恋と宝石

chapter 01

 冷たい空気と、海の匂い。波の音しか聞こえない静けさと、靴に入る砂の感触。それに、今よりもっと幼いわたしには珍しかった、夜の景色。今でも、はっきり覚えてる。


「ほら。見てごらん、コスモス」


 綺麗な満月の夜、青い海のほうを指して、そう言われた。

 指の先、きらきら光る透明なモノ。真っ暗な夜の中で、ひとつだけ明るく見える。


「ガラスみたいなものが、月を映しているだろう。あれはね、月光イルカっていうんだ」

「げっこういるか?」


 イルカ。そう言われてみると、たしかに。楽しそうに遊んでいるように見えてきた。

 お水の中から出てきたり、お空から海に飛び込んだり。たまにくるくる回ったりして、ぴょんぴょん、ぱしゃぱしゃ。


「おじさん、なんでも知ってるんだね」


 今まで見てきたどんなものより綺麗なソレを、じいっと眺める。なんだか吸い込まれそうなくらい綺麗で、ぜんぶ忘れていつまででも見ていられそうだった。


「ああ……おじさんが見つけたんだよ。コスモスが生まれるよりも、ずっと前に」


 最後の方は、もう、言葉なんて聞いていなかったようにも思う。だって、いつもそうだったから。

 あのひとはなんでも知っていて、いつも綺麗なものを見せてくれて、どんなときだって微笑んでいてくれた。


「コスモス。おじさんは、あのイルカとお友達になりたいんだ。もしお友達になれたら、もうここには戻ってこないかもしれない」


 お家に帰るすこし前、月光イルカよりも遠くを見つめて、そう言われていた気がする。

 けれど、わたしは月光イルカに夢中だった。

 綺麗で、不思議で、ついぼうっと眺めてしまう。その奇妙なイルカは、わたしの心を掴んで離してくれなくて。


「うん、わかった。がんばってね」

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