第48話 臨床試験

 僕たちは、OKOGE Type SquadとPAA with sugarの治験を行うために、霊長類を使っての研究データを付け加え、独立行政法人医薬品医療機器総合機構に申請を行った。


 研究期間が短い上、薬剤の特殊性があるため、承認を得ることはなかなか難しいのではないかと考えていたのだが、驚くほどスムーズに確認申請、治験届と進んで行った。


 治験とは新薬の承認申請に必要なデータを作成するために人を対象に行う試験で、少人数の健康な志願者を対象に安全性テストを行う第一相、少人数の患者を対象に有効で安全な投与量や投与方法などを確認する第二相、そして多数の患者で有効性や安全性をチェックする第三相に分かれている。

 全て、人に新薬を投与する臨床試験であるため、十分な説明と、文章による同意を必要とする。


 ただ、今回は第一相の臨床試験を行うのには問題があった。


 OKOGE Type Squadの投与イコール、その人にウィルスを感染させるということであり、これを健康な人に行うということは人道的に許されない。


 また、OKOGE Type Squadウィルスによる組織再生力の向上なしに、劇薬のPAA with sugar投与を行うわけにもいかない。


 よって、いきなり第二相の臨床試験から始めなくてはならないわけだが、これも比較的すんなりと承認された。


 それは、この新薬の有効性を厚生政労働省も大きく期待しているからなのかもしれない。


 第二相の臨床試験を行う対象患者は、僕たちが決めた【他の治療法では癌を克服できない人で、ほぼ生殖能力が無くなっていると思われる60歳以上の人】限定とし、比較的体力が温存されている人を選んだ。


 しかし、その選択自体が、とても辛い作業となった。


 この治験の候補に選ばれたということは、すでに既存の治療法では癌を治せないと宣告された人、ということだ。


 丁度オプジーボの小細胞癌に対する治験に申し込もうとした時の母の状態と重なるのだが、母はその体力が残っていなかったため申し込むことすらできなかった。


 だから宣告を受けた患者さんやその家族の気持ちが手に取るようにわかってしまい、僕にとっては本当につらい作業になってしまった。


 多くの新薬の場合、治験の条件に適合する患者さんを見つけると、医師の方から「こういう薬の臨床試験があるのですが、受けてみますか?」という問い掛によって話が進んでいく。


 だが、治る見込みはないと宣告された患者さんの多くは、藁にも縋る思いの藁を必死に探す。


 そして、同じ宣告を受けた患者さんから【もしかしたら癌が治るかもしれない新薬を試すことになった】という話を聞けば、飛びつくのが道理だ。


 そして、このネット社会では、そんな情報は瞬く間に広がってゆき、予想をはるかに超える数の治験希望者が殺到した。


 第一相を飛ばして行うだけに、第二相は安全性を最優先に行わなければならない。


 そのためには比較的体力のある、言い換えると死期が迫っていない余力のある人を選ぶことになる。


 ということは、早く投与しないと亡くなってしまう可能性の高い人ほど後回しになるということだ。


 第三相では、多くの人に投与することが可能だが、第二相で安全性を確かめられない限り、第三相に移ることはできない。


 きっと、今すぐ投与しないと、この人は亡くなってしまう。


 そう思われる人の書類がこの手にある。


 この書類を選外のボックスに入れるということは、その行為が、この人の死を意味する。


 そんな書類が僕たちの目の前に山積みにされているのだ。


 どうか第三相が始まるまで頑張っていて下さい、お願いします。


 無理だとはわかっていても、そう願うことしかできす、僕たちは書類を選別していった。



 第二相の結果は予想以上の結果となった。


 比較的体力が温存されている人を選出したことも功を奏し、体調の悪化等で治療を中断しなくてはならない症例は一人も出なかった。


 また、医師の手が入ったことで、麻薬系以外の薬でも十分痛みのコントロールができるようになり、制吐剤の種類や投与法を変更することによって、吐き気も一般の抗癌剤と変らない程度にまで抑えられるようになった。


 そして抗癌作用は、期待通りの結果を出してくれた。


 十日間で三回のPAA with sugar投与を行うことを一クールとし、二種間の休薬期間を取った後、また一クールを繰り返す。


 癌の状態によって回数はまちまちだったが、二クールから六クール行うことにより、全ての症例で、癌を完治させることができたのだ。


 もうこの時点で、Squadの四人は天にも昇る気分になっていた。


「特許も出願してあるし、論文を書きあげたら、もう誰がなんと言おうとNatureに投稿するからね!」


「Me ハ、アメリカノCellにダスネン!」


「うん、そうしよう! 今からしっかりと準備をして、この臨床試験が無事終わったらすぐ出すことにしよう。もしも、論文が採用されて、NatureやCellに掲載されれば、厚生労働省の認可を後押ししてくれるかもしれないし」


「そうですよね。早く認可されれば、それだけ多くの人を助けることができますものね。では、上にも論文を投稿することのメリットをしっかりと伝えて、許可を取ってきます」


「よろしく、みつきさん」


「はい!」


「ダメって言われても出しちゃうけどねー」


「玲奈ちゃん! 一応許可が出るまでは待っていて下さいね」


「はーい……」



 しかし、そんな浮かれた気分は第三相に入る時点で、一気に吹っ飛んでしまった。


 第三相は、いくつかの大学病院に依頼をし、大学単位で何症例という形で割り振られる。


 僕たちは第二相で選外となり、待ってもらうこととなってしまった患者さんに、最優先で受けてもらえるよう、要望を出していた。


 その要望はある程度受け入れてもらえたのだが、第二相の結果を出すために、全力で急いだのだが十ヶ月という月日がかかってしまい、第三相開始時点で、その約半数の方が亡くなられてしまっていた。


 僕たちが選外にしなければ、きっと助かっていた人たちが。


 更に、第三相が始まってすぐ、僕たちに強烈なショックを与える報告が入ってきた。


 OKOGE Type Squad投与三日後に患者さんが亡くなったのだ。


 亡くなったこととOKOGE Type Squadとの因果関係は定かではない。


 ウィルス感染による直接的な影響ではなく、もともとあった癌の病状が悪化したため、死亡してしまったようだ。


 だが、僕たちは想像してしまった。


 OKOGE Type Squadは組織の再生能力を飛躍的に向上させるが、それはウィルスが人の体の細胞分裂を促進するためだ。


 ということは、おそらく、癌細胞の分裂増殖をも促進させてしまう。


 もしかすると、患者さんが亡くなったのはそのせいではないか、その思いが僕たちの心を途方もなく沈み込ませた。



「この薬、副作用はあるのですか?」という質問をよく耳にする。


 これは基本的なところから間違っていて、副作用のない薬というものはこの世に存在しないのだ。


 それは、一般の薬だけではなく、漢方薬も、民間療法として取られる食物などでも。


 例えば、カリウムは高血圧にいいから、カリウムを沢山含む食品を積極的に食べましょう! などと言われ、頑張ったとする。


 でも、カリウムを取りすぎると吐き気や不整脈が起こることもある。


 では、なぜ医師は薬を使うのか。


 それは、副作用による不利益よりも、薬の作用の方が患者さんにとって有益だからである。


 抗癌剤は、他の薬に比べて副作用が強いことは明らかだ。


 だが、その副作用を考慮に入れても、癌を消退させるためには、どうしても必要なのだ。


 だから、OKOGE Type Squad投与で副作用が出てしまったとしても仕方がないことではあるのだが、自分たちが作り出したもので、人が亡くなったのかもしれないという思いは、僕たちをもうこれ以上ないという程いたたまれない気持ちにさせた。






・Cell(生命科学系世界三大誌 の一つ、他に、Nature、Scienceがある)

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