熾天使

 

「僕の研究対象は、奇械アンティーク……さらに言えば自律兵器ドール特有の、高度な判断能力の要因についてでね。パーツから、エーテル機関、さらには管制頭脳まですべて一から作り上げることを目標としているんだ。さて、解体する君たちにはわかるだろうが、奇械のパーツはほとんどが無機物でできている。そこにあの高度な自律判断を盛り込む余地はないんだよ」


 ムジカは、疑問にすら思ったことないことを話されて面食らった。

 奇械の判断能力を疑ったことなどない。なぜならそういうものだからだ。


「これは奇械を作ってみるとよくわかるんだがね。ただ、パーツを複製しただけではあらかじめ設定した動作を繰り返すものにしかならない。物理法則を利用して、水をくむだけだったり、おいてあるお茶をとるだけだったり。そもそも音声入力がナンセンスの塊なんだ。今の技術ではどうやったって言語を理解する知能を作り上げることは無理なんだよ」


「それが、遺物の特徴だろ? 今の技術では再現できない技術体系だから高値がつくんだ」


「僕は解き明かした上で言っているんだよ。奇械を構成するパーツのどの部分にもそれだけの判断ができる思考回路はない。君たち探掘屋がありがたがるエーテル機関でもね。すべての根幹は管制頭脳、その中にあるエーテル結晶なんだ」


 明らかに馬鹿にした様子のアルーフに、むっとしたムジカだったが、その言葉に興味を惹かれた。


「聞かないかい? 管制頭脳をまったく別種類の奇械に移植したとたん、不具合を起こして暴走すると」

「それは、まあ。そこそこな」


 使用人型に組み込まれていた管制頭脳を重作業型に組み込んだら、掃除を始めようとして人をなぎ払った、というのは有名な話だ。

 そのため、エーテル機関は使いまわしても、管制頭脳だけは同種の奇械のものを移植するのが常識になっていた。


「逆を言えば、形が違ったとしてもある程度動く証明なのだよ。立て、歩け、ここまで移動しろ、何かをもて。人間にそこまで命令されずとも、判断することができる。あの管制頭脳内のエーテル結晶に記憶させた何かが、あれほどまでに高度な判断を下しているのだよ。だがここで疑問が出てくる。では、すべてのはじまりは何だったのか」


 陶然としたアルーフの様子に、ムジカはひたひたと言いしれぬ不安が忍び寄ってくることを感じていた。


「僕は、原型があると考えている」

「げん、けい」

「言うまでもなく、現在稼働しているすべての奇械、自律兵器の生みの父は、稀代の錬金術師、ヴィルヘルム・ホーエン博士だ。彼は祖国を守るために、自身の英知を結集し、最強の兵器を作り上げ、黄金期を断絶させた。その立役者は8体の自律兵器だ」

「それって、ただの与太話だろう。黄金期を終わらせた天の使者。熾天使セラフィムなんて呼ばれてた最強の自律兵器。でも一体も確認されてないし、どこどこで壊されたって話も伝わってない」


 少々奇械と関わりがあれば、誰でも知っている名前であり、誰でも知っている伝説だ。

 ホーエン自らの手によって作り上げられた自律兵器は、当時でも一切の複製が不可能であり、ひとたび戦場に出れば一個体で一つの都市を殲滅した。

 だがその自律兵器の名前も、形すら伝わっていない。300年経った今では実在すら危ぶまれる存在だった。


 まるでムジカの反応を予想していたと言わんばかりに、アルーフは両の手指を合わせた。


「さて、このホーエン博士だが。こんな逸話が残っているのだよ。彼は錬金学の最終目標と言われている万能素材、賢者の石を発見したとね」

「けんじゃのいし? エーテル結晶じゃなく?」


 ムジカが思わずいぶかしげにすれば、案の定アルーフに心底馬鹿にした顔をされた。


「エーテル結晶は維持補填の性質しか持たない劣化版だ。万物の源一体ユニテに最も近しく、大いなる根源に至ったものにしか得ることができないとされる、万能エネルギー結晶体だ。無限の成長と変化を受容し、屑石から黄金を錬成し、不老不死ですら可能とされている」

「めちゃくちゃごうつくばりの人間達が喜びそうな石だな」


 エーテル結晶ですら、早い周期で生成される区域は人死にが出るほどの争奪戦になる。そのような石があれば、宝石以上に目の色を変える人間がいるだろう。

 だが話が飛びすぎて先が見えず、飽きてきたムジカがほおづえをつけば、アルーフは意外とでも言うような表情になる。


「珍しく意見が一致したね。賢者の石を追い求めて、多くの金だけは持っている馬鹿どもが馬鹿にだまされてきたのだよ。オカルトに傾倒した詐欺師にでも任せておけば良い。僕は碩学の徒。理論を組み立てる」


 アルーフは吐き捨てるように言ったが、正直ムジカにとってはどっちも世迷い言のようにしか思えない。

 しかし、続けられた話に、ムジカは表情を凍らせた。


「さて、ホーエンは人工物によって人と全く変わらない構成された奇械、いわば自律人形を作り上げらしい。それらはまるで人間のように対話し動き、独自の判断で動くことができた。それがしめて8体。……おやあ、自律兵器の数と一緒だね?」


 童話に出てくる意地の悪い猫のように瞳を弓なりにするアルーフに、ムジカは顔を固まらせる。

 嫌でもムジカは、共に暮らす青年人形を思い起こした。


「ホーエンの研究対象だった人という生命の探求のためとも、病弱な娘に友人を作ってやるためだったとも言われているが。人間そのままにつくるなんて、なんてもったいないことをするんだと僕は思うけどね。それはともかく、ここまで材料がそろっていれば、推論は容易だ。誰にもなしえなかった、『人間のように動く人形』の頭に何を使っているのか」


 とん、と意地の悪い笑みのままアルーフは自身の頭を指さして見せる。

 逆に、険しく表情を引き締めたムジカはにらみつけた。


「……何が、言いたい」

「僕は、この熾天使達の基本的思考、行動パターンが、現行のすべての管制頭脳に転写されたのだと考えているんだよ。だからただのエーテル結晶が使われた奇械でも、人間のような複雑な判断能力がはじめから備わっているんだ。熾天使たちの思考回路をどんどん複製していったのだろう」


 目を輝かせ、弁舌を振るっていたアルーフは、そこで少々くやしげな表情になる。


「ただねえ、今ある管制頭脳は情報の劣化が進んでいるらしくて、複写はうまくいかなかったんだ。代用できないかほかの材料も試してみたが、どうしても不具合が出てしまってね。けれど、そんなときにね、君の隣にいる人形のことを知ったんだよ」


 異様な熱のこもったアルーフに、ムジカは背筋をはいよる寒気に襲われた。

 なんともなかったはずなのに、気がついたら気色の悪い亡霊に取り囲まれていたような。


「確かに8体の熾天使セラフィムは行方知れずになったが、文献に記載されている性能からするに、現存している可能性は十分にあり得た。そして帝国がかき集めた資料から類推するに、一番新しい年代に製造された最後の機体ラストナンバーは、ホーエンによってどこかに隠された可能性が高いんだ」


 ラストナンバー。それは、あの青年人形が呼称していた名前ではなかったか。


「ここを選んだのは設備が充実していたからだったが、まさかその足下に眠っていたなんて! これはもう奇跡だと思ったね!」

「仮に、仮にだ。あいつがお前の言う存在だったとして。そんな貴重なもの。簡単に手放すと思うのか?」


 打ち砕くつもりで放った声は、自分でも虚勢を張っているとありありとわかるものだった。

 だがアルーフはそこは指摘せずにただ悠然と足を組み替える。


「もっともだ。だからね、僕はとても魅力を覚えているけど、君を助けたいという話に関わってくる」

「あたしに、助けは必要ない」

「僕は指揮者ディレット指揮歌リードフレーズの始まりは、賢者の石で作り上げた管制頭脳に最適な干渉方法が音声だったことではないかと考えている。今でも、一部の訓練された指揮者は、指揮歌によって奇械の性能を底上げすらしてみせるからね。原型である熾天使にも同等かそれ以上の機能があったことは間違いない」


 確かに、軍に所属する指揮者たちは、その歌で奇械を自在に指揮し、多くの戦果を挙げると聞く。

 歌いたくなかったムジカの頭には軍に入るという選択肢はなかったが、歌い手たちを強制的に入隊させるくらいには、指揮者育成は重要なものだ。


 奇械には人間が、歌が必要。それが常識だが。


「しかしながら、後世に伝わる熾天使達は指令を必要とせず、独自判断で作戦行動を起こせた。そこから導き出される仮説だがね。熾天使達には指揮者が必要なくなる時期が来るのだよ」

「なに、を……」


 愉悦をふくんだアルーフの声が、どろりと毒のように染み渡ってゆく。


「考えてみたまえ。ある日、突然、言うことを聞かなくなるんだ。自分よりも遙かに強力な力を持っていた存在が、だよ? そんな道具手元に置いておけるかい」


 アルーフは、一層穏やかに言葉を重ねた。


「だからね。ミスムジカ。僕がその前に引き取ってあげよう。指揮者登録もほどいて君を解放してあげるよ。君が奇械に振り回されることはない」


 ムジカは怒鳴り散らしたいのをめいいっぱいこらえて、眼前の男をにらみつける。

 誰の自由にもならない。もはや意地だった。


「てめえは、何を言ってやがるんだ」

「ふむ」


 アルーフは懐中時計を見やった後、立ち上がった。

 立ち上がって身構えたムジカだったが、アルーフは重厚なカーテンの下がる窓へと向かう。


「では……これを見ても言えるかな?」


 カーテンが広げられた瞬間、エーテルの輝きで目がくらんだ。

 が、一瞬見えた姿に愕然として、ムジカは重いスカートの裾をなんとかさばいて窓へと駆け寄る。

 屋敷からこぼれる光はエーテル光は弱く、距離は遠いが、間違いない。


 欠けた半月よりもなお明るい、エーテル光が寄り集まった一対の翼を背負った銀の人形が宵闇に浮かんでいた。




「ラス……っ!?」


 何もかも忘れてムジカが叫べば、窓越しで聞こえるはずもないにもかかわらず、紫の瞳と目が合った気がした。

 とたん、大量の黒い影に飲み込まれる。


「夜の飛行も問題ないようだね。が、やはり鳥型はもろいな」


 アルーフがどこからか取り出した望遠鏡をのぞき込んでつぶやく。

 思わず息をのんだムジカだったが、閃光のような光が幾筋も走り、大量の鳥型自律兵器がばらばらになって落ちていく。


 エーテルの翼を羽ばたいたラスはだが、がくりとその速度を落として落下した。

 同時に屋敷の上方から飛び出してきたのは、ムジカを拉致した制服の男だ。

 しかし、エーテル光に照らされるその右腕は、ムジカを拉致したときとは違い、二回り以上大きなシルエットに変わっていた。


「はっはー! たかが捕縛網に捕まるなんざ間抜けだな自律兵器ドール!」


 高速で重いものが地面へ落ちる音。

 男は好戦的に顔をゆがめながら、地面へたたきつけられたラスへと拳を振りかぶる。


 ムジカが夢中でガラスの窓を開けるのと同時に、爆発のような破砕音と共にエーテルの光輝が舞い散った。

 屋敷にまで震動が伝わってきて、ムジカはよろめく。


 漂う煙に巻かれながらも、石畳が割れ、クレーター状になった地面の中心に土埃にまみれたラスがいた。


 馬乗りになっている大男の四肢は、金属の硬質ななめらかさをもち、庭に大量に用意されたエーテルの明かりによって照らし出される。

 二回り以上太く大きな右腕は、冷えた空気にもうもうと蒸気が生じることから、かなりの発熱をしていることがわかった。


 クレーターを作り上げたのはこの男だとムジカは理解した。


 しかし、エーテル光輝がふくれあがり、豪腕の男は即座に離れた。

 ラスはエーテルの翼で押し返したようだが、代わりに襲いかかるのは、強靱な四肢とあごを持った狼型の自律兵器数体だ。

 一体どれほどの自律兵器が居るのか、とムジカが驚く前に、エーテルの翼によって業風が生み出される。

 そして体勢を崩した狼型はラスのブレードによって切り裂かれた。 


 そしてクレーターの中で、無造作に立ち上がる青年人形を、ムジカはただ見つめることしかできなかった。


 燃えて裂けた服から見えるのは、えぐれた胴だ。

 エーテルの燐光がはじけるたびに中のコードや歯車が見え隠れしている。

 その光景をクレーターの外から見ていた鋼鉄の四肢の男が、乱雑に笑った。


「はっ、そうじゃなきゃ壊しがいがねぇっ!」

「ヴィル大尉、壊しすぎてはいけませんよ」

「わかってるってアルーフ!」


 アルーフにヴィル大尉と呼ばれた男が、叫び返す。

 人間では立って居ることすらままならないはずの重傷にもかかわらず、青年人形は超然と歩き出すと、再び腕を振りかぶって襲いかかってきた男を迎え撃った。


「ふむ、予想よりも耐久性が低い上に、火力が弱いか? 熾天使の装備仕様に関して記録がないから類推することしかできないが、火力が外部装備で補っていたのかもしれないな。少々期待外れだが支障はないだろう」


 冷静につぶやく声に、ムジカはようやく隣にアルーフへと視線を向ける。

 どんな顔をしていたのだろうか、目が合ったアルーフは満足げに目を細めた。


「ようやく、理解してくれたようだね?」

「……あんたは、なんであたしに、提案するんだ。あたしを殺すことだってできるのに」


 ムジカの声は、自分でもわかるほど、弱々しい声音だった。

 アルーフは、あごに手を当ててほほえんだ。


「僕はね、指揮者というものが大っ嫌いなんだ。人間ではなく、そのシステムそのものが。自分の意思とは関係なく巻き込まれるなんて最悪だ。奇械は奇械と壊し合っていればいいし、やりたいやつだけやってればいい」


 そう答えたアルーフからは、生々しい感情がにじんでいるように思えたが、ムジカには深く考える心の余裕がなかった。

 足下がぐらぐらと揺れているような気がする。

 ようやく、自分が震えているのだとわかる。


 再び爆発のような音。震動に体をよろめかせたムジカは、窓枠に捕まる。


 ざあっと、突風が吹き、エーテルのライトグリーンに照らされて、はっと振り返る。

 銀色の髪を風に揺らめかせた精巧な人形そのものの美しい顔をした青年がこちらに手をさしのべていた。 

 人あらざるものの証、球体関節が露わになった手だった。


「ムジカ。手を伸ばしてください」


 アルトとテノールの中間。いつもと変わらない平坦な声音に、ムジカの背筋が震える。

 自分がどのような顔で見上げたのか、ラスの紫の瞳が影になっていてよくわからなかった。

 エーテルの翼で虚空に浮かぶラスに、ムジカは抱き上げられ攫われる。


 内臓が冷えるような不安感は、足下が浮遊しているだけではないと、ムジカはわかってしまった。

 ラスの翼が羽ばたき、たちまち屋敷から離れる。

 窓枠から身を乗り出すアルーフの声はムジカには聞こえなかったが、何を言っているか如実にわかってしまった。


「よい返事を待っているよ」


 認めたくなかった。けれど、わかってしまった。

 自分が、この人形を怖がっていることを。


 反射的にラスの首へ腕を回しながらも、ムジカは固く瞳を閉ざすしかなかった。


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