碩学研究者



 使用人型によって給仕されたのは、ムジカが今まで見たことがないほど上品な料理の数々だった。

 スープから始まり、どこから食べたらいいのかわからない、生野菜みたいのものが乗ったひと皿。ようやく魚や肉が来ても、薄味で全くおいしいと思えなかった。

 教養のある人間ならば芸術的な盛り付けと表するのかも知れないが、ムジカにとっては腹の足しにもなりづらいへんてこ料理だ。

 さらに言えばムジカがカトラリーの持ち方でまごついたり、音を立てたりするたびに、目の前の男に鼻で笑われたりあきれのまなざしを向けられるのだ。なけなしの食欲も減退する。


「まったくバーシェ料理は最悪だった。大味で、下品で、量だけがある。食事はイルジオ式に限る」


 だめ押しのその一言で、ムジカはアルーフを大嫌いになった。

 バーシェの人間は忙しいため、外の都市より食事に気を遣わないと言われるが、それでもけなされて気分が良いわけがない。

 もうどうにでもなれと無造作にフォークを投げ出せば、アルーフは片眉を上げた。


「おや、もういいのかね。粗野なバーシェ都市民と思えば存外イルジオの令嬢のような貧弱さがあったのかい」

「拉致された時にあの野郎に殴られてこちとら気分が最悪なんだ。食欲なんてねえよ」


 実際殴られて意識を飛ばした後遺症で、頭痛と吐き気が続いていた。

 もはや怪しい敬語を使う気も失せて当てこすれば、アルーフは気にして風もなくあっさりと応じた。


「ではデザートを運ばせよう。ショコラと、ケーキ。ギモーヴ、マカロンも用意できるが。飲み物はコーヒーで」

「ここはバーシェだぞ。紅茶に決まってるだろ」

「うむうむわがままだねえ」


 それでも皮肉ったのだが、なぜか楽しげにされた。

 若干の薄気味悪さを覚えつつも、言いつけ通り使用人型が運んできた小さな菓子類をムジカは一つつまむ。

 砂糖をふんだんに使ったそれでようやくムジカは味がわかり、また滅多に食べられない菓子についつい顔がほころぶ。


「やはり女の子はお菓子が好きだね。たくさんあるからどんどん食べたまえ」

「言われなくても食う」


 にたにたとでも表したくなるような喜色を浮かべるアルーフがつかめず、ムジカは調子が狂わされる。

 だが、それでもコーヒーと紅茶のかぐわしい香りが立ち上る中、ようやく本題に入ることができた。


「で、飯は終わっただろう。質問に答えろよ。何であたしを知っていた。なんであたしを拉致した。目的は何だ」


 矢継ぎ早に質問を浴びせかければ、上品にコーヒーカップを傾けていたアルーフは悠然とした態度を崩さないまま続けた。


「ふむ、順番に答えよう。まず1つ目、なぜ君を知っているか。それはもちろん調べたからだ。まあ少々部下が聞き込めばあっさりわかったけどね。かたくなに1人を貫いて、着実に成果を上げる仕事ぶりは第5探掘坑では知らない人間はいなかった。『野良猫ムジカ』あるいは『死にたがりのムジカ』だっけ? レディに失礼な名前をつけるものだね?」


 第5探掘坑での呼び名を持ち出され、不愉快きわまりない。

 だが、自分を助けられるものは自分しかいない。そのことをよく知っていたムジカはめまぐるしく思考を回転させつつも黙り込んだまま、斜め向かいにいるアルーフをにらむ。


「2つ目、なんで君を招待」

「拉致だ馬鹿」


 今度も薄気味悪い反応をされるかと思ったが、アルーフのこめかみがわずかに引きつった。


「……低俗な下層民に馬鹿と称されるのは実に不愉快だ。姉さんに少しでも似ていなかったら殺していたところだ」


 わずかに本性を覗かせた男の漏らした本音に、ムジカは妙に安心した。

 意味のわからない好意を示されるより、敵意や嫌悪感をあらわにされる方がずっと対応しやすい。

 ついでにムジカはアルーフに感じていた既視感に気がついた。

 この男は、壁に掛けられている絵画の少女にどことなく似ているのだ。

 ただ今は関係ない話だ。せいぜい粗野に見えるように腕を組み、ムジカはにやりと唇の端をあげてみせた。


「奇遇だな。あたしもあんたを亡霊ゴーストの群れの中にたたき込みたくて仕方がない」


 ムジカが発した明らかな威嚇行為にアルーフは軽く驚いて、使用人型に目を走らせたが、彼女たちは何ら反応を示さない。

 確かに使用人型は主人に対する敵対行為を認めた場合、制圧に走る。しかしそれは使用人型に登録された単語によって判断されているのだ。ムジカがやったように、比喩表現を使えば彼女たちは反応しない。

 ほんの少し、アルーフのムジカを見る目が興味深げなものに変わった。


「ふうん、奇械アンティークに関してはさすがによく知っているようだね」

「それで、あたしはこんなお上品なことに縁がない野蛮人でしてね。用がないんならとっとと野に返してはくれやしませんかね? ミスタ、グレンヴィル?」


 ドレスの中で足を組んでまたひとつ、焼き菓子を放り込んだムジカだが、身を乗り出してきたアルーフが言った。


「そうだね、では2つめの質問の答えだ。僕は君に会いたかった。あの蛙型を倒した君に」


 先ほども言われたがその表現に違和を持ったムジカは、爛々と淡い瞳を熱っぽく輝かせるアルーフに訂正した。


「あの蛙型を倒したのは、あたしの仲間とだぞ」

「だって、あれは君の所有物だろう?」


 あまりにあっさりと言われて、ムジカは一瞬理解が及ばなかった。

 アルーフは手指を組み合わせて、ほほえんでいるような曖昧な表情を崩さないまま、続けた。


「さて、3つ目の答えだ。僕は君を解放してやりたいと思っている。僕にはその技術がある。だからね、君と取引をしたいんだ」

「……何を言っているかさっぱりわからねえ」


 声だけは平静をたもったムジカだったが、心の内は動揺に荒れ狂っていた。

 この男は、ラスが自律兵器ドールだと少なくとも奇械アンティークであると疑っている。

 しかもあかしたとおり、政府公認探掘隊という公的な人間だ。

 どこからかぎつけたのか見当もつかないが、想定する限り最悪の相手だった。

 ムジカにできることは一つだけだ、何が何でも認めない。


「ああそんなに警戒しないでくれ。スポンサーには逆らえない身だけれど、これはあくまで僕個人の趣味なんだ」

「趣味? ずいぶん悪趣味なもんだな」


 じっと目で人が殺せるのならとうにしているだろうまなざしでにらむムジカに、アルーフは大げさにぶるりほと体を震わせる。

 しかし圧倒的に余裕を持っていた。


「怖いなあ。ふむ。まあ君の不安も無理はない。凡人にもわかるよう少々かみ砕いて話をしようか。君が指揮者ディレット登録をした機体の話だ。どれだけ魅力的で危険なのか。これは業界でも一部の人間しか知らない話だよ。光栄に思うといい」


 ムジカが異論を唱える間もなく、アルーフは悠然と語り始めた。





「僕の研究対象は奇械アンティーク……さらに言えば自律兵器ドール特有の高度な判断能力の要因についてでね。パーツからエーテル機関、さらには管制頭脳まですべて1から作り上げることを目標としているんだ。さて、解体する君たちにはわかるだろうが、奇械アンティークのパーツはほとんどが無機物でできている。そこにあの高度な自律判断を盛り込む余地はないんだよ」


 ムジカは、疑問にすら思ったことないことを語られて面食らった。

 奇械アンティークの判断能力を疑ったことなどない。なぜならそういうものだからだ。


「これは奇械アンティークをくみ上げてみるとよくわかるんだがね。ただパーツを複製しただけではあらかじめ設定した動作を繰り返すものにしかならない。物理法則を利用して水をくむだけだったり、おいてあるお茶をとるだけだったり。そもそも音声入力がナンセンスの塊なんだ。今の技術ではどうやったって言語を理解する知能を作り上げることは不可能なんだよ」

「それが遺物の特徴だろ? 今の技術では再現できない技術体系だから高値がつくんだ」

「僕は解き明かした上で言っているんだよ。奇械アンティークを構成するパーツのどの部分にもそれだけの判断ができる思考回路はない。君たち探掘屋シーカーがありがたがるエーテル機関でもね。すべての根幹は管制頭脳、その中にあるエーテル結晶なんだ」


 明らかに馬鹿にした様子のアルーフにむっとしたムジカだったが、その言葉に興味を惹かれた。


「聞かないかい? 管制頭脳をまったく別種類の奇械アンティークに移植したとたん、不具合を起こして暴走すると」

「それは、まあ。そこそこな」


 使用人型に組み込まれていた管制頭脳を重作業型に組み込んだら、掃除を始めようとして人をなぎ払った、というのは有名な話だ。

そのためエーテル機関は使いまわしても、管制頭脳だけは同種の奇械アンティークのものを移植するのが常識になっていた。


「逆を言えば、形が違ったとしてもある程度動く証明なのだよ。立て、歩け、ここまで移動しろ、何かを持て。人間にそこまで命令されずとも、判断することができる。あの管制頭脳内のエーテル結晶に記憶させた何かが、あれほどまでに高度な判断を下しているのだよ。だがここで疑問が出てくる。では、すべてのはじまりは何だったのか」


 陶然としたアルーフの様子に、ムジカはひたひたと言いしれぬ不安が忍び寄ってくることを感じていた。


「僕は、原型があると考えている」

「げん、けい」

「言うまでもなく、現在稼働しているすべての奇械アンティーク自律兵器ドールの生みの父は、稀代の錬金術師、ヴィルヘルム・ホーエン博士だ。彼は祖国を守るために自身の英知を結集し、最強の兵器を作り上げた結果黄金期を断絶させた。その立役者は8体の自律兵器ドールだ」

「それってただの与太話だろう。黄金期を終わらせた天の使者。熾天使セラフィムなんて呼ばれてた最強の自律兵器ドール。でも一体も確認されてないし、どこどこで壊されたって話も伝わってない」


 少々奇械アンティークと関わりがあれば、誰でも知っている名前であり、誰でも知っている伝説だ。ホーエン自らの手によって作り上げられた自律兵器ドールは、当時でも一切の複製が不可能であり、ひとたび戦場に出れば一個体で一つの都市を殲滅した。


 だがその熾天使の詳しい性能もどんな姿だったのかすら定かではない。熾天使と対抗できたのが空の覇者である巨竜型のみだったということから、巨大な決戦兵器だったとうわさされる程度だ。300年経った今では実在すら危ぶまれる存在だった。

 まるでムジカの反応を予想していたと言わんばかりに、アルーフは両の手指を合わせた。


「さてこのホーエン博士だが、こんな逸話が残っているのだよ。彼は錬金学の最終目標と言われている万能素材、賢者の石を発見したとね」

「けんじゃのいし? エーテル結晶じゃなく?」


 耳慣れない単語にムジカがいぶかしげにすれば、案の定アルーフに心底馬鹿にした顔をされた。


「エーテル結晶は維持補填の性質しか持たない劣化版だ。対して賢者の石は万物の源一体、ユニテに最も近しく、大いなる根源に至ったものにしか得ることができないとされる万能エネルギー結晶体だ。無限の成長と変化を受容し、屑石から黄金を錬成し、不老不死ですら可能とされている」

「めちゃくちゃごうつくばりの人間達が喜びそうな石だな」


 エーテル結晶ですら早い周期で生成される区域は人死にが出るほどの争奪戦になる。そのような石があれば、宝石以上に目の色を変える人間がいるだろう。

だが話が飛びすぎて先が見えず、飽きてきたムジカが頬杖をつけば、アルーフは意外とでも言うような表情になる。


「珍しく意見が一致したね。賢者の石を追い求めて、多くの金だけは持っている馬鹿どもが馬鹿にだまされてきたのだよ。オカルトに傾倒した詐欺師にでも任せておけば良い。僕は碩学の徒。理論を組み立てる」


 アルーフは吐き捨てるように言ったが、正直ムジカにとってはどっちも世迷い言のようにしか思えない。

 しかし続けられた話に、ムジカは表情を凍らせた。


「さて、ホーエンは人工物によって人と全く変わらない構成された奇械アンティーク、いわば自律人形を作り上げらしい。それらはまるで人間のように対話し動き、独自の判断で動くことができた。それがしめて8体。……おやあ、熾天使の数と一緒だね?」


 童話に出てくる意地の悪い猫のように瞳を弓なりにするアルーフに、ムジカは顔を固まらせる。嫌でもムジカは、共に暮らす青年人形を思い起こした。

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