第一章・いきなりバトルの異世界生活~ARURU‘s view②~

 闇夜に乗じ、地の底から這って出てくるような、くぐもった低い低いうなり声。

 危機を察知する生物としての本能を、そのまま逆撫でしてくるような不快な声。

 

 素早く周囲に視線をめぐらせます。


 ただでさえ今宵は月光の乏しい新月。

 その月も今は雲に隠れていて、尚のこと夜が深くなり、目視は難しくなります。

 

 それでも確かな気配を感じますわ。

 まがまがしく渦巻いた瘴気。わたしたちに真っすぐに向けられた殺気。

 

 1体……ですわね。


 姿は見えませんが、おかげで大体の方角は見当がつきました。

 

 十中八九、魔物。

 

 それもここに来てすぐに張った魔物除けの結界を苦にもしないレベル。

 

             グルルルルルルルルゥゥゥゥゥ……


 先ほどとあまり変わらない距離。様子を見ている?


 だけど、おそらくもう相手の間合いの中。さほど猶予はないですわね。

 

 相手がいると思しき暗闇から目線を外さないまま、わたくしはポシェットの中をまさぐります。


 トールハンマー(スタンガン)と儀式用の短剣。

 そしてわたくし謹製の回復薬と浮遊属性を付与した閃光石が一つずつ。

 それが現状、わたくしの有する戦力。

 

 なかなかに分が悪いですわね。


次元接続コネクション≫を行うにあたり、極力荷物を少なくしたことがここで裏目にでるだなんて。


 ああ、もう!

 全部、あの性悪女のせい!!


 そのままゲートを展開したわたくしの工房に帰っていれば、こんなことにはならなかったのに!!

 

 「…………」


 膝の上に、イチジ様の体温を感じます。

 

 目を切ることが出来ないので、その寝顔を拝見することはできません。

 だけどきっと、相変わらず穏やかな顔で、安心しきった表情で眠っているはずです。

 

 わたくしが自分に害をなさない存在だと信用し。

 わたくしがいれば無警戒に寝ていても大丈夫だと信頼して。

 

 「……ふぅ……」


 心が凪いでいきます。

 心が奮い立っていきます。

 

 彼が魔素中毒でここから動けない以上、逃走という選択肢はあり得ません。


 迎撃です。


 ここで迎撃するしかないのです。

 

 「……イチジ様、ちょっとそこまで野暮用を片づけに行ってまいりますわ」


 わたくしは、静かにイチジ様の頭を抱えてそっと地面におろし、彼を庇うように前に立ちます。

 

 枕が硬いのは少しだけ我慢してほしいんですの。


 サクッと倒して、また膝を貸してあげますから。


             グルルルルルルルルゥゥゥゥ!!!


 こちらの動きに、相手も臨戦態勢になったようですの。


 ええ、そう。


 戦いましょう。死合いましょう。

 

 あなたはわたくしたちを捕食するために。


 わたくしは彼を守るために……。



 「『煌めけ』!!」

                    

             キィィィィィィィン

 

 「グウォォォォオオオオン!!!」


 わたくしが手に持った閃光石を発動させて中空に放り投げるのと同時。


 わたくしが眩い光に照らし出されたその姿を確認するのと同時に。


 荒々しい咆哮をあげながら魔獣がこちらに向かって突進してきますの。

 

 「……ホーンライガー……それも亜種です……の!」

 

 暴いた魔物の正体を確認したわたくしは、瞬時にホーンライガーの特徴、武器、対抗策などを思い出しながら、前に駆け出します。


 わたくし、猪突猛進、突っ込んでくる相手に真っ向からぶつかっていくようなパワー系キャラではありませんが、あのままではわたくしが突進を躱した途端、イチジ様がひき逃げされてしまいます。

 

 「こっちですわ!」


 ですので、少し距離を詰めたところで、わたくしは方向を切り替え、射線を変えます。


 「グルルルゥゥゥガウゥゥ!!」


 わたくしを標的と定めているホーンライガーが目論見通りについてきて先ずは一安心。

 さてさて、……どうしたものでしょう。

 

 獅子と虎の相子のような見た目のライガー族は、魔物・魔獣の中でも温厚な性質を持っていることで有名です。


 基本的には群れを形成して、平原や森の近くで静かに暮らすのを好みます。


 自分たちよりも小さな魔獣を捕食し、狩り以外で他の種を襲うことはまずありません。


 魔獣使いテイマーの初心者向けモンスターということからもわかるように、とても知能が高く人懐っこい性格で、広く一般家庭のペットとして飼われてもいます。

 

 「グウォォオオンンン!!」


 「……っく!……ハアッ!」


 再びの突進からの素早い切り替え、すかさずの爪攻撃を辛うじて躱します。

 

 そしてその流れでわたくしが横薙ぎにした短剣の方も、ホーンライガーは後ろに跳ねて躱してしまいます。


 「……さすがにコイツをペット扱いはできませんわね」

 

 ライガーの持つポテンシャルは高いです。


 しなやかさと力強さ……短距離走と長距離走どちらの競技をもこなせるハイブリッド。


 突進のような爆発的な動きもできると同時に、その細かな制御力にもたける柔軟な筋肉を持っています。


 主な武器は鋭い爪と牙の二つ。


 一応、ライガー族の中でも角のある種を『ホーンライガー』と称して分けてはいますが、狩りをするだけならば爪と牙さえあれば事足りてしまうので、年月を経るごとに角は退化し、現代では、短かったり先が丸まっていたりと、ほぼお飾りとなっているのがデフォルトのはずですの。



 ガキィィン!!



 わたくしの振るった短剣が、鋭く長く伸びた角によって弾かれます。

 

 そう、わたくしが相対しているこのホーンライガーは、ドリルのような螺旋状の角を二本生やしたライガー、まさしくホーンライガーの本来あるべき原初の姿をしています。

 

 「ゥゥゥガゥッ!!」


 「……以外に厄介ですわね、あの角。攻撃というよりは顔の急所を守る防御的な面で」


 「グウォォオオンンン!!」


 ガキィィン!!


 「っく!……訂正。攻撃力も侮れませんわ」


 「ゥゥゥゥグガゥゥゥ!!!」


 体の大きさもライガー族の平均を大幅に上回る巨躯。


 「姿形は先祖返りにしても……さすがにその性格はあなたのオリジナルですわよね?こんな怒りっぽくて好戦的なライガーがそこらにゴロゴロしていたら堪ったものではありませんもの」


 「グウォォオオンンン!!」

 

 体の大きさに似合わず俊敏さでは互角くらい。


 力や体力では圧倒的にこちらの負け。


 興奮状態にあって攻撃も大振りですが、三つの武器を使ってコンビネーションを繰り出す技術もあるし、一撃でももらえば致命的な破壊力。

 

 気が抜けない。

 肉弾戦は長引けば長引くほど不利ですわね。

 

 「ガウォォオオンンン!!」


 「……それなら……」


 「グガゥゥゥ!!」


 「≪ライトニング≫!!」


             バリバリバリバリバリ!!!

               ドゴォォォン!


 爪、牙、角を余すことなく使って繰り出されるラッシュを躱しながら、至近距離で電撃の魔術を放ちます。

 

 「ゥゥゥゥゴォォォゥゥゥ!!!」


 「……有効」

 

 真っ直ぐに伸ばしたわたくしの人差し指から放たれた電撃が顔面を直撃。


 たまらずホーンライガーは、わたくしから距離を取るように後ずさっていきました。


 魔術耐性は低いだろうと踏んではいましたが、思った以上に効いたようですの。

 

 「グルルルルルゥゥゥゥ……」


 「このままある程度、距離を空けて魔術をボカスカ……それしかないですわね。これで怖気づいて逃げてくれれば御の字なのですけれど……」

 

 初めて有効打を与え、勝利への道筋も見えてきたというのに、わたくしの心は少しも晴れません。

 

 「グゥゥゥゥゥガァァァァァァァァ!!!!!」


 「もう、ホント短気ですの~~~!!!」


             バリバリバリバリバリ!!!

               ドゴォォォン!!!


 確かに会心の一撃でしたが、会心で有るが故に、本来なら一発で仕留めなければなりませんでした。

 

 詠唱なしで魔術を繰り出す≪早撃ちクイックドロー≫。


 少しの魔力とイメージ、そして術名を唱えるだけで済むので発動までの時間が短く、まさに早撃ち。


 おまけにこれは速度が売りの電撃系、不意を突くのには最適です。

 

 けれど、如何せん威力が足りない。

 

 本職の魔術師、そしてリリラ=リリスほど規格外な魔力保持者ならばともかく、わたくしは本来『魔道具士』にして『魔術剣士』。


 魔力を物に付与したり、効率よく運用して戦闘を行うのが専門。


 自他ともに認める一流の魔術研究家でもありますが、知識と実践はまた別の話。

 もともと魔力量の少ないわたくしです、発動できる魔術などたかが知れていますわ。

 

 「せめて魔剣の一本くらい持ってくればよかったですの……」


 そう嘆きながら右手に携えた短剣を見ます。

 

 もちろん、最初から魔力を付与させて切りつけてはいるのですが、なにせ、儀式用の装飾剣。


 まともな刃もついていない攻撃力0の薄い鉄の板にいくら魔力を送り込んでも、まさに付け焼刃といったところですの。

 

 「……トールハンマーでも……いささか火力不足。せめてもう少し弱ってから……」


 それも、ゼロ距離まで迫る隙を見せてくれたらの話です。


 魔力量だって無限ではありません。


 早急に必勝の算段を立てなければ……やられますわね。

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