8th step:集結
「オベリア!何もこんな奴に頼らなくたって!」
「ファイ!黙って!」
痛切な金切り声は鋭く、オベリアにしては珍しかった。ファイの肩が大きく跳ねる。
「オ、オベリア……」
「本当に滑稽だね、君たちは」
二人の様子を見て、第一声にミレオがそう放った。言葉はファイとオベリアを取り囲んで回った。
「うるせえ……何が……何がそんなに面白えって、ああ!?」
「おお怖い怖い」
ミレオは大仰におどけてみせる。そして再び不敵な笑みを浮かべる。
「そんなに知りたきゃ、教えてあげるさ単細胞くん」
「やめて、ファイ!」
「離せよオベリア、俺にはもうわっかんねえよ……」
そう。オベリアが叫んだあの瞬間から、状況は『普通』ではなかったのだから、こんなことが起こるというのも、『
「きゃっ……!」
小さく短く悲鳴を上げた。そして、彼女はそのまま光の速さでしゃがみ込んでしまう。
「オ、オベリア!」
慌ててファイが駆け寄るが、彼がオベリアの目線の高さに合わせる前に、か細い声で叫ばれる。
「フ、ファ、ファイ、いい、から……そ、それ、取って、はや……く」
震えながらオベリアはその小さい手で必死に自分の視界を覆うようにしている。彼女の意図を汲んだファイは、勢いよく振り返り、ミレオに向かって叫ぶ。
「おい!ボケっとしてんな!それ!早く!」
「は?」
しかし、そんなファイをオベリアは止めた。
「や、やめ……てファイ……さ、触られたく、ない。特に……彼、に、は」
「あっ……!」
ハッとしたようにファイの表情が弾かれる。そして、同時にミレオに向かって駆け出す。虚を突かれたようなミレオには一切構わず、その足元に転がった黒い個体に手を伸ばす。ファイは自分の手で弾いてしまったガスマスクを手に取り、Uターンそして一目散にオベリアの方へ向かう。
「は、はい!オベリア!本当に、ごめん」
大きく肩を上下させ、息を荒らしたままファイはそう告げる。オベリアはファイの手から素早くそれを受け取ると、手際よく装着し、ファイに振り返った。そして、愛らしい笑顔で言うのだ。
「ありがとうファイ。とても助かった」
「いや、俺が元はと言えば悪いし……その……百パーセント」
目に見えて落ち込む彼に、オベリアは優しく耳打ちする。
「やっぱりファイは、私の救世主なんだよね」
「えっ!」
赤らめた顔でパッとオベリアから身を引くファイだったが、驚きに身を任せて遂には体を転倒させた。
「なっ、なななな!」
ふふふふ、と軽やかに笑うオベリア。そんな二人の姿は、とても微笑ましいものだったが、ミレオは違った。
「あは、ははは……あははははは!!」
「何が、おかしいんだよ」
「いや何って、全部!?君たちって本当に……」
「いいから」
オベリアが割って入った。
「おやおや?」
「何度でも言うけれど。私のことはいいけど、ファイをこれ以上構わないで」
「オベリア……」
「はあ、そう?君ってイジリ甲斐ないし、この単細胞はうってつけなんだけどなあー」
「黙って」
口調を強めてオベリアは言う。
「はー、わかったよ。いいよ」
「はい?」
オベリアでもわからず、彼女はミレオに聞き返す。
「だからさー、他の土地、見て来てやってもいいよ、って言ってんの」
「は?ふざけんなよお前さっきまでは絶対行かないって!」
「話ちゃんと聞いてたー?気が変わったって言ってるんだよ。ひとにはよくあることだろう?こんな簡単なこともわからないのかなー、単細胞くんは」
「なっ……!!」
「いいよ、僕に見落としなんてないってことを証明しに行くよ」
「本当なのね?」
「気が変わらなければね」
あっけらかんとそう言い放つミレオに、責任感ほど不相応なものはなかった。それでも、オベリアたちはそれに託すしかなかった。
「俺は……こんな奴に頼むなんて!」
「君たちは本当に滑稽なんだよ」
ファイの言葉に被せてミレオは言う。
「薄っぺらい存在、互いに固執した関係。しょうもない同情と感傷。酔ってるんだよ、お互い歩んできた二人の道に。相手の全てを知っているつもりで、実のところ何一つとして掴んでやいないのさ」
「てめー、本当にクズだな」
低く、低く、ファイは投げつける。
「ご苦労様。でも、僕はそんなものに加入するのは死んでもごめんさ」
「おまっ……!待てよ!!」
言うや否や、ファイに砂煙が立ちはだかった。懸命に掻き分けたその先に、ミレオの姿は既になかった。
「ファイ……」
ファイの腕に、そっと重ねられた手。小さかったはずで、もう掴めなかったはずの遠いもの。見つめ合う二人の瞳には、互いの姿形が修正なしに映っているはずだった。いつまでも。
***
「あれ?」
最初に異変に気付いたのはアポンだった。相棒であるアンバーの裾を引く。
「アン、あれ、人じゃね?」
「え?どこ」
「ほらあの宙に……う、浮いてる!?」
「はあ?」
アポンの様子に、呆れたように空を見上げて、そのままアンバーは固まった。
「お、おーい、アン?」
そんな二人の前方では、
「だあかあらあー!あんた本当に分からず屋ねえ!?」
「ああん!?そっちの頭ん中が狂ってっからだろーがあー!!」
「ああん!?」
「ああ!?」
「ふ、二人とも落ち着いて!もうやめてよー!」
騒ぎ収まらないルチルと殺之助を前に、サフィールはあたふたと困り果てていた。
「本当に見落としがあったとはね」
「はあ!?」
ルチルが勢いのままに睨みを効かせた相手は、殺之助ではなかった。
「やあこんにちは。初めましてだねえ、僕はミレオ、よろしくどーぞ」
「うっわあ!」
突如現れた正体不明の浮遊少年に、メンチを切った故に顔面大接近のルチルをはじめとした一同は騒然とした。
「わー、ちょっと落ち着いてー」
棒読み全開でミレオは上空から慌ただしい地上の光景を見物していた。顔からは笑顔と言う名の表情が剥がれない。
「まあまあ、あれこれする前に僕の話を聞いてよ、ね?」
***
「つまりだ、お前は空を飛んでここまでやって来た、と?」
「そうだね。大きくまとめてしまうと、それで正解かな」
輪になった一同はミレオの話を聞き終わって口々に話し始めた。その中で、仕切りを務めたのはアポンだった。隣にはアンバーが腰を下ろして話をじっと聞いていた。。
「信じられない……けど、現に飛んでたわけだし……」
ブツブツ呟きながら必死に自分で言い聞かせているアンバーは、いつも間にか正座になっていた。
「なんならもう一回見せてあげようか?不本意だけど、これが一番手っ取り早い」
そう言うと、ミレオはスッと立ち上がる。次の瞬間、彼を中心に半径一メートル程の小石が散らかった。円形に砂を巻き上げ、
「うっわ、凄え……」
アポンが簡単の声をあげる。
「あんたマジでヤバイ奴ね。なんで今になって接近して来たのよ」
訝しげにミレオを睨んでいるのはルチル。赤い唇を尖らせて顎を上げ、青い瞳でミレオを捉えて離さなかった。そんなルチルの正面で殺之助がサフィールに問う。
「なあサフィー、こいつのことどう思う?」
予期せぬ振りにサフィールは一瞬びっくりした後、目線を斜めに投げて考え込み、答えを導き出した。
「わからないけど……実際にちゃったしね……信じるしかないよね」
「ふーん」
殺之助とルチル。この二人に挟まれて、サフィールは緊張気味に座っているのだった。そして真正面にはミレオだ。不思議な能力を持った少年を、サフィールは観察でもするかのようにじっと見つめるのだった。
「さて本題だ」
全員が一通りの意見や感想をを口にしたところでミレオがパンと手を叩いた。
「みんなに、会ってほしい人がいるんだ」
荒野の風は不吉に枯れた大地を吹き通り、これから始まろうとしている物語を待ち構えていた。
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