祝勝会
第3探掘坑の事故は死者数名、多数の重傷者が出たものの、
口々に感謝されたムジカとラスはその夜、
「我らが英雄に、乾杯!!」
早々に主賓そっちのけでのんだくれる探掘屋達の大騒ぎにあきれつつ、ムジカはおとなしくロースト肉にかぶりついた。
どんなものでもおごりだと言われたため、今回は牛肉だ。
それなりにいい肉を使っているらしく、かぶりつけば弾力と肉汁が口の中にほとばしる。
ローズマリーのさわやかな香りがアクセントとなって食欲がさらに増した。濃密なグレイビーソースがしみこんだヨークシー・プディングは、ふわふわもちもちとした食感と卵の香りがごちそうだった。
無心にかぶりつきながらムジカがふと見てみれば、離れたテーブルではラスが探掘屋達に囲まれていた。
ラスの美貌を見た彼らは驚いていたものの、蛙型を倒した武勇にかき消されたらしく、強引に輪に入れられ次々に酒を頼まれている。
アルコールはすべてエネルギーに変換されると聞いたため、酔うことはないだろう。受け答えについては設定を徹底的に予習させていたため問題ない。
……はずだと思いたいとムジカは付け合わせのにんじんを口に放り込む。
いつ死ぬとも知れぬ仕事のため、探掘屋や採掘夫達の考え方は刹那的だ。
ためるよりも派手に使うことを優先し、酒や賭博に使ってしまう。
ムジカは借金を返すためには酒なんて飲んでられなかったし、博打ももってのほかだったため、こういったところには縁がない。飲んでばくちでするくらいなら、探掘道具に金をかければよいのにと思うくらいだ。
ただ、今回彼らがことさら騒ぐのは、死んだ仲間への手向けでもあるのだろうと感じたムジカは止める気はなかった。
「あとで助けてやるか……」
「なあにを助けてやるんだい?」
ムジカの隣の椅子に腰掛けてきたのは、数少なくこの酒盛りに参加していた採掘婦の女だった。いつの間にやら、ほかにもいた採掘婦も集まってきている。
囲まれることとなったムジカは、困惑しつつもロースト肉の最後の一切れを口に入れた。
ムジカよりずっと年かさの彼女達は、一様にエールやサイダーを持っている。リーダー格らしい褐色の髪を無造作にまとめた女はムジカに笑いかけた。
「そんな猫みたいに警戒しなさんな、何も取って食おうって訳じゃないさ」
図星を指されて、ムジカはむっすりと顔をしかめる。ムジカはあまり同業者と交流しないため、
話しかけてくる人間はみな年上だったため、若いムジカをからかうか、あざけったりさげすんだりばかりだったからだ。
「初めまして、テッサだ。ここで採掘婦をやってるよ」
「……ムジカ」
決まり悪いムジカは、テッサに差し出されたサイダーのグラスを受け取った。リンゴ酒に炭酸を混ぜたそれは、子供でも飲む飲み物だ。酒のうちにも入らない。
「なあ、ムジカ。あの兄さん、あんたの恋人かい?」
だが、サイダーを口に含んだ瞬間にそう問われて、ムジカは意地の悪さににらみあげた。
しかしながら彼女たちのまなざしは好奇と期待、そしてあまり見慣れぬ生ぬるいものでムジカは面食らった。
「あんな綺麗な男、どうやって捕まえたんだよ。今日が初めての探掘だったんだって? 何年も組んできたみたいなことをされてびっくりしたしねえ」
「恋人じゃないよ」
そこだけは訂正したが、どれだけのことをしゃべっているんだとムジカは半眼でラスをにらんだが、残念ながら男達が壁になっていて確認できなかった。ただ、彼女たちが集まってきたのが、ムジカから美貌の青年であるラスのことを聞き出すためであるとわかって、一瞬でめんどくささが増す。
しかし、採掘婦の女達は無神経だ。テッサそういったところは一切気にせず、採掘婦特有のたくましい腕をムジカの肩にかけ聞きにかかった。
「あんた見ない顔だけどどこに潜ってんだい。あのお兄さんはともかく、あんたは違うだろ、エーテル結晶の採掘してたって腕じゃない」
「今までは第5で、
「あんたそんな最前線に出てたのかい!?」
特段隠す必要はないかとムジカが素直に答えれば、テッサ達に驚かれて戸惑った。
第5探掘坑は入口自体が狭く、移動にすら器具が必要なルートだ。
だからムジカは探掘始めから第5探掘坑を選んでいた。
「何年潜ってるんだい」
「1人ではまだ3年」
勢いに押されてうっかりいらぬことまで答えたムジカはヒヤリとしたが、テッサ達は気づかなかったようだ。だが、化け物を見るような目でムジカを見る。
「初めて潜ったやつが半年以内に8割死ぬあそこで3年か。そんな若いのに」
「過大評価しすぎだ。生きて帰ってくるのはそんなに難しくない。死ぬやつの大半は欲張って山ほどの遺物を持ち帰ろうとするのが原因だよ。現にあたしはまだ稼ぎは全然だ」
本音を漏らしたムジカは、ぐいっとサイダーを傾けた。
実際、第5探掘坑を潜る熟練の
だが、テッサ達の反応は変わらなかった。
「……もしかして第5探掘坑を1人で潜ってる女って、あんたのことかい? 必ず無傷でエーテル機関を持ち帰るって噂の」
「たしかあだ名は『野良猫』」
勝手につけられた通称を呼ばれて、ムジカはつい渋い顔になった。
「たぶんあたしだけど買いかぶりすぎだ。それにエーテル機関だけじゃなくて部品が多い」
ムジカが
「いや、すごいだろう!? 潜っていて知らないのか!?
「まさか私たちより小さいとは思わなかったけどね!」
楽しげに笑いながら、彼女たちの表情から見える羨望にムジカは面くらい、なんとも言えない気分でうつむく。
小さなころから、それこそ10にも満たないころから父に連れられて潜ることで培った技術と処世術で何とかしてきたから、今のムジカがある。
だがそれでもこちらを下に見るような、突き放されるような壁はなくなるわけではない。稼ぐようになってからは暗くじっとりとしたねたみしか向けられてこなかったため、同業者とはそれほど深くつきあってこなかった。
だから、彼女たちのような単純な明るい感情は初めてで戸惑ったのだ。
「小さいは余計だ」
弱く言い返しつつなんとなく覚える落ちつかなさに、ムジカはサイダーを傾ける。
この程度の酒であればたいしたことないはずなのだが、やけに頬が熱い。
テッサが顔を見合わせているのにも気づかず、ムジカがちびちびとサイダーを傾けていれば、テッサがのぞき込んできた。
「んで? その野良猫ちゃんが、とうとう相棒を持つ気になったのは何でなんだい?」
「話が戻ってきたな!?」
忘れていなかったのか、とムジカが軽くにらんでみてもテッサはにやにやとした笑みを崩さなかった。
「だってなあ気になるだろう? こっちにまで来るうわさ話では、あんたはかたくなに1人を貫いていたんだ」
「別に、知り合いから面倒を押しつけられただけだし。仕方なく使ってるだけだ」
「それでも命を預けるくらいには信頼してんだろ、ひゅー熱いねえ!」
「そんなんじゃ……!」
「でなきゃあんなふうに
テッサに口笛を吹かれたムジカは、反射的に声を荒げかけたが、続けられた言葉に口ごもる。
ムジカはラスが高性能な
彼女たちが知らず、ムジカが知っていること。
しかし、それを必ずやりとげると考えるというのは、信頼といわないか?
まだたかだか数日の付き合いなのに?
「……お代わりもらってくる」
ごちゃごちゃと考えすぎてわからなくなったムジカは勢いよくテーブルから立ち上がると、テッサ達の返事を待たずにその場を離れた。
頬が熱い。たぶん、これは恥ずかしいというやつだ。
人混みをぬい、足早にカウンターへと向かってエールを頼む。
だが酒場の店主から金はいらないと言われて、ジョッキを持たされて居心地が悪い思いをした。それが感謝の証なのだと理解していても、落ち着かない。初めての経験だ。
「ムジカ」
アルトとテノールの間。唐突に声をかけられてムジカが振り仰げば、予想通りラスがいた。
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