、デスクに手を突き身を乗り出した。
「見ての通りです。正直意外でしたよ、会長にこんな可愛らしい一面があったなんて」
会長に委縮している事を悟らせてはいけない。
実際のところどう見えているのかは分からないが、それでも精一杯不敵な笑顔を作って見せる。
「……何が目的なの?」
「話が早くて助かります。この前お話のあった部室取り上げの件、会長はさも取り上げる事が当然と言うような対応でしたが、調べた所生徒会の一存でどうとでもなるようですね。つまり、それをするのもしないのもあなた達次第という訳だ」
僕は言い直すように目を瞑り僅かに顎を引くと、再び目を開いた。
「こちらの要求は一つです。会長、あなたの権限でそれを無かった事にしてもらいたい。そうすれば写真もデータも全て破棄すると約束しましょう」
そう、僕らの目的はあくまで部室。会長のデータなんて実の所どうでもいいのだ。……少し残念ではあるけど。
僕は自分の言葉が真実であると証明するように、真っ直ぐ会長を見据えた。しかしそんな会長の返答はと言うと……。
焦りでも怒りでもない、さもどうでもいいと言った感じで、会長は鼻で笑う。
「それで、取引に応じなければ写真を新聞部にでも売るつもりなのかしら? 下らないわね。好きにしたらいいわ」
「……何?」
「聞こえなかったのかしら? 下らないと言ったの。公表でも何でもすればいい。でも部室は返さないし、それであなた達がどんな目に遭ったとしても私の知る所ではないわ」
会長の態度からは本当にどうでもいいと思っている印象しか感じられない。拙い。
「話はそれだけかしら? 用が済んだのならさっさと出ていって欲しいのだけれど?」
これ以上話す事は無いとばかりに退室を促す会長。だがここで引いてしまえばそれは僕の、ひいては僕らの敗北であり、部室を失う事と同義でもある。
急速に汗ばんでいく手の平を握り締めながら、僕は頭をフル回転させた。
(何かないか、会長に対してカードになりそうなモノ……)
そんなに簡単に見つかれば苦労はしない。しないのだが、それをしなければ全てが終わってしまう。
「何をしているの? 早く出ていってちょうだい」
その言葉が耳に届いたのと、ある人物の姿が頭に浮かんだのは、ほぼ同時であった。
「待って下さい、会長」
これしかない。直観的にそう感じた僕は、無意識にそう声に出していた。
「まだ何かあるのかしら?」
「いえ、会長と少し謎かけごっこをして遊ぼうと思いましてね」
「何を言っているのかしら? 生憎あなたの戯言に付き合っている程暇じゃないの」
僕の態度の変化に不穏な物を感じたのだろう。会長の視線が鋭さを増した。
「そう言わずに付き合って下さいよ。例えば会長? さっきの会長が寝ている写真、どうやって入手したと思います?」
そう、写真に写る背景は明らかに民家の中。十中八九花宮家のそれだろうが、論点はそこではない。
「カノが撮った写真をあなたが貰ったのでしょう。謎でも何でもないわ」
「そうでしょうか? いくら恨みがあるとは言え、姉の恥ずかしい写真を好き好んで提供などするでしょうか?」
「……何が言いたいの?」
会長は再び凄んで見せるが、今は完全にこちらのペースである。……と言っても、肝心のネタ次第ではあるが。
「では結論から言いましょう。会長の妹の花宮香乃さん。彼女は今僕のいいなりの状態にあるのです。僕の命令があればそれこそ何でもやってしまうくらいに、ね」
「…………」
「現状彼女に何か取り返しのつかない事をさせたと言う事はありません。ですが会長があくまで部室を返さないと言うのであれば、これからもそうである保証は出来かねますが?」
……そう、これがとっさに思い付いた最終手段。花宮さんそのものを取引の材料に使うという外道戦術。僕だって本当はこんな事はしたくなかったのだが、他に手が無いのだから仕方が無い。
花宮さんならきっと分かってくれる……と思う。後は会長の反応次第なのだが……。
「あの子があなたのいいなり? 信じられないわね」
わずかに眉を動かしただけで、会長はそう切って捨てる。
だけど僕だって口先だけで信じてもらおうだなんて思ってはいない。それに会長は、僕の言葉に対して〝どうでもいい〟ではなく〝信じられない〟と返した。言い換えるならそれは、真実であれば弱点になり得ると白状したようなものだ。
「それはごもっとも。ではこのデータをご覧ください」
僕はそう言って自分のスマホを取り出し、とある画像データを呼び出した。そしてそのデータを、スマホごと会長の前に差し出す。
それはこの前、部室で下着姿になった時の写真。吉川さんが撮った花宮さんの画像を、後から吉川さんに譲って貰ったものだ。
……女の子の下着姿の画像を持ち歩いているとか変態臭いが、花宮さんだって僕のパンイチの画像を持ってるんだから問題は無いはずだ。
ようは今ここで会長に、僕の主張が真実であると信じ込ませる事が出来ればいいのだ。花宮さんが僕のいいなりであると。
「なっ……、これは…………!」
これまでとは違い、会長が明らかに動揺の声を漏らす。
「ご……合成写真に決まってます、こんな物!!」
「そうですか? ではその下着に見覚えは?」
「…………っ!!」
どうやら勝負あったみたいだ。会長はその場で崩れ落ちるようにして頭を抱えた。そんな会長を見て、僕もほっと胸をなで下ろす。
一時はどうなる事かと思ったが、どうやら僕達の勝利で終わったようだ。どんな結果になっても、と花宮さんは言ってくれたが、はやり僕は彼女の喜ぶ顔の方が見たいのだ。
「……こんな事をして、一体何が目的なの?」
「最初から言っているでしょう、部室を返して欲しいだけですよ」
言いながら僕はスマホを回収する。
「本当にそれだけ?」
「それだけです」
そこまで確認すると、やがて会長は諦めたかのように一度溜息をつくと、
「……そう、分かったわ。生徒会のみんなは私が言い包めておくから」
まるで出来て当然とでも言わんばかりの言い草であった。……いや、会長にとっては本当にそうなのかもしれないけど。
「ありがとうございます。それではよろしくお願いしますよ、会長」
そう言って足早に立ち去ろうとした時である。
「安心するのはまだ早いわよ」
不意に呼び止められ、立ち止まる。
「九月に開催される学園祭。それまでにロクな活動実績も挙げられないようであれば、最悪廃部、最低でも部の予算は付かないと思って下さい。あの部にはカノもいますし、不正と見られない為にもこれ以上の庇い立てはできませんよ」
妹のいる部を厚遇すれば、当然不正を疑われる。そう言う事なのだろう。
「分かりました。ご警告、感謝します」
最後にそう言い残すと、恨めしそうに睨んでくる会長を後目に、僕は生徒会室を後にするのだった。
会長の視線から逃れるように後ろ手にドアを閉めると、そこでふぅと安堵の息をついた。写真が通用しなかった時は本気で焦ったが、アドリブでどうにかなったようだ。
そうこうしていると、僕が出てくるのを待っていたのだろう、すぐにオタ研ガールズのみんなが駆け寄ってくる。皆一様に不安げなのは、交渉の結果を知らないせいだろう。
「あ、あの……シュン様、……どう、でした?」
遠慮がちに花宮さんが尋ねてくる。
「……みんな、心して聞いて欲しい」
三人の表情が氷を張ったように硬くなる。吉川さんののどが動いた。
「結果は……俺達の勝利だ。会長は部室を返すと約束してくれたぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ本当だ。ちょっと予想外の事が起こった時は本気で焦ったけどな」
「流石ですシュン様! 大好きです!」
そう言ってまた抱きついてくる花宮さん。
テンションが上がると誰彼構わず抱きつく癖があるのは直した方がいいと思う。その上マーキングまでしてるし……。
「ご苦労様でした福山君。これでようやく正式にオタク文化研究会として活動できますね」
「そうだな。これからもよろしくな、吉川」
「それにしても……」
花宮さんと吉川さんが労いの言葉をかける中、佐久間さんがある事を口にする。
「勝ったって事は、会長でもあの鬼畜モードには敵わなかったって考えていいのかな」
「鬼畜モードって……」
以前花宮さんがさらりと口にした言葉である。どうやら僕は女の子と一対一で交渉する時やたら高圧的になってしまう癖があるようで、彼女らはそれを鬼畜モードと呼んでいる。と言うか呼ぶことにしたらしい。
……実際にはただ緊張してテンパっているだけなのだが。
「いいじゃない鬼畜モード。あの時のシュン君を的確に表したいい言葉だと思うよ。今回はそれのおかげで部室も取り返せたんだし」
「みんながそう言うんなら……」
鬼畜、鬼、鬼畜生。確かに、ブサイクな僕にはある意味相応しい名前かもしれない。
「それじゃあこれからどこかのお店で戦勝パーティーでもしよっか。オタ研発足と鬼畜モードのデビューを祝って」
「……おい」
デビューって何だろう。花宮さんのいつものジョークなのか?
「いいね。いこいこ」
「そうですね。こんな日に少しくらいハメを外しても罰は当たらないでしょう」
僕の僅かな抗議を聞いていたのかいないのか、佐久間さん、吉川さんの順に賛同の意を示した。
(……まあいいか)
いくら僕でもこの状況に水を差す程ヤボじゃない。何より三人が楽しそうだったので、それ以上は何も言わずに付き合うことにした。
だが、この時の僕はまだ気付いていなかった。この時僕は、今後の僕らの関係を決定付ける大変なミスを犯してしまっていた事に――
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