第二章・一から学ぼう異世界生活~ICHIJI‘S view①~
今日も今日とて、俺は朝も早よからホンス爺さんのお手伝い。
毎朝、裏の山で切り倒した竹のような木材を運んだり、川に仕掛けた定置網で獲った新鮮な魚などを近くの市場に卸すことでホンス爺さんは生計を立てている。
森と平原との繰り返しという変わり映えのしない景色。
そんな中を三日間歩き続け、ようやく人の作りし道にでたところでホンス爺さんに拾われてから今日で四日目。
寝床を提供してくれた恩義からアルルは家事を、俺はその仕事の手伝いをかってでている。
総白髪で腰の曲がった見た目よりもずいぶんと健啖な爺さんではある。
けれど、さすがに力仕事は年々厳しくなっているらしく、重たい積み荷を積んだり降ろしたりしてくれるだけでも大助かりだとホンス爺さんは喜んでくれた。
喜び過ぎて、『その逞しい二の腕に抱かれたいわ』と裏声で言い始めたときは、手に持った竹の棒の束で殴り倒しそうになって危うく恩を仇で返すところだった。
そんなわけで、午前中。
荷を降ろし終えた俺。
値段の交渉がてら店主と世間話に興じている爺さん。
その間に、ぷらぷらと市場や街の散策をするのがいつもの日課となっている。
「ナップルにレモンジに……バナナッツ?ホントどこまで適当なんだか、この世界は……」
ふと昨日の昼の会話が気になって、俺は果物屋をのぞいていた。
山道をさ迷い歩いていた時。
アルルが有り合わせの材料と魔術によって作り出した魔道具『ほんやく田楽』。
見た目は味噌のかかった固めのコンニャクに串を刺した、まさに田楽。
それを食べたことによって、俺はこの世界での会話や、見たこともない文字で書かれた商品札も難なく読むことができるようになった。
……改めて考えてみるとすげーな魔術。
22世紀の未来道具を山の幸の有り合わせだけで再現しちゃったよ。
そして、アルル。
映画版で一回だけしか出てこなかった、あのお味噌味のコンニャクのことをどうして異世界人の君が知っているんだ?
「あら、お兄さん、バナナッツも知らないの?」
果物を見ながら日本の誕生についてのあれやこれやを深く考察していた俺。
そこに、売り子の女性がどこかで聞いたような気がしないでもない言葉で声をかけてきた。
「……恥ずかしながら、ちょっと世間知らずなんだ」
「ふーん、確かに顔立ちも少し変わってるし。あ、よその国の人?」
年齢的には俺とアルルのちょうど間くらいだろうか?
村の散策中に見かけたことはあるけれど、こうやって話をするのは初めてだ。
「最近、ホンスの爺様のところに二人連れの旅人が泊ってるってのは聞いてたけど、お兄さんのことだよね?いや~まさかこんな薄い顔した国出身の人だとは思わなかったよぉ。あれかな?もしや、このラクロナ大陸の東の端にあるっていうアルポロン地方から来たとか?」
「まぁ、そんなところかな」
ラクロナ?アルポロン?
言葉は聞き取れても意味まではわからない固有名詞に俺は曖昧に返事をしておいた。
領地のはずれだとはいえ、自国の姫君が来たとなれば大騒ぎになるだろうからと、身分を旅の者として偽ることにしたアルル。
そのくせざっくりとした設定だったので、この辺りの細かい部分でいつボロがでることやら。
「旅のお連れってあれでしょ、あの子。昼過ぎくらいにいつも市場で買い物してく……うちでも一昨日たくさんナップルを買い込んでいった、すっごい美人の女の子」
「うーん、どうだろう?」
手作りジャムを作るために大量のナップルと砂糖の大袋を両腕に抱えて『ぜはぁぁ……ぜはぁぁ……』とプルプル震えながら汗まみれになって帰ってきたすっごい美人の女の子なんて、多分、この世にゴマンといるんじゃないだろうか。
「えー違うの?白っていうか銀色っていうか、とにかくキレイなサラサラの髪をした子なんだけど、妙にキンキラした声で『旦那様のために一から材料を集めて美味しいジャムを作ってあげるわたくし、マジ良妻。いえ、もはや天使ですの!』って一人で恍惚としていたちょっと残念な子なんだけど」
「あ、それ、うちの子です」
紛うことなくうちの残念姫です。
あの世にもこの世にも、あんなのがゴマンといたら、ちょっとしたパニックホラーだ。
「ホントねぇ~黙っていれば一国の王女様か深窓のお姫様って見た目なんだけど。うん、でもあんなかしましいお姫様なんていないよね。うんうん、絶対にないない、ハハハー」
アルル……なんて不憫な子。
これ、余計な設定とかいらないんじゃない?
それからもう少しだけ旅の話などを聞かれては適当に答えを返し。
ホンス爺さんから手伝いのお駄賃としてもらった小銭(貨幣価値がよくわからない)でバナナッツなるものを買ってから果物屋を後にした。
「……ああ、ピーナッツみたいな風味のバナナか。……味までそのまんま」
適当な木陰を見つけて座り、モグモグとバナナを齧りながら市場を眺める。
アルルの暮らす王都ラ・ウールから、野を越え山を越え、徒歩換算で東に一週間の場所に位置するという田舎町、ドナ。
街と呼ぶには小じんまりとしてはいるけれど、近隣に他の集落がないらしくて自然と人が多く集まり、規模の割に見渡す通りはどこもかしこも賑わっているように見える。
彫りがいくらか深めの顔。
金や茶色だけではなく赤や青などにも違和感なく染まる髪。
基本的な造りは変わらないというのに、行きかう人々はやはり、どことなく俺の知っている『ヒト』とは雰囲気が違う。
そんな、アルルとホンス爺さんの二人しか知らなかったこの≪
「≪
新ためて自分が置かれた状況について想いをはせる。
アルルがここ数日をかけて語ってくれた、『異世界』というものの摩訶不思議について。
魔法……いや、魔術と呼ばなければいけないんだったな。
指先から出した炎で目玉焼きを作ったり、飛空艇乗りをブタに変えたり。
とにかくそんな理屈も原理もよくわからないトンデモが、結構身近に存在する。
そんな世界……≪
最初にアルルからそれを聞かされた時、特別驚きもしなった。
事前にまったく知識の埒外にいるようなバケモノと流れで戦い。
アルルの傷を一瞬で塞いだ薬なんてものを見たせいで、ある程度耐性ができていたこともある。
しかしそれよりは。
理解がまったく追いついてこなかったからという方が、理由としてはそれらしいだろうか。
宇宙の大爆発をきっかけにチリが固まってできた、俺の暮らす世界≪現世界(あらよ)≫とは成り立ちの根っこから違うらしいこの世界。
最初にここで目覚めた時、アルルの素晴らしい双丘を目にして天国だとか言ったけれど、あながち考え方としては間違っていなかったのかもしれない。
実際には想像もつかない、という点においては。
天国だろうが地獄だろうが≪
……ああ、いや。
地獄だけは別か。
きっと俺は……。
実際、そこにずっと立っていたのだから。
「……(モグモグ)……病みつきになるな、これ」
この世界で生きるものは魔力を体内で生成しなければ生きてはいけない。
そうしなければ内臓機能とうとうの生命維持活動ができないのだそうだ。
魔力が切れること……つまりはそれがこの≪
世界のルール(これが一番ピンとこなかった)にのっとって、魔力がなくなったもの、その身に魔素を宿すことが出来なくなったものは世界から排除される。
あのバケモノを倒した時に立ち上って消えた、虹色の球体。
まさしくあれが魔素。
生物に宿った、いわば魂ともいえる魔素の塊。
事切れた肉の器から剥離していった魔素は、どこかにあるという魔素の吹き溜まり、この世界のすべてのはじまりである場所へと還り、やがて新たな何かを生み出す糧となる。
まぁ、輪廻……リインカネーションというやつだ。
「魔素……≪
人間以外の動物にだって思念はある。
生物すべてを合わせると、その総数はもう想像もできないほど膨大……いや、広域と言った方が正しいか。
国も言葉も文化も思想も。
ヒヅメの形も、花弁の数も、ウロコの色も。
良いも悪いも。清も濁も。
喜怒も哀楽も。
等しく、ひとしきり、ひとくくり。
魔素はそんな混濁の塊。
「そりゃ……こんなカオスな果物ができるわけだよ」
俺はあっという間に平らげてしまったバナナッツの皮を手に持って眺めながら、そんな物思いに耽る。
≪
そう考えたわけではないのだろう。
ただ数多ある思念の中の何かと何かとが合わさり、膨張し、縮小し。
研磨され、淘汰され、色々なものがそぎ落とされた結果、こういう形に落ち着いたのだ。
たとえ元が≪
あとは魔素自身が意識的にか無意識的にか、はたまたそれ以外の何かに沿うて形にし、≪
そんなシステムを、大昔に誰かが確立したらしい。
「……ということは俺みたいな≪
……ああ、もしかしたら。
まだ詳しいことは聞けず仕舞いなのだけれど。
アルルが俺……というか≪現人(あらびと)≫をこちらに連れてきたかったのは、その辺が関係しているのかもしれないな。
アルルの目的。
俺がこの≪
まるで異世界という概念がわからなかった俺は、この一週間、とりあえず知識を蓄えることだけを考えてきた。
決して理解が早い方ではない。
むしろわからないことの方がまだまだ多いだろう。
しかし、それでもアルルは自分から何かをゴリ押してくることもなく。
急かすような真似も一切せず。
気長に、ゆっくりと。
俺が質問し、そうしてアルルが答えてくれたものを咀嚼して、頭に馴染ませる遅い歩みを。
彼女は待ってくれている。
そしてそのうち、俺の方からアルルの真意を問いただす日を。
彼女は静かに待っていてくれている。
……悪いな、アルル。
何せ、これまでの人生。
目の前に広がる現実。
それをどうにかこうにか処理していくだけで手一杯に生きてきたんだ。
これが夢だったらとか。
こことは違う世界があったならとか。
考える余裕なんて、全然なかったんだ。
そんな現実からの逃避……俺はしちゃいけなかったんだよ、アルル。
「きゃあ!!」
ボンヤリとしていた頭と耳に突然響いた悲痛な叫び声。
経験的に、反射的に。
俺の正気は一息にまた、この≪
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