7th step:合流
「あら?」
どれくらいになったかはもはやわからなかったが、サフィールと
「殺之助、あれ、人じゃない?」
「あ?」
長時間にわたる徒歩に疲弊しきった様子でギロリとサフィールを見上げた殺之助だったが、それを視界内に収めると、たちまち背筋を伸ばして飛び上がった。
「マジだ!スゲー!よくやった!」
「ちょ、それは誰目線なの?」
苦笑しながら、サフィールは駆けて行ってしまった殺之助の後を追うのだった。
***
「あれ?」
その異変に初めに気付いたのはアンバーだった。ルチルの肩越しに遠方を指差す。
「ちょっと、あれ見てよ」
「はー?何、露骨に視線ずらすって魂胆なわけ?生憎そこまでお馬鹿ではないんだよねえー」
「そうじゃなくて」
ルチルは完全に信じていない様子だったが、アンバーがあまりに真剣な表情をするので、わずかな良心に従った。
(あーあ、こういう所が甘いって言われちゃうのよねえ)
心の中でため息をつきながら、ルチルは振り向く。そして、人影がこちらへ向かってきているのを捉えた。
「えっ、うっそマジで?」
ルチルは手を眉に当て遠くを見ようと目を細めた。
「ひゃー、ガチだわ。あれ人間だー」
無駄に感心した様子を見せ、ルチルはアンバーとアポンの方を振り返った。
「ちょっとあんた、違う、赤い方。悪かったわね、疑ったりなんてして」
飄々と謝られ、アンバーは不意をつかれたように一瞬固まった。
「え、あ、ああ、うん。いえ、大丈夫よ」
小石のような細切れにアンバーは許しの言葉を述べる。しかしルチルは既に人影に見入っており、アンバーの言葉など気にも留めていない様子で前傾姿勢をしていた。アポンが、ポンっとアンバーの肩に手を置く。
「やめろ」
声帯よりも下から出てくるような低声で睨みつけるアンバーだったが、アポンはそれを面白がるように笑うのだった。
***
「おーおー、おつー、お二人さーん」
アンバー、アポン、ルチルの三人の下に辿り着いた二人を、ルチルは軽く労った。赤橙色の茶髪をふわりとかきあげ、その拍子に髪留めがキラリと煌めいた。日光はもはや存在すら危うい
「あんたたち、どっから来たのよ?」
アンバーとアポンが警戒して剣を構えているその前で、ルチルは何のてらいもなく堂々と両手を腰に置いていた。隙だらけ、といったその格好に、アンバーとアポンは小声で言葉を交える。
「おい、あいつほんっとうに警戒心ってもんがねーよなあー」
「ああ、そうだね。一見したところ、彼女は武器すら持っていないようだけど」
アンバーは再度ルチルを目でさらりとなぞった。
「それでもこんなにオープンなスタンスなのは、馬鹿なのかお人好しなのか、どっちなんだろうね」
「ケケケ、そーだなあ」
「後ろ、聞こえてるわよ」
ルチルは少しだけ顔を振り返らせてアンバーたちを一瞥したが、すぐに正面に向き直った。
「あたしはルチル」
「わっ、私は」
「待てよ」
サフィールが名乗ろうとしたとき、殺之助が手で制した。睨みつけるような眼は、ルチルを警戒しているように見えた。
「お前たちが信用出来るなんて確証、何もねえんだよ」
「え、さ、さつ」
「しっ!だから言うなってば」
「う」
「あんた、あたしたちを疑ってるってわけ〜?いっちょまえに、な、ま、い、き」
はあー、と深く大袈裟なため息をつき、ルチルはやれやれと腕を組んだ。
「あのねー、あたしが今ここでこーんな状況下であんたたちに嘘つくメリットあると思う?」
「わっかんねーだろバ〇〇、お前らだって狂気的な快楽殺人集団かもし」
「はあん!?今何言いやがったこの童〇チビ助が!」
「はあ!?誰が!」
「ああん!?」
「ああ!?」
「ふっ、二人ともおー!」
突如始まった殺之助とルチルの抗争に、サフィールは大いに戸惑っていた。あわあわと慌てふためく姿は、いつもの大人びた彼女の立ち居振る舞いとは違い、彼女の幼少時代に引き戻したようだった。そして。
「アホくさ、どう思う、これ?」
「馬鹿ばっかだな、どうだよこれ」
ルチルの後方では、腰を低く沈めて剣を構えていたアンバーとアポンが呆れかえって武器を鞘に収めていた。チン、という金属音と共に二人の空気も和らいだ。
「なーんか、マジで大丈夫そう。こんな奴らに、やられたりしねーっしょ、例え襲いかかってこられたとしても」
「油断はしちゃ駄目だ、アポン。何があるかわからないのがこの世の中なんだから」
「へいへい、まあそうなんだけどさあー」
頭では理解し《わかっ》ていても、平穏無事な日常の中では、そんな危機感さえ、失われていくものだと、アポンたちは身をもって知っている。
***
「じゃあ、あなたのその能力で、どうにかならないの、ここ現状」
「はあ?どういう意味ー?」
ミレオ、葵色を揺らす彼は、薄気味悪く照る紅いワイン色の瞳をキラリと光らせる。明らかな悪意、敵意を纏い、オベリアに突っかかる。
「僕の能力をどう使えって?秀才さんの言うことは要領を得ないんだよねー」
「本当に、いちいち癪に触るような……」
オベルアは目付きを尖らせながら口を開く。
「私たちの他にも、この異様な状況を理解している者が、存在しているかもしれないのにって言ったのよ」
「は?」
「あなたの話を聞く限り、まだまだ見ていない場所が、見落としているポイントが、死角があってもおかしくないはずよ」
「ふーん?」
「あなたにはそれが可能。世界を見渡す為の『目』が、あなたにはある」
オベリアの言葉に、ミレオは再びふーんと小さく呟き、オベリアとファイを蔑みながら何やら考え込んだ。
「なるほど、ね。つまりはこうだ」
そう言ってミレオは大きく息を吸い込んだ。
「僕に君達の駒になれって言うわけだ?」
「なっ!!」
突拍子もない発想に、ファイが声を荒げる。
「お前いい加減にしろよ!どうなればそう」
「いいのよ、ファイ」
「えっ……」
ファイがミレオに叫ぶのを、オベリアは正当化しなかった。ただ一線ミレオを見つめ、闇夜に飲まれそうな漆黒の赤紫の瞳をミレオの鮮赤の眼光とぶつけるのだった。
「ファイ、あなたにだってわかるはず。私の要求は、ミレオの言った通りのことだわ」
「オベリア……」
「ミレオ、あなたがこの要求に乗ってくれると言うのなら、交換条件でも構わないわ。どうするのかしら?」
ミレオは下唇を噛んだり口をすぼめたりしながらしばらく黙っていたが、やがて不敵に笑った。
「ふっ、随分と見下されたもんだねー?」
おどけた彼は高らかに謳う。
「上から交渉するなんて、正当なもんじゃない、賢い君ならわかるだろう?」
表情巧みに言葉を連ね、歌うようにテンポ良く語りかける彼は、とても猟奇的に二人の目に映ったた。
「君は、そーんなことしててまでも、こんなことになったこの世界を知りたいの?」
「ええ、そうよ」
オベリアがそう答えた瞬間、ミレオは激しく笑い出した。
「あははは!あーはっは!ひー!本当に!?」
「テッメー……」
ファイの気が逆立つ間も、オベリアは静かに事の展開を見守るようにしていた。目こそ光らせ睨んではいるが、とても静かに、押し黙っていた。
「何で?」
途端に声を重く沈めたミレオに、オベリアははっきりと即答した。
「この世界は、私とファイの夢だから」
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