第10話

「それじゃあみんな、準備はいい?」


 翌日の放課後、僕らオタ研のメンバーは生徒会室の前にいた。

 目的はもちろん前回のリベンジ。オタ研を正式な部とする手続きの為だ。

 必要な書類は既に用意してある。記入やハンコもバッチリである。後はこれを会長に提出するだけなのだが、前回失敗しただけにメンバーの不安の色は隠せなかった。


「俺はOKだ」


 そんな中、とりあえず青一点の僕がリアクションしてみる。


「カノもOKです」


 そんな僕に、花宮さんも続く。


「ええと……、必要な書類は揃ってるんだし、別に捕って喰われる訳ではないんだよね? なら大丈夫」


 更に新メンバーの佐久間さんが続いた。前回からそうだったが、会長と相対するにあたって一番緊張しているのは、実は吉川さんだと思う。


「……そう、それじゃあ行きましょう」


 最後にそう〆ると、吉川さんは生徒会室のドアを叩いた。返事を待って僕らは生徒会室への進入を果たす。

 何かの用事で出払っているのか、今回も会長以外の生徒会の姿は無い。


「アナタ達は確か……マンガ研究会の人達でしたね。何か御用ですか?」


 マンガ研究会である事は覚えているのに、〝何の用か〟と会長は言う。あえてそう言っているんだろうか。


「はい。前回部名の変更を申請した際、それは認められないとの事でしたので、今回は手法を変えて新しい部として申請に来ました。この通り必要な書類は揃っています」

「……なるほど」


 吉川さんが差し出した紙を受け取り、目を通す会長。相変わらずこの時の緊張感は凄まじいものがある。書類に目を通した後、会長は書類を寝かせつつ顔を上げた。


「四人目の部員の佐久間さん……がその子と考えて間違いないですね?」


 そう言って会長は、視線を佐久間さんに向ける。


「あ、はい」


 佐久間さんが応える。急に振られて動揺したのか、その声には焦りと驚きが垣間見えた。

 再び沈黙。そして一呼吸の後、会長が静かに口を開く。


「了解しました。書類に不備はないようですし、この〝オタク文化研究会〟なる部活を正式な部として認めます」

「「や…………やったあ!!」」


 だれが音頭を取るでもなく、僕らの声が重なった。

 テンションが上がって思わず吉川さん、佐久間さんとハイタッチしてしまうが、テンションが上がっていたのは二人も同様だったらしく、共に笑顔で応じてくれた。

 ちなみに花宮さんはというと、ドサクサに紛れて抱きついて来たためハイタッチはできなかった。というか真似して佐久間さんも腕に絡みついてくる。今の彼女らは皆テンションがおかしい。


「それでは……」


 そんな僕らに、会長が声をかける。


「あなた達がこれまで所属していたマンガ研究会は、あなた達が退部した事によって正式に廃部となりますが、よろしいですね?」

「あ~~~、やっぱりそうなるのか」


 思わずそう漏らす。


「以前からそのような話はあったのですが、あなた達が入部した事によって立消えになっていたのです。今回あなた達がマンガ研究会を抜けてオタク文化研究会を立ち上げた事によって、正式にマンガ研究会の廃部が可能になりました」


 確かマンガ研究会は、今年の二月頃から部員のいない状態だったはず。その上新入部員もいなくなったのだから、廃部になるのも当然か。


「わ、わかりました」


 部員代表として、未だに緊張気味の吉川さんが応えた。


「そう、それでは来週までに、部室を引き渡せる状態にしておいて下さいね」


「…………えっ?」


 その不穏な言葉に、僕らは一瞬で現実に引き戻される。


「……どう言う事ですか?」

「どうもこうもそのままの意味です。あなた達は今からオタク文化研究会。そのあなた達が、廃部になったマンガ研究会の部室を占有していい訳がありません」


 言っている事はこの上ない正論だった。けれども元々部名の変更という名目で動いていたのだ。それを新規の部として申請するように促したのは他ならぬ会長であり、彼女の主張が悪意を孕んでいる事は誰の目にも明らかであった。


「納得できません! 新しい部を作るように言ったのは会長じゃありませんか! こんなのは不当です!!」


 花宮さんがデスクを叩いて抗議する。前回もそうだったが、会長に対しては妙に遠慮が無いような気がするのは気のせいだろうか。


「おかしなことを言うのね。部名の変更を受理しなかったのは、あなた達の内の誰一人としてマンガ研究会として活動した実績が無かったからです。私はそんな状態でも部名を変更する方法を提示したに過ぎません。抗議される謂われはありませんね」


 そして再び睨み合う二人。


(会長ってこんな人だったのか? ちょっと憧れてたんだけどなぁ……)


 何故か冷静にそんな事を考えていた僕だが、よく考えなくても部室が無かったらゆっくり出来ないではないか。部室が無くなるくらいなら、マン研のままの方がマシである。


「事前にその事を警告しなかったのは会長の落ち度です!」

「残念ですが、こちらにそんな事をする義務はありません。それに、実績のない部より実績のある部に優先的に部室が割り当てられるのは当然のことです」

「ひどい! じゃあ申請書返して! 取り消すから!!」

「残念ですがマンガ研究会の廃部は既に決定しています。書類を返した所で、部室は戻りませんよ」

「そんな……!!」


 花宮さんが怒ってくれたおかげで逆に冷静になれたけど、冷静になったからと言って事態が好転するとも限らない訳で……。


「…………よくも」


 花宮さんの微妙な変化に気付いたのは、その時のことである。声のトーン、口元、そしてぐっと握り締められた手。花宮さんの怒りのボルテージが一段階上がったのを、その時僕は確かに感じ取った。


「落ち着けカノ」


 肩を引っ張り、強引に振り向かせながら言った。

 僕の顔のアップに驚いて冷静になってくれるのではないかと期待しての行動だったが、どうやら成功したらしい。呆気にとられたように花宮さんの怒りがみるみる拡散していくのが感じ取れた。


「シュン……様?」

「カノ、ここは一旦引こう」

「それでいいんですかシュン様!? こんな事をされて黙っているなんて!」

「もちろんよくなんかない。けど今ここで会長に喰ってかかっても何にもならないよ。ここは一旦引いて作戦を立て直そう」


 正直どうすればいいかなんて見当もつかないが、みんなで考えれば何かいい案が浮かぶかもしれない。


「シュン様がそう言うなら……」


 渋々と言った感じではあるが、どうやら収めてくれたようだ。

 断じて会長を庇った訳ではないし、皆の代わりに怒ってくれた花宮さんに感謝もしている。けれどもそれはそれとして、花宮さんのような子が本気で怒る所なんて見たくなかったというのが本音である。

 僕は花宮さんに代わって会長の正面に立つと、


「それじゃあ会長、今日はひとまず退散します。でもこのまま諦めるつもりはありませんので。それでは」


 軽く会釈をして、佐久間さんと吉川さんに目配せ、花宮さんには優しく背中に触れて退室を促した。

 各々思う所はあったようだが、とりあえずみんなはそれに従ってくれたようだ。

 僕が率先して生徒会室を後にすると、みんなもそれに続いた。

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