追奏曲

独断専行

 


 亡霊が消えた後、連れだって昇降機の乗車口に戻る最中、ラスが足を止めた。


「ムジカ、前方よりエーテル反応を確認。さらに交戦中と思われる戦闘音を複数確認しました」


 すでに浄化マスクを外しエーテルの影響を脱していたムジカは、全身に緊張をみなぎらせる。素早く脳裏に地図を展開しつつ舌打ちした。


「こっからだともう回り道もないな。結晶採掘のやつらんとこに、はぐれでも出たのか」


 安全と言われていても、何かの拍子にエラーを起こした奇械アンティークが現れることもなくはない。そのために護衛役として奇械アンティーク探掘専門の探掘屋シーカーが常駐しているから、よほどのことがなければ、機能停止させられるはずだが。


「順調に進めば10分後に遭遇します。どうしますか」


 昇降機の乗車口までは一本道だ。避けることはできない。

 しかし出会ってしまうのであれば、助太刀が必要なのか否か判断する必要が出てくる。人の獲物を横取りする盗賊になりたくはないし、かといって見殺しにするのは寝覚めが悪い。


「覚悟ができてるだけめっけもんだ。ラス、もし奇械アンティークに会っても人間に見えない武器は禁止。具体的には腕のブレードとエーテル出力の翼、いいな」

「了解しました、ムジカ」


 体力を温存しつつも駆け足で進めば、いくらも経たずにムジカの耳にも聞こえてきた。

 明らかに交戦中とわかる混乱の声と緊急事態を示す警報、そしてエーテル弾を発射する独特の発砲音だ。かなり激しい。

 ムジカ達の方に逃げてきたらしい採掘夫姿の男達が走ってきたので、捕まえて問いただした。


「何があったんだ」

「採掘場のど真ん中に奇械アンティークが現れて闇雲に暴れ回ってんだよ! 探掘屋シーカー達が倒そうとしたけど無理で、昇降機のあるホールにいるから地上にも戻れない。おまえらも逃げた方が」

「どんな奇械アンティークだった」

「ど、どんなって言っても、でっかくて、ぎょろっとして化けもんぽくて」

「そう! 蛙みたいだった!」


 彼らの言葉に、ムジカは即座に昇降機の方角へ走り出した。

 後ろから採掘夫達の制止する声が聞こえたが無視する。背中に負った荷物は重いがいつものことだ。ラスが涼しい顔で併走していた。


「ムジカ、どうしましたか」

「採掘夫が言っていた特徴でどんなのかわかるだろ。あれは絶対自律兵器ドールだ!」

「はい、94%の確率で戦術兵器、熱蛙ファイヤ―フロッグです。熱の性質を操作することを得意としています」

「その通り! 蛙野郎の熱で昇降機がやられたらしばらく地上に上がれなくなるぞっ。ついでにこんな狭いところで火事になったらあたし達は焼け死ぬ。早く止めねえと!」

「了解しました。ではムジカを援護します」

「ひゃあっ!」


 とたんムジカはラスに荷物ごとすくい上げられた。肌が風を切る感触に反射的にラスの首へと腕を巻き付ける。


「スピード落とせ! それ人間には出せない速度だから!」


 慌てて怒鳴れば、ラスは若干速度を緩めたが、それでも驚異的な速度で発着ホールにたどりいた。

 そこはすでに阿鼻叫喚だった。

 採掘場の壁のそこかしこが熱で溶け、巻き込まれたらしい採掘夫達が大小様々なやけどを受けて倒れていた。

 通路や機材の裏には探掘屋シーカーや採掘夫がおり、必死に足止めしようと銃を連射している。

 いろんなものが焼け焦げたにおいにムジカは鼻をふさぎつつ見れば、昇降機のある巨大な空間でうずくまっているのは巨大な蛙型をした自律兵器ドールだった。

 熱蛙型、あるいは単に蛙型と呼ばれるそれは、エーテル弾一斉掃射にひるんでいるように身を縮めている。ムジカとは距離があるにもかかわらず獅子型並に大きい体躯は、金属と言うよりはゴムのような湿度を感じさせる外装に覆われていた。

 ぎょろりとしたアイサイトは橙色オレンジ。はぐれだ。


「これでもくらえっ」


 弾薬が切れたのか、ひととき弾幕が緩んだとたん、遮蔽物の影から立ち上がった一人……おそらく採掘夫だろうが、こぶし大のものを投げた。

 投げられたものを見て、ムジカは愕然とした。


「あんたらっ死にたくなかったら伏せろ!」


 背後に避難している採掘夫達に叫びつつ、ムジカ自身が伏せるのと、手投げ弾が蛙型に着弾するのが同時だった。

 爆風が吹きすさび、ムジカはラスの体にかばわれる。


「はは、これで、あ?」

『ァアッッァアアア――……!!!!』


 上がりかけた喜びの声は、蛙型の咆吼と共に吐き出されたもので飲まれた。

 その咆吼が悲鳴のようだとムジカが感じたとたん、あたりが橙の炎に照らされる。


「ぎゃあああああああぁ!!」


 断末魔の叫び声が響く。

 ムジカがのぞき見たのは、赤々と大地が焼ける中でのたうち回る探掘屋シーカーと採掘夫達だった。

 坑内に肉と髪の焼けるいやなにおいが立ちこめる。


「熱蛙は与えられた熱を増幅しさらに熱を生み出します。爆薬での攻撃は表皮の耐熱温度以上でなくてはなりません」


 淡々と説明するラスの言葉通りだった。

 蛙型は第3探掘坑では滅多に見ない、高威力型の自律兵器ドールだ。

 戦闘規模によって白兵、戦術、戦略、殲滅と分けられる中で、戦術規模の戦闘能力を有し一つの街を制圧するだけの能力を有している。

 ラスの言葉を聞きつつムジカは、蛙型が上を気にする様子に嫌な予感がした。 


「まずい、地上に出る気だ。止めないと」


 地上に出るためには急勾配の昇降機のレールを上っていくしかないが、蛙型の脚力ならば十分に上れてしまうだろう。応戦していた探掘屋シーカー達の中には無事な人間もいるが、戦力としては見込めない。蛙型に熱を放射されれば、遺跡内の空調機能が作動していたとしても酸素が薄くなり生存が難しくなる。

 ムジカはすぐさま背負っていた荷物を下ろし必要な物の準備を始めた。足止めが精いっぱいだが、自分が生き残るためにできる限りのことをすべきだ。

 エーテル銃に専用の弾丸を装填していれば、平坦な声が響いた。


「命令と判断、熱蛙を停止させます」


 銀の流れが走って行くのをムジカは唖然と見送った。


「ラスっ!?」


 ムジカが止める間もなく、ラスはホール内に転がる採掘用の機材の間を跳躍して、彼我の距離を疾駆する。

 その手に構えられているのは、ムジカが買い与えた自動小銃である。

 ラスは空中に身を躍らせたとたん、腰だめに構えたそれを複数回発砲した。

 気づいた蛙型がラスを振り返るのと同時に着弾する。


『――……っ!』


 蛙型は悲鳴のような音がこぼして身をよじった。

 その片目が射貫かれ、煙を帯びていたからだ。

 もとより精密射撃には適していないはずの自動小銃で、あれほどの小さな的を狙えるその腕にムジカは目を剥く。だが、それでは足りない。


 痛みに身をよじるような動作をしていた蛙型は、ふいにその口腔を開いた。

 勢いよく飛び出してくるのは鞭型の打撃武器だ。


 生物を摸されている自律兵器ドールは、その生態も動きも元にされた生物に似通っている。

 だが自律兵器の一撃は、人間を挽肉にするにはあまりある威力だ。

 飛び出してきた鞭に対しラスは回避行動をとるが、小銃が奪われ砕かれた。

 さらに蛙型は、強靱な後ろ脚で跳躍し飛び込んでくる。

 機材をなぎ倒す蛙型に青ざめたムジカだったが、ラスは危なげなく回避し蛙型から離れていた。

 転がっていたのを拾ったらしい、採掘用の柄の長いハンマーが握られている。

 いらだたしげに首を横に振った蛙型がラスの姿を探す中、彼は後脚に力を込めようとしていた蛙型の頭にハンマーを振り下ろした。


 金属とは違う、重たい打撃音が響く。


 様子をうかがっていた採掘夫や探掘屋シーカーたちが一様に驚愕するのがムジカにはわかる。

 そう、何せ彼は自律兵器に一撃を与えるという無謀なことをしているのだ。

 自律兵器は種類にもよるが、人間が及ばない早さと膂力、反応速度を持っている。

 蛙型が上層へと気をとられていたとはいえ驚異的なことである。


 ようやく驚きから覚めたムジカは、ラスが人間の範疇で倒そうとしていることを理解して青ざめた。

 たしかにぎりぎり人間の領域に収まっている。ブレードもエーテルの翼も使っていない。

 しかし、足りないのだ。決定打がどこにもないことがムジカにはよくわかっていた。


『イ……タイ』


 どうすればいい、そんなことを考えていると、破壊音の中に声が混ざった。


『タス……ケテ、……カエ、カエリタイ……!!』


 奇械アンティーク特有の擦れたような音声だ。しかし幼さを感じさせ、その言葉には悲痛と恐怖が感じられた。

 そしてそれは、眼前の蛙型から聞こえてくる。


 奇械アンティークはしゃべる。当然だ。特に意思の疎通が必要な機体には、音声会話機能が搭載されている。

 しかしそれは想定された運用に必要な場合のみだ。自律兵器ドールの場合、あらかじめ設定された定型文しか発声できない。奇械アンティーク間では専用の高速言語を使うというが、それは人間には理解できない。

 だから、自律兵器ドールがこんな人間みたいなしゃべり方をするなんてあり得ないのだ。

 幼い子供に訴えかけられているような錯覚を起こし、ムジカは息を飲む。

 わずかに開いた間に、蛙型が体を震わせる。

 その予兆にムジカはとっさに叫んでいた。


強制指令オーダーセット、後ろに下がれラス!」


 つぶされた視界から回り込もうとしていたラスが、直線的な動きで後ろに飛んだ。

 刹那、蛙型の表皮から莫大な熱が放出された。

 蛙型のそばにあった鋼鉄製のトロッコが半ば溶け、ラスの服の一部が焼け焦げる。

 30ヤード(約27メートル)は離れたムジカのもとまで熱が伝わってくるのだから、近くのものは相当だろう。

 あと一歩回避が遅ければ、ラスはもろに浴びていた。

 挙動に回避の意思がないように思えたため、もしかしたら耐えられたのかも知れないが、それでもやるべきだったとムジカは思う。

 なぜなら、人間は体が燃えて無傷でいられるわけがないのだから。


 ようやく準備を終えたムジカは、ラスに向かって走り出した。

 ラスが紫の瞳をわずかに見開くが、かまわず構えたショットガンを蛙型の足下へ次々と打ち込んでいく。

 軽い銃声音と共に射出された弾丸は、今にもたわもうとしていた蛙型の後ろ脚に着弾しぱっと薬液をまき散らす。

 空気に触れたとたん、薬液は硬化した。

 しかし、強靱な脚力は硬化剤をも砕き、その場でたたらをふむ。

 予想通りであったためムジカは、次々に硬化弾を撃って重ねていった。

 たとえ一弾で効果がなくとも、複数重ねれば重作業型奇械アンティークですら足止めできる。

 もがく蛙型からは目を離さず、こちらへやってきたラスに一喝した。


「ばっかやろう! 援護してやるって言う前に勝手に出て行くんじゃねえ! 武器持たねえでなにしてんだっ」

「申し訳ありません」


 残念ながら硬化弾は、足止めにしかならない。

 ポンプアクション式は弾の再装填に時間がかかる。そもそも自律兵器ドールに対しては破壊能力がゼロに等しいため、ムジカではとどめを刺せない。

 だから、一瞬だけ銃撃をやめたムジカは、腰のポーチのものをラスに投げつけた。

 危なげなく受け止めるラスに、銃撃を再開しつつ叫んだ。


「使い方はわかるな、てめえがとどめさせ! 足止めはしてやる!」

「はい、問題ありません。遂行します」

「任せた!」


 適材適所である。ムジカは少なくとも、ラスの戦闘面での強さは認めていた。

 蛙型は硬化弾によって固められた体を嫌がるようによじり、熱を放射する。

 硬化弾は一瞬で固まるが、熱には少々弱い。

 ムジカの放った硬化弾がたちまち熱によって煙が立ち上り、もろく劣化していく。

 弾切れを起こしたショットガンを捨て腰の拳銃を抜いて構えたが、すでにそれがいらないことに気づいた。


 蛙型の片方のアイサイトがムジカをとらえ、炎をはき出そうと口腔を大きく開ける。

 その無防備な口の中に、ラスが手投げ弾を複数、豪速で投げ入れた。

 弾丸のように飛んでいったそれは、狙い違わず蛙型の巨大な口のなかへと吸い込まれる。

 とっさにはき出そうとする蛙型の動作を阻害するように、ラスはハンマーを頭部へ振り下ろした。


 ぼくんっ!と蛙型の口腔内でくぐもった爆発音が響く。


 拳銃を下ろさないまま、ムジカは様子をうかがう。見える位置にいる探掘屋シーカーや採掘屋達が、一様にこの世の終わりのような顔をしているのが不本意だ。

 ムジカ達がただの手投げ弾だと思い、先ほどの二の舞になると思い込んでいるのだろう。


「炎がくるぞー! 全力で逃げろおおぉ……お?」


 誰かの叫び声が、尻切れトンボに終わった。

 よく見ればわかっただろう。身をよじる蛙型の小刻みに震えている表皮にパキパキと霜が降りている様が。

 完全に凍り付いたことを確認したムジカは、ハンマーを片手に無造作に下げるラスへと駆け寄った。

 基本的な装備があったために失念していたが、ラスにももう少し人間用の武器を持たせた方が良いかもしれない。


「冷凍弾。やっぱり効いたな」

「はい、熱蛙が吸収できるのは高温のみです。低温を高温に加速させることは可能ですが、極低温を取り込む機能を有していません」

「まあ、簡単に言えば徹底的に冷たくしちまえば、動けなくなるってことだよな」

「……要約すればその通りです」


 何かもの言いたげなラスはそのままに、ムジカは氷の彫像と化した蛙型に近づいた。

 通常ならば硬化弾で事足りるため、ただの趣味で購入した冷凍弾が役に立ち満足だ。

 だが、ムジカは先ほどの声が耳にこびりついて離れなかった。


「お前、一体何が言いたかったんだ」


 ぽつりとつぶやいても、虚ろなまなざしは何も答えなかった。

 当然だ、完全に機能停止しているのだから。

 少々後味は悪いが、無事に制圧できたことは悪くない。

 息をついて、銀と紫の人形を振り返りかけたのだが、しんと静まりかえる周囲に気づき、ムジカは青ざめる。

 ムジカはラスに向けて強制指令を使った。必要だったと判断してのことだったが、それでも気づいたものがいたかも知れない。

 我知らずつばを飲み込んだムジカが背後を振り返りかけ。

 怒濤の歓声と共に、多くの探掘夫たちが駆け寄ってくるのにぎょっとした。


「てめえら、すげえじゃねえか!!」

自律兵器ドールをたった二人で倒しちまう何てっ!」

「しかもほとんど壊さず制圧するなんざ探掘屋シーカーの鏡だぜ!」


 口々に言われる中には、ラスの常人離れした身体能力が奇械アンティーク由来のものであると、毛ほども疑っている気配はない。

 ムジカは安堵したがこの探掘屋達の興奮は予想外であり、どうしたらいいかわからない。


「わかった、わかったから! とっとと負傷者を回収して、それから上に連絡しなよ!」


 代わる代わる小突かれたムジカがたまらず叫べば、採掘夫達の何人かは急いで作業へ向かっていった。

 それでも離れていかない彼らにムジカははあきらめて身を任せる。

 ただ、肩を組まれ頭をなでられ、もみくちゃにされるラスが戸惑う姿は少々面白いと思ったムジカだった。



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