第一章・いきなりバトルの異世界生活~ICHIJI‘S view③~

 「……ふぅ」

 

 「……すごい……」

 

 アルルのそんな驚いたような声が耳に入ってきた。

 

 いや、すごいことは一つもない。

 

 結局、俺は彼女がかなりのところまで追い詰めた相手に、最後のトドメをさしただけ。


 『ごっつぁんゴール』を決めただけに過ぎない。

 

 折れた警棒の先を拾いあげる。

 

 攻撃特化でないとはいえ、金属製の特殊警棒をここまでオシャカにできる体の硬さ。

 

 手負いの状態でもあれだけ動ける俊敏性。

 

 もしもバケモノが最初から万全の状態だったなら、こうも簡単にはいかなかっただろう。

 

 どう戦えばあんなものにあそこまでの深手を負わせることができるんだ、アルル?

 

 「……さて……と」

 

 「…………」

 

 アルルの方を見やれば、彼女はまだ茫然とした様子でボンヤリとしている。

 

 「……アルル?」

 

 「…………」

 

 「おーい、アルル?」

 

 「…………」

 

 「アルル王女~。アルル殿下~。アルル姫~」

 

 「…………」

 

 「……軽いパイタッチくらいならバレないかな?(ボソリ)」

 

 「もろバレですわ!!!」

 

 「お、戻ってきた」

 

 「……ハッ!」

 

 「なんかそのリアクションよく見るよね。あれなの?ネタなの?

 

 「……ば……」

 

 「ば?」

 

 「ばばばばばばばば……」

 

 「……持ちネタその二」

 

 「バカじゃないんですのぉぉぉ!!!???」

 

 アルルの慟哭が響いた。

 

 バケモノの咆哮なんかよりもよっぽどすごい迫力だ。

 

 「あなた、まだ『洗礼』を受けてないんですのよ!まだ魔素の加護がない体なんですのよぉ!!あと持ちネタなんてないんですのよぉ!!!」


 「……おおう」


 「違う世界、違う次元、違う法則の元で造られたあなたの体が、こちらの世界、こちらの次元、こちらの法則の元で成り立っているモノに干渉なんて出来ない、しちゃいけないんですの!!!」

 

 よくわからないけれど、アルルさん、めっちゃキレてます。

 

 「ゲートをくぐるに際してわたくしがイチジ様の全身に魔力を付与してコーティングしていますから、触れたり撫でたりくらいはできますけれど、それだって簡易的なもの。おまけに時間の猶予がなくて、本来、間に合わせのはずの術のさらに簡略・劣化版。とてもとてもインスタントなもので、戦闘なんてもっての他。……しかもそんな……魔素の化身たる魔物が相手だなんて……あなた、一歩間違えれば消滅していましたのよ!」


 「またマソか。何?なんなの?マソってそんなに偉いの?」


 「偉いですわ!!!」


 断言だよ、おい。

 

 「あなた先ほどまで散々魔素中毒に苦しんでいたくせに、よくそんなことが言えますの!!」


 「だって知らないんだもの、マソ」


 「あああ、その辺りは後でゆっくり講義いたしますわ!とにかく、今のイチジ様にとって魔素は劇薬。あなた、猛毒の塊に軍手だけで手を突っ込んでいたようなものですのよ!!」


 「……あーそれはわかりやすいわ」


 よかった、警棒使って。

 

 ……あれ?

 

 でも最初に思いっ切り殴りつけちゃったけれど。

 軍手で猛毒の塊の顔面、がっつり殴っちゃったけれど。

 

 「……あ、急にめまいが……」


 「……その冗談、笑えないので止めてくださいまし」


 「ごめんなさい」


 目が怖い。


 まぁ、それだけ俺のことを本気で心配してくれているのだろう。

 

 「……はあぁぁぁ……」


 そして彼女は心の奥底から汲み上げてきたような、深く大きなため息を吐いた。


 「そんな冗談を言えるくらいですもの、お怪我はありませんのね?」


 「問題ないよ。……ほら」

 

 それでも疑わしそうな目を向ける彼女。

 仕方なくクルリと回って、どこにも傷がないのをアピールした。


 なんだか腑に落ちない表情をしていたけれど、一先ずは納得してくれたようだ。


 「君の方こそ大丈夫?俺よりも相当辛いと思うけれど」


 「ええ、ご心配には及びませんの」


 そう言って彼女はゴソゴソとポシェットの中を探り、そこから青い液体が満ちたフラスコ型の小瓶を一つ取り出した。

 

 髪や目の色を黒から白銀に変えた時に彼女が飲んでいたものとはまた趣の違うものだ。

 

 「これがあれば、とりあえずは大丈夫ですわ。一つきりですのでイチジ様用にと取って置いたものですが……本当におケガはありませんの?」


 「問題ないよ」


 「では、申し訳ありません。いただきますの……」


 グイっと一飲み。

 

 色味のせいか、ブルーハワイのシロップを一気飲みしているようにも見える。


 いくら若い身空だからといって糖尿病とか味覚障害への心配はないんだろうか?

 

 などと考えているそばから、アルルの体中に負った無数の傷が、みるみるうちに治癒されていく。


 擦り傷、切り傷、打撲、刺し傷……。


 深度の浅いところから、傷口が塞がったり、アザが消えたりしていく。

 

 「……ファイト一発?」


 「似たようなものですわね」


 素直に驚く俺の顔がおかしかったのか、アルルは得意そうに笑う。

 

 「これはわたくしの配合した回復薬。戦いで負ったケガを癒してくれますの」


 「……万能薬?」


 「いいえ、決して万能というわけではありません。あくまでも自己治癒能力を飛躍的に向上させて傷の治りをもの凄く早くしているというだけのことですの」


 「充分、万能だよ。……それも、えっと……マソが関係してる?」


 「大正解です。理解が早くて助かりますわ」

 

 いや、正直、何も理解はしていない。


 先生に褒められたくてとりあえずそれっぽく答えてみたら当たっちゃったみたいな感じ。

 

 そこはかとなく、罪悪感だ。

 

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