反撃



 ムジカに呼びかけられたバセットは、顔色一つ変えずに応じた。


「あの夜以来だなムジカ」


 平然としたバセットに、ムジカはすべてを悟り顔色をなくした。

 ウォースターはなんといっていた? 探掘隊を派遣している研究所は、バセットが設立させた私設研究所のようなものだと。


「あんた、だったんだな……この整備工場を利用して奇械アンティークを作らせてたのも、探掘屋シーカーたちに何も言わずに試験をさせていたのも、ぜんぶ、全部」


 ムジカはずっと疑問だった。この整備工場は探掘屋シーカーのだれも知らない領域にある。外部から来たアルーフが知るはずのない場所で、ならば誰がこの施設を教えたか。

 手がかりはアルバの手記にあった記述のみだ。この空間をアルバが記録したのはまだバセットが共に探掘をしていたころだった。彼なら知る機会があったのだ。


「ここに地力でたどり着くとは、さすがアルバの娘か」


 軽く目を見張りながらも淡々と言うバセットに、ムジカはあふれる怒りと嫌悪感のままに叫んだ。


「あんたなんでこんなことしやがるんだ! そんなに奇械アンティークが必要なのか!」

「これもすべてバーシェの未来のためだ。多少の犠牲はしかたがない」


 あまりの怒りに言葉が続かず全身を震わせるムジカに、バセットは何も感慨も覚えていないようだった。


「君ならわかるだろう。どこでも貴重な物、有力なものが優先される。弱ければ強いものに虐げられ使いつぶされるものだ」 


 ムジカには身に覚えがありすぎることだった。子供というだけで好きにされ、女というだけで侮られ、歌という武器ですら隠れて使わなければいけなかった。

 鬱屈した思いはいつだってあった。どうして、どうして、どうしてと。


「バーシェは国家と銘打っていても実質はイルジオ帝国の属国だ。この国から貧困層がなくならないのは、イルジオかぶれの上流階級によってすべて搾取されているからだ。この国が発展しないのはイルジオの目を気にする議員たちが顔色を窺っているからだ。このままではこの国はなくなる。根本から変えて強くしなければならないのだよ。そのための研究。そのための自律兵器なのだ」


 熱を帯びるバセットの声が襲い掛かってくる。

 バーシェに住んでいればわかる、貴族たちの横暴も理不尽も身近なのだから。上にしか土地を広げられないのは、高濃度のエーテルの他にも、うかつに領土を広げてイルジオ帝国に睨まれないためだ。

 四方八方から襲い掛かってくる閉塞感に、ムジカたち下層民は締め付けられていた。それを、解放しようというのか。


奇械アンティークを使って、氾濫でも起こす気かよ」


 ムジカが引きつった声で荒唐無稽な問いかけをすれば、バセットは当然と言わんばかりにうなずいたのだ。


「私はそれだけの準備を整えてきた。これだけの自律兵器がいれば貴族など物の数ではない。イルジオへのけん制にすらなるだろう。アルバは届かなかったが、黄金期の遺産すら今や手中にあるのだから」


 ムジカは違和を覚えたが、バセットの声は熱を帯びる。


「アルバは全くそう言ったことに興味がない男だったが、こうして探掘成果を有効活用できれば、弔いにもなるだろう。君の父親のような人間をなくし君のような子供を救い上げるために」


 びくりとムジカが肩を震わせれば、バセットは黒々とした瞳を爛々とさせながらゆっくりと手を差し伸べてくる。


「君は今まで環境に翻弄されるだけだったろうが、自分で選びとる側に回れるのだよ。君の声はそれだけで価値がある。これからのバーシェには強力な指揮者ディレットが必要だ。バーシェを作り直すためにその技術を生かさないか」


 王者のような断固たる態度でされる誘いは、エーテルのような酩酊感を覚えるには十分な物だった。

 正義をなすのだと、勝利をつかみ取るためのいばらの道だという、彼の言葉に導かれたように感じた人間が彼を指示したのだと、ムジカにはよくわかった。

 今までの人生でも、いくらでも卑劣な人間はいた。ほんのはした金が欲しいためだけに、朝食で食べ残したものを捨てるように、他者を踏みにじる者も珍しくはない。ムジカもずっとそうされてきた。

 それを変えるという者がいるのなら、希望になるのかもしれない。

 ムジカが構えていたエーテル銃を降ろすのに、バセットが満足げな表情で近づいてくる。


「勝手に決めつけんじゃねえ、イカレ野郎」


 冷然と切って捨てたムジカに、バセットの足が止まる。

 ムジカは青の瞳を烈火のごとく怒らせて睨みつけた。


「この国を守るため? 弱いものをこれ以上作らないため? 確かに耳障りは良い。だがな、ならなんでガキを材料にしやがった。てめえが一番守ると言った弱い子供たちを!」


 この男の論理には矛盾があるのだ。何枚も何枚も見栄えのする言葉でくるまれているが、その論理はムジカにはなじみ深く何度も見た覚えのあるものだ。


「あたしを見捨てたことなんざどうでもいい。赤の他人なんだから当然だ。だがな強い国を作るためにてめえはどれだけのもんを犠牲にしやがった!」

「大義のためにはしかたなく……」

「さきに奪われたくないから奪うなんて、てめえが打ち果たそうとしているお貴族様とやっていることは同じじゃねえか!」


 バセットの顔が初めてこわばる。

 ムジカは燃え立つ意思のままに、己の胸に手を当てて声を張り上げる。


「それにな、あたしは自分の生き方は自分で決めた。それしかなかったのだとしても、あたしは選んで探掘屋シーカーになったんだ。恩着せがましい救いの手なんざお呼びじゃねえんだよ」


 いつだってそうだった。血反吐をはいても涙を何度飲み込んでも、ムジカは自分のことはすべて自分で決めてきた。

 はじめがどうであれ、ムジカは誇りをもって探掘屋シーカーとしてあり続けたのだ。

 それを脇から救われても、まったく余計なお世話と言うやつだった。


「だから何を言われようと答えは却下だ。ラスは渡さねえ、協力もしねえ」

「……なんだそれは」


 眉を顰めるバセットに、ムジカは気炎を吐きながらも訝しく思う。


「てめえが言ったんだろ、黄金期の遺産を手に入れるって。ラスをばらばらにしていじくり回すんだろ? ガキが死ぬようなもんにかけられるんだったらお断りだ」


 ムジカが言い放てば、黙考したバセットは傍らのアルーフを振り返った。


「グレンヴィル、私は指揮者ディレットの適性がある彼女の確保を命じたはずだが。彼女の従える人形はただの奇械アンティークではないのかね」

「あーちょっと行き違いがあったかなあ」

「……あとで覚悟しておくことだな」


 詰問にもあいまいな笑みを浮かべるアルーフに、バセットは息をついた。

 どうやら一枚岩ではないらしいとムジカは察したが、こちらを向いたバセットは興味を失ったまなざしをしていた。

 すでにムジカは理解していた。バセットは本質的にムジカも孤児達も同じ人間として見ていないことを。

 バセットが無造作に指を鳴らせば、獅子型2頭が緑の視覚センサを光らせて、ゆっくりと身を起こした。


「そろそろ君の人形も無力化されているころだろう。君ではなくとも指揮者ディレットは珍しいとはいえ探せばいくらでもいる。あれを制御できる者も見つかるはずだ」


 背後から響いてくる騒音を聞きながらムジカは唇をかみしめた。バセットが何も考えずに言葉を重ねられているとは思っていなかった。完全に抵抗する余地がなくなるまで待っていたのだろう。

 ムジカは身構えながらも、護衛役の男たちではなく、自律兵器を動かしたバセットに言ってやった。


「はん、あんたぜんっぜん人間を信用してねえんだな。確実に言う通りに動く奇械アンティークのほうを大事にしてんのは、そういうことだろ」


 ムジカの挑発に、護衛役たちが戸惑うようにバセットを見たが、バセットは構うことなく首から下げた変声器トランスレータを手に取ると淡々と言った。


「……“強制指令オーダーセット、眼前の少女を排除せよ”」


 バセットの変声器越しの声にこたえて、獅子型の視覚センサが緑に光る。

 自律兵器は奇械アンティークと人間を効率よく制圧することにたけている。差し向けられれば少女一人あっさりと命を奪われる。

 護衛と共に去っていくバセットへムジカは声をかけた。


「言い忘れてたけど。あたしはあいつに言わせれば、指揮者ディレットじゃなくて歌姫ディーヴァらしいぜ?」


 軽口を叩いたムジカは、スリアンがついでのように話してくれたことを思い出していた。 

 ムジカは奇械アンティークに愛される声をしているのだという。

 何を馬鹿なと笑ったものだが、ムジカが遺跡で初めて歌って従えた奇械アンティークは赤狼型の自律兵器ドールだった。

 二度とできなかったから偶然かと考えていたが、必死になりすぎるあまり歌がぞんざいになっていたとしたら?


 水銀獅子のたてがみに備えられた流動金属が、生き物のようにうごめく。

 あれに当たっただけでムジカはひとたまりもない。威力はひと月前に思い知っている。

 だが飛びかかるより先に流動金属を使うのが獅子だ。

 それが届くまでこの距離であれば、約5秒。

 ぎりぎり間に合うか間に合わないか。

 ムジカが逃げようとしないことに、バセットががいぶかしげな表情を浮かべていれば、アルーフが愉快気につぶやいた。


「もしかしたら、面白いものが見れるかもしれないよ」


 ムジカの頭に逃げるという選択肢はなかった。

 心が冴えている。一点に集中する。

 目の前に居るのは敵ではない。観客だ。

 空いている手を胸に置く。

 二機の獅子型がモーションに入った。

 喉はまだ大丈夫。響かせろ。

 

 美しく、あでやかに。 

 

 ムジカの肺腑から音があふれ出す。

 高く低く、どこか哀愁を誘う旋律が通路へ広がった。


『我は星 其方は月 

 帳に寄り添い慕う者』


 そういえば恋の歌のようだな、とムジカは気づいた。

 ならば願うように歌おう、甘やかに優しく呼びかけて見せよう。


『其方は宵闇 我は朝日

 黎明導き歌う者

 祈りを胸に 煌輝をこの手に

 月に夜明けの安らぎを』


 敵を切り裂こうと迫っていた流動金属の刃が、ムジカの体に触れる寸前で止まった。

 獅子型の緑の光が戸惑いに揺れる。


「どうしたのだ獅子型! 敵を排除しろ!」


 バセットの命令が響くが、ムジカの歌は止まらない。

 だが二機の獅子型は、まるでどちらの命令に従うか迷っているかのように動きを止めていた。


「ははは、ミスムジカ! 本当にすごいね君は! 主人登録をしている自律兵器ドールまで従える指揮歌とは! いやこれは指揮歌ではなく歌い手である指揮者ディレットの技量かな? ともあれぜひ研究させてもらいたいものだ!」


 ほほを紅潮させはしゃぐように言うアルーフだったが、ムジカは限界を覚えていた。

 繰り返し歌い続けることによって膠着状態を保っているが、息継ぎの時に獅子型は本来の主人の指示に従う挙動を見せた。

 指揮歌は歌い続けなければならない。


「……ちっ。娘を殺せ!」


 さらに動こうとしない獅子型にしびれを切らしたバセットが、護衛役に指示を出した。

 構えられたエーテル銃の銃弾が当たれば、ムジカはそれだけで死ぬ。

 だが自分の声のほかに、空を切り裂く繊細な音が聞こえて安堵した。


「お待たせしましたムジカ」


 エーテル銃の引き金が引かれた瞬間、ムジカをエーテルの翼が包み込んだ。

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