11回目:雨:溶雨

 雨がしとしと降り出すと、車椅子を懸命に動かして、あなたは小さな庭へと一人出る。

 屋根もなく、ぬれる煉瓦の小道は滑り、僕らをいつも困らせた。

「風邪引きますよ」

「ここは病院ですよ?」

 僕の声にからからと笑う。

「雨はいろいろなものを含んでいるのよ」

 何だと思う? いたずらっぽく聞かれたから。

「NOx? それとも埃?」

 答えてみたら、違う違うと返された。

 あなたは細めた目のまま空を見上げる。雨の向こうの空の先を。

「虹のはしっこ。地球を旅する風の匂い。それに」

 寂しそうな笑み、だったから。

「戻りましょう」

 あなたが溶けてしまう前に。無理矢理グリップを握りしめた。


 ──空に消えたあの人の。想いの欠片が落ちてくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る