第二章・一から学ぼう異世界生活~ICHIJI‘S view②~

 「や、やめてください!」

 

 「おっと、ねーちゃん。逃がさないぜ」

 

 「い、いや!!」

 

 「だめぇ!センセーをはなして!」

 

 「そうだ!はなせよバカ!」

 

 何があったのだろう?

 などと考えるまでもなく、一目瞭然。

 

 ひっ迫した顔をしている眼鏡をかけた若い女性。

 彼女の腕を掴んでニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるガラの悪い男。

 

 彼女のことを心配そうに見つめる小さな男女の子供が四人。

 そしてその様子を面白がってはやし立てている、風体のよくない男が三人。

 

 ようするに女性が強引な男に絡まれている図。

 実にわかりやすい。

 

 「本当に、放してください!」


 眼鏡の女性が叫ぶ。


 恐怖と不安のために震えてはいるけれど、決して男に屈していない意志の強い声だ。

 

 「生徒たちが見ているんです!子供の前で恥ずかしくないんですか!?」


 「おいおい、誤解すんなよ。俺はただ、ちょーっと酒でも一緒に飲もーやって誘ってるだけなんだぜ?別にガキがどうのは関係ねーだろ。それともあれか?ガキには見せたくない恥ずかしいことでもしてくれんのかな?いやいや、大人しそうな顔して大胆なおねーちゃんだ」


 「っつ!そ、そんなわけ……」

 

 ギャハハハと、取り巻き連中が口々に汚い言葉と、醜い笑い声を上げる。

 眼鏡の女性は羞恥心から真っ赤になり、それ以上言葉を紡げなくなる。

 

 「センセをはなせってば!コイツ!」


 「あ?」


 「だ、だめ!」

 

 先ほどから子供たちの中でも一際威勢のよかった男の子の一人が、男の足を思い切り蹴飛ばした。


 本人にとっては全力で怒りを込めたものだったのだろうけれど、いかんせん、子供の力。


 蹴られた方の男は、まったく動じていない。

 

 「このっ!このっ!はなせよ!」


 「…………」


 「大丈夫!先生は大丈夫だから!もう止めなさい!」


 「このヤロー!このヤロー!このヤロー!」


 「……ちっ、うぜぇよガキ」


 「ひっ……」

 

 男が心底苛立たしいという表情で、ゲシゲシと自分を蹴り続ける男の子を睨みつける。


 その一睨みで男の子はすくみ上ってしまう。

 

 「……あーあー足いてぇ、超いてぇ。あー折れてるわー、これ複雑に折れてるわー、全然力入んねーわー……ほーれっ!」


 「うぎゃ!」

 

 酷薄に笑った男は、男の子を容赦なく蹴り上げる。

 体重の軽い体が勢いよく浮かび上がり、そのまま地面に叩きつけられる。

 

 「……ううううう」


 「コルカ!!」


 「あーやっぱ折れてるわー。フツーならこんなガキ一発で蹴り殺せるってのにまだピンピンしてるじゃねーか……よっ!」


 ぐったりとした男の子の腹を、男は何度も何度も踏みつける。


 「ぐぶっ!!!」


 「コルカ!やめ、やめてください!!」


 「いいよなぁ、おい、いいよなぁ?てめぇが先に蹴りやがったんだぜクソガキ。俺はただそれと同じことをしてるだ……け!!」


 「げふっ!!」


 「コルカーー!!」

 

 チョン、チョン……。

 

 「あん?」


 肩をチョンチョンされた男がもの凄い形相で振り向く。


 「邪魔すんじゃねーよ。もとはと言えば、ねーちゃんが……」


 「あ、どうも」


 「は?」

 

 肩を触ったのが眼鏡の女性だと思っていたのか。


 振り向いた先にいたのが見ず知らずの顔だったことに、男は一瞬、呆けた顔をした。


 「ああ、そこ、気を付けた方がいいですよ」


 「あ、あんだぁ、てめぇ?いま取り込み中だ」


 「取り込んでるって、何がです?」


 「ああ?だから、こうやって躾のなってねーガキを教育してやってんだ……よっ!!」


 ちょうど顔だけで振り向いていた男。

 ちょうど男の子を踏みしめるために振り上げていた足。


 男は顔をこちらに向けたまま、勢いよくそのまま足を振り下ろした。


 ズルン……。


 「ほへ?」


 ズシャァァ…。


 「んぎゃ!!」


 「だから気を付けてって言ったのに」

 

 あーあ、いわんこっちゃない。

 

 人の親切を無視するから。

 お巡りさんの前で市民に暴力をはたらくから。

 ……俺の前で胸糞悪くなるようなことをするから。

 

 そんなバナナの皮でズッコケるなんてコメディーを晒すことになるんだ。



             ☆★☆★☆



 「え?」「え?」「え?」「……え?」  


 眼鏡の女性も、子供たちも、取り巻き連中も。

 バナナの皮を全力で踏みつけて、全開ですっ転んだ男も。


 こぞって同じような顔で同じリアクションをした。

 

 やっぱりバナナの皮は滑るもの。

 

 そしてバナナの皮を踏んだなら『んぎゃ』とか言って転ぶもの。

 

 それはどこの世界においても絶対に揺るがぬ真理であり法則であり原則のようだ。


 ……いや、正確にはバナナッツの皮か

 

 俺の知っている普通のバナナよりも、もう少しだけヌルヌル分が強いような気がする。


 「……うう……ううう……」


 「よしよし、痛かったな」


 俺の肩に担がれた男の子が、苦し気なうめき声を上げる。


 「えっと……センセー……先生かな?この子よろしく」


 「え、あ、は、はい」


 男の子を降ろし、引率者であるらしい眼鏡の女性に託した。

 

 担いた時も、降ろした時も。

 まったく重みを感じないほどに小さな体。


 そんな子供の腹を、笑いながら平気で踏みつけられる男の醜悪を、俺は改めて感じた。

 

 「とりあえず内臓系に問題はなさそうだ。だけど病院には必ず連れて行って。今すぐ」


 「はい……はい!ありがとうございます!」


 「いいから、早く」


 「マリエラさん!」


 無数の野次馬の中から、声がする。

 

  目を向けると、ヒョロリとした長身痩躯の白衣の男が、その背の高さと長い手足を生かして大手を振っている。

 


 「ジョルソンさん!」


 「私の病院に!さぁ、早く!」

 

 「はい!ミリー!!お願い、みんなを連れてきて!」


 「は、はい!」


 「ほ、本当に、ありがとうございました!!このお礼は必ず!!」


 「いいから、急いで」


 「はいっ!!」

 

 負傷した男の子を抱えながら走り去っていく女性。

 その後ろを、他数人の子供たちが年長者らしい少女に連れられてついて行く。

 

 とりあえず、あっちは安心かな。

 

 問題はこっち……か。

 

 「……おい……てめぇ……」


 ドスを利かせた声。


 人間が怒りと憎しみとを込めた時に聞く黒い声。


 荒ぶったバケモノのものでなく、人間の口から聞かされるのは随分久しぶりな気がする。


 ……それもそうか。

 異世界に来てから一週間。

 アルルをはじめ、出会った数人の人々が、みな押し並べて善良すぎたのだ。

 

 「……まぁ、わかってはいたことだけれど。全員が全員、良い人だけで回っている世界なんてものは存在しないんだろうな」


 「てめー聞いてんのがぁ!?ああん!?」


 「チンピラはどこにいてもチンピラか」


 「何さっきからブツブツ言ってシカトこいてやがる!なめてんのがぁ、ゴラァ!」


 男にガバッと胸倉を掴まれる。

 目算で10センチくらい俺の方が身長が高く、男は下からこちらを見上げるような形で『あ、ゴラ!?』とガンたれてくる。

 

 ファッションとういよりかは不精で伸びたヒゲ。

 ファッションのつもりなのだろうけれど正直センスの無いケバケバしい服。

 

 胸倉を掴んでいる腕の筋肉は、地道な鍛錬によって培われたものというよりも、幼い頃から野蛮な暴力を振るってきたために自然と身に付いたという感じ。

 

 とても腰と背中に二本ずつ、計四本差した剣のすべてを巧みに操れるような繊細な肉質ではない。

 

 しかし、これは厄介かもしれない。


 ……何せ……臭い。


 いや、ホント、臭い。

 やばい。

 やばさを感じるほどに臭すぎる。

 

 こいつ洗濯とか風呂とかその辺ちゃんとしてるのか?

 さっきから喋るたびに口臭が、なんか例えようもない匂いがしてすごい。

 

 えーなんかやだ。

 もう関わり合いたくない。

 

 早くお家に帰りたい。

 帰ってアルルのいつもなんだか甘い香りがする髪をクンクンしたい。

 あの豊満なる胸の谷間に顔を埋めてそのまま眠ってしまいたい。

 

 ああ、アルル。おお、アルル。

 いますぐ君に会いたい。

 これほどまでに君を求めたことが、かつてあっただろうか?

 

 今君は、まさしくこの悪臭のルツボから俺を救い出してくれる唯一の存在、大天使アルエル。

 豊穣と豊満とを司る、良妻賢母の天使様ですわ。

 

 「……天使じゃ……天使様が舞い降りられた……(ブツブツ)……」


 「な、なんだコイツ、なんかこえぇよ……」


 「……ハッ!やばいやばい、あまりの悪臭にポンコツ姫化してしまった」


 「や、やっちやいやそうぜ、アニキ!」


 「そうですぜ、ぶちのめして身ぐるみ剥いでやりやしょう!」


 「よくわかんねーけど、コイツがアニキのナンパの邪魔したのは間違いねーんですから!」


 「そ、そうだな。うん、そうだ、コイツさえ割り込んでこなきゃ今日で俺も初めて飲み屋のケバイ女以外と……って誰が素人童貞だゴラァ!!」


 「だ、誰も一文字たりとも言ってねえッス!」


 「あーだから知的な眼鏡女子をナンパしてたわけか」


 「そーなんすよ。アニキこれまで派手な商売女としか遊んでこなかったんすけど、本当はああいう清楚で頭の良さそうな女がタイプなんす」


 「確かに、眼鏡ってそこはかとなく色気があるよね」


 「自分はあんまりそーでもないッスね。自分はもう少しこー全体的に小っちゃくて、そのくせ『年上なんだから私がしっかりしないと』とか思ってるお姉さん的な立ち位置にいるような感じの娘がいいッス」


 「……ロリコン?」


 「……変態?」


 「……そういやさっき逃げって行った子供の中に確かそんな娘が……」


 「てめーら、仲良く駄弁ってんじゃねーよ!!!」


 「「「ひぃぃぃ!!!」」」

 

 俺が部下らしき三人と会話していたのがお気に召さなかったらしい。

 リーダー格の男はさらに胸倉を掴む手の力と口臭を強くして俺をまた睨み上げた。

 

 「にーちゃん、俺らがここらを縄張りにしている山賊団だと知って舐めた口たたいてんのか?」


 「山賊?」


 「おおよ!金のためなら泣く子も殺す、泣かねー子も殺す大山賊『ユグドラシア』といやーその筋じゃ、ちったぁ有名なんだぜ」


 「ムダにカッコイイな、団名」


 ギガ○ンビ級だ。

 

 「夕べだって、あの凶悪なトカゲ野郎たちの住処を奇襲して、すげーお宝かっぱらってきたばかりだ」


 「山賊っていうか盗賊?」

 

 「……しかもただ留守中に忍び込んだだけなのに(ボソリ)」

 

 「んなわけでガキの一人や二人ボコって女かっさらうなんざなんの躊躇いもねー。てめーはそれが許せねえって調子こいて横やりいれてくれたんだろうーけど、無法ものの山賊相手に喧嘩売ったんだ。ここで俺に斬られることに文句はねーよな?ええ?正義の味方さんよ!!」

 

 そういって男は腰から二本の剣を抜いて、その切っ先をハサミのように交差させて俺の喉に突き付けてきた。

 

 なんだその隙だらけの構えは?

 パフォーマンスにしたって、それほどカッコイイものでもない。

 

 鞘から抜く際、やはり利き手じゃない方の左の剣の抜き方が若干ぎこちなかったし。

 まともな武芸を修めているわけじゃなく、単に力任せに振るうくらいが関の山か。

 

 「誘拐未遂に傷害、公務執行妨害に恐喝、銃刀法違反、窃盗および不法侵入も自白……か」


 「あ?」


 「お巡りさんとしてはこれ以上にないくらい現行犯逮捕の口実ができて大助かりだ」


 「てめーはまたわけのわからないことを」


 「とはいえ、もう頭に元がついちゃってる肩書、罪状になんて縛られることもないか」


 「てめぇ……なめんじゃ……!」


 「そして……」

 

 ゴリュリュッッ……


 そんな水気を含んだ鈍い音がした瞬間。

 叫び声を上げる間もなく男の体は崩れ落ちた。


 白目を剥き。

 刀を落とし。

 臭い口をあんぐりと開けたまま。

 糸の切れた操り人形のように、その場でグシャリと崩れ落ちた。


 「……今も昔も、俺は自分が正義の味方だなんて思ったことは一度もないよ」

 

 ……シーン。


 辺りを静寂が満たした。


 山賊のお仲間も、心配と好奇の目で一部始終眺めていたやじ馬も。


 そして俺も。


 誰一人として言葉を発しなかった。

 誰一人として動くことがなかった。


 聞こえるのは騒ぎに気付いていない者たちの遠い喧騒と。

 はるか上空を優雅に飛ぶ、名前も知らない鳥の鳴き声だけ。

 

 見えるのは男のみぞおちに深く深くめり込む俺の拳。

 ただそれだけだった。


 「ふぅ、臭かった。……あ、そこの君」

 

 「……え、ははははは、はいッス!」


 「この人よろしく」


  俺はさきほど男の子にしたように、倒れる男を担ぎ上げて仲間へと引き渡した。

 

 「とりあえず内臓系に問題ないようにしたけれど、病院には……いけないか、山賊だし」

 

 そして俺は大事に手に持ったままだったバナナッツの残りを手渡す。


 「一発で沈んじゃうとは予想してなかったけれど、一応、あの男の子の分以上は殴ってない。これは関係のない俺がでしゃばってしまったという気持ちの分だからとっておいてくれる?それ、すごく美味しいよ、俺のおすすめ」

 

 「わ、わかったッス……」

 

 「とはいえそのアニキがまともにバナナッツを食べることができるまでには大分時間がかかるだろうね。それどころか腹筋をひどく痛めてるから、歩いたり喋ったりするのだって激痛を伴って日常生活を送るのも困難だ。もしかしたら後々、何かしらの障害が出てこれからの一生を棒に振るかもしれない。……俺の言いたいことわかる?」

 

 「あ、いえ、あの……」

 

 「さっきも言ったよね?俺はあの男の子以上は殴ってないって?それ以上ではないけれど、決してそれ以下じゃない」

 

 「……あ」

 

 「うん、じゃあそれがわかったならさ……」

 

 俺はリーダー格を担いだ部下 (ロリコン)の肩にポンと手を置き。

 

 「二度とこの街の敷居をまたぐんじゃない……」

 

 と耳元でささやいた。

 アニキさんのお株を奪うような、ドスを利かせて。


 「まぁ、意識不明の人がいるから今晩ゆっくり宿に泊まるくらいは大目に見てあげるけれど」


 「ひぃぃ!!!」


 「次、君たちをここらで見かけたら……それ以上のことになると思っておいて」


 「「「し、失礼しましたぁぁぁぁ!!!」」」


 山賊たちはスタコラさっさと通りを逃げ出していく。

 

 「ああ、それと、君~」


 「え、は、はい?」


 俺はロリコン(部下)の背中を呼び止めた。

 

 「幼女趣味はれっきとした犯罪だからね~~~」


 「妄想だけだから大丈夫ッス~~~~!!!」

 

 何一つ大丈夫な要素がない。

 性犯罪者はみんなそう言うんだ。


 ってゆーか無法者を名乗っているくせに妄想だけで抑えられてるアイツは本当に山賊なのか?

 

 ……まぁ、いいか。

 

 さて、そろそろ爺さんの長話も終わった頃合いかな。

 さっさと帰ろう。

 うん、そしてアルルを気の向くまま嗅ぎ回して口直しを……。


 「「「「「ウオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!!」」」」」


 「おぅ」

 

 それまでの静けさを一刀両断する歓喜と喝采。

 

 『よくやった!』とか。『アリガトー!』とか。

 

 『カッコイイ!!』とか。『スッキリしたぁ』とか。

 

 『あのバナナッツうちで買ったやつだよぉ~お買い求めはこちらだよぉ~』とか。

 

 『やっぱりその逞しい二の腕に抱かれたいわ!!』とか。

 

 ……ん?


 「……ホンスさん、いつから見てたんですか?」


  歓声の中に紛れた聞き馴染みのある声の方に向かって、俺は渋い顔をした。

 

 「ふぉっふぉっふぉ。まぁ、一部始終」

 

 「それなら俺が絡まれてる時、助けに入ってくださいよ」

 

 「こんな老いぼれに何を期待しておる」

 

 「じゃあ今その手に持ってる斧はなんですか?あの硬い木をあっさり切り倒す斧さばきがあれば、チンピラの10や20、瞬殺でしょ?」

 

 「アタタタタ……持病のシャクが……」

 

 「シャクは腰の疾患じゃないですよ」


 「アタタタタ……月のモノが……二日目が……」


 「月のモノはジジイにやってこねーよ。永遠に」


 「いや、ワシくらいの年寄りになると、男にもくるようになるんじゃぞい」


 「え?もしかして、それも異世界ルール?」


 この世界の爺さんはみんなナプキンとか当ててるの?


 おしめとかじゃなく?


 「ま、嘘なんじゃが」


 「なんで嘘ついたよ」


 「でも、色々と緩まって何かしら垂らすのは本当じゃ」


 「おしめしとけや」


 この爺さん、ホント底が見えない。




 鳴り止まぬ歓声を背に、そそくさとその場を後にした。

 

 やじ馬の中でニヤニヤしているホンス爺さんをむんずと掴んで荷車まで走り、今は帰路に立っている。 

 

 「ま、何かあればと待機しとったが……あんちゃんには必要なかったの」

 

 「そうでもないですよ」

 

 「なんじゃあの動き?子供とバナナッツの皮がすり替わった瞬間なんぞ、誰一人見えなかったんじゃないのか」

 

 「いや、本当に余裕はなかったですって」

 

 特にあの臭さにはホントまいった。

 今でも微妙に鼻の裏に残っている感じがして不快だ。

 

 「しかし、あんちゃん、案外ええかっこしいなのな?」

 

 「別に……職業柄、あんなチンピラを見ると条件反射で動いてしまうだけです」

 

 「職業?」

 

 「……ところで、あの男の子どうなりました?」

 

 「おう、心配には及ばん。今頃は病院で処置されているころじゃろうて」

 

 「山賊……とか言ってましたっけ」

 

 「そうじゃな。この街は辺りに山ばかりじゃが、大きい街と大きい街のちょうど中間に位置しているから人の通りは多い。そんな山道を行く行商人やおまえさんらみたいな旅の者をねらってよく魔物や山賊がでよる」

 

 「物騒な世の中だ」

 

 「まったくじゃな。ただ行商人たちを守るために腕自慢な用心棒や傭兵なんかの出入りも多くて、最近じゃ『ギルド組合』なんて名乗って組織化された団体の支部もできた。昔に比べて街の方の治安はかえって良くなっているくらいなんじゃよ」

 

 「あんなゴロツキがうろうろしていて、治安が良いといえるんですか?」

 

 「あくまで昔に比べて、じゃよ」

 

 「傭兵ねぇ……」

 

 「なんじゃ?あんちゃん、傭兵のことが嫌いか?」

 

 「嫌いですね」

 

 俺はキッパリと言った。

 

 「まぁ、行儀のいい奴らばかりじゃないかの。ただ立ち位置がほんの少し違うだけ。酒場で暴れている連中を見かけても、賊なんだか傭兵なんだか正直見分けがつかんし、わしもあんまり好かんといえば好かん」

 

 傭兵なんて、用心棒だなんて、一丁前を気取っていても所詮はただのゴロつき。

 

 金のためならなんでもやるただ武力が際立っただけのフリーター。

 

 その際立った部分一つで自分が特別な人間なのだとただ勘違いしただけの愚か者。

 

 暴力でも、殺しでも、強奪でも……戦争にだって金を積まれさえすれば進んで参加する。

 

 自分のしていることが善なのか悪なのかなど考えることもなく。

 尊ぶべき矜持もなければ、誇るべきものなど何もなく。

 

 ただ明日、自分が生きるためだけに誰かを殺す。

 己の力を誇示したいがために誰でも殺す。

 

 殺して、殺して、殺しつくして、ただ生きる。

 

 そんな紛うことなき傲慢が。

 そんな思考を停止させた不遜が。

 そんな取り繕った脆弱が。

 そんな建前ばかりで飾り立てた醜悪が。

 

 俺はたまらなく……。

 

 俺は心の底から……。

 

 「大嫌いだ」

 

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