第二章・一から学ぼう異世界生活~ARURU‘s view②~

 「ふぉっふぉっふぉ。ええもんをみせてもらったわい」


 「ぴゃ~……」


 恥ずかしいですの……。


 「しかし、嬢ちゃん。今どき珍しいくらいに純情じゃの?」


 「そ、そーゆーんじゃありませんから……ただ殿方にあまり慣れていないだけですの」


 「それでよくこれまで共に旅をできたもんじゃ、あそこまでわかりやすくて」


 「それは……その……丁度良い距離感を作ってくれていますので……どうにか……」


 「距離感?なんの話?」


 「何でもないですの……」


 「あんちゃんはあんちゃんでわかり辛いし、嬢ちゃんも苦労する」


 「あー!あー!い、イチジ様!?お、お味はいかがかしら!?」


 「よくわからないけれど、照れ隠しに掻きまわしまくった割に具も崩れてなくて美味しい」


 「心の機微に敏感な癖に鈍感系主人公体質とかタチ悪いんですの!!!」


 「ん?」


 「ふぉっふぉっふぉ。ええのぉ、ええのぉ」


 「???」


 顔を紅潮させて、それでも彼が満足そうに自分の作った料理を食べてくれるのが嬉しいわたくし。


 その隣で頭に『?』を浮かべながらも淡々と食事を摂るイチジ様。


 そしてテーブルの向かい側。このお家の家主・ホンスさんとの三人で、昼食の席を囲みます。

 

 「ホンスさん、ジャムいります?」


 「いらん。どうにも甘い物は苦手じゃ」


 「甘さ控えめですよ。アルルが作ってくれた、リンゴみたいなナシみたいなよくわからない果物を煮詰めたやつ」


 「そんな自分でもよくわからんもんが材料のものを人様に薦めるでないわい」


 今朝の朝食の時もそうでしたし、この後の夕食の時もきっとそうなるのでしょう。

 

 「でも美味いですから。よくわからない風味と味わいですけど」


 「……褒められている気がしないんですの」


 「あんちゃん、よくわからないと付くだけで一つも美味くなさそうになるから今後は止めた方がいいぞ」


 「俺、冒険心を忘れたら人間って終わりだと思うんですよ」


 「老い先短いジジイに冒険を強要するな」


 「わたくしのジャム、罰ゲーム扱い?」


 「……まったく……(ペロ)……なんじゃい、ただのナップルじゃないか」


 「イノブタ並みの安易さだな」


 「……それは言わないでくださいまし」

 

 楽しいなぁ……。

 それに美味しい……。


 なんてことない材料と手間、なんの変哲もないお料理ですが、とてもとても美味しい……。


 「あんちゃん、ナップルも知らんほど世間知らずなのか?」


 「世間どころか『世界』のことを俺は何も知らないんですよ」


 「なんか意味深でムダにかっこええのぉ」


 「俺が愛するようには『世界』は俺を愛してくれない」


 「厨二!?」


 「……チュウニ?」


 「……チュウニ?」


 「ああ、厨二文化発祥の国の人がわかってくれませんわ……」

 

 わたくしが食事を摂る時はいつもだいたい一人切りでした。

 

 一国の王たる父と、その王位の正統な継承者たる年の離れた兄……。


 唯一の家族たちはわたくしが幼い頃より公務に明け暮れていました。


 国とは言っても所詮は数ある王国のうちでも中小国の部類。

 

 人員はいつもかつかつ。

 政治にしても行政にしても、国のトップが直々に実務をこなしているような有様なのです。


 ですので、多忙を極めるお二人とは生活のサイクルがまるで違い、食事の時間もまちまちです。

 

 そうしてわたくしは一人。


 侍女は後ろに控えておりましたが、もちろん、一緒に卓を囲むことはありません。

 

 魔術学園でもそうです。

 

 何段も飛び級しての入学、試験では常に全学園生の中で一番の成績。


 その優秀さ故に、学園生でありながら魔術歴史学の一コマまで任される学園創設以来の才女。

 

 元々、貴族や富裕層など選民的な思想を持った者が多く、さらには各々が幼少の頃より優秀だ優秀だともてはやされて育ってきた自尊心の強い生徒たち。

 

 そんな彼らの頭上を、まるで翼でも生えているかのようにあっさりと抜き去ってしまった、何歳も年下の小娘であるわたくしと、お友達になってくれるような方はおりませんでした。

 

 王女という立場に遠慮してか、露骨なイジメや嫌がらせの類はありません。


 しかし、ことさら友好的に接してくれるわけでもなく、ただ腫れものか異分子といった具合に、接触を避けられ、お昼だってもちろん一人でした。


 ……そんな日々を生きてまいりました。 

 

 「……ときどき嬢ちゃんはわけのわからないことを言う」


 「察してあげてください。……ちょっとイタイ子なんですよ」


 「イタイ!?」


 「情緒もときどき不安定ですし」


 「……寂しがり屋なんじゃな。動物だってほれ、構ってほしくて奇行に走ったりするじゃろ?」


 「奇行!?」


 「……触れないでおいてあげましょう」


 「じゃな。余計なことはあまり話しかけない方がええのかもしれん」


 「付かず離れず、ほどよい距離感で」


 「ここでまた距離感の話ですの!?」


 「あーあー……昼からは家畜小屋の修繕でもするかの?」


 「わかりました、手伝います」


 「構ってほしいんですのぉ~~~!!!」

 

 別に痛くはありませんでした。

 別に寂しくもありませんでした。

 

 いえ、本当に、強がりではなく。

 

 わたくしにとってはどれも極々当たり前のこと。


 痛みも寂しさも……特別何かを感じ入ることもない、それは物心ついてから当たり前に過ごしてきた日常なのです。

 

 ですが、今ならばなんとなくわかります。

 この数日間で、価値観が大いに揺らいでしまったわたくしならばわかります。

 

 それは当たり前に過ごしていた日常の中に埋没してしまった感情。

 失くしていたのではなく、隠れてしまっていただけの、わたくしの本心。

 

 痛みも寂しさも感じられないほどに、わたくしの心は凍りついてしまっていたのです。


 本当は痛かった。

 

 もう少しだけ、ほんの少しだけ。

 普通の家族のように一緒にご飯を食べたかった。

 

 本当は寂しかった。

 

 もう少しだけ、ほんの少しだけ。

 同級生と遊んだり笑い合ったりしたかった。

 

 そんなこともわからず、一人でいいやとただ諦めていた。

 仕方がないと、そういうものなのだと。


 物分かり良く、達観して。

 

 置かれている状況や周囲の人々のせいにして、自分から歩み寄る努力を怠っていた。

 

 簡単なことなのです。

 至極、簡単なことだったのです。

 

 もう少しだけ、ほんの少しだけ。

 

 その場で何かを待つのではなく、わたくしの方から一歩でも踏み出していれば。

 きっと色々と変わっていたのではないかと、今のわたくしは、そう、思います。

 

 ……だからほら。

 

 踏み出した先はこんなにも楽しい。

 

 痛くはありません。寂しくもありません。

 

 こんな他愛もない会話をしながら。

 冗談や軽口を言い合いながら。

 手よりも口ばかり動かす割に、一向に食事の進まない騒がしい食卓が。

 

 今のわたくしは、素直に楽しいと思えるのですわ。


 「よしよし、ごっそさん」


 ホルスさんはスープの残りをパンですくって頬張り、立ち上がります。


 「俺もごちそうさま。早速いきます?」


 「……いいや、あんちゃんは一服してな。ワシも準備がてら外で休んどるから」


 そしてホルスさんは水を入れたカップを持って外に出て行きました。

 

 その間際、わたくしの方に意味ありげな目くばせをします。

 老獪というかなんというか、なんというか……。


 散々茶化しておきながら、さりげなく二人きりの状況にされてしまいました。


 そんな余計な気遣いはいりませんのに……。

 

 「お、お茶をお淹れしますわね?」


 あーもう余計!ホント余計!

 なんだか意識しちゃって声が上ずってしまいましたの!!

 

 「ん?あ、いいよ、自分でやる。アルルはゆっくり食べてなよ」


 ですよねぇ。そうですわよねぇ。


 そんなわたくしの態度など、もちろんイチジ様は完スルーです。

 

 ……もっと構って。

 

 「ほい」


 「……ありがとうですの」


 「……それで?アルルは午後からどうするの?」


 わたくしの分も淹れてくれた紅茶を置きながらそうイチジ様は尋ねます。


 「とりあえずは夕食の準備ですわね。わたくしの故郷の名物であるお肉料理をお作りしますわ」


 「故郷……か」


 「……はい。後はここからその故郷である王都に帰るための計画を詰めようかと思っていますわ」


 「……悪いね。その辺り、本当に役立たずで」


 「何をおっしゃいます。元々こうなったのは……いえ、違いますわね」

 

 そういう話はもう済んでいますの。

 

 あの日、大泣きに泣いた後も。


 荷車を引いたホンスさんに拾われるまでの、野営と徒歩行脚を繰り返していた数日の間にも。

 

 散々、イチジ様とわたくしはこの手の責任の所在について議論を交わし合い、とりあえずの結論は出しているのです。

 

 「わたくしはわたくしのできることを精一杯、いたしますわ」


 わたくしはニッコリと大きく笑います。


 「ですのでイチジ様はイチジ様のできることを目一杯、お願いいたしますわ」


 自分で自分を貶めるようなことも、責めるようなことも言いません。


 引け目を感じて、イチジ様を客人扱いで遊ばせておくようなこともいたしません。

 

 それぞれがそれぞれのできることを……。


 とにかく、王宮のわたくしの工房にまで戻るまで。

 ゲートを使ってイチジ様が彼の世界に戻るという選択肢を得られるまで。


 わたくしたちは一蓮托生。

 わたくしたちはどちらも公平なチームなのです。

 

 「そっか……」


 イチジ様は決して笑いません。


 感情というものが一切顔に出てきません。

 

 クールというには冷たさも温もりもない平坦さ。

 陰気というには湿っぽくも明るくもない平衡さ。


 だからいつも通りの無表情。

 いつも通りの無感情。


 ですが……。


 「お互い、頑張ろうな」


 そうこちらを見るイチジ様のお顔が……。


 どことなく嬉しそうに笑って見えるのは、わたくしの乙女回路が見せた幻想でしょうか。


 「……いってらっしゃいませ、イチジ様」


 「ああ、いってきます」


 「そして夜にはまた、『世界』のお勉強です。その分の体力は残して置いてくださいまし」


 「ああ、もちろん。まだまだ知らないことがたくさんだ。……ナップルのこととかね」

 

 最後にイチジ様は、残りのお茶を飲み干してから外へと向かいます。

 

 こんな異世界に連れてこられて。


 こちらの世界での自分の存在がまだまだ危ういものだと知りながら。

 あちらの世界での自分の扱いがどうなっているのかも知りながら。


 やっぱり、その背中は不安も不満もない。

 凛としたものでしたの。


 「あ、そうだ、アルル」


 戸をくぐり抜ける直前、こちらに背中を向けたまま立ち止まったイチジ様。


 「はい?なんですの?」


 「いつも美味しいご飯をありがとう。アルルの故郷の味、楽しみにしてる」


 「…………」


 パタン……(戸が閉まる)。


 …………

 …………

 …………


 「……っくぅぅぅぅ~~!!!(恥ずかしいのと声を我慢するのとで顔真っ赤)」

 

 これですの!それですの!


 いつもは素っ気ないのに。

 全然、わたくしみたいな小娘のことなんて興味がなさそうなのに。


 思い出したかのようにわたくしを悶えさせるこの距離感……。

 

 ホント、あの人、ちょいちょい絶妙な間で胸キュンを挟み込んできやがりますの!

 

 あれですの!?

 胸キュン・スナイパーですの!?

 乙女心にヒット・アンド・アウェイですの!?

 

 ああ、もう……。

 なんだか絶叫オチがパターンかしつつあるんですの。


 絶対、わざとやってますわ、あの人。

 

 「…………うううぅぅぅぅぅっぅ……」

 

 わたくしは叫び出したいのを必死でこらえます。


 そう都合よく、毎度毎度、わたくしが取り乱すと思ったら大間違いですの!


 わたくし、そんなにチョロくはないんですのよ!!

 

 「ふふ……ふふふ……。な、舐めないでほしいんですの……」


 「……若いって、ホント、ええのぉ」


 「ぴゃ~~~~~~~~~~~!!!!!!」


 だから空気読んで欲しいんですのぉ!!

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