第五章・ここはマホウの世界~ARURU‘s view④~
「ちょ、え?ちょ……えええ!!!???」
またしても、ちょっと待ってが出てきません。
「え?え?ちょ、まっ、……」
混乱につぐ混乱。
困惑につぐ困惑。
頭の中で縦横無尽に飛び交う疑問符が、わたしくしの発するべき言葉を押しとどてしまうのです。
「にょっほっほ。我の生涯でも一、二を争うベストピッチじゃな」
「ちょ、まっ……ちょ、まっ、さっ!さっ!さぁあっ!!」
「ちょまちょまさっさ?あれか?新しいギャグか?う~ん、確かに音ネタは子供から老人まで間口は広いし、その分かり易さ故にハマればハマるわけじゃが……あれじゃぞ?所詮は一刻のブームで終わってしまうのが世の常じゃぞ?やはりな、一流のコメディアンに必要なのは、なんだかんだ言ってもフリートークの面白さと何よりも話題の引き出しの多さが……」
「どこぞのご意見番!?」
あ、声が出ました。
「いやいや、ギャグじゃない!あれ、ギャグで刺さらない!ギャグとかの刺さり方じゃない!そう!あれ!刺さって!刺さって!!刺さってぇぇ!!」
「うむ、刺さっとるな」
「加害者のくせに他人事!?」
「それでも我はやってない」
「現行犯!!冤罪の余地なく現行犯ですの!!」
「控訴します!」
「だから現行犯!!エンドロールなんて流れませんからね!?」
「にょっほっほ。我の伸びのある直球並みにキレのあるツッコミじゃのぉ。……お主になら託せるかもしれん。……この未来を……」
「お笑い界の!?」
「どうか……この殺伐とした世界に笑顔を……」
「願い下げですわ!!」
別に笑いのてっぺんを目指しているわけではありませんが、ツッコミどころ満載の現状に、わたくしの声だって自ずと荒くなります。
「…………」
生身の体に直撃したドラゴンの一薙ぎ。
魔力によるコーティング以前に、人体の強度の許容量を著しく超えた衝撃。
その直撃によって粉々に、散り散りに。
世界の厳粛なルールにのっとって、一度は肉体を消されたイチジ様。
あの時の映像が目に焼き付いています。
生きていた証し一つ残さず、ガラスのように砕け散って消えていくイチジ様の姿を。
わたくしに無力感と絶望だけを残し、霧散していくイチジ様の命を。
わたくしはハッキリと覚えています。
ええ、ハッキリと……疑いようもなく。
彼はあの時、死すらをも越えて完全に消滅してしまいました。
「…………」
だというのに、再びわたくしの前にあらわれた背中。
自分を襲った激しい衝撃も。
有無も言わせず消え失せた命も。
外野でわたくしたちが騒ぎ立てるかしましさも意にかえさず。
いつものように。
普段通りに。
寡黙な背中をわたくしに向けるイチジ様がいたのでした。
「…………」
とはいえ、その存在感は未だ不透明。
体の輪郭や、眠るように目をつむっている表情を読み取ることはできるのですが。
そのすべてがボンヤリと……。
そのことごとくが頼りなく……。
質量や重量のようなものが著しく希薄なのです。
おそらくは触れようとしたところで、その手は何も掴めず空を切るでしょう。
わたくしの声も、想いも、イチジ様には届かないのでしょう。
例えるならまるで霊体のような曖昧さ。
安易な表現のような気もしますが、なにせ一度は失われた命。
その例えもあながち間違ってはいないのかもしれません。
「…………」
……そして、その曖昧さを。
その不確かさを容赦なく貫いた乳白色。
すべてが曖昧模糊としたイチジ様の肉体にあって、唯一、生々しい現実的な色を持った物。
「……安心せい。別に引導を渡したわけではない」
それを放り投げた犯人が、飄々と言ってのけます。
「ただ本来の持ち主に返しただけ。……それだけじゃ」
「もち……ぬし??」
「絵面のエグさは大目に見て欲しいのじゃ。もう少し辛さ控えめなやり方もないではなかったんじゃが……なにせ……あまり時間をかけるわけにもいかなくて……の……」
ぐらり、黒い幼女の小さな体が揺らぎます。
「ちょっ!リリラ=リリス!?」
倒れ伏しそうになる彼女の体を、わたくしは慌てて駆け寄りながら支えます。
「……にょっほっほ。まったく情けないもんじゃ……」
そう変わらぬ軽薄な調子で笑うリリラ=リリス。
ニマニマとした意地の悪い笑みが張り付いた表情も相変わらずですが、その狭い額に噴きだした大粒の汗と、抱いた腕から伝わる体の火照りは、とてもそんな笑みを浮かべられる状態ではないことをわたくしに教えてくれます。
「リリラ=リリス……あなた……」
「久々の現界に童のごとくはしゃぎ過ぎたようじゃ」
「……いつから……」
「ま、こんな見た目じゃから中身も童心に帰るのは当然か」
あまりにも急激な変調。
唐突すぎる弱体。
行動にしても言動にしても、今の今まで変わらぬ調子だったがために、わたくしにはそんな風に見えてしまいます。
しかし、冷静に考えてみれば、彼女もやはり≪幻世界(とこよ)≫のルールから逸脱した者。
どれだけ規格外の知識と魔力を有し。
どれだけ埒外な人格破綻者だったとしてもイチジ様と同じく、世界としてみれば消滅対象であることになんら変わりないではありませんか。
―― 全盛期の頃と比べて魔力がからっきしでのぉ ――
彼女の性格から言って、それは謙遜ではなく、紛れもない事実なのでしょう。
とはいえ腐っても……いいえ、縮んでも≪創世の魔女≫。
不死性を孕んだ蝶々による絶対防御。
続けざまに顕現した情念の乙女たち。
そして疑似的に神々のおわす不可侵の領域を作り出す大結界……。
どれだけコンディションが優れなくとも、その力は大魔女の名に恥じないものなのだと、わたくしは勝手に思い込んでいました。
ええ、思い込み。
この幼女の力は、無尽蔵にして無際限。
不遜な態度でふんぞり返りながら、ことの最後まで横にいてくれるものだと思っていたのです。
「……黄色の『宝玉』の力。理を挿げ替える≪
「……幾ら『宝玉』が優れた物であったとしても、所詮はお手軽でインスタントな魔道具。本物と比べれば効果の長短も効力の範囲もひどく限定的になってしまうのは否めんじゃろ。そもそもじゃ、≪魔法≫がそんなダイエット器具みたいにお気軽にお隣の奥様へ薦められるもののわけがなかろう?」
「さっきと言っていることが丸っきり真逆じゃないですの……」
「にょっほっほ。そうだったかの?」
「≪
「さてさて……どうじゃったかな?最近物忘れが激しくてのぉ」
「……まったくこの人は……」
「ところでアルルさんや、お昼ご飯はまだなのかのぉ?」
「……嫌ですわ、お義母様。さっき食べたばかりじゃありませんの」
「にょっほっほ。お主と話しているとまっこと飽きがこないのぉ」
なにが真実でなにが虚構なのか。
なにが本音でなにが上辺だけの取り繕いなのか……。
まったく、この人の口から出てくる言葉をどこまで真に受けていいものやら。
何もかもがそれらしくて、同時に何もかもが嘘のよう。
玉石混交とは言いますが、彼女の発言は何が玉で何が石なのかすら一見しただけではわかりません。
なまじ見分けられたとしても、その玉が本当に価値のあるものなのか、その石が本当に取るに足らない路傍の石ころであるのかという確信が持てないのです。
「どうして、アヤツがドラゴンの牙の持ち主なのか……気になるじゃろ?」
「そう……ですわね……」
ああ、本当に面倒くさくて底意地が悪い。
嘘か誠か、玉か石くれかわからない。
だというのに、聞いてしまう。
どうせ二言目で前言を撤回どころか粉砕してしまうくらいに適当なのに、どうしても聞き入ってしまう。
さすがは大魔女・リリラ=リリス=リリラルル。
悔しいですが、不本意ですが、彼女の話す言葉のすべてには、そうやって否応なく人を惹きつけてしまう魔性があるのです。
「教えてください。イチジ様と≪
「ひ・み・ちゅ♡(ぺろ)」
「…………(ギリギリギリ)」
「いたいいたいいたい」
「…………(ギチギチギチ)」
「こわいこわい、その無言での締め付け、ホントにこわいから」
「……(パッ)……失礼、取り乱しました」
「……お主、正気か?仮にも我、お主らが≪創世の魔女≫とか言って祀り上げとる伝説じゃよ?いたいけな幼女の体なんじゃよ?しかも今にも消え入りそうなほど弱々しくなっとるんじゃよ?……そんな小さな肩を、よくそこまで力いっぱい握り潰そうとできるもんじゃな……」
「あなたこそ、よくこのタイミングでふざけられるものですわ」
「性分じゃ」
「…………」
なんと簡潔かつ説得力のある見事な答え。
「そして、説明キャラ的に迷える者へと道を示したがる性分としては一から百まで懇切丁寧に教えてやりたいんじゃがな。……たぶん、我が言葉にせんでも自ずとお主は知ることになるじゃろう。それも言葉だけでは伝わり切らない、もっともっと深いところまでな。……どうじゃ?なんとなく、今でも感じ取れるじゃろ?」
確かに、さきほどから感じています。
イチジ様とドラゴンに『宝玉』をかざす前から。
リリラ=リリスが結界を展開する前から。
イチジ様が、金色の粒子とともに再びお姿をあらわした時から……。
静かに、されど止めどなく流れ込んでくる。
この黄金色に輝く、誰かの想いが……。
フュイイイィィィィィィィンンンン……
リリラ=リリスを抱える手とは反対に持った黄色の『宝玉』。
たとえ製作者がインスタントだと卑下しても、理を捻じ曲げるだけの力、≪魔法≫を内包した球体が一際輝きを発します。
「…………」
もはや黄色ではありません。
その輝きは紛れもなく『黄金』。
豪奢でも絢爛でもなければ。
稲穂のような柔らかさでもなく。
活力の溢れた生命のような。
空に浮かぶ、満ち足りた白銀の月光を受けてなお、生き生きと、キラキラと……。
ただそこにいるだけで辺りを明るく照らしてしまうような黄金色の輝き。
その輝きに触発されたかのように、イチジ様の体、その胸に突き刺さった≪
イチジ様、粒子、『宝玉』、そして龍の牙……。
共鳴というか共振というか。
同調というべきか同化というべきか。
まるでその場で黄金に輝く何もかもが一つに混じり合おうとしているかのようです。
―― イッくん ――
「え?」
―― イッくん ――
響く声。
神域化し、雑音など一つも紛れ込まない静けさの中。
突如として響く声。
「……これ……は……?」
「にょっほっほ……」
眉をしかめるわたくし。
力なく笑う幼女。
耳ではなく、頭にでもなく。
この視覚でもって音をとらえている感覚。
ええ、視覚です。
見つめているイチジ様の体から、音として聞こえてくる黄金色の響き。
―― イッくんはね ――
声は続きます。
誰かを呼びながら。
誰かを労いながら。
誰かの名前を、愛し気に優し気に繰り返しながら。
黄金色の声は続きます。
―― イっくんはね
人間じゃないんだよ ――
「……それでは、なんだというのです……?」
それは反射でした。
こんなにも彼の名前をを愛おしそうに呼び。
こんなにも彼のことを優しく包み込むように語り掛ける、その見ず知らずの女性の声に。
わたくしは反射的に。
それでいて明確な嫉妬心をもって、そう呟いてしまいました。
―― それじゃぁ
俺はなんなんだろう ――
そこで新たに響く声。
聞き覚えがあるぶっきらぼうな声。
それでいてわたくしの記憶よりも少しだけ幼く、少しだけ青臭さが残る声。
大人びた達観さと諦観さ、けれどやっぱり年相応な未熟さが隠し切れない可愛らしい男の子の声が。
わたくしとまるきり同じ問いを、女性の声に投げかけます。
―― イッくんはイッくん ――
それでは答えになっていません。
―― それじゃ答えになってない ――
―― イッくんはずっとイッくん
わたしの可愛い可愛い弟なんだよ ――
だから……。
―― だから…… ――
―― そのことだけは絶対に忘れないで ――
―― そのことだけは絶対に信じていて ――
―― たとえあなたが ――
―― 『
キィィィィィィンンンンン……
その言葉を最後にして。
『宝玉』の輝きが。
わたくしの知らない誰かそのもののような黄金色の輝きが。
その極点に達していくのでした。
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