第四章・雨色に染まる異世界生活~ARURU‘s view④~

 わたくしたちが生きる世界、≪幻世界とこよ≫。

 それを八日間で創造したとされる七人の偉人、≪創世の七人≫。

 

 ただ行く当てもなく飽和した魔素の吹き溜まる場所に方向性を与え、宇宙規模での大爆発を未然に阻止した大英雄たちです。

 

 一日目。ある者が箱を『構築』した。

 二日目。ある者が箱の中身を『構成』した。

 三日目。ある者が箱の中身の細部を『精製』した。

 四日目。ある者が箱の中身の細部の安定を『制御』した。

 五日目。ある者がその箱に『時間』という概念を植え付けた。

 六日目。ある者がその箱に『空間』という観念を縫い付けた。

 七日目。……誰も何もしなかった。

 

 そして八日目。

 

 ある者がそれまで他の六人が作り上げてきたものすべてを一くくりに包括し、最終的に『世界』という形へと固めた……。

 

 そうして生まれたのが魔素の箱庭、≪幻世界とこよ≫なのです。

 

 これはおそらく、この世界で一番認知されているであろう御伽噺。

 

 どれだけ思想や思念、文化圏の違う地方でも。

 どれだけいがみ合い、長年争い続けている国同士でも。

 

 独自に派生した逸話は数あれど、その元ネタというか根幹というか。

 

 この≪創世の七人≫の八日間の物語だけは脚色も遜色もなく、絶対に揺るがぬ、揺らいではならぬ共通認識として、今代まで脈々と人々に語り継がれているのです。

 

 ドラゴンや他の数多ある伝説・伝承ともまた一線を画した領域にある絶対不可侵の世の理の一つ。

 

 それが≪創世の七人≫です。

 

 「…………」

 

 「……ん?なんじゃなんじゃ?」

 

 ≪幻世界とこよ≫創世後、七人は世界の方々に散ったとされています。

 

 さきほど独自に派生したと申し上げましたが、それは七人がそれぞれ拠点とした地方によって更なる物語が多く紡がれていったということなのです。

 

 「おい、小娘。ちょいとばかりリアクションが淡泊過ぎやしないかのぉ?さきほど声をかけた時の方がよっぽど反応がよかったぞ?」

 

 英傑、豪傑、賢人、才人……。

 

 世界創世の後日談、その中に登場する彼・彼女らの貢献や人物像に対する表現の仕方は千差万別。

 

 ただそのどれもが、彼なり彼女なりを誉れある存在だと尊ぶものであることだけは変わりません。

 

 「あれかのぉ?『顕現』じゃ今どきの若人には少しお堅かったかのぉ?ふむ、それはいささか配慮が足りんかったようじゃ。すまんすまん。いやいや、ダイジョブダイジョブ。我、そーゆー時代の移ろいとか時世の流れとか割と理解のある方じゃから。柔軟な思考、持っとるから。……こほん、こほん。えーそれでは、テイクツーいきま~す」

 

 そんな異才にして偉才だらけの七人の中で際立って異彩を放つ者がおります。

 

 いわく、戯れに世界大戦を誘発した。

 いわく、大国丸々の殿方と言う殿方を篭絡した。

 いわく、単なる好き嫌いで一つの種族を滅亡させた。

 いわく、暖をとるために森を焼き払った。

 

 ……その他も数え上げれば枚挙にいとまがない逸話持ち。

 

 知名度だけに限っていえば、他の英雄たちを圧倒的に引き離して世界にあまねく悪名が知れ渡る一人の女性。

 

 ≪八日目のある者≫にして。

 ≪創世の魔女≫にして。

 ≪空前の悪女≫。

 

 その名も……。

 

 「リリラ=リリス=リリラルル、颯爽登場!!きゅぴ~ん☆(魔術による演出か、背後に☆が飛ぶ)」

 

 「…………」

 

 「きゅぴ~ん☆……きゅびぴ~ん☆(背後に☆が無数に乱れ飛ぶ)」

 

 黒い幼女が、外見の年も相応な無邪気で愛らしいポーズをきめます。

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「……あれ?違う?え?これもダメ?」

 

 「…………」

 

 「え?サブイ?我、今、かなりサブイ?」


  取り乱す幼女。

 

 「…………」

 

 「あーあー……タイムタイムタイム。一回タイム。違うんじゃ違うんじゃ。今のなし、今のなしじゃ。あれじゃ、うん、次。次が本番。我ってほら、昔からスロースターターみたいなところがあるじゃろ?大体、テイクスリー……からファイブくらいにならないとエンジンかからないんじゃよ、うん。そうそう、そうなんじゃ」

 

 言い訳する幼女。

 

 「…………」

 

 「……なんじゃ……そのハイライトが抜けたような平べったい目は……」

 

 「…………」

 

 「なんじゃもぉ!なんなんじゃ!!仕方ないじゃろ!!≪現世界あらよ≫はおろか、≪幻世界とこよ≫にだってホント久しぶりに出てきたんじゃから!!」

 

 キレる幼女。

 

 「お主見とったじゃろ!?我、今さっきポッと玉から出てきたばかりなんだもの!登場シーンの最先端なんて知らないんだもの!さすがに全知全能たるこのリリラ=リリスにだってわからないことだってあるんだもの!!」

 

 地団太を踏む幼女。

 

 ……あ~やばい。これやばい。

 

 「……(グスッ)……」

 

 ぐずる幼女。

 

 ……やばいやばい。

 ……これやばいやつです。

 

 ……近年で一番やばいやつがわたくしの胸に込みあがってきています。

 

 「……わかんないんだもん……」

 

 いじける幼女。

 

 ……いいですわよね?

 ……別にいいですわよね?

 

 ……わたくし、イっちゃっていいですわよね?

 

 「……(グスッ)……我……どうすればよかったの?」

 

 「ど・う・で・も・い・いぃぃぃぃぃ!!!」

 

 魔力を付与したものでも、術式が組み込まれた詠唱でもありません。

 

 純粋に怒気だけを込めたわたくしの叫びが、幼女の登場によって弛緩した大気を確かに震わせます。

 

 「登場?知りませんわ!スロースターター?どうでもいいですわ!どうすればよかった?どうとでもすればいいですわ!!」

 

 「おおう……」

 

 つい先ほどまで腕一つまともに上げられないほど疲労困憊だったというのに、わたくしの積もりに積もった怒りはムクリと体を起こして幼女に詰め寄るだけの力を与えてくたようです。

 

 「ええ、わかってます。わかっています。わかっていましたよ、ええホント。あの声の主もこの小さな女の子もリリラ=リリス本人であることの察しは最初からついていましたし、そもそもここ数日間にわたくしやイチジ様の身に起こったあれやこれやの影であなたが何かしら暗躍していたであろうことも何となくわかっていました。反応が淡泊?それはそうでしょう?だってわかっていましたもの。サブイ?そりゃサブイですわよ。幻滅ですわよ。がっかりですわよ。あの伝説の大魔女が……人柄や人格の好き嫌いはどうであれ、魔術をかじるものの端くれとして実は結構尊敬していた存在が、あんな陳腐な登場の仕方をしてくるんですもの。そりゃ、呆れるでしょう。目からハイライトだってローライトだってベタだってトーンだって消えるでしょう。その上、グダグダグダグダといつまでもいつまでもすべったネタを引きずって三文芝居を延々延々続けられて。わたくしの方がどうすればいいんですの?ねぇ?どうすればよかったんですの?ねぇ?ほら、教えてくださいまし?ねぇ?ねぇ?ねぇ!?」


 「あー……そのぉ……なんか、ごめんね?」


 「謝罪なんていらないですわ」


 「……ドンマイ?」


 「励ましなんてもっといらないですわ」


 「えっと……」


 「ちなみに労いも称賛もおべっかもいらないですから」


 「……キャンキャンうるせーなこのガキ?」


 「罵倒はさすがに予想外!?しかも結構な口汚さ!?」


 「にょっほっほ~」


 殊勝だった態度はどこへやら。

 黒い幼女はカラカラと笑います。

 

 ……ええ、黒です。黒いのです。

 

 推察するに、歳の頃で言えば十歳……もしくはそれよりも下でしょうか。

 

 わたくしの半分くらいしかないのではないかというその小柄な体や、若い枝木よりもまだ細く頼りない四肢を包み込む人形に着せるようなフリフリのドレス。

 

 腰を遥かに越えて地面スレスレ辺りまで長く伸びた絹のように真っ直ぐで艶やかな髪。

 

 地底というよりも、光りの差さない深海の更に奥深い場所を思わせる潤いを帯びた深い瞳。

 

 そのどれもがことごとく黒。

 

 それも、本来であれば貞淑や静寂の象徴的な色であるはずですのに、本人同様、なんとも自己主張の激しい黒。

 

 辺りを覆う夜の闇もまたと同じ黒なのですが、決してこの二つは相いれないんだろうなというのが何となくわかってしまいます。

 

 「まっこと良いリアクションをしてくれる小娘じゃ。愉快愉快」

 

 「やっぱりさっきのはウソ泣きだったんですのね……」

 

 「にょっほっほ~。そりゃそうじゃろ」

 

 幼女は殊更に意地の悪い笑い声を強めます。

 

 「このリリラ=リリス=リリラルル。誰かを泣かせることはこの世で最も崇高なる愉悦と思って憚らないが、自身が泣いたことなど生まれてこの方一度だってないぞ」

 

 「……はぁ……」

 

 あ、訂正です。

 

 外見だけではなく、腹の中まで真黒の黒。

 

 意地が悪いのではなく、性格が悪いだけでしたわね、この幼女。

 

 「……とりあえず、今はあなたなんかにかかずってる暇はないんですの」

 

 「なんかって……さすがに傷付くんじゃけども」

 

 「今はイチジ様の方が心配です。それ以外のことは本当にどうでもいいですの」

 

 「ほうほう、あれだけ怖がっておいて心配とな?」

 

 「そ、それは……」

 

 「あれは恐怖。紛うことのない拒絶。あの者から伸ばされた手を、お主はあの時、確かに振り払ったんじゃよ」

 

 「で、ですが!!」

 

 「どちらにしてもお主はあのままくびり殺されていたじゃろうがな」

 

 「っっつ!!」

 

 「空気を読まなかったドラゴンに感謝せいよ。……あのザマでは耳には届かんじゃろうがな。にょっほっほ」

 

 やはり、わたくしはあの時、無意識にでもなんでも。

 

 イチジ様の手を……。優しくわたくしの頭を撫でて下さったあの大きな手を。

 

 お慕い申し上げているハズの殿方を、我が身可愛さで拒んでしまったのですわね。

 

 「……まぁ、それが普通の反応じゃよ、小娘。……殺されてもいいなんて思えるほどの愛情など、ただの異常でしかない」

 

 「それは……?]

 

 「それにな、小娘。その心配は杞憂というものじゃよ。……ほれ、辺りを見て何か気づかんか?」

 

 「え?」

 

 なにか胡麻化されたような気もしますが、わたくしは幼女が小さな腕を広げて指し示す辺りを見回します。

 

 「……え?」

 

 多分、これくらいのリアクションを、幼女は望んでいたのでしょう。

 

 驚きです。

 ただただ驚愕の光景です。

 

 降り続けていた粒の大きな雨。

 くすぶり続けていた街を焼く炎。

 サラマンドラの亡骸から立ち上った虹色の魔素。

 

 絶命したドラゴン。

 背中を向けているイチジ様。

 

 空気、温度、湿度、気圧。

 

 ……そして世界そのもの。

 

 それらすべてが特別な楔でも打ち込まれたみたいに、ピタリと停止しています。

 

 「これは……」

 

 「我が顕現した余波じゃな。なにせ色々と強引な手段での割り込みじゃったからのぉ。ビックリした、≪幻世界とこよ≫としては一まず停まって様子を見てみるしかなかろう」

 

 「……いやいや……ないでしょう?」

 

 「にょっほっほ。こうやって動いたり話したりできるのは、世界広しと言えども我とお主だけじゃぞ」

 

 「いやいやいやいや」

 

 「言うなれば我とお主二人切りだけの楽園。夢のようなユートピアじゃな」

 

 「悪夢のようなディストピア!!」

 

 「大した時間はかからん。然るべきのちに、世界はまた回りだすじゃろ。それまではあちらにもこちらにも迂闊に手は出せん。だからちょいとばかり話でもせんか?何せこうやって誰かと話すことも久方ぶりでのぉ。気分がいいところでなんでも話してやるし、答えてもやるぞ?」

 

 「……えっと……」

 

 「てゆーかさ~さいきん~ナギコってなんか微妙じゃな~い?」

 

 「話ってガールズトーク!?」

 

 「社会人のイケメンカレシ出来たからって~チョーシのってるよねぇ?」

 

 「え?続けるんですの?そのカースト高そうなギャル風味のまま?」

 

 「ノリが悪いのぉ。せっかくこっちはテンション、バリカタなのに」

 

 それ麺の固さ!

 

 ……などと言えばこの不毛なやり取りが続くと敏感に察知したわたくしの危機回避本能が、グッと喉から漏れ出そうなツッコミを押し込んでくれます。

 

 まぁ……完全にこの時間停止という状況に納得できたわけではありませんが、この幼女の正体を考えれば、常識なんてバリヤワに踏みにじられてしまいます。

 

 切り替えです。切り替え。

 

 この幕間を有効に活用しましょう。

 

 「……ではこちらから幾つか質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 「うん?なんじゃ?」

 

 「あなたはリリラ=リリス=リリラルル本人で間違いないのですね?」

 

 「そうじゃよ。親しみと畏敬を込めて『リリーたん』と呼ぶがよい」

 

 「この世界を創造した≪創世の七人≫が一人。≪創世の魔女≫」

 

 「なにやらそんな厳めしい二つ名がついているようじゃのぉ。全然可愛くない。付けたやつのセンスを疑うのじゃ。あれかのぉ?サブカルチャーが外来魚のごとく元からある伝統的カルチャーを駆逐する勢いで台頭してきている今の≪現世界あらよ≫で、絶賛パンデミック中な慢性思春期男子疾患でも患っていたのかのぉ」

 

 「…………」

 

 「創世って……ぷっぷ~。覚えたてのカッコよさげな言葉を一生懸命使いました感が半端ないとは思わんか?あれじゃぞ?そやつきっと『業』と書いて『カルマ』とか呼んじゃう系のやつじゃぞ。しかも日常会話レベルで」

 

 「……≪空前の悪女≫」

 

 「にょっほっほ。それはなかなかに洒落が利いとるから割と好きじゃぞ。きっとさっきのやつとは別人じゃな、うん。『超』と書いたら『ビヨンド』とかちょっと小洒落た感じに変換しちゃう系?」

 

 はい、このひねくれ具合。

 間違いなくリリラ=リリス本人ですわね。

 

 ……まぁ、わかってましたけど。

 ……ええ、わかっているからこそ……なのです。

 

 「……だからこそ……わかりません……」

 

 「回りくどいのぉ、小娘?お主が聞きたいのはそんなことではないんじゃろ?んん?」

 

 幼女は目聡くわたくしの動揺をとらえて煽りたてます。

 

 「……ではずばり……」

 

 「我が何故生きておるのか。じゃな?」

 

 ホントにこの魔女ときたら……。

 何もかにもがお見通し。

 

 わたくしの困惑の理由も、それに対して幾つかたてた仮説も。

 

 それでもわからない部分も、わかっていてもわかりたくないような部分も。

 

 本当に、全部、丸っとリリラ=リリスは見透かしたうえで、わたくしを試しているです。

 

 「よいぞよいぞ、小娘。その銀髪にくるまれたお主の頭、なかなかに回るようじゃ」

 

 「……恐縮ですの……」

 

 「お主らが安易に伝説伝説と祭り上げておる遠い昔の偉人がどうして自分の目の前にいる?どうしてあの絶世にして絶遠にして絶縁の美女と伝えられているはずのリリラ=リリスが、こんな、きゃわゆくてぷりちーな童の姿で立っている?……色々と思うことはあるじゃろうが、結局一周回って行きついた最大の疑問。それでいて一番単純かつ素朴な疑問」

 

 「……そもそもどうして、生きている?ですわ」

 

 「お主の答えは?」

 

 「……生きている……わけではないのですね?」

 

 「正解じゃ。生きてはいない。生きているわけがない。肉体も魂も、この世界の暦で遥か二千年も前に朽ちておる。土に帰ろうが魔素に帰ろうが、そんなものの中ですらもはや完全に完璧に朽ち果てておる」

 

 「≪魔法≫……ですわね」

 

 「にょっほっほ!まこと、まっこと頭がいい!!」

 

  またしても黒い笑いが起こります。

 

  あどけない幼女の相貌のせいか、なんと邪な笑みに見えるのでしょう。

 

  こんな邪悪を前にしたら、あのリザードマンの酷薄な笑みすら可愛らしく思えてきます。

 

 「『生きてはいない』という我の表現から安易に『死んでいる』という答えで思考停止することなく、あまつさえ≪魔法≫の行使にまで辿り着くか、小娘?」

 

 「……それほど大層な推理ではありませんわ」

 

 褒める時でさえどこか小馬鹿にした調子。

 

 わたくしは溜息混じりに零します。

 

 「あんなこれ見よがしに含みのある言い回しをされたんですもの、すべての魔術・魔法の祖であるあなたの力と、こうやって直に話してみてより鮮明になった性格の悪さやひねくれ度合いを考えれば、おのずと導き出される結論ですわ。……とはいえそれがどんな≪魔法≫なのかというところまではわかりません。ただでさえどれもが反則級の≪魔法≫。そんな中でも、こんな生や死をあっさりと超越してしまうようなキワモノ、聞いたことも読んだこともないんですもの……」

 

 「それで?知らないものではあっても、ある程度予想くらいはしとるんじゃろ?」

 

 「……ええ、それなりに……」

 

 「聞かせてみぃ」

 

 相変わらず笑みは口元に張り付いてはいますが、その口調はまるで、未熟な生徒を教え導く教師のよう。

 

 姿形はわたくしが見下ろす形になるほど華奢な幼女とはいえ、やはり本物の大魔女ですわ。

 

 こと魔術・魔法関連の話題になると、その造詣の深さと能力の高さの絶望的な開きが、目に見えずとも立ちはだかっているような気がします。

 

 「……≪肉体転嫁≫か≪精神転嫁≫……」

 

 ですので、わたくしは一心に思考をめぐらせます。

 

 元来、優等生気質のわたくしです。

 

 連続した戦いによる消耗やイチジ様とドラゴンとのショッキングな対峙などで、随分と疲弊していたはずの脳細胞が、学術的な好奇心によって全速で回転します。 

 

 「あるいはその両方。あの黄色い球体の中に自らを封じ込めた。……それでもかなり高位の術式ですが、派手好きのあなたにしてはあまりにも安直すぎますわね……」

 

 「ふむふむ」

 

 「あの球体が何かしら触媒としての機能を有しているのでしょう。それに≪次元転移≫であちらの世界に行った際にも赤い物を見ましたわ。ただの色違いで済ますにはあまりにも意味深……。赤と黄の二色だけというにはあまりにも半端。他にも色違いがあり、それぞれに別の役割を担っているものが複数個あると考えるのが妥当でしょう」

 

 「ふむふむ、なるほど」

 

 「……今のわたくしにはここまでが限界です。『何かしら』の何かや『意味深』の意味までは皆目見当が尽きませんわ」

 

 「にょっほほ」

 

 リリラ=リリスは笑います。

 

 相も変わらず意地悪く。

 何も変わらずカラカラとした中身のない笑いです。

 

 しかし、そこには無知なわたくしをあざ笑うような調子だけは不思議と込められていませんでした。

 

 「己の能力を過不足なく把握することもまた一つの才能じゃよ、アルル=シルヴァリナ=ラ・ウール姫」

 

 「……どうしてわたくしの名前を?」

 

 「ふふん」

 

 さも得意いげな顔をして。

 さもさも訳知りげな顔をして……。

 

 「まぁ、とりあえず合格じゃ、小娘」

 

 リリラ=リリスはドヤっとした態度をするばかりでその問いには答えてくれません。

 

 おまけに……です。

 

 「その闇夜にも雨粒にも血潮にも穢されぬ清らかな銀髪と銀眼……」

 

 「っつ!?」

 

 「『シルヴァリナ』に呪われた者としてはギリギリ及第点といったところかのぉ」

 

 「……っあなた!……本当にどこまで……」

 

 「どこまでも、じゃよ」

 

 そううそぶき、ニヤリと不遜に笑うリリラ=リリス。

 

 名乗った覚えはないというのに口から紡がれたわたくしの名前。

 その名と、この容姿に深々と、堂々と、胡麻化しようもなく刻まれた『シルヴァリナ』。

 

 リリラ=リリスはそれを『呪い』と言いました。

 

 ええ、今、確かに。

 

 比喩でもひねりでもなく、ただ文字通りの意味として『呪い』と言いました。

 

 まったく……本当に……。

 本当に性格が悪すぎやしませんの?この魔女っ子?

 

 『シルヴァリナ』が意味するもの……わたくしが王族という血筋とは別のところで、生まれながらにして否応なく背負わされてきた重責、責務、葛藤、焦燥、憤り、諦め、開き直り……。

 

 そんなもののすべてを、この幼女は知っているのです。

 

 何もかにもがお見通し。

 どこからどこまでもお見透かし。

 

 世界の争いごとの発端をとことん突き詰めていけば、結局は人と人との不理解が主だった原因なんだと常々思っているわたくし。

 

 ですが、反対に隅から隅までまるでなめ尽くすように。

 

 もしかしたら自分よりも自分のことを理解しているのではないかという存在に出会ってしまった時もまた、はなはだ不愉快になるのだとわたくしは新たに学びました。

 

 怖気が走る……というやつですわね。

 

 ええ、怖れやおののきとはまた違う、不快な寒気が体を震わせてしまいます。

 

 「…………」

 

 わたくしは今、どんな顔をしているのでしょう?

 

 さもうろたえて?

 さもさも狼狽して?

 

 目の前にいる幼女に尋ねれば彼女は気さくに答えてくれることでしょう。

 

 なにせこの幼女、何でも知っているのです。

 何でも答えてくれると言っていたのです。

 

 きっと意地の悪さをあしらった軽口に嫌らしさをふんだんに添えて答えてくれるのしょう。


 ポツリ……ポツリ……


 しかし、どうやら時間切れ。

 

 「ふむ、どうやら時間切れじゃな」

 

 ポツリ……ポツリ……ポツリ……


 おかげさまでなんとも不毛な時間を過ごし、後味の悪いモヤモヤした気持ちを抱えたまま。

 

 「おかげさまでなんとも充実した時間じゃった。のど越しさわやか、スッキリとした心持じゃ」


 ポツポツポツ……ポツポツポツ……


 キャストも脚本も最悪だった幕間の悪夢がようやく終わり……。


 「雨音を開幕のブザーにして、いよいよ上がる第二幕……」


 ポツポツポツ……ポツポツポツポツ……


 はてさてどんな悲劇が待ち受けているのやら。


 「さてはてどんな喜劇が待ち受けておるのやら」

 

 ザァァァァ……ザァァァァァ……

 

 

 そして世界がまた。


 

 回り始めるぞ。

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