第五章・ここはマホウの世界~ARURU‘s view③~

 ……次に場を支配したものは何だったでしょう?

 

 紛いの覇王?

 無表情な異世界人?

 

 もしくは白銀の祝福と呪いを受けた少女?

 あるいは悪名とどろく伝説の魔女?

 

 ……いいえ、どれも不正解。

 

 辺り一面に漂うのは静寂のみ。

 辺り一帯を満たすのはただ静寂のみ。

 

 そっと耳を済ませれば、ふっと気を向ければ。

 厳かで、どこか物憂げな無音の音さえ聞こえてきそうな完全なる静寂。

 

 その質量を持った硬質なる静けさが。

 その形はなくともクッキリと空間に刻み付けられた無音が。

 

 つい先ごろまで存在していたハズの命の消滅を。

 

 より鮮明に、より確かに浮き彫りにしています。

 

 「……ふぅ……」

 

 言い知れぬ虚無感にこぼれ出る溜息。

 

 「ひとまずはご苦労じゃった」

 

 「苦労……ですか……」

 

 幼女の労いに、思わず浮かべてしまう苦笑い。

 

 「なんじゃなんじゃ?不満そうじゃの?」

 

 ≪魔法≫という禁呪にして禁忌への接触。

 

 魔術を扱うものなら誰もが一度は夢に見ますし、ただそれだけを目標として生涯のすべてを捧げ、そして果てていった魔術師も決して少なくはありません。

 

 魔道の頂点にして魔導の極点。

 

 ええ、≪魔法≫とはただそれだけで価値があるもの。

 

 手段と目的。

 

 過程と結果。

 

 理由と帰結。

 

 発端と終着。

 

 その本末をことごとく、それもあっさりと転倒させてしまうだけの魔性があるのです。

 

 ……だというのに。 

 

 「なんの手ごたえもなければ感慨もない……。苦労なんてもっての他、ですわ」

 

 「にょっほっほ。身を持って『宝玉』の凄さがわかったじゃろ?」

 

 「こんなお手軽に理を踏み越えてしまえる……いいえ、踏みにじってしまえるだなんて。……存在するだけで罪深いものというのは確かにあるものですわね」

 

 「苦労性というか貧乏性というか……。それでもお主、王族の人間か?『まぁまぁ、とってもお手軽でラッキーザマス♡』くらいのことは言えんもんかのぉ」

 

 「……あなたの中で王族の人間とはどこぞの成金マダムみたいなイメージなんですの?」

 

 「『さすがはおフランス産(直輸入)ザマス。エリザベスちゃん(犬)もそう思うザマスよね?お隣のイワシミズさんのオクサマ(仮面夫婦)にも教えて上げなくちゃいけないザマス』」

 

 「登場人物増やさないで!!そこ仮面夫婦とか無駄に設定掘り下げないで!!え?わたくしの理解力?理解力が足りないんですの?ホネカワさんのママの物真似に何らかのメッセージ性が……?」

 

 「うむ、魔道の神髄を少々な」

 

 「絶対、嘘ですの!?」

 

 「もう少し大らかさを持ってもいいじゃないか?ということじゃ」

 

 「……わたくしがそんな大らかで太々しい人間だったなら、あなたは『宝玉』を託しましたの?」

 

 「さすがに罪とまで言ってのけるほど清廉潔白で精神潔癖だとは思わんかったがな。にょっほほ~」

 

 

 ≪次元接続コネクション≫を発動した時とは後味がだいぶ違います。

 

 あの自分の努力が実を結んだときの何とも言えない達成感。

 

 犠牲にしてきた色々なものが一息にひっくり返るような充実感。

 

 報われたのだと歓喜しました。

 

 それ以上に自分のやってきたことは無駄ではなかったのだと安堵しました。

 

 ひとえに自分自身が死に物狂いで研鑽し、成し遂げ、勝ち得た結果。

 

 お父様をはじめとして、たくさんの人たちの支えの元にようやく手が届いたあの時……なんと自分が誉れ高かったことでしょう。

 

 清廉潔白、精神潔癖……ですか……。

 

 当たらずとも遠からず、といったところでしょうが、結局それは当たっているわけではありません。

 

 単に、考え方が古いのです。

 

 効率性や合理性、そして汎用性を求めるからこそわたくしは魔道具を作ります。

 

 それなりの時間をかけて会得していく魔術。

 日々の努力によって鍛えられ、拡張されていく魔力という力。

 

 そういった専門的で、どこか選民的な魔術の世界を、もっと大衆の身近なものにという理念は変わりません。

 

 しかし、その根っこ。

 

 もっとわたくしの心の根幹部分を成している場所では。

 

 やっぱり汗水をたらし、血反吐を吐いた分だけ得られる結果は尊くなると信じているのです。

 

 素振りをすればするほど剣の太刀筋は鋭くなると思っていますし、弛まぬ地味な反復練習によって魔術の精度は冴えていくのだろうと疑っていません。

 

 たぶん、例の剣術の先生であるスポ根中年の影響が如実にあらわれているのでしょう。

 

 ≪現世界あらよ≫でも≪幻世界とこよ≫でも、何かにつけてスマートに洗練されたものがたっとばれる昨今の風潮ですが。

 

 わたくしはそんなスマートさも優雅さもない、乙女的には問答無用でスリーアウトな自分の泥臭さが割と好きだったりするのですわ。


 「……ですから別に……不満があるわけではないんですの」


 「わかっとるよ。過程が気に入らないとか、結果が不服だとか文句を述べれば、それはあの紛い物の存在をも愚弄することになる。お主はそんなこと、許せる性質(タチ)ではないものな」


 「……はい。それは絶対にしてはいけないことだと思っていますわ」


 「大いに悩め。盛大に疑え……」

 


 コツ、コツ、コツ……


 リリラ=リリスが、自ら張った黒い結界の上を、同じく真黒な底の厚いブーツの音を響かせながら歩いていきます。


 「≪魔法≫なんてな、所詮は単なるビックリ現象、タネも仕掛けもちゃんとある……ちょいと毛深い手品みたいなもんじゃ」


 「すべての魔術の祖がそれを言っちゃダメじゃないですの……」


 「まぁ、作者の意図など、作品が手元を離れた時点で関係なくなるのは芸術の世界ではよく聞く話じゃよ」


 コツ、コツ、コツ……


 「大層な額縁に入れられて信じられないような値をつけて取引される絵画も、元をたどればただ愛妻の美しい姿を遺しておきたくて描いただけの甘ったるい愛の営みだった……。当時の文学史を紐解くための貴重な資料だとして美術館や博物館の頑強なケースの中に入れられている黒革の手帳だって、実はただ自分の内に秘めたモヤモヤとした気持ちを慰めるためだけに書き殴っていた走り書きだった……。それらを周りのものが大仰にはやし立て、深読みし、勝手に解釈をつけて価値をつけたんじゃ。……そう、絵を贈られた妻や手帳の持ち主ですら、もはや手の届かない莫大な価値を、な」


 コツ、コツ、コツ……


 「じゃからな?本音を言うと≪魔法≫にそんな価値を見出してほしくはないんじゃよ、作者としては。……己の人生をすべて捧げるほど執着し、あまたの犠牲を払ってでも手に入れようと躍起になってはほしくない」


 「……リリラ=リリス……」


 「確かに絶大な力を秘めたものではある。奇跡だって奇跡一歩手前だって起こせるかもしれんし、その者にとってはあるいはその奇跡なり奇跡的な何かは必要なものなのかもしれん」


 「……はい」

 

 コツ、コツ、コツ……ピタッ


 立ち止まるリリラ=リリス。


 そして彼女は足元に転がる物体を一瞥し、おもむろに手をかざします。


 音もなく。

 すっと浮かびあがる乳白色。


 覇王の残骸。

 伝説の残滓。

 ≪龍遺物ドラゴノーツ≫……。


 ドラゴンの牙が、そっと彼女の両手に乗ります。


 その小さな幼女の手に持たれたせいか、はじめて見た時よりも随分と大きいものに見えます。



 ≪空間誘導ディレクション≫は、ドラゴンの血や肉、命や魂、存在だけを次元の狭間の虚無へと飛ばしました。


 残されたのは、こちらも過去から置き去りにされた一本の牙だけ。


 どうして≪龍遺物ドラゴノーツ≫だけが残ったのか、その理屈はわかりません。


 しかし、術者として……いいえ、あくまでも発動したのは『宝玉』で、わたくしはその補助者みたいなものでしたか。


 とにかく直接関わり合った者として何となく理由はわかります。


 ≪空間誘導ディレクション≫はドラゴンを的確にとらえていました。


 それでも残ったものがあるとすれば、それはドラゴンのものではなかったということに他なりません。


 つまりは紛い物とリリラ=リリスが称した覇王の元であり魔素を吸い寄せる核の役目を果たしていたであろう≪龍遺物ドラゴノーツ≫は、あくまでもドラゴンとは別のもの。


 あの漆黒の巨躯の中で、独立したものとして息づいていたということなのです。


 共存と言えるほどに友好的だったのか、寄生と表現するほどに侵略的だったのかまでは当人同士ではないので言及はできません。


 しかし、一蓮托生というわけではなかったことだけは確かなようです。


 ええ……。


 どちらかが消えれば、どちらかも一緒に消えてしまうような。

 どちらかがいなくなれば、どちらかも生きていく意味さえ見えなくなってしまうような。


 そんな痛ましいほどの愛憎関係を築いてわけではないのです。


 「これだけは覚えておくのじゃ、アルルよ」


 とりたてて重さも感じさせずに片手で牙を持ち、空いた方の手で乳白色の表面を撫でるリリラ=リリス。


 その撫でる手つきは優しく、そのわたくしの名を呼ぶ声はいつになく真面目です。


 「はい」


 「お主はこれからそんな≪魔法≫を創造する。お主の意図にお主の思惑、込められたお主の切なる願い。……そんなものを一つにひっくるめた答えとして、ある種奇跡の具現の手段として≪魔法≫を創造する。……しかしな、アルル?」


 「…………」


 「手段と目的を取り違えるな」


 「はい」


 「過程と結果を履き違えるな」


 「はい」


 「理由と帰結を見失うな」


 「はい」


 「発端と終着を見誤るな」


 「はい」


 「≪魔法≫を信じ……そしてそれ以上に≪魔法≫を疑うのじゃ」


 「……はい」


 「にょっほっほっ」


 背中を向けたまま、リリラ=リリスは軽快に、軽薄に笑います。


 ……どうして、わたくしが最近知り合った人たちが大事なことを語る時。


 口よりも背中の方が饒舌になるのでしょう?


 下手に言葉にされるより、よっぽどこちらの方が胸に響いてくるのだから不思議なものですわ。


 「そこで返事をするまでの間が開くところが実に正直でよろしい」


 「……不甲斐なくて申し訳ありません……」


 「よいよい。それはそれでぷりちーじゃぞ?」


 「ぷりちーて……三周くらい回ってもはや普通に古いですわよ、それ」


 「なにせかれこれ二千とんでン歳のババァじゃからな。閣下と呼ぶがよいぞ」


 「ホント、今更ですけどあなた世界観とか躊躇いなくぶち壊しやがりますわよね。……≪幻世界とこよ≫広しといえど、わたくしくらいしか拾えませんからね、たぶん」


 「にょっほっほ。なに、ちゃんと相手は選んでおるよ」


 「絶対、嘘ですの。相手がどうであれ、あなたが自分を曲げるなんてことあるわけないですの」


 「いやいやホントホント……」


 ゴソゴソゴソ……

 

 「我、嘘と生魚と口の達者な男が何よりも嫌いなんじゃよ」


 そう適当な返事を返しながら、リリラ=リリスは小さな小さな幼女の体をグイっと伸ばし。


 大きく振りかぶります。



 ……ん?



 ……振りかぶる?



 …………



 ……何を?

 


 「あと、観戦するならベースボールよりは野球の方が好き」


 フォォォォォォォンンンン!!!


 「は?」


 黒い幼女の美しいフォロースルーから放たれ唸りをあげたのは白球。


 ……そんなわけはなく、彼女が右手で持っていた乳白色。


 つまりは先端が、おそらくは捕食というよりは攻撃の手段として鋭利に尖った牙……。


 ≪龍遺物ドラゴノーツ≫が……真っ直ぐに空気を引き裂きます。


 ……何を目掛けて?


 ……何を目指して?


 ……どこに……向かって?

 

 ズデュゥゥゥゥゥゥゥンンンン!!!


 「ストライ~ク」

 

 イチジ様の……。

 いまだキラキラとした金色の粒子と肉体が半々で構成されているといった不安定なイチジ様の……。


 「うむ、我ながら内角をえぐる見事な直球。そのキレはえぐり過ぎて胸に刺さっちゃうレベル」


 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」

 

 ええ、リリラ=リリスが自画自賛するように。


 見た目は始球式に臨んだ地元の女の子みたいに小さな幼女が放った鋭い牙が。


 イチジ様の胸を、深々と突き刺さりました。


 刺さってしまいました。


 ……刺して……くれちゃいましたの……。


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