9回目:花:沈丁花の幻

「宗教的解脱には香りが不可欠とされてきた」

 麻薬の効果さ。美貌の教授、木元香苗は黒曜石の目を細めた。

「神隠しの社は今日も健在」

 歩む先、沈丁花の中に社があった。手に持つボトルがちゃぷりと揺れた。

「神隠しの別の解釈を知っているか。消えたのではなく」

 風が巻く。酩酊を感じるほどのその。

 手を引かれた。引いた少女は香苗へ笑み。

 香苗は緩く首を振った。

「君は幻。私が現実となったから。ねぇ」

 振り返れば、若い男が無様に尻餅をついていて。

「子供が沢山いるんだ。教え子っていう手のかかる」

 だから。

 ボトルの中身をぶちまける。マッチを一本擦り投げた。

 見つめる少女へ、淡く確かに。

「さようなら、『香苗』」

 少女と炎に、背を向けた。

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