第67話 それぞれの思い
「リーダー! もう! 何でよ!」
セキュリティチェックを受けようと、出発口に向かっている時に突然右肩をつかまれて、怒鳴りつけられた。
「玲奈、どうしてここに……」
「マシューに聞いて。そんなことより――」
玲奈の大きな声のせいで、周りの人たちがこっちを見ている。
このままじゃ、いつまた写真を撮られるかわからない。
僕は有無を言わさず玲奈の手を取り、引っ張って行った。
「どこへ行くのよ?」
「いいから、ついてきて!」
とにかく人の目につかないところへ……。
あっ!
僕はその時目に入った多目的トイレに玲奈を押し込んだ。
「もう、どうしてトイレなのよ!」
「せっかく世間の人が、玲奈は利用されただけだって思ってくれているんだから。俺と一緒にいるところを見られちゃダメだろ」
今回の報道や世の中の流れは、僕にとって不本意で腹立たしいものばかりだったのだが、一つだけ幸いなことがあった。
特許使用料二億円の受取人が僕だけだったため、玲奈は僕に利用されただけで、被害者の一人なのだと認識されたのだ。
「そんなの……。それより、どうして黙ったままアメリカに行こうとしたのよ!」
玲奈に壁まで詰め寄られ、「あんまりだよ、ずっと一緒に頑張ってきたのに……」と、胸を何度も叩かれた。
「ごめん……。でも、もう僕には会わない方がいいと思って……。今のままなら、玲奈はまた、この日本で新しい生活を始められるから」
更にもう一発、強めに胸を殴られた。
「リーダーのバカ! 気を使うところが間違ってるよ! 私は……、私はどんなことより、リーダーと一緒に居たいんだ。だから……、だから連れてってよ! 私をアメリカに連れてって!」
叩かれていた胸のところに玲奈が頬を押しつけていて。
玲奈の両手が僕の腰に回された。
僕の両手は、どうしたらよいものか、宙をさまよう。
「玲奈……」
「みつきさんは、来ないんでしょ?」
「うん」
「だったら、私が一緒に行ってもいいよね?」
「それは……」
「ねぇ、リーダー」
「なに?」
「私はね、世界で一番リーダーのことが好きなんだよ。リーダーがどんなことをしても、世界中を敵にまわしたとしても、まだみつきさんのことが好きでも、私はいつでもリーダーの味方で、そしてずっと大好きなんだ」
「玲奈……」
玲奈のこの言葉は、沢山のことに打ちのめされてきた僕の心を優しく包み込んでくれた。
実際に玲奈は、今までずっと僕の味方でいてくれた、そして好きでいてくれた。
世の中の人が敵に回っても、みつきさんと一緒に住んでいても。
だからこれからも、きっとずっと一番の味方でいてくれる。
いつの間にか、僕の両手は玲奈を抱きしめていた。
「初めて抱きしめてくれたね」
「玲奈……」
「ついて行っていいよね? いいんだよね?」
頭の中で何かと何かがぶつかった。
「ごめん」
「えっ? 何? どういうこと?」
玲奈がひっつけていた頬を胸から離し、不安そうな顔をして僕を見上げている。
「やっぱり、アメリカには一人で行くよ」
「どうして? どうしてよ?」
「みつきさんは、病気のお母さんを置いてはいけないって」
「だったら、私が一緒に行っても……」
僕は首を横に振り、そして答えた。
「こんなことを言っちゃ不謹慎なんだけど。お母さんはいつまでも生きているわけじゃない。だから、待ちたいんだ。みつきさんが来てくれるまで」
玲奈が目線を外し、下を向いた。
そして額を僕の胸に打ち付けた。
「だったら……、みつきさんが来るまででいいよ。その間だけでいいから……」
「ごめん」
「もう、なんでよ。なんでそんなことまでダメなのよ」
玲奈がもう一度、僕の胸に額を打ち付ける。
「玲奈との写真が載った時、みつきさんは僕のことを責めなかった。一切何も、ただの一度も。でも、あの日、玄関で僕を出迎えてくれた時のみつきさんの顔が忘れられないんだ。とても悲しくて、でもそれを隠そうとしているみつきさんの顔が。僕はもう二度と、みつきさんにあんな顔をさせたくない」
玲奈の肩が小さく震えている。
「みつきさん、みつきさん、みつきさん、みつきさん」
玲奈の肩が大きく上下し、苛立ちと悲しみと怒りとが混ざったような、そんな声に変っていった。
「どうして、みつきさんなのよ! みつきさんは……、父の密偵だったのよ! リーダーは、みつきさんに監視されていて、うまく誘導されていて、手のひらの上で、転がされていただけなんだから」
「えっ?」
「よく考えてみてよ! 一介の研究補助員が、都合よく私やマシューを連れてきたり、最新の医療器具を用意したりできるわけないじゃない! 父に高給で雇われて、見込みのありそうな研究員を育てていたのよ。それがリーダーだったのよ」
「そんな……」
僕の頭の中に、みつきさんとの今までの出来事が駆け巡り、そう言われればと思えることがいくつも浮かんできた。
でもそれを、考えることを止めようとする力が働いて、頭の中がぼやけていって。
そんな時に、僕の搭乗手続きを促すアナウンスが聞こえてきて。
僕はいつの間にか、歩き出していた。
後ろから「ごめんなさい、ごめんなさい」という泣き声が聞こえてきたが、僕の足は止まらなかった。
もう、全てのことから立ち去りたかった。
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