奇械採掘
探掘坑内は、すべて自己責任だ。
巨大昇降機で地下へ降りたムジカは、ぞろぞろとエーテル結晶が多く採掘できるエリアへ向かう採掘夫達を横目に、閑散とした細い通路を選んで入っていく。
遺跡内は広大で、未だに全容を把握し切れておらず、ほかの探掘坑にどこからどうつながっているのかもわかっていない。
だがそれでも安全な場所、うまみの多い地区というのはある程度絞られていて、逆に
ムジカが今回選んだのは、そんな普通の
円形状のホールになっているが、上方に回廊があるため待ち伏せができる上、一階部と二階部ではつながる場所が違うため逃走も容易。さらに、一階部に不定期にだが確実に
それなりにうまみがあるがもろもろの事情で常に閑散としているため、安全に稼ぎたいときにムジカは時折利用していた。
ムジカが一人で狩るときは、
必ず1体で来るわけではないため、1週間同じポイントで粘ってようやく1体仕留められる、ということもざらにある。
それでも十分に採算は取れるため、ムジカは今回もその覚悟で来ていたのだが。
「戦闘行動、開始します」
告げた瞬間、銀色の流れが虚空を飛ぶ。
エーテルで形作られた2翼で飛翔したラスは、ホール内に侵入した
鉄馬車並みの巨体に、昆虫に似た六足の
だがラスのほうが早い。
交錯する前に、銀の兵器は腕に内蔵されていたブレードで足を切り飛ばし、指令伝達系統につながる部分へ無造作にブレードを突き立てた。
肌へと迫るはずだった作業アームは銀の髪をゆらしただけにとどまり、重作業型は痙攣のように機体を震わせた後沈黙する。
ブレードを抜いたラスはすぐに離れた。
胴体に頭部と複数の腕を持った
ラスは銀の髪を揺らして危なげなくよけると、ブレードを一閃。
切り落とされた頭部が地面へ転がる音が、ホール内を反響した。
その鮮やかな手際を安全な2階部分から眺めていたムジカは、呆然とつぶやいた。
「3ヶ月分の稼ぎがあっという間にできちまった……」
これだけ損傷が少なければ、装甲やケーブル類も取り出せるだろう。
その後、幸運にももう一体やってきた
驚き冷めやらないが、とにもかくにも解体だ、と携帯工具を取り出したムジカが作業を始めようとすれば、傍らにラスが立った。
「ムジカ、解体の仕方を教えてください」
「あーいいけど。気持ち悪くないか? 一応お前の同胞だろ?」
一応確認してみれば、ラスは首をかしげた。
「同胞、の定義がわかりません。
「お前がそういう言い回しを使うと妙な気分だな。どこで拾ってきたんだ」
「現在使われている言い回しの学習のため、探掘坑周辺にいた人間の会話を傍受しました」
「めちゃくちゃ器用なことしてたんだな……?」
ラスが急に世俗的な単語を使い始めた理由を知ったムジカは顔を引きつらせつつも、空いている工具を渡した。
「一番注意しなきゃいけねえのは、高く売れるエーテル機関と、管制頭脳だ。特に管制頭脳は先にエーテル供給を断ち切っとかないとショートするからそこは触るな。お前はとりあえずそっちのコードを外していけ」
「了解しました、ムジカ。現在のエーテル濃度は中度です」
「わかった」
工具をもたせて的確に指示さえ出せば、ラスは良い働き手だった。
エーテル濃度が中度であればまだ問題ないレベルだが、そんなときの眠気は良くない。引きずられてしまわないようしゃべるのが一番いい。
音に敏感な
だから解体作業を進めながら、ラスの手際を眺めていたムジカは、彼に話しかけていた。
「お前、ずいぶんはしゃいでるな」
ラスはコードを巻き取る手を止めて、紫の瞳でムジカを見た。
「はしゃいでいる、というのはどの行動を指していますか」
「遺跡に入ってから、あたしが省略した作業がわかるか。エーテル濃度の計測に、
「俺は人のように生命活動をしていないため、その形容は不適切だと判断します。ですが俺の機能が発揮できる環境でしたので、行動判断がスムーズだったと考察します」
「いや、それが生き生きしてるってやつだと思うんだけど」
ムジカが半眼で見やっても、ラスは全く理解した様子はない。
ただそういう風に見える、というのは人間らしく見えるということでもあるのでなかなか悪くない。これほどラスが探掘作業に向いているとは思わず、そこは不本意ながら認めざるを得なかった。
「この調子で洗濯とか料理とかできたらいいんだけどな」
「ムジカは、俺を戦闘のみに従事させないのですか」
「は、なんで?」
虚を突かれてムジカ顔を上げれば、案の定紫の瞳からは感情は読み取れない。が、質問する以上気になっているのは確かのようだ。
「はしゃいでいる、というのが個体に向いた作業に従事している状態を指しているのであれば、俺は戦闘と索敵に適性があります。それのみに従事させるのが効率的なのではありませんか」
「はしゃいでいるってのはそういうことじゃないんだけど。まあそうだなあ、有り体に言うんならもったいない」
「もったいない」
困惑といった様子のラスに、ムジカは工具で自分の肩を叩きながら言った。
「だってお前、ときどきぶっ飛ぶけどそれ以外もできるじゃねえか。どうせ四六時中一緒にいるんだから、苦手でもいろいろできた方があたしが楽できるだろ」
まだつきあいは短いがラスの高性能さはそれなりに実感している。
だからスリアンの「眠らせておくのはもったいない」というのが不本意なが悔しいが納得してしまったムジカなのだった。
「俺を必要以上に連れ歩きたくないのでしたら、必要な場面でのみ連れ出してくだされば問題ないのでは」
「
少々意地悪に問い返せば、ラスは沈黙する。
「なら、所有者登録したやつを間違えたな。あたしは便利なものならどんどん使う。使えなくても使い方を考える。あたしを選んだのが運の尽きだ。せいぜい最大限利用してやるよ」
「……了解しました、ムジカ。戦闘面以外でも役に立てるよう学習します」
わずかな沈黙の後そう答えたラスに、ムジカは鼻を鳴らして解体作業に戻ったのだった。
*
解体を終えて、野営の準備をしていた地点に戻ってきたムジカは、遅い昼食の準備を始めた。
「これからどうしますか」
「収穫は十分すぎるからな。飯食べたら地上に戻る」
本来なら2、3日粘るつもりだったが、目標金額に達したため居る理由がなくなってしまった。これ以上狩っても遺物の持ち運びができないし、収集物が多すぎれば怪しまれる元になる。
ただゆっくりできるため、少し食事を豪華にしようと荷物から簡易コンロを取り出したムジカは、熱を入れるためつまみを回す。
エーテルと反応させることでコイルが熱せられる仕組みなのだが、コンロから熱は発せられない。
「あー。中古で安かったけど、このせいか」
「ムジカ、水を沸騰させるのなら俺が」
ラスの言葉が耳に入らなかったムジカは、簡易コンロへ口ずさんだ。
『熱く激しい 炎の子
可愛い乾きの 気まぐれ屋
隠れず遊んで くれないか
君は煌めく 炎の子』
韻を踏んだ軽やかな歌に呼応するようにエーテルが揺らめいたかと思うと、コイルから熱が立ち上り始める。
満足したムジカは、ラスを見て首をかしげる。ポットを持ち上げていた彼は表情は変わらないのだがどことなく違和感のようなものを覚えた。
あえて言うのであれば、少しうらやましそうな。
「どうした、ラス。ポットなんてもって」
「いえ、歌うのだな、と」
「これも一つの
ラスによって敷布に置かれたポットにティーパックを放り込みつつ、ムジカが驚いていれば彼が答えた。
「はい、乾の性質を利用すれば良いだけですので。コンロよりも早いです」
「助かったけど……」
その言葉はいつも通り淡々としていたが、ムジカはなんとなく引っかかるものを覚えた。
が、その引っかかりはよくわかないまま、ムジカはコンロの上に置いた網の上で、先ほど買ったサンドイッチをあぶった。
簡単ではあるが、これだけでもずいぶん違う。
「よっしゃ、ラス、パンのチーズが溶け始めたら教えてくれ」
「了解しました」
荷物を軽くするために保存食もいくつか食べてしまうことにしたムジカは、紅茶をアルミカップに注ぎつつ、オレンジも取り出した。
ナイフで切り分けつつふと思い出して、じっとコンロにかけられたサンドイッチを監視するラスに話しかけた。
「そういやラス、なんで翼が2枚だけなんだ。あのときは違っただろう」
先ほどの戦闘行動の時に、ラスの背にあった翼は1対だけだった。
しかし、あの整備室にいたときには翼はもっと多かったはずだ。
引っかかっていた違和を思い出し少々すっきりしていると、ラスは戸惑うように紫の瞳をこちらへ向けた。
「俺には戦闘行動に関して機能制限がかけられています。そのため先ほどは通常行動のまま非常出力にて対応していました」
「あれで機能制限がされてるのか!?」
言ってからムジカはスリアンに渡された
自律兵器はエーテル結晶からの供給が一定の数値を超えた場合、機体の劣化が促進される。機能制限は普段大量のエネルギーを消費しないように
ただ、常に戦闘行為を行うにはエネルギーが足りないため、音声入力によって制限を外す、と書いてあったはず。
「はい、機能制限を外した場合、4翼まで運用可能と記録されています」
「4翼……?」
それもまた記憶にある光景と一致せず、ムジカは困惑したが、それよりも気になるのはその機能制限の外し方である。
「ムジカは
ラスに訊ねられたムジカは、反射的に体をこわばらせた。
流し読みでも見つけていた、独特の譜面。
由来はわかっていないが、
「お前は十全に機能を発揮したいと思うか」
ムジカが明言を避けて問いかければ、ラスは淡々と答えた。
「ムジカの補助に必要であれば。しかしながら、ムジカの『人間のふりをする』と言う命令には不要だと考えます」
「そうか」
「ムジカ、チーズが溶けてきたと進言します」
「おう、やればできるじゃねえか……ってこれ焦げてる!!」
話がそれたことに安堵し。
そして溶けるにこだわるあまり、表面が黒に近く焦げてしまったサンドイッチに驚き、その話は終わったのだった。
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