黄金期の遺産
エーテル弾は翼によってすべて防がれた。
ムジカをかばうように降り立ったのは、2翼を羽ばたかせる青年人形だった。
ラスはムジカのスカートをはためかせて飛ぶ。
突如現れたラスに動揺した護衛役たちは、青年人形が通り過ぎた一瞬で、エーテル銃を破壊されていた。
さらに翼を翻し、足止めされていた獅子型を無力化したラスは、ムジカの元に舞い戻る。
銀の髪を揺らすラスに目立った外傷はないことに、少し安堵してムジカは鷹揚に迎えてやった。
「おう、待ってた。あいつは」
「こんのちょこまかとっ! まだ終わってねえぞ!」
後ろから野太い声が響いたとたん、ムジカはラスに抱え上げられた。
轟音と業風を引き連れてヴァルが飛んでくるのが見えた途端、先までムジカが居た場所に、彼の発熱した右腕がたたきつけられた。
衝撃波にも似た高音と同時にたたきつけられた地点を中心に、床が陥没する。
「なんだあれ!?」
「純粋な腕力に加え、限界まで圧縮した空気を打ち出しています。おそらく全力で行使した場合、大半の建材は貫けるものと考えます」
「お前並にでたらめだな!?」
戦慄するムジカだったが、ヴァルを改めてみて気づく。
左腕が二の腕の半ばからなく、ぱちぱちとエーテル光をはじけさせていたのだ。
苦々しげヴァルは、無造作にアルーフへと叫んだ。
「くっそ、嬢ちゃんの声が俺まで効くなんて聞いてないぞっ。腕1本もってかれた。どういうこったよアルーフ!」
「おそらく体内の小型のエーテル結晶が反応しているんでしょう。あなたも
「ああそうかよこの研究馬鹿!!」
左腕がもげているにもかかわらず平然と話すヴァルとアルーフたちに、気色ばんだバセットが割って入った。
「グレンヴィル、どういうことだ。あれはただの
「ああもうどうしようかな、色々めんどくさいなあ」
仲間割れに近い口論を始める彼らにぽかんとしながらも、ムジカはこっそりラスへと問いかけた。
「ラス、ファリンたちは逃げきれたかな」
「十分だと予測します」
ムジカの目的はファリンたちが無事逃げおおせるまでの時間かせぎだった。
彼らと別れてからかなりの時間が経っている。順調に進まずとも、子供達の足なら地上に出られていてもおかしくない。
そうすれば間違いなく、ファリンは探掘組合の詰め所へと駆け込むだろう。
詰め所には深夜に戻ってくる
あとは逃げるだけだ、もう付き合う必要はない。
ラスが紫の瞳を見開いて、ばっと振り返った。
「ムジカ!」
その愕然としたムジカが戸惑っていれば、ラスの硬い体とエーテルの翼にかばわれる。
瞬間、びりびりと床が揺れた。
衝撃波と共に大地を切り裂く轟音と熱風に襲われた。
吹き飛ばされそうな圧力に混乱し、ようやくラスに離されたムジカは、かばわれた意味を知る。
先ほどまで壁と通路があったはずの場所が焼け溶けていた。
昇降機の発着場は跡形もなく消え去り、縁は破壊されどろどろに溶けており、熱を発していた。
激しい崩落の音と警告を示すサイレンが鳴り響く。
「何が、あったんだ」
「
アルーフがのんきに言った単語を、ムジカはとっさに理解できなかった。
「巨竜、型?」
「当時、熾天使に対抗されて造られた広域殲滅用の巨大
そのときバセットがアルーフの胸倉につかみかかった。
「グレンヴィルあれを止めるすべは! そもそも休眠させていたはずだろう!? なぜ勝手に起動している!」
「うーん、もともと都市殲滅用で対熾天使と
「あたし!?」
「あと、修繕したはいいけど、管制頭脳に厳重なプロテクトがかかっていて再教育ができずに強制的に眠りにつかせていたんだ。止める方法なんて指揮歌も受け付けないのにあるわけないだろう。まだ本調子じゃないだろうけど、じきに外に出るよ」
「あんなものが外に出たら、バーシェは壊滅するではないか……」
「あたりまえじゃないか。そういうものが欲しかったんだろう?」
バセットの顔がバーシェの霧のような濁った色になるが、アルーフは不思議そうに首を傾げながらも、衣服を整えて首を傾げた。
「うーんエーテル結晶はだいぶ取り除いたはずなんだけど、まだこれだけ出力が出るのか」
「
ラスが淡々と答えるのを呆然と聞いていたムジカだったが我に返る。
あまりに平静なアルーフの反応にぞっとしている場合じゃない。
「君たちを詳しく調べられないのは大変心残りだが。引き際のようだね」
アルーフがコートの内ポケットから取り出したのは、ラジオにも似た小型の装置だった。
「施設内に残っている全職員に告げる。この施設は放棄する。生き埋めになりたくなかったら逃げよう!」
気軽に言い切ったアルーフは、いつの間にか円筒形の鳥かごのような乗り物に乗り込んでいた。
浮遊型の移動具だ。
「一応ああなっても基礎概念は残っているらしくてね、地上に出れば、間違いなく真っ先にバーシェを狙うよ」
「てめえ逃げるのか!」
「だってまだまだ研究は続けたいからね! どうするミスムジカ。僕は君なら連れて行ってもいいかなって思っているんだけど」
そういうアルーフは変わらぬ嘘くさい笑みを浮かべていたが、その瞳は笑っていないことにムジカは気づいた。
しかし、ムジカの答えを決まっている。
「何言ってやがる、あれを放っておけるわけねえだろ!!」
「ああ、もう、そういうところは姉さんに似てるなあ」
寂しそうに苦笑したアルーフに虚を突かれる。
ラスが飛び出していった時には、ほがらかな顔で移動具を走らせていた。
「じゃあ、また。生きていたらぜひ調べさせてくれたまえ!」
「待てっ」
激高したムジカを振り切るように、アルーフとヴァルは通路を疾走していく。
同時に通路へ備え付けられていたらしい隔壁が、頭上から降りてきていた。
追いかけるためにラスに抱えられるムジカだったが、ヴァルが隻腕を振りかぶり壁のパイプへとたたきつける。
すさまじい蒸気が噴き出し、ラスが躊躇した隙に隔壁は降りきってしまっていた。
隔壁程度であればラスがこじ開けられるだろう。今ならまだまだ間に合う。
「逃げればよかっただろうに。なぜ、そのようなことを言えるのだ」
唇をかみしめるムジカがラスを振り仰ごうとしたとき、老いた声が響いた。
先ほどまであれほど堂々としていたバセットが、10は年を取ったかのようにげっそりとしていた。
「ついさっき、私はあれを視察したのだぞ。もうバーシェは終わる」
護衛役たちはバセットに縋り付くような表情を向けており、あと一歩で恐慌状態に陥ることは明白だったが、彼にその気力があるように思えない。
答える義理はなかったが。
ものすごく面白くなかったムジカは、バセットの胸倉をつかむと、無造作に殴った。
ムジカの突然の行動に周囲が驚く中、ムジカは燃え立つ青の瞳でまっすぐバセットを射貫いた。
「痛いのは生きてる証だ。生きてるんなら立て。全部を償うまでは死なせねえ」
バセットが目を見開く中、耳障りな金属の咆吼が響く。
ムジカが振り返れば吹き飛ばされた空洞を、熱風とともに巨大な影が駆け抜ける。
この穴を空けたものだと悟った。
そして、あれを野放しにしてはいけないと。
ムジカは乱暴にバセットの胸倉を放り出すと、ラスへと走った。
「ラス、あいつを追え!」
「了解しました、地上に出るまで顔を上げないでください」
ラスはムジカを抱えると、たちまち飛翔を開始した。
ぽっかりと空いた空洞内部は、灼熱に熱せられていたが、ラスの翼はあっという間に駆け抜け、
冷えて澄んだ空気のなか顔を上げたムジカは、その巨体の全貌を目の当たりにした。
長く伸びた首、鋭角に形作られたトカゲのような頭部には凶悪なあごが備えられ、堂々とした巨躯は金属の外皮で覆われている。
金属の尾をくねらせて月を隠すような巨大な翼を広げて悠々と空を所有するそれに、ムジカは恐怖に似た昂揚をおぼえて唇をゆがめた。
「あれが、
黄金期、
かすかに星の瞬く夜空を遮るようにある巨竜型は、自らがどこに居るか分からないとでも言うように、激しく首を揺らめかせていた。
もがくように飛翔すると、顎を開き紅蓮の炎を蓄える。
解放した瞬間、一条の赤が夜を切り裂く。
光に遅れて轟音が響き、赤の走った荒野が砕かれた。
煌々と燃える大地と、その上を金属特有の軋みを上げて飛翔する巨竜型を、ムジカはただラスにしがみついて見ることしかできなかった。
さらに巨竜は生き物のように砕いた大地を食らいだしたのだ。
がれきを削り取るたびに、その巨体が朱く脈打つように発光した。
「枯渇しているエーテルを補給しているようです」
ラスの淡々とした指摘が耳を素通りしていった。
ムジカは知っている。
だからなんとかできると考えていたのだ。いくら優れていても、人間が造った物なのだから必ず突破口があると。
しかし空を支配しているかのような圧倒的な存在を前に、ムジカの心はすくんでいた。
「なんて、もんをつくりやがるんだ……」
それ以外の言葉が出てこない。
どう攻略すれば良いか、という考えすら及ばない。
体長は尾の先まで約60ヤード(約55メートル)。鋭い鋼鉄製の爪と、良くしなる尾は質量だけで脅威だ。しかも体の脇には砲門らしき穴がある。
ただ去るのを待つしかない、エーテルの亡霊達に似た理不尽な物を前に何ができるのか。破壊された大地の無残さを見れば、たかが人間一人立ち向かったところで消し炭にしかならないことは明白だった。
自律判断に異常を来しているのか、巨竜は未だに何をするでもなく空をくねっていた。だがバーシェ町並みを彩る蒸気とエーテル光は誘蛾灯のように煌々と灯っている。
バーシェにも自衛軍はあるが、あれほどの理不尽な存在にどれだけ有効かはわからなかった。
このままでは、スリアンが、ファリンが、鬱陶しくも愛おしかった街が熱波に消え去る。
だがちっぽけな人間であるムジカに、できることなど何もない。
悔しさに奥歯をかみしめる。
「我が歌姫に要請します」
アルトとテノールの中間。淡々と済んだ声音が響いた。
「
「な、に」
ムジカが頭上を仰げば、まっすぐ虚空をくねる巨竜型を見据えていたラスがこちらを向く。
驚いたことに、本当に驚いたことに、彼の紫の瞳には強い意志が宿っていた。
「俺でしたら機能制限を解けば悪食竜を制圧できる性能を発揮できます。記憶ソースに悪食竜との交戦記録が残っていますので」
その言葉に、ムジカは青の瞳を限界まで見開く。
そうだ、こいつは。
「ホーエンの造った、最強の熾天使……」
唯一この場で、可能性がある存在。
呆然とつぶやけば、ラスのまなざしがわずかに細められる。
「その名前を聞くと、俺の思考にノイズが走ります」
「覚えてるのか!?」
そもそも記録が残っているというのは、どういうことだ。
「分かりません。記憶が欠落しているにもかかわらず、無視できないということに困惑しています。ただ確かなのは、」
そこで言いよどんだラスが、困惑しながらも自分の胸のあたりに手を置きながら続けた。
「俺の主要概念が、街とムジカを守護しなければならないと感じると同時に、別の何かがあの悪食竜を倒さねばならないと訴えています」
巨竜型を見つめるラスのまなざしが、ムジカを向いてわずかに逡巡を帯びる。
「制限解除にはムジカの
「んなもんやるに決まってるだろ。あんたが言った初めてのわがままだ」
ラスの言葉を遮って、ムジカは青の瞳に強く力を込めて見上げた。
この人形は気づいているのだろうか。ムジカの歌を聴きたいという以外に、初めて意思表示をしたのだ。それに応えないわけにはいかないだろう。
「あたしはお前の相棒だ。地獄の果てまでつきあってやる」
「いいえ、ムジカ。俺はあなたを守ります。壊れるとすれば俺だけで」
「あたしがお前の力になるんだから、壊れるわけがないな。だから安心して言えよ」
言葉を途中で遮ったムジカの軽口に、ラスは銀のまつげを伏せた。
ムジカには、その仕草にどこか安堵と喜びが混じっているように思えた。
「では、歌ってください、ムジカ。俺のために」
「ああ、とびっきりを届けてやるよ」
にっと笑ったムジカに、ラスの頬がわずかに緩んでいた。
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