第三章・赤い異世界生活~ICHIJI‘S view④~

 「キュロロロ……」

 

 瓦礫の陰から目的地であるギルド会館があるという通りを覗くと、もはやすっかり見慣れたオオトカゲが赤黒い体を重たげに地面に這わせてキュロキュロと鳴いていた。

 

 数は三頭。

 

 相も変わらず血のように赤い舌を口の隙間からチロチロのぞかせ、のっそりと歩き回る魔物。

 一見すると他の個体と同様、無目的に徘徊をしているようにも見える。


 しかし、互いがぶつかり合わない一定の距離感を保ちつつ左右に顔をキョロキョロとさせている様子には明確な指向性みたいなものが感じられる。


 その動き方を見れば、同じような瓦礫の山々が通りの両端を埋め尽くす中、どうやら頭一つ二つ抜きんでてうず高く、三つも四つも徹底して壊されたとある建物跡の周りを周回しているようだった。


 索敵かあるいは探索か。

 はたまたそのどちらもか。

 

 なんにせよ、指定された特定の場所に何人も近づけさせるなというプログラムに忠実にのっとっているようだ。

 

 「……あの特にこんもりしたところがギルド会館?」

 

 俺はトカゲの動きに気を配りながら、横で同じように大通りを眺める山賊の男に向かってそう尋ねた。

 

 「……あのペシャンコ具合だしな……たぶんとしか言えねーよ。俺の知る限り、ギルド会館はその組織の有り様を象徴してるみたいに無駄に偉そうだったからな」

 

 「随分と皮肉っぽい言い方だ。仲良かったんじゃなかったっけ?」

 

 「あくまで組織の有り様だっての。その成り立ちから思想・運営に至るまで、ギルドってのは相当歪んでやがるんだよ。大元が帝国軍、突き詰めちまえば親方が帝国っつーことで、自分らも宮仕えの役人と変わらない特権階級なんだとか勘違いしてるアホな奴らも多いんだ。……まぁ、そんなアホは実戦にも現場にも出たことのない上層部の連中が大半だがな。俺らがつるんでたのは、本当に末端の末端。毎日毎日、クソ臭いところでクソまみれになりながら日銭を稼いでいるような下請けのさらに下請け仕事をこなす連中だ」

 

 下請けの下請け……なるほど。


 詳しい事情はよくわからないけれど、チンピラに仕事を与えて雇用を生み出し、少しでも街の治安をよくしようという政治的な思惑でもあるのだろう。


 もちろん、目の届くところで管理できるという利点も込みで。

 

 「……でも、基本的にさっき言ったみたいな胸糞悪い連中であることには変わりない。街を守ってやってるんだからっつって勝手にわけのわからん税をでっち上げて徴収したり、飯やら武具やらの代金踏み倒したり、やりたい放題だった」

 

 「警察……はこっちにはないのか……。何かしらそういう輩を罰する機関は?」

 

「一応、各領地ごとに領主の名のもとで組織された憲兵団があるにはある。だけどここいらのやつらはダメだ。もう癒着、癒着でズブズブよ。まともに機能していないんだ。この辺を治める領主ってのが本当に肝の小せぇボンボン野郎でな、下手にギルドなんて誘致しちまってからってものの、帝国とラ・ウール王国との板挟みに日和まくってんだよ。……人格者だって有名なラ・ウールの王様が、あれこれと手を尽くしてくれたからまだこんなもんで済んでるが、こんな王国のはずれにある辺境の街にまでは充分に目が届かないだろうし、ところどころでいわゆる治外法権ってのが邪魔しちまう。同じ街にありながら一個の外国なんだ、あそこは。帝国の管轄だからこちらで対処いたしますなんて言われちまえば王様も迂闊には手を出せねーんだろう」

 

 ラ・ウールの王様……つまりはアルルの父親のことか。

 

 こんな『他人への敬いなど犬にでも食わせてクソになって馬車にでも踏まれやがれ』とでも言いそうな品性のない男ではあるけれど、王様のことを口にした時の語調には自然と敬意のようなものが含まれていた。

 

 賊にまで人格者だと言われるくらいなのだから、それは本当に人間のできた人物なのだろう。

 

 そんな父親の背中を見て育ったというのなら、彼女から醸し出される眩い高潔さにも頷けるというものだ。


「……ようするに随分とギルドってのは恨みをかってるってわけだ。……あのペシャンコになった会館を見て喜ぶ住人もたくさんいるんじゃないか?……大方、トカゲをけしかけた奴も、そんな風にギルドへの憎さが爆発してイカレちまったのかもしれねーな……」

 

「もしくは、あんたたちと同じことを考えていただけなかもしれない」

 

「積み荷をねらって……か。……その線もある。大いにある。なにも情報を持ってたのは俺たちだけとは限らねーわけだし……」

 

 そして山賊の男は目を細め、ギルド会館の跡をジッと見つめる。

 

「まぁ……なんにせよ……やり過ぎなことには変わらねーがな……」

 

 まるで、黒幕に隠れているであろうどこぞの誰かに同調するような言い草をしていた男。

 しかし、伺いみる彼の横顔には、隠し切れない怒りの色が浮かんでいた。

 

 同調も同情もできるし、縁が合ったら協調も共闘もしていただろう。


 たとえ今夜ではなくとも、明日、違う誰かがギルドを襲ったのかもしれない。

 たとえ火を吹くトカゲではなくとも、角の生えたライオンを使ったかもしれない。


 遺恨を晴らすのが目的だったのかもしない。

 単純に金銭目的だったのかもしれない。

 

 だから、気持ちはわかる。理解はできる。

 

 ……だが、やり過ぎだ。

 

 特に際立った壊れ度合いを見れば、間違いなく、今宵の惨劇の中核はギルド会館。

 

 中心地にして震源地にして爆心地。

 

 恨みにしろ盗みにしろ、標的はあくまでもギルド会館という一戸の建物だけのはずだ。

 

 なのにどうだ?この光景は?

 どこを見渡して見ても破壊、そして破戒……。

 

 焼かれたまま道端に転げられた人も。

 そんな彼らが生活を営んでいたはずの家屋の成れの果ても。


 形あるものはとことん壊され。

 形をもたない尊厳や人権といった社会秩序、戒めのことごとく踏みにじられていた。

 

 それらはまったくもって必要のない犠牲だったのではないか?

 

 その惨たらしい死に、その無残な死に様に。

 なんの意味があったんだ?

 

 ……山賊の男は、そう怒っているのだ。


 棚上げでも、傲慢でも、醜悪でも、不遜でもなく。

 これまた実に人間らしい当たり前の倫理観でもって。

 

 意味のない虐殺に対して純粋に憤慨しているのだ。

 

 「…………」

 

 俺は例の『地球儀モドキ』を納めたズボンのポケットに意識を向ける。

 

 ――てめぇに渡すために、これを盗んできたような気がするんだよ――


 結局、なし崩し的に譲渡されてしまったその黄色い石細工。

 

 山賊の言葉を借りるわけではないけれど、どうにも据わりが良すぎて、なんだかこれは本当に初めから俺の元に辿り着く運命にあったのだというような気さえしてくる。


 その本来の持ち主であろう人間は……生物兵器たちの開発者にして統率者であろう人間は、今頃どこで何をしているのだろうか?


 自分が招いたこの街の赤い惨劇を、どこからか見ているのだろうか?


 ……そして、今、どんな表情を浮かべているんだろうか?

 

 こんなはずじゃなかったとうなだれている?

 すべては計算通りだと満足している?


 ……どうだろう。


 そいつの心情を推し量るには、俺はあまりにも俺のままであり過ぎる。

 遺恨や享楽で何かを壊したことのない俺には黒幕の考えが本当にわからない。

 

 ……ま、なんでもいいか。

 ……なんにせよ、俺には全然、関係がないことだ。

 

 「…………」

 

 俺は男から鞘ごと借り受けた剣を静かに抜き放ち、目線の位置まで掲げる。

 このガサツそうな男にしては以外なことにメンテナンスは割と丁寧にしていたようで、刃こぼれもなく、

 

 煌めく刀身が鏡のようになって俺の顔を映し込む。

 

 うなだれてはいない。

 満足もしていない。

 憤慨もしていなければ、もちろん笑ってもいない。

 

 そこには、どんな表情も感情も映り込みはしない。


 ただ、その一本の剣と同じように、何かを壊すだけしか取り柄の無い男の無機質な顔だけが。

 はっきりとくっきりと。

 胡麻化しようもなく映っているばかりだ。

 

 「……それじゃ、手筈通りでいい?」

 

 「……ああ」

 

 男も残った二本の剣の柄に手をかける。

 

 「……アイツらがあそこにいるのかどうか……生きていれば助けるし、死んでいるなら諦める。……そんな下らねぇ用事に付き合わせちまって悪ぃな」

 

 「気にしなくていいよ。……それじゃ……」

 

 「……なぁ、おい?」

 

 山賊の男は剣から手を離し、通りに向かって一歩踏み出そうとした俺の腕を掴んで引き留める。

 

 「ん?」

 

 「てめぇは……てめぇはよぉ……」


 「うん?」

 

 視線を合わせようとはせず、男はそのつぶらな瞳を右へ左へ泳がせている。

 

 何かを言いたい……というよりは何かを聞きたいといった感じ。

 

 もしかしたら最後の会話になるかもしれないから、今のうちにこれだけは聞いておかなければならないといった風。

 

 ……しかし、それをさらりと聞くには、互いの親密度がいささか足りなかった。

 

 元を辿れば殴り、殴られただけの関係。

 行動を共にはしているけれど、それも所詮は成り行きと行きずりの関係。

 

 俺たちの間には、目には見えない大きく深い隔たりがあった。


 「……いや……やっぱりいい。なんでもねー……」

 

 「そう」


 「……とにかく、頼むな」


 「…………」

 

 俺は何か言葉を返すでもなく、男に背中を向けて通りに飛び出した。

 

 ……まるでその場から逃げ出すように。

 結局、言葉にされなかった言葉の残滓から逃げ出すように。

 

 俺は今宵、このドナという平和な片田舎の街に突如渦巻いた『わざわい』の中心へと、身を投げる。

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