探掘街の少年

 その小柄な少年を見つけた時、ムジカは通り過ぎることも考えたが、残念なことに立ち去る前に少年が気がついた。少年は驚きに目を見開いて駆け寄ってくる。

 首から下げる立ち売り箱を揺らさず、すいすいと探掘屋シーカーたちをよけていく姿はいつ見ても感心するが。


「師匠っ無事だったのか!」

「ムジカさんだろ、ファリン」

「いででっ!」


 ぐりぐりとこめかみに指をねじ込んでやれば、ファリンは大げさに痛がった。

 何度もつぎあてのされた薄汚れた服、そして土ぼこりにまみれた顔は孤児の証だ。乳歯が抜けたのか、前歯が一本欠けている。確か9歳の少年だったはずだが、体格としては小柄なムジカとほぼ変わらない。

 彼、ファリンは探掘坑前を渡り歩くサンドウィッチ売りの少年だった。


「誰があんたの師匠になった。というか、お前の仕事場はもっと手前のはずだろ。まさか」


 ムジカが表情を険しくすれば、ファリンは慌てて首を横に振った。


「ち、ちがうって、おいらだって年齢が足りたら探掘屋シーカーになるからその情報収集に……」

「同じことだろうが」


 この少年は探掘屋シーカー稼業にやたらと興味を示し、年が近いせいかムジカを師匠と呼んでことあるごとに絡んでくるのだ。

 特大のため息をつけば、ファリンはふてくされたように唇をとがらせた。


「ちょっとぐらい教えてくれたっていいじゃねえか、ケチ」

「ばっか、お前みたいなやつが来ちゃ行けねえ場所なんだよ、ここは。おとなしく本業で稼いでろ。ハムサンド二つ頼む」

「……はいよ」


 ムジカが色をつけた金額のコインを投げれば、慣れた手つきでファリンは受け取る。そして首から提げている立ち売り箱から、紙に包まれたハムサンドを差し出した。

 彼の本業だ。ハムには比較的混ぜ物が少なく、スライスされたチーズまで入っているためなかなか腹持ちがいい。


「最近は重作業型の部品が高値で取引されてる。エーテル結晶も売値が上昇中。なんか需要があるらしいね」


 さらに、色をつければ遺物の買い取り相場まで教えてくれるため、探掘屋シーカー達の間では両方の面で重宝されていた。


「どっかの金持ちがまたコレクションを発掘させようとしてんのか……?」

「おいらは見聞きしたことをそんまんま話してるだけだよ」

「そこは信頼してるさ。それとありがとな。あたしが遭難しかけたのスリアンに知らせてくれたんだろ」

「へへ、師匠の窮地だもんよ。感謝のしるしに俺を探掘へ」

「それはだめだ」


 ムジカに礼を言われ、照れ臭そうに鼻の下を指でこすっていたファリンだが、即座に両断されて不満そうな顔をする。


「こうやって見てるとさ、探掘屋シーカーのほうが手っ取り早くかせげるじゃないか。師匠みたいにドカーンとかせいで、兄弟たちを楽させたいんだよ!」


 この街では働かないものは子供だろうと生きてはいけない。エーテル症や不衛生な環境での生活、過重労働などで人がばたばた死ぬ。親が死に、ファリンのような境遇の子供たちが路地裏で身を寄せ合って暮らしていることも珍しくなかった。

 そんな彼らの夢のように見られているのが、皮肉なことに両親達を死に追いやった探掘屋シーカーだ。一度の探掘で1年以上暮らせる稼ぎが手に入ることは、たまらなく魅力的に映るらしい。


 庇護者のいないファリンが必死になる気持ちもよくわかるが、ムジカは彼を連れて行く気は毛頭なかった。探掘の現実を知っているだけになおさら。

 利発でまっとうな稼ぎのあるファリンには、そのまま仕事を続けていて欲しかった。


「あたしがあんたに教えられることは何もない」

「なんだよ師匠! おいらだって男だし、もう12って言っても通じるくらい大きくなった! 覚悟もあるぞ! ってその後ろの美人誰」

「あーこいつは、その」


 このまま押し切って立ち去ろうと思っていたムジカだったが、ファリンがムジカの後ろに控えていたラスに気づいてしまった。

 止める間もなく、ファリンは好奇心一杯の様子でラスに迫る。


「そういえば、ハムサンドいつも一つなのに二つって言ってたな。その美人のぶんか。ズボン履いてるってことは男だよな、うわもったいねえ!」


 子供らしいあけすけな感想をもらすファリンに、面倒なことになったと思いつつ、ムジカは仕方なく紹介した。


「こいつはえーと、スリアンの従兄弟で、エーテル濃度が高くなった土地からスリアンを頼って移住してきたんだってよ。頼まれて面倒見ることになった」


 これはスリアンと話し合って決めた来歴だ。彼女は家族がすでにおらず、こちらに移住してきたため、ばれる心配はないのだという。

 これほど早く使うとは思わなかったため、ムジカの言葉はスリアンの入れ知恵そのままだったが、ファリンは疑わなかったようだ。


「へええ、あの技師の姐さん従兄弟がいたんだ。言われてみると似てるかも? 俺はファリン。ムジカの弟子だ! 兄さん仕事決まってるのか?」

「それは……」


 まずい言い逃れができない。ムジカが焦る間にラスが口を開いた。


「ムジカの補助が俺の仕事です」

「おま、ばか!」


 ムジカが顔色を変えて制止しても、言葉が戻るわけがない。

 案の定、ファリンの表情が一気に不機嫌になった。


「師匠の補助ってことは、探掘やるってことかよ」

「ああ、まあ、な」


 仕方なく肯定すればファリンは怒りか苛立ちのためか顔を真っ赤にした。


「おいらが手伝うって言っても全然受け入れてくれねえのに、師匠はこんな昨日今日来たやつをひいきするのか!」

「それは……」


 仕方がないことだとムジカは思う。

 ファリンは連れて行きたくない理由がある。そしてラスは奇械アンティークであり、一応ムジカが所有者だ。誰にも聞かせたくない秘密である指揮歌を知っても、ラスなら絶対に口外することはないし、なによりムジカが守り切れなくて死なせることもない。


「あたしは弱いよ、ファリン。あんたにはあたしがすごい探掘屋シーカーに見えるのかもしれないけど、全然違う」

「違うんだよ、あんただからおいらは教えて欲しいって思ったんだ。こんな気取った手袋をつけてるようなやつより、俺のほうがずっと役に立つ!」

「ばっ」


 激高したファリンはラスに飛びついたとたん、その手にはまる手袋を抜いたのだ。手袋の下には奇械アンティーク特有の球体関節がある。一発で人ではないとばれてしまう。

 さっと血の気が引いたムジカだったが、あらわになったラスの手に青の目を丸くする。

 そこに予想していた球体関節はなく、ただ白く滑らかな手があるだけだった。

 ムジカが混乱している間にもファリンは怒りと悔しさをあらわにラスに詰め寄っていた。


「こんな働いたこともねえ手で探掘しようってか、馬鹿じゃねえの!」

「ムジカを守ることはできます。それが俺の役目です」

「へん、どうせすぐ逃げ帰ってくる。たいてい外から来たやつは一層で心が折れるんだ。俺をつれってくれよ師匠」


 ファリンに懇願されたムジカは内心の動揺をなだめつつ、それでも首を横に振った。


「こいつはこう見えても頑丈でなんだよ。お前じゃあたしの背中は預けられない。探掘隊と鉢合わせて懲りたからな。用心棒代わりだ」


 自分でもへりくつだとよくわかっていたが、これ以上に彼を納得させられる言葉を思いつかなかった。

 ひどくショックを受けた様子のファリンだったが、すぐさま目を半眼にして、ムジカを射貫く。


「なら、こいつよりも強くなれば、連れて行ってくれんだな」

「は?」

「師匠は相棒が欲しいんだろう。同じことができれば、探掘のことを知ってる俺のほうがずっと役に立つだろ!」

「いやファリン、落ち着けって」

「そしたらぜってー連れってくれよな師匠! 約束だぞっ」

「おいっ!」


 ファリンは取り上げた革手袋をラスに投げつけると、雑踏の中へと走って消えていった。

 あっという間に探掘屋シーカー達に紛れて見えなくなる少年を、引き留めきれなかったムジカは深いため息をつく。

 孤児である彼は年齢が二桁にならずとも、自分で身を立てて生活しているプライドがある。実際、彼の利発さやよく気がつく性質は大人顔負けで重宝するだろう。

 が、それは探掘屋シーカーでなくても安全な仕事で十分生かせる長所だ。ムジカの意思が翻らない以上、傷つけるのはしかたがない。


 気持ちを切り替えたムジカは、無言で投げつけられた革手袋をはめ直そうとするラスの手を取った。


「どうしましたか、ムジカ」

「お前、その手なんで人間っぽくなってるんだ?」


 先ほどは動揺を顔に出さないのが精一杯だったが、その手は今もなめらかな人の手に見える。しかも、さすっても冷たい以外には人の手と変わらない柔らかみがある気がした。

 だが、昨日も今日の朝も確かに、硬い感触があったはずだ。球体関節も幻ではなかった。

 すると、ラスは何でもないことのように言った。


「水と風の性質を変成させて、人の肌に見えるようにしています。短時間であれば触れてもわかりません」

「水、風……錬金術か!」

「自分は魔法と記憶しています」


 ようやく理解したムジカは彼の高性能さに絶句していた。

 錬金術は、「万物はその法則を読み解けば、自在に変成させることができる」という基本理念の下、四大元素に干渉し組み合わせることで様々な事象を引き起こすことができる。

 数百年前までは魔法と呼ばれ一部の聖者の奇跡とされていたそれは、第五元素であるエーテルが発見されたことで一気に簡略化した。

 そもそも奇械アンティークが発明されたのは、人間が魔法を使えるようになるためだ。

 変成数式の組み立てと煩雑な演算さえできれば、奇械アンティークである彼にできないわけがない。


「なるべく人間に擬態しろ、という命令を遂行するために発動していました」

「そういうことは早めに知らせておいてくれ。肝が冷えた」

「内臓の温度が低下したのであれば早急に保温をしなければいけません」

「ただの慣用句だ」


 妙なところを気にするのはいつも通りだと思ったムジカだったが、ラスは言葉を続けた。


「彼の脅威度は低いと判断し、制圧行動はとりませんでした。正解ですか」

「ああ、正解だと思う」


 ムジカはかろうじてそう言った。

 具体的に命じてもいないのに、自分で考えて実行している彼に驚いていたのだがうまく言葉にはできない。貸本屋騒動の時と同じだ。


「とりあえず、いくぞ」

「はい、ムジカ」


 心の整理がつかない中でも、ムジカは探掘坑へ潜る順番待ちに並んだのだった。

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