第一章・いきなりバトルの異世界生活~ARURU‘s view①~

 ぴゃ~~~~~~~~~ですの!!!

 ぴゃっぴゃ~~~~~~ですの!!!!!

 

 なんですの!

 なんなんですの!!今の甘酸っぱいのぉ!?

 

 こ、こんな一日で!

 

 ってゆーかほんの数時間で!!

 あっちに行ってこっちに帰ってきたほんの数時間で!!!

 

 なんて濃密ですの!

 なんて怒涛の展開なんですの!!

 

 これまでの16年間、色っぽい話どころか年頃の殿方とロクに接点なんてなかったのに。

 

 抱っこされたり、膝枕したり、頭ポンって……頭ポンポンってされて。

 

 ぴゃ~~~ぴゃ~~~ぴゃ~~~ですの!!!

 

 そ、そういえばイチジ様……わ、わたくしのことアルルって……。ただアルルって……。

 

 さらっと、ホントさらっと呼び捨てにしてくれちゃいましたですの!

 

 お、おまけに髪が綺麗とか……瞳が綺麗だとか……褒められて……褒めてくれて……。

 

 ―― 君の髪と瞳は……とても綺麗だ、アルル ――

 

 ぴゃ~~~ぴゃ~~~ぴゃ~~~!!!



                    ☆★☆★☆



 「……コホン……」

 

 取り乱している場合ではありませんでしたわ。

 

 一端整理いたしましょう。

 

 ……なんだか一端整理してばかりのような気もしますが、とりえず、整理、整理ですの。

 

 まずは最初の≪次元転移コネクション≫。

 

 自惚れではなく、やっぱりあれの発動自体には、何の問題もありませんでしたわ。

 

 念のために持ってきておいた魔導書を読み直してもミスはありませんでした。

 

 リリラ=リリスの構築した術式を、わたくしは確かに完璧になぞりましたの。

 

 ではどうして失敗したのか?

 答えは明瞭。

 

 完璧になぞったのがいけませんでした。


 そう、そもそもこの術式自体が間違っていたということですの。

 

 本への記述ミスだった?

 元から未完成の術式だった?

 

 いいえ、いいえ。違いますわ。

 

 約二千年前という遥か昔。

 

 ただの魔素の吹き溜まりでしかなかった……ただの『無』であり『有』であった場所を、『世界』という形に構築した、まさに神にも等しい≪創世の七人≫が一人、≪創世の魔女≫リリラ=リリス。


 あらゆる魔術の原点を作り上げた魔術の創始者というだけではなく、何があっても揺るがぬ、揺らいではならぬ世界の法則にさえ干渉する禁呪≪魔法≫を作った伝説の大魔女。


 魔術に携わる者の端くれとして尊敬の念は止みませんが、彼女のもう一つの顔……。


 文献や口伝で脈々と伝えられ残された彼女のもう一面は、正直、好きになれませんわ。

 

 ≪創世の七人≫の中で唯一、リリラ=リリスだけが別の二つ名を持っていますの。


 それは≪空前の悪女≫

 

 とある伝承によれば、平穏な毎日に飽きた彼女が気まぐれに戦争を誘発し、最終的に全世界を巻き込んだ争いにまで発展したという。

 

 とある文献によれば、その類まれなる美貌を利用して老若問わず、あまねく殿方たちを誘惑したのち、結果、男性が一人もいなくなって一つの大国が消滅したという。

 

 他にも態度が気に食わないと言って一つの種族を滅亡させたとか。

 寒いと言って森を丸々一つ焼いて暖をとったとか。

 

 王立図書館で閉架指定されている貴重な書物にも、子供たちが寝物語に読む絵本にも。

 

 リリラ=リリスの性悪さと破天荒さは数多く、幅広く伝えられているのですわ。

 

 ……なるほど、合点がいきましたわ。

 

 きっと、いつか。いえ、いずれ必ず。

 畏れ多くも≪魔法≫の再現を試みる人間が少なからずあらわれる。


 魔道を志す者が絶えない限り。魔術が世界から絶えない限り。

 いずれ必ず、禁呪に手を出す人間があらわれる。


 優秀な者。勤勉な者。魔術の才がある者。野心がある者。

 どれだけ困難な道のりにも弛むことのない不屈の精神を胸に抱いて進める者。


 そんな魔術師たちが、心血を注ぎ、血肉を削ってようやく、ようやく辿り着いたその先。

 

 すべてを犠牲にしてようやく発動の段階までこぎ着けたその時。


 見事に失敗したら、どれだけの絶望が彼らに訪れることか。

 

 まずは信じられないだろう。

 何が起こって何が起こらなかったのか混乱するだろう。

 

 落ち着こうとするだろう。

 一端整理するだろう。

 

 研究ノートをめくりまくるだろう。

 魔導書を隅から隅まで読み返すだろう。

 

 そして気づくのだろう。

 

 ああ、そもそも最初から、この術式自体が間違えだったんだ……と。

 

 ………

 ……

 …

 

 ああ、もう、ホント、コイツ性格悪い!!


 さもさもそれらしいこと書き残しておきながら、この≪次元転移コネクション≫の術式、絶対に最初から失敗するように出来ているんですわ!!

 

 そうですわ、そうですわ。


 どうしてわたくし、この魔女が、人が困っている様を眺めては悦に浸ることに心血を注いで血肉を削っていた、正真正銘の超絶性悪女だったということを失念していましたの!?

 

 本来、設定した座標とは全然違うところに飛ばされてあたふた。

 

 制限時間なんて勝手につけられてあたふた。

 

 帰りは帰りでまるで見覚えもない辺境の丘に立つ大樹の穴の中に飛ばされてあたふた。

 

 もう絶対どこかから見てる!


 慌てふためき、落ち込んだわたくしを、どこかから絶対に笑ってやがりますわ!

 

 あ、ほら、なんかケラケラ聞こえてます。聞こえてますの!


 一から十まで鵜呑みにするのではなく。

 術式の発動だけに囚われるのではなく。

 

 術式の整合性や信ぴょう性、幾重にも重ねがかる術一つ一つの意味を裏の意味までもっともっと検証しなければいけませんでした。

 

 それなのにわたくしったら舞い上がって、調子に乗って……。

 

 「……はぁ~~~……」


 溜息だって出ちゃいます。


 心だって痛くなっちゃいますの。

 

 「……本当に、申し訳ありません……イチジ様」


 そう。


 ≪魔法≫の失敗よりも何よりも。

 伝説の性悪にからかわれたことよりも何よりも。


 わたくしの心がこんなに痛いのは、この方を巻き込んでしまったこと。

 

 スヤスヤと。

 それはそれは安らかな顔をなされて。

 

 尊厳も意見も無視して引っ張り回され、再び眠り込んでしまうほどに疲弊させられて。

 

 ここがどんな場所なのかも。わたくしたちがどんな存在なのかもわからず。

 

 それなのに、どうしてあなたはそんな風に穏やかな顔をして眠れるんですの?


 すべての元凶たる愚か者。

 ようやく名前だけを知るこのできた見ず知らずの女。

 見ず知らずのくせに思い切り電気ショックを食らわせたクレイジーな女。

 

 そんな女の膝の上で、無防備すぎないでしょうか、イチジ様?

 

 「肝がすわっているのか……。はたまたただのおバカさんか……」

 

 彼がそうしてくれたように、わたくしはイチジ様の頭に手を置きます。

 

 短くて、少し硬い黒髪。

 手のひらがチクチクしてこそばゆいですわ。

 

 この感触も色も、わたくしには無いもの。

 

 リリラ=リリスの象徴たる黒。

 

 ≪次元転移コネクション≫を行う際、より成功率を高めるために生前の彼女の趣向に合わせた服と、魔術による染色をして容姿を変えたわたくしの偽りの黒とは違う、天然の黒髪。

 

 憎たらしいあの年増の色なのに、この人の髪の色だと思えば不思議と不快感はない。

 

 むしろ、彼とお揃いというだけで、より一層、リリラ=リリスの方に対するアンチ魂が刺激されてしまうくらいですわ。

 

 あ、ちょっとむず痒そうにしましたわ。

 

 こんな風に頭を撫でられるなんて、大人の殿方にはあまり機会がないんでしょうね。

 

 ふふふ、子供みたい。可愛いですわ。

 

 大人……か。

 

 一体あなたは何歳ですの? 趣味や特技はありますの?

 どんなものが好きで、どんなものが嫌いで。

 どんなものを見て、どんな人生を歩んできましたの?

 

 もっと知りたい。

 もっとあなたとお話をしたい。

 あなたという人間がどういうお人なのかまだまだわからないことばかりです。

 

 飄々として掴みどころがなくて、覇気があるようでなくて、やっぱりなくて。

 破廉恥なことをしたりするのに、不思議といやらしくなくて。

 

 ずっとわたくしを気遣ってくれた心の優しい人のようですが、どこか、なんだか冷めていて。

 

 ホント……あなたはなんなんですの?

 本当のあなたはどこにいますの?

 

 だけど、わたくしは思います。

 女の勘というやつを根拠に断言させていただきますの。


 どんなあなたでも……きっとわたくしはあなたのことを好きになれる。

 そんな確信がありますの。

 そう、好きに……。好きに……。好き……に……?

 

 「ぴゃ~~~ぴゃ~~~!!!」

 

 ち、違いますの!そうじゃないんですの!そーゆーんじゃないんですの!

 

 す、好きって……好きって、そーゆーことじゃ……いいえ、いいえ!

 

 べ、別に嫌いなわけではないんですの!ないんですのよ!

 

 好きか嫌いかで言ったら好きとか。

 

 お肉が好きーとか。

 栗ようかんが好きーとか。

 

 そーゆー好きなんですの!

 

 ……ハッ!いえ、いえいえいえ!!

 

 け、決して食べてしまいと言っているわけではないんですの!

 

 そんなはしたない意味ではないんですのよ!


             グルルルルルルルルゥゥゥゥゥ……

 

 その声が耳に入るや否や、わたくしの桃色思考は瞬時に戦闘態勢に切り替わりました。

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