9th step:彼らの運命
その物語は、破綻している。たった一つの真実にも辿り着けず、彷徨い続けている夢だ。よく聞く三流歌手が言っていた。『物語なんてものは、ガタガタに崩れてしまった心を放り投げておく為の施設でしかない』、と。何かを癒せるわけでもない。何かを見つけるわけでもない。それでも、また気付くのだ。
ああ今日も世界はちっぽけなままだ。
***
合流した一同は、ひたすらに荒野を歩いていた。上空ではミレオがその仮面のような表情の下に笑みを浮かべている。
「お前はいいな、
アポンがミレオを見上げて言う。
「そうでもないよ、なーんて普通は謙遜するんだろうけど、否定しないね。君たちよりも遥かに楽さー」
にっこりと満面に微笑みながらミレオは宙返りをしてみせた。アポンがケッと吐き捨てる。
「アポン、どうかしたか?」
アポンの傍からアンバーが顔を覗かせる。キョトンとした表情で間近に現れた彼女に、アポンは顔を赤らめ焦り口調で言った。
「おっ、お前なあ!急に出てくんじゃねーよ!」
「なっ、失礼だなあ、アポンは。人をお化けか何かみたいに」
「急に出てくる方が悪いんだ!だいたい幽霊とか化け物だって、脅かすあいつらが悪いと思うぜ?」
「す、凄い突飛な話題だな……いや、でも善良な敵だっていただろう?」
「うっ、ま、まあそりゃな……」
「はいはい、それはいいとしてー、ほーら見えてきた」
上空のにいるミレオが指差す先には、大きな暗闇が口を開けていた。
「うわ……な、なんだ、アレ」
アポンは口をあんぐりと開けたままなす術なく立ち止まった。
「あそこに、君たちに会わせたい子たちがいるんだよ」
ニヤニヤと笑いながら、ミレオはそう言う。そして、先頭を切って深い闇の方へ進んでいった。
「ちょっ、ま、待てよミレオ!」
慌ててアポンが後を追おうとして、アンバーに肩を掴まれた。蹴り上げた右脚が空振って宙を蹴る。アポンはそのまま尻餅をついた。
「いってぇ!何すんだよアン!」
「お前、先走り過ぎだろう。見てみろ、後続のみんなを」
アンバーにそう指摘され、アポンは咄嗟に後ろを見渡した。殺之助の肩肩に手を置き、しっかり掴むサフィール。まるで殺之助を守ろうとしているようだった。彼女自身も、震えているのに。サフィールの側で複雑そうな顔をしている殺之助。彼は好奇心旺盛で活発な少年ではあったが、闇の
「……」
アポンは口を閉ざす。
「な?こんな様子さ。というかあいつが異常なんだよ」
アンバーはキッとミレオに視線を合わせる。その後を追うようにアポンがゆっくりミレオを振り返る。
「ミレオ、お前は、闇が怖くないのか?」
単純に、アポンは気になった。素朴で平凡な問いかけだった。
「うはは、うふ、くく……あっははは!」
アポンの問いを受けてミレオは唐突に声を上げて笑い出した。どよめく一同と戸惑うアポンの様子を見て、ミレオは再び笑い出す。止められない可笑しさに、彼自身がおかしくなっていた。
「あははー、本当に君たちって面白いねー、嫌いじゃないとでも言っておこうか?」
「君たちはあー、闇を目の前にした途端に怖気づいた弱者で敗者だ!」
両手を大きく広げてミレオは高らかにそう宣告した。宣言した彼に言葉や口調には、揺るぎなど一切見受けられなかった。
「お前……本当にそう思ってんのかよ!」
「ああ、ああ本当だとも!君らは本当に弱い!弱いんだよ!ここ程度の闇で歩みを止めるのなら、この先に待ち受ける未来はないね!」
あはははは、と感情のない笑いを吐き出し、ミレオは一人闇に向かって飛んで行った。姿が見えなくなった時、殺之助の隣でサフィールの力が抜けた。殺之助の肩を支えとして何とか持ちこたえたものの、彼女の表情は疲れきっていた。
「ちょ、ちょっとお姉さん……!?」
至近距離で揺れる銀髪の香り、ほのかに赤い頰、そして小さく漏れる吐息に、殺之助はクラクラと熱を出していた。完全に信頼しきって殺之助の肩に置かれた手を支えにサフィールが殺之助に近くなっていた。
「ち、近いってー……!」
「あっ」
ふらりと横に倒れたサフィールを、ルチルが抱きとめた。
「これ、私の役目ー?姫が姫を助けるのー?」
そう呟いて、一言。
「駄目じゃんガキンチョナイト。これくらいで真っ赤っかじゃ、大事な人助けられないぞー?」
満面でにやけ、ルチルはしっかり殺之助と目を合わせてそう発したのだった。殺之助の反応および返答は、言わずもがな。
「アン」
三人の騒ぎをよそに、アポンとアンバーは闇とにらめっこしていた。
「どうするよ、この状況」
「そうだよね」
ミレオという案内人を失った一同は、この先を知る
「俺たちが、みんなを守れるのなら」
「ああ、私たちが、それほど強いと断言出来たのならば」
前に進めるのに。
***
彼はぼんやりと思い出していた。紡がれるはずだった言葉、仲間になっているはずだった人たち、打ち解けた自分を。全ては、見失われたものだったが。
底知れぬ闇の空間の中、ミレオは一人、飛び続けていた。目指すあても何もない。ただ悠々と飛び彷徨う。
「あの二人、どうしたかな。単細胞はまだちゃんと生きてる?」
ふと頭に浮かんだ、今となっては遠く感じられる記憶。
「ファイ、オベリア」
なぜか口に出した。自分の弱さを見たようで気分が途端に悪くなった。
「僕は僕で、一人だ。誰の助けだって、求めない、必要ない」
呪うようにそう吐き捨て、ミレオは見えない先を急いだ。
***
「ファイ」
もうどれくらい待っただろうか、ミレオに全ての希望と未来を託してから、こっち側には不安と絶望しか残っていないかのような心地だった。生きている心地がしない、とはまさに。
「オベリア、大丈夫、きっと明日は開ける。」
咄嗟の言葉だったが、確信させるように彼は彼女の手を取った。どちらかというと彼自身を納得させようとしていたのだが。
「彼は、ミレオは信用ならない奴よ。きっともう、帰ってこない」
「いつになく弱気だね。大丈夫、なぜかというと、俺がいるからさ。どんな時だって、何があったって、絶対一人じゃない。そうだろ?」
そう思えるから、頑張って今ここに立っている、ファイはそんな状況だった。本当のことを言うと、『いつになく弱気』というのは嘘だった。オベリアの弱っている姿は誰よりも見てきたつもりだったし、オベリアが鋼のメンタルの無敵少女なんてものじゃないことも承知していた。でも、オベリアは、そうであることを望んでいない。彼女は最も嫌うのはきっと、弱い自分自身だ。
「絶対なんて……ないのよファイ。けど、まあ……あなたが一緒なんだから、私はきっと大丈夫ね」
そう言うと、オベリアはふふふっと可憐に笑うのだった。それを見るだけで、ファイはすっと心が軽くなるのだ。
「あら?」
不意にオベリアが疑問の声を上げた。彼女の腰のあたりから、急に光が溢れ出してくる。
「ど、どういうこと?え、フ、ファイ……」
「オ、オベリア……」
咄嗟にファイに助けを求めるオベリア。怖がり怯える彼女を見て、ファイは精一杯の勇気をもってしてオベリアの腰に手を伸ばす。
「あ、これ」
「え?」
「水晶だ。水晶が、光を放ってる!」
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